人間に恋した神様のおはなし
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時の政府から、期間限定で新たな刀剣男士の鍛刀キャンペーンを行うとの告知を受け、審神者の間で、どういった刀剣男士が現れるのか、様々な憶測が飛び交う中。
政府から公表されたのは、思いも寄らぬ薙刀だった。まさかの薙刀枠に、「脱☆刀種:岩融」や「これは時の政府の完全勝利S。分からなかった。」などと、審神者達は盛り上がりを見せ。
無事に真尋も、巴形薙刀を顕現する事に成功した。今回もまた、真尋は鍛刀名人の小狐丸に、お礼と言う名の毛艶を整えてやった。
真尋の本丸では、新たな刀剣男士を迎えた際、その者と交流を深め、相手を知る為に、暫く近侍を任せている。
例に漏れず、巴形薙刀も、近侍となったのだが―――
「主、困っている事はないか?欲しい物はないか?」
「主、用があれば俺を呼べ。声の届くところに控えていよう。」
「静形はどうにも武骨だからな。傍仕えは俺の方が向いていよう。」
「主、確認が必要か。」
「主、重い物は俺に任せるといい。」
巴形薙刀は、とても心配性で過保護だった。
何をするにも、何処へ行くにも、必ず真尋の後をついて回り、世話を焼こうとした。
神である彼に、こう言っては失礼だが、さながらそれは、親鳥について回る雛鳥を彷彿とさせ、真尋は思わず笑みを浮かべた。
「主、どうした?」
「ん?巴ちゃんが可愛いなーと思って。」
「俺が可愛い?可愛いとは、女性に向ける言葉ではないのか?」
「ごめん、嫌だった?」
「嫌ではないが、その言葉は主の方が相応しい。」
「ふふ、有難う。何処でそんな台詞を覚えてきたの?」
「俺は思った事を言ったまでだ。」
「そうか、巴ちゃんは天然なんだな。」
「天然?」
「いや、気にしないで。独り言だから。」
「そうか。」
「うん。巴ちゃんといると和むなぁ…好きだわこの感じ。」
「俺も主の傍は心地良い。」
「そっか、一緒だね。」
「一緒だ。」
笑い合う二人の雰囲気は、何とも穏やかなものだった。
誰もが笑みを零すであろう、微笑ましい光景。しかし、その二人を、離れた場所から物凄い形相で凝視する者が一人。
「おのれ巴形…!主の麗しい笑顔をあんなに近くでっ…!羨ま…臣下としての節度を知れ!」
「本音が出てるぜ、長谷部の旦那。」
「薬研、今の長谷部には何を言っても聞こえないぞ。それより三日月、俺はお前が大人しくしている事に驚きだ。」
鶴丸が振り向いた先、そこには、普段と変わらぬ様子で茶を啜る三日月がいた。
三日月は湯呑みに注がれた、茶の水面に視線を落としながら、鶴丸の問いに答える。
「真尋が新しい刀を近侍にするのはいつもの事だろう?鶴丸、お前もそうだったはずだ。」
「…頭では分かっているさ。だがな三日月、お前はあれを見て、何も思わないのか?」
「すきんしっぷは大事だと、真尋が言っていたからな。…だが、」
三日月の長い睫に縁取られた双眸が、鶴丸に向けられる。
カコン、と音を立てた鹿威しのそれが、やけに大きく聞こえた。
「少しでも妙な素振りをすれば…その時は、容赦はせんよ。」
変わらずの美しい笑みを浮かべながら、三日月は切れ長の双眸を細めた。
その姿を視認した鶴丸は、以前、三日月に強烈な一撃を頬に食らった事を思い出し、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
何があっても、三日月は怒らせてはならないと、鶴丸は固く心に誓う。
「思ったのだが、」
「ん?」
「此処にいる多くの者は、主のことを名前で呼ぶのだな。」
「あぁ、うん。好きなように呼んでいいって言ってるから。私も好きに呼んでるし。」
「真尋、」
「ん?」
「俺もそう呼んでいいか?」
「勿論!やっぱり名前で呼ばれる方が嬉しいし。」
「真尋。」
「なぁに?」
「呼びたかっただけだ。」
「ふふ、そっか。…巴ちゃん、」
「何だ?」
「呼んでみただけ。」
「ふ…そうか。」
「何なんだあの会話は!あれではまるで、恋仲のようではないか…!!」
「…しかもちゃっかり手まで握ってるな。」
「全く、真尋のあの無防備さはどうにかならんもんかね…」
真尋と巴形の様子を覗く長谷部たちは、三者三様の言葉を口にする。
そんな彼らを視界の隅に捉えながら、三日月は何を言うでもなく、静かに茶を啜っていた。
あれよあれよと時は流れ、時刻は夕餉時。
大広間に移動すれば、これまた当然のように、巴形は真尋の隣に腰を下ろした。
人の器を得て間もない巴形にとって、箸の扱いは、何ともぎこちないもので。終いには、箸で掴んだ料理を、ぽろりと落としてしまった。
「巴ちゃん、」
「?」
「はい、あげる。」
口元に差し出されたそれを、巴形が躊躇なく口にした―――瞬間、離れた場所から、バキッと何かが折れる音がした。
思わず音がした方に目を向ければ、そこには、わなわなと震えながら、顔を俯ける長谷部がいて。
彼が持つ箸が真っ二つに折れている事から、先程の音は、長谷部が箸を折った音のようだ。
「…長谷部くん、気持ちは分かるけど落ち着いて。」
「あぁ、すまない燭台切…代わりの箸を貰えるか。」
「うん、ちょっと待っててね。」
「長谷部、大丈夫?怪我してない?」
「主…!嗚呼っ、わざわざ俺の元に足を運んでいただけるなんて…!お食事中に申し訳御座いません…!」
「気にしないで。それよりどうしたの?」
「…恐らく、箸の寿命だったのでしょう。お騒がせしてしまい、申し訳御座いません。」
「そっか。じゃあ明日、新しい箸買いに行こっか。」
「! 主もご一緒に、ですか…?」
「長谷部が嫌なら―――」
「是非ご一緒にお願いします!!」
「お、おぅ…」
「長谷部はちょろいですね!」
「巴形め…この小狐も、ぬしさまにあーんしてもらった事などないと言うに…!」
「主は誰に対しても優しいからね。」
「そこが主殿の良いところでもあり、やきもきするところでもあるのだがな。」
長谷部と真尋のやりとりを、少し離れた席で傍観していた三条の四人。
それぞれの胸中を吐露する中、石切丸は、終始沈黙を保つ三日月を懸念していた。
普段のように、真尋の隣に座ってはいるものの、三日月は言葉を口にする事はなく、かと言って、彼が纏う雰囲気からは、嫉妬や羨望などの念を感じる事はなかった。
そんな石切丸の肩に、岩融はポンと手を置く。
「石切丸殿の気持ちも分かるが、心配あるまい。」
「岩融のいうとおりです、三日月様ならだいじょうぶですよ!だって、三日月様はあるじさまがだいすきですから!」
「ぬしさまにご迷惑をおかけするような事はしないでしょう。」
岩融の言葉に、今剣が大きく頷き、小狐丸もまた、二人に同意する。
そんな会話がされている間にも、巴形と真尋の話は進んでいく。
「え…巴ちゃん、あんまり寝てないの?」
「これまで眠ると言う行為は必要なかったからな。俺は顕現されて間もない、人の器にはまだ慣れんのだ。」
「睡眠は大事だよ。寝不足だと思考力も落ちるし、戦闘で咄嗟の判断が出来なくて重傷になったら大変!早めに解決しないと…」
「ならば真尋、」
「?」
「俺と閨を共にしてくれるか。」
騒がしかった大広間が、水を打ったように、一瞬にして静まり返る。
告げられた本人は、言葉の意味を理解していないのか、ぱちくりと瞬きをする中、これまで離れた席で様子を窺っていた長谷部は、ズカズカと足早に、巴形に詰め寄った。
「貴様…一体、どういうつもりだ!」
「長谷部か。何の事だ。」
「貴様、顕現してから主の側にべったりではないか!」
「なるほど。素性の分からぬ刀剣が真尋のすぐ側にいるのは気に食わんか。」
「あぁ。俺はお前の事を信用しきれていないのでな。」
「長谷部。逸話を持たぬ俺は、今代の主しかいないのだ。だがお前はそうではなかろう。」
「……だから?」
「譲れ。」
「断る!大体、主に対して、閨を共にしてくれとは何だ!!」
淡々と返事をする巴形に、ついに長谷部の憤懣は爆発したようで。
今にも掴みかからん勢いの長谷部を、周囲の者が慌てて制止する中。
案の定、先程の言葉を理解していなかったらしい真尋は、巴形に告げられた、聞き慣れない言葉の意味を、三日月に尋ねていた。(「三日月さん、ねやを共にするって何ぞ。」)
寝床を共にする事だ、と三日月が答えれば、真尋はふむ、と暫し思案すると、その双眸を巴形に向けた。
「巴ちゃん、一緒に寝よう。」
「!? あ、主!?」
「添い寝して欲しいって事でしょ?それで巴ちゃんが眠れるならいいよ。」
「ちょっと真尋!それがどういう意味か分かってんの!?」
「? だから添い寝でしょ?ね、巴ちゃん。」
「あぁ。真尋が側にいれば、眠れる気がするのだ。」
「あぁもうっ、真尋は無防備過ぎ!もっと警戒心持ちなよ!!」
「清光は何をぷりぷり怒ってるのさ。じゃあ清光も一緒に寝る?」
「……は?」
思いも寄らぬ真尋の言葉に、清光だけでなく、一同が驚く中、真尋は何かを思い出したように、くすっと笑みを零し、言葉を続ける。
「私が審神者に就任して間もない頃、暫くみんなで、大広間で雑魚寝したの覚えてる?あの頃の清光も、巴ちゃんと一緒で、眠り方が分からないって言ってたよね。」
「…忘れる訳ないじゃん。」
「布団に入ってからも、みんなでお喋りしたり、夜更かししてみっちゃんに怒られたり、修学旅行みたいで楽しかったなぁ。」
忘れるはずがない。
あの時の真尋も、睡眠が取れない自分を酷く懸念し、どうすれば眠れるのか、一緒に考えてくれた。
結果、誰かが寝てるのを見ると眠くなるから一緒に寝よう!と言う、何とも安易な結論に至った訳だが。
安心させるように、手を握ってくれたり、頭を撫でてくれた、真尋の手の温もりは、今でも鮮明に覚えている。
今思えば、真尋はあの頃から無防備だったな、と一人想起し、清光は小さく笑みを零した。
その後、話を聞いた短刀たちが、自分も一緒に寝たいと言い出し、それを皮切りに、志願者が続出。最終的に、大広間に全員で寝る事になった。
大倶利伽羅や山姥切、同田貫までもが参加した事に、真尋が内心で驚く中、刀剣男士達の間では、真尋の隣を巡っての争いが勃発していた。
一方は巴形が確定、そしてもう一方は、厳正なるじゃんけんの結果、三日月が勝ち取ったのだった。(「はっはっは、俺の勝ちだな。」)
大広間にいるメンバーを見回しながら、審神者に就任して間もない当初よりも、随分と仲間が増えた事に、真尋は笑みを零す。
そして、巴形が眠った事を視認すると、真尋も就寝した。
どれほど眠っただろうか。ふと目が覚めた真尋は、隣に目を向けると、三日月の姿がない事に気付く。
お手洗いだろうかと思いもしたが、何か気になる為、真尋はそっと布団を抜け出し、皆を起こさぬよう、部屋を出た。
程なくして、庭に佇む三日月を見つけた真尋は、サンダルを履き、三日月の元へ歩いて行く。
「三日月さん。」
声をかければ、月を見上げていた三日月が、真尋を振り返る。
月を背に立つ三日月は、普段とは、また異なる美しさを醸し出しており、思わず真尋は目を奪われる。
対する三日月は、真尋の姿を視界に捉えると、にこりと微笑んだ。
「おぉ、真尋か。どうした、眠れないのか?」
「、ぁ…ううん、目が覚めたら、三日月さんがいないから心配になって。」
「そうか、俺を気遣ってくれたのか。いやぁ、嬉しいな。」
そう言って、三日月は笑みを深める。
一見、普段と変わらないように見えるものの、どこか違和感を感じた真尋は、三日月の顔を覗き込む。
「三日月さん、何かあった?」
「ん?」
「いつもと雰囲気が違う。何か考え事?」
「……」
「一人になりたいなら戻るけど…」
「真尋、」
「なに?」
「少し、散歩に付き合ってくれるか。」
真尋が一つ頷けば、三日月は真尋の手を取り、ゆっくりと歩き出す。
どちらも口を開く事無く、池泉に架かる反橋を中程まで進んだところで、三日月は足を止めた。
「俺が真尋に顕現されたのは、真尋が審神者に就任した初日の事だったな。」
「うん。三日月さんが来てくれた時は、物凄い美人さんでビックリした。こんちゃんに写真送ったら、すっ飛んで来て大騒ぎしてたよね。」
「あぁ、そうだな。あの頃から真尋は、常に俺達の事を気遣ってくれていたな。慣れない審神者の仕事をするのは、大変だっただろう?」
「私より、みんなの方が大変だもん。戦うのはみんなだし、万全の状態で出陣して欲しいから。」
当然のように告げる真尋に、三日月は小さく笑みを浮かべる。
夜空に浮かぶ、月に向けた視線はそのままに、三日月は再度、口を開いた。
「あの頃と比べて、本丸も随分と賑やかになったな。」
「そうだね。お迎えするのに、かなり苦労した事もあるけど、何だかんだであっという間だった。」
「賑やかなのは良いことだ。…だが、」
「真尋と過ごす時間が減った事が寂しくてな。」
月を見上げていた三日月が、真尋へと双眸を向ける。
三日月を宿す、その美しい瞳と目が合った瞬間、真尋は何かに包まれていた。
それが、三日月に抱き締められているのだと理解した瞬間、真尋は顔を赤らめる。
「あ、の…三日月さん…」
「他の刀と親しくするなとは言わんが、俺も構ってくれ。じじいは寂しいと折れてしまうぞ。」
「っ、折れるとか言わないで…」
「ならば構ってくれ。短刀たちと接するように、抱き締めたり、頬擦りしても良いぞ?」
「そ、それはこっちの心臓がもたない…!」
「じじいは寂しいと―――」
「~っ、あぁもう…!」
真尋が三日月の胸を押せば、三日月はほんの少し、真尋を抱き締める腕の力を緩める。
三日月と向き合った真尋は、そっと三日月の頭を撫でた。
「寂しい思いさせてごめんね…私も気を付けるけど、何かあったら、今日みたいにちゃんと言ってね?」
そう言うと、真尋は控え目に、三日月の背に両腕を回す。
思わぬ真尋の行動に、三日月は双眸を見開く。真尋からの初めての抱擁に、三日月は心の底から嬉しそうに笑みを浮かべ、真尋を抱き返した。
慣れない事をして、恥ずかしいのだろう。密着した体から伝わる、真尋の鼓動がとても速いことに、愛おしさを感じ、三日月は一層、笑みを深めた。
それから少しの間、夜の散歩を続けた二人は、大広間へ戻り、就寝する。
しかし翌朝、三日月が真尋を抱き締めて眠っているのを、長谷部が発見し、大激怒。
長谷部の怒声に飛び起きた一同が、事態を把握し、大広間が一瞬にして阿鼻叫喚と化したのは、また別のお話。
あとがき
巴ちゃんが可愛くて、勢いで書いた。巴ちゃん大好きです!
三日月さんの出番がほとんどなかったから、後半でお話を追加。ホントは「短いの」に載せるつもりだったけど、書いてるうちに長くなってしまった。
水無月藍那
2017/09/22
▼special thanks!!
瑠璃