人間に恋した神様のおはなし
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一瞬の、出来事だった。
本丸の庭を歩いていたら、突然、地面が抜け落ち、為す術もなく、身体は重力に逆らう事無く落下した。
本来、抜け落ちるはずのない地面が、どうしてこんな事になったのか。思案するまでもなく、答えは明確だった。
「お。今日は真尋が引っかかったのか。」
現状を招いた張本人である、驚きの伝道師、鶴丸国永が、ひょっこりと顔を覗かせた。
鶴丸が作った落とし穴に、見事に引っかかった真尋は、頭上から覗き込む鶴丸を見上げる。
「どうだ、驚いたか?」
「えぇ、そりゃあもう。心底驚きましたとも。」
「歩きスマホは危ないぞ。」
「仰るとおりで…」
真尋の手に握られているiPhoneを視認した鶴丸が告げれば、真尋は素直に自分の非を認める。
こんのすけと連絡を取りながら歩いていた真尋は、周囲に気を配ることを怠っていた。
歩きながら弄るのはやめよう、と思いつつ、真尋がiPhoneのカバーを閉じ、ポケットに入れたところで、鶴丸の隣から、もう一つの人影が、落とし穴を覗き込んだ。
「あなや…真尋、大事はないか?」
心配そうな表情で問う三日月に対し、真尋は問題ないと返事をする。
穴の底には、怪我をしないようにと、クッション材となる藁などが敷かれていた。
三日月と鶴丸に引き上げられ、真尋が地面を踏み締めた―――瞬間。
「痛っ!」
ズキン、と左足首に走る痛みに、真尋は顔を顰めた。
どうやら落下した際に、足を捻ってしまったらしい。その様子を視認した鶴丸は、慌てて真尋に声をかける。
「どこか怪我をしたのか!?」
「多分、落ちた時に足を捻ったんだと思う。すぐ治るから大丈夫だよ。」
「薬研に診てもらおう。すまない、怪我をさせるつもりはなかったんだ…」
「湿布貼っとけば治るから、そんなに心配しないで大丈夫だよ。」
ひらひらと左右に手を振りながら、真尋は心配ないと告げるものの。
本来、守るべき主であり、何より、密かに想いを寄せる女性に怪我をさせてしまった事に、鶴丸は酷い罪悪感に囚われていた。
そして鶴丸は、ふと違和感に気付く。―――三日月が、妙に静かなのだ。
普段であれば、どんなに些細な事でも、真尋に関する事には反応を示す三日月が、一言も言葉を発していない。
沈黙を貫く三日月に、鶴丸が恐る恐る目を向ければ、そこには、普段と変わらぬ、微笑を浮かべた三日月が佇んでいて。
しかし、その姿に、鶴丸は盛大に顔を引き攣らせる。三日月は笑みこそ浮かべてはいるものの、完全に目が据わっていた。
「…鶴丸、」
「な、なんだ…?」
「歯を食いしばれ。」
「は?…ッ!?」
「、ぇ…?え!?ちょ、三日月さん!?」
目の前にいた鶴丸が吹っ飛ぶ姿に、真尋は一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
殴ったのだ。あの温厚な三日月が、手加減もなく、全力で。
普段の、のんびりとした姿からは想像もつかない、バキバキと指を鳴らしながら、鶴丸に近付いて行く三日月を視認した真尋は、足の痛みも忘れ、慌てて三日月の元へ駆け寄る。
「三日月さん落ち着いて!私は大丈夫だから!!」
「真尋を傷物にした罪は重いぞ。」
「誤解を招く言い方やめて!カンストしてる三日月さんがそれ以上殴ったら、鶴が危ないから!折れるから!あぁもう誰か…は、長谷部ええぇぇぇぇ!!」
それからは、あっという間の出来事だった。
真尋に呼ばれ、すぐさま駆けつけた長谷部が三日月を押さえ、騒ぎを聞きつけた刀剣男士達が、わらわらと集まり始める。
冷静さを取り戻した三日月は、真尋を抱き上げて薬研の元へ向かい、治療が施されてからも、傍を離れようとしなかった。
一方、鶴丸は、真尋から事情を聞いた長谷部と歌仙に、六時間にも及ぶ説教をされ、燭台切には笑顔で夕餉抜きの宣告、加えて、他の刀剣男士からも咎められてしまった。
改めて、真尋に謝罪をしようにも、真尋の傍には、何故か本体を所持した三日月がいて。
鶴丸が少しでも近付こうものなら、笑顔で牽制する為、思うように行動出来ずにいた。
夕餉の時刻が過ぎ、各自が自由に時間を過ごす中、鶴丸は真尋の部屋の前に佇んでいた。
まだ三日月は、真尋と共にいるのだろうか。
頬に食らった強烈な一撃と、凍て付くような絶対零度の眼差しを向ける三日月を思い出し、思わず身を竦ませるが、鶴丸はそれを払拭するように
自分は、真尋に謝罪する為に、此処に来たのだ。そして何より、密室で真尋が他の男と二人きりと言うのは面白くない。
一度、深呼吸をして、鶴丸は真尋の部屋のドアをノックする。
すると、すぐに「はいどーぞ。」と、聞き慣れた真尋の声で、緩い返事が返って来た。
「邪魔するぜ。」
「邪魔するなら帰ってー…おぉ、鶴、いいところに。もう少しで終わるから、座って待ってて。」
真尋の部屋は、驚きに満ちていた。
和を基調とした造りの本丸とは対照的に、真尋の部屋は西洋風で、本人曰く、某魔法学校を意識した内装になっているとの事。
審神者の契約を結ぶ際に、提示した条件の一つなのだと、真尋が言っていた。
テレビでしか見た事がない造りは、何度訪れても、好奇心を刺激される。
自分がいるこの部屋は、真尋の執務室であり、室内に幾つか存在するドアの先は、寝室や浴室、そして、キッチンに続いているらしい。
勿論、浴室やキッチンは、真尋専用のものである。
ソファに腰を下ろし、室内を見回していた鶴丸の視線は、パソコンと向き合う真尋に定められる。
日報報告を作成しているのか、カタカタとキーボードを叩きながら、画面を見つめる真尋の表情は凛々しくて。
普段、自分達と接する時とは異なる、仕事モードの真尋の姿に、鶴丸の鼓動がドクンと音を立てた。
程なくして、仕事を終えたらしい真尋が椅子から立ち上がり、一つのドアの向こうへと消えて行く。
そして、再び現れた真尋は、食事を載せたトレーを手にしていた。
それを鶴丸の正面にあるテーブルに置くと、真尋は向かいのソファに腰を下ろした。
「みっちゃんが鶴の夕飯なしにしたって言ってたから。良かったらどうぞ。」
「い、いいのか…?」
「簡単なもので悪いけど。」
「真尋の手作り、だよな…?」
「うん。」
「有難くいただくぜ!」
勢い良く食事に手を付ける鶴丸に、真尋は笑みを零す。
あっという間に完食した鶴丸は、真尋に礼を告げると、本来の目的を思い出し、姿勢を正した。
「怪我は大丈夫か?」
「薬研に手当てしてもらったから平気だよ。」
「本当にすまない…」
「みんな心配性だなぁ…捻挫じゃ死なないから大丈夫だって。」
苦笑を浮かべながら、真尋はお見舞いに訪れた者達の事を、鶴丸に話して聞かせた。
短刀たちが、見舞いの品に用意したのは、万屋まで買いに行ったお菓子で(部屋を訪れた五虎退は「主様、死なないで下さいッ…!」と泣きながら言っていたらしい。)。
左文字兄弟からは、綺麗な花を。歌仙や燭台切からは、美味しいフルーツジュースを。鶯丸からは茶を。
清光を始めとした新撰組からは、可愛らしい刺繍が施されたタオルを(みんなで刺繍をしたらしく、所々いびつな箇所は、和泉守や長曽祢が担当したのだろう。)。
来派の三人からは、ブランケットを(「真尋はんも、たまには休まんと。これ使うて、昼寝でもしたらえぇんと違います?」)。
石切丸は、少しでも早く怪我が治るように祈祷し、長谷部は真尋の身体に負担がかからぬよう、普段以上に気を配り。
他の者達も、真尋を気遣い、声をかけてくれたのだと言う。
常に真尋は、自分たち刀剣男士の為を思い、行動してくれる。家族のように接してくれる真尋が、みんな大好きなのだ。
この本丸は、真尋を中心に動いている。彼女の元には、自ずと人が集まり、笑顔が溢れるのだ。
支えてやりたいと、護りたいと、心から思う女性に、怪我をさせてしまった。三日月の怒りは尤もであるし、もしも、逆の立場だったら、自分も同じ事をしていただろう。
真尋の足首に巻かれた包帯を視認し、鶴丸は己が犯した過ちに、ギュッと眉根を寄せた。
「鶴の驚きは、毎回斬新だから嫌いじゃないよ。でも、落とし穴は危ないから禁止ね。」
「、分かった。」
「じゃあこの話は終わり!そうそう、私、明日から三連休で、みんなとゲーム大会するんだけど、鶴も一緒にどう?」
「げーむって、この前真尋が大広間のてれびでみんなとやってたやつか?何をやるんだ?」
「ホラーゲーム四十八時間耐久マラソン。」
「全力で断る。」
「あれ、鶴って怖いの苦手だっけ?大丈夫だよ、青江と石切さんが、常に傍にいてくれるって言ってたから。数珠丸と江雪さんと太郎さんも参加するし。」
「それはそれで恐ろしい気もするが…」
「ちなみに、三日目はホラー以外のゲームで遊ぶ予定。まだ何をやるか決めてないけど、とりあえず人狼ゲームは確定してる。」
「いや待て、あれもほらーだろ!」
真尋と話しているうちに、鶴丸は、胸中を蔓延する、負の感情が消えていくのを感じた。
本当に彼女は、心の機微を捉える事に秀でている。これ以上、自分が罪悪感を抱かぬようにと、彼女が話題をすり替えてくれた事は明確だった。
二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、固く心に誓いながら、鶴丸は楽しげに話す真尋を見つめた。
「仕方ないなぁ、じゃあ三日目は怪談にしようか。」
「まず、ほらーから離れてくれ。」
「鶴丸は帰ったか。」
背後から聞こえた声に、真尋は、今し方、鶴丸が出て行った、部屋のドアに定めていた視線を外し、後ろを振り返る。
真尋が目を向けた先には、キッチンのドアを背に、三日月が佇んでいた。その手には、マグカップを持っている。
「鶴が来たから、キッチンで待っててくれたんでしょ?」
「俺がいては、話しにくいだろうからな。」
「確かに、鶴が部屋に入って来た時、三日月さんがいなくて明らかにホッとしてた。」
「はっはっは、あの一発が相当応えたようだなぁ。」
鶴丸が真尋の部屋を訪れる、僅か数秒前。三日月は真尋のコーヒーを淹れる為、キッチンに移動していた。
三日月は、鶴丸が退室するまで、静かにキッチンで様子を見守ってくれていたのだ。そんな彼の優しさに、真尋の口元は自ずと綻ぶ。
先程まで、真尋と鶴丸が向かい合っていたテーブルに、マグカップを置いた三日月は、真尋の元へ歩み寄ると、軽々と真尋を抱き上げた。
全く重さを感じていないような、軽やかな足取りで歩く三日月を余所に、真尋はわたわたと慌て始める。
「み、三日月さん!私歩けるから!」
「怪我が悪化したらどうする。薬研も言っていただろう、暫くは安静にしていろと。」
「だ、だからって…」
薬研の治療を終えてからと言うもの、真尋が何処かに向かう際は、必ず三日月が真尋を抱き上げ、目的の場所へと移動していた。
それは所謂、お姫様だっこと言うもので。生まれて始めての体験である事に加え、絵に描いたような、美しい男性に抱き上げられると言う羞恥心に、真尋は抵抗するのだが。
頑として、三日月はそれを聞き入れる事はなかった。
この本丸には、多くの刀剣男士が、生活を共にしている。
となれば、当然、廊下で誰かとすれ違う事もある訳で。真尋の怪我の具合を懸念する者や、真尋を抱えた三日月を羨む者など、実に反応は様々だった。
(「主様のお怪我が少しでも早く治るよう、幸運を届けますね!」)(「小狐もぬしさまを抱き上げとう御座います。」)(「へぇ、主は初めてなんだね。…お姫様だっこの事だよ?」)
ソファに腰を下ろした三日月は、真尋を抱き抱えたままで。
一向に離れる様子がない三日月に、真尋の頬は、じわじわと熱を帯び始める。
それを悟られまいと、真尋は誤魔化すように、三日月が用意してくれたコーヒーを口にした。
「そのこーひーとやらは美味いのか?」
「私は好きだよ。飲んでみる?」
「うむ、ではいただこう。」
真尋からマグカップを受け取った三日月は、それに口をつけた―――瞬間、三日月はピシリと石化した。
口に含んだコーヒーを、やっとの思いで嚥下した三日月の表情は、何とも渋いもので。
初めて目にする三日月の表情に、真尋は思わず笑みを零した。
「流石にブラックはキツいか。」
「今まで口にした事がない味だ…」
三日月からマグカップを受け取った真尋は、シュガーポットから角砂糖を取り、マグカップに落とす。
そして、更にミルクを入れて、ティースプーンで混ぜると、それを三日月に差し出した。
文字通り、苦汁を嘗めた三日月は、再び同じものを口にする事に躊躇するも、真尋に促され、マグカップを受け取ると、恐る恐る口をつける。
途端、三日月は切れ長の双眸を大きく見開いた。
「おぉ、味が変わったぞ!」
「随分飲みやすくなったでしょ?」
「これなら飲めそうだ。」
先程の苦い表情とは一変、にこにことコーヒーを口にする三日月。
ころころと表情を変える三日月に、真尋の口からは「可愛い。」と言葉が零れた。
それを耳にした三日月は、真尋へと視線を向ける。
「可愛い?俺か?」
「うん。三日月さんは素直で可愛いなーって思って。」
「ふむ、可愛いと言われたのは初めてだ。俺よりも真尋の方がずっと可愛いぞ。」
「わー、三日月さんてばお上手!」
「短刀たちと無邪気に遊ぶ姿も、仕事の時の真剣な表情も、負傷した者に手入れを施す、優しい手も、」
「あ、の…三日月さん…?」
「美味いものを食べて、幸せそうに笑う顔も、映画を観て涙を流すところも…真尋の一挙一動が愛らしく、愛おしい。」
マグカップをテーブルに置き、三日月は真尋の頬に手を滑らせる。
三日月の思わぬ言動に、真尋は声を発する事が出来ずにいた。
「いつの間にか、目が離せなくなっていた。主としてだけではなく、一人の女子として、真尋を護りたいと思うようになった。…この意味が分かるか?」
いつになく、真摯な表情で言葉を紡ぐ三日月から、視線を逸らす事が出来ない。
語弊が生じるような物言いは、やめて欲しい。
それでは、まるで―――
「(三日月さんが、私のこと好きみたいじゃん…)」
自惚れにも程がある。
神の名に恥じぬ、美しい容姿を持つ三日月が、平凡な自分を、異性として好きになるはずがないのに。
だとすれば、妹か孫のように、庇護欲を掻き立てられるのだろうか。
思い至った考えに、何故か気落ちしている自分がいた。
「はっきり言ってくれなきゃ、分かんない…」
先程から、痛いほどにドクドクと脈打つ心臓と、熱を帯びた頬を静める為に、三日月に言葉を求めた。
ほんの少し、心のどこかで期待している、自分の考えを打ち消す言葉が、現実を突きつける言葉が欲しいのだ。
「真尋、俺は―――」
互いの視線を絡めたまま、三日月が言葉を紡ごうとした―――その時、突然、ノックもなくドアが開かれた。
勢い良く開かれたドアの向こうには、つい先程まで、この部屋にいた、鶴丸が佇んでいて。
「真尋、明日のげーむ大会の事なん、だ…が…」
溌剌(はつらつ)とした声で口を開いた鶴丸だったが、三日月の姿を視認した途端、その声は、次第に弱くなっていった。
何だか、物凄く間が悪い時に、部屋を訪れてしまった気がする。
内心でだらだらと冷や汗を流す鶴丸を余所に、三日月は真尋をそっとソファに下ろすと、ゆらりと立ち上がる。
「…鶴丸、」
「な、なんだ…?」
「少々、顔を貸せ。」
「(既視感!)」
「久しぶりに手合わせをしよう。」
「…拒否権は、」
「あると思うか?」
「イイエ。」
本来ならば、美しいはずの三日月の笑みも、今の鶴丸にとっては、般若にしか見えなかった。
手入れ時間はどれくらいかかるのだろうかと、自分の身を案じる鶴丸を余所に、三日月は真尋と向き直り。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休むといい。」
そう言って、優しく微笑むと、するりと真尋の頬を一撫でして、鶴丸と共に部屋を去って行った。
一人残された真尋は、あの時見せた、三日月の真摯な表情が、頭から離れずにいた。
「結局、どういう意味だったのよ…」
未だ早鐘を打つ心臓と、熱を帯びた頬は、暫く収まりそうにない。
あとがき
ありがちだけど書きたかったネタ。
三日月さんとの絡みが少なかったので、後半に持ってきたら、思いの外、長くなってしまった。
水無月藍那
2017/05/17
▼special thanks!!
星屑に口付け