碧棺 左馬刻
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碧棺左馬刻は基本迷わない。
それを単細胞と揶揄されることもあるだろうが、彼はもう、腹を括ってしまっている。
自身に対する絶対的な自信と、それを実際に成し遂げてきた実績。しかし彼はきっと、実績があろうがなかろうが変わらないのだろう。
自身がやると言ったらやるし、気に食わないことはやらない。自身の中に揺らがない基準がある。それがたとえ自身の命に関わるような案件でも、自身の基準に殉ずる。
そんな彼が最近、決めきれないことがあるようだ。
いや、左馬刻自身は決まっているのだ。関わらないほうが良い。職業上、自身に関わっていると今後危険な目に合わせてしまう可能性が高い。
もともと深く関わるつもりもなかった。
彼のシマで勝手を働いていた連中をしばきに行った現場に、たまたま彼女が居合わせただけ。仕事が終わったら関係ない。そこまで面倒を見る謂れもない。
彼女が自身の所属する組の組長の娘であっても、違法に作り上げられた借金を帳消しにして、そこで終わりのはずだった。
「左馬刻ィ、アイツを嫁にとれ」
そう突拍子もなく親父から言われたのは、なまえを助けて親父のもとに連れて行った時だった。
なまえを親父に会わせた後、そのまま泊めることになり、下の奴になまえを部屋に案内させた。親父と二人きりになってすぐ、言われた言葉がそれだ。
「…ア?!」
「聞こえなかったか?アイツを嫁にとれ」
「いや聞こえてんだよクソ親父!!急に何言い出しやがる!」
「何つう口ききやがるこのクソガキ!!おめぇも見ただろう?!アイツはいい女だ。どこぞのよくわからん男に奪われるくらいならお前にやる!!」
「どんな理屈だそりゃ!そんなに心配ならてめぇが親父だって名乗り出やがれ!!」
「できるかァ!!あんな前向きに生きてる娘の邪魔はできん!!!」
「元はと言えばてめぇが下半身で無責任に行動したせいだろが!」
「あれは不可抗力だ!ゴムに穴開けられてた!!」
「間抜けかァ!!!」
と言った具合に話は平行線を辿り、決着がつかず。
週一でなまえの近況を報告しろという過保護をいかんなく発揮した指令を受け、この日は終了となった。
だがそこは左馬刻だ。同じチームの入間銃兎に「利かん坊」と称される彼だ。親父の圧くらいなんともない。これだけでは左馬刻を迷わせる要因にはならない。なんといっても最大の要因は彼女自身だろう。
今日の彼女は、道案内を頼まれるという古典的なナンパに引っかかっていたところを左馬刻に救出された。今はお礼にご飯食べていきませんかという彼女からのお誘いに、まだ親父へのなまえの近況報告ができていないと考え、左馬刻が応じたところである。(この時点でだいぶ組長からの熱烈な嫁にとれアピールに毒されていることに無自覚な左馬刻である)
目の前でふにゃふにゃと幸せそうにカレーを頬張る彼女、いや彼女の体質とでも言えばいいのか。左馬刻が離れるに離れられない要因は彼女の異常なまでの事件に巻き込まれる性質にある。いかんせん彼女は事件とまではいかなくとも、面倒事に巻き込まれるし、巻き込まれに行く。彼女の行動原理が左馬刻にはまだ理解できない。ゆえに目が離せない。目を離した隙に彼女はまた色んなものを違法に担がされる予感しかしない。
自身の葛藤を前に今もなおふにゃふにゃと幸せそうにカレーを頬張るなまえに、左馬刻はなんだか悔しさを感じて彼女の頬をつねる。
「いひゃいでふ」
「てめぇがふにゃふにゃしてんのが悪ィ」
「ふにゃふにゃ?!」
自身がふにゃふにゃしているという謎の指摘に彼女が思考を巡らせている。なんともまぁ平和な光景である。
そんな彼女に一度だけ、気押されたことが左馬刻にはある。
あの日、なまえが親父に家族のことを聞かれた時のことだ。
感謝していると彼女は言ったのだ。幸せだと、そう言ったのだ。
何をキレイ事をと思うのだ、いつもなら。左馬刻はキレイ事が反吐が出るくらい嫌いなのだ。
しかし、彼女に対してはそうは思わなかった。それはきっと、彼女が本気だったから。
自分に言い聞かせるでもなく、強がっている訳でもなく、本気でそう言っているのがわかったからだ。その言葉を彼女が発したとき、思わず息を呑んでしまった。親父もだ。親父にもわかったのだ。これが本気の言葉だと。
あの時の彼女の眼差しはとても強く、まっすぐだった。物腰が柔らかいだけではない、彼女の芯がはっきりと見えた瞬間だった。それは左馬刻がなまえに興味を持った瞬間でもある。
前回、麻薬の売人に銃を向けられた時も、彼女はあの強くまっすぐな目をしていた。弱いくせに向こう見ず、そのあまりの無謀さに苛立ちつつも、自身が駆けつけたことでその強い眼差しが安堵に揺れる様を見るのは気分がよかった。
無自覚に数々の死線を乗り越えてきた彼女は今、食後のアイスに夢中である。
そんな彼女がふと、湧いた疑問を左馬刻に投げかける。
「左馬刻さん、ご兄弟いらっしゃいますか?」
「ア?どうした急に」
「ふふ、左馬刻さんとても面倒見がいいというか…人のお世話に慣れていらっしゃる気がして」
「あー…妹がいる」
「やっぱり!妹さんだと思いました!」
「…お前は一人っ子か」
「はい!なので兄妹っていう関係性にとても憧れているんです!」
自身も家庭環境は恵まれているとは言い難いだろう。しかし、自分には合歓がいた。合歓の存在が己を奮い立たせてくれたことは数知れない。そんな中で、彼女は本当に一人でいたのだ。
「あ、でも一度だけ…お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思ったことがあるんです!」
とても嬉しそうに彼女が語ったのは、彼女が小さい頃の話。
母が知らない男を毎日家に連れてくるのが恐くて、彼女はよくひとりで公園に出かけたそうだ。そこで一度だけ、ある男の子に遊んでもらったらしい。
「帽子を被っていて、髪型はわかりませんでしたが目がとても綺麗で…あ、その子も左馬刻さんと同じ綺麗な赤色だったんですよ!」
そこでふと、左馬刻に昔の記憶がよぎる。
まだ妹が生まれる前、父親がいつもより荒れていて、母と近所の公園ではなく、少し遠い公園に行って出会ったとても痩せている女の子。
「…その公園、敷地に似合わねェでっかい滑り台あるところか?」
「そうです!くじらさんの!左馬刻さんもご存じだったんですね」
そう嬉しそうに話す彼女の笑顔と女の子の笑顔が重なる。
「私、その男の子に救われたんです」
「ア?それってどういう…」
話を聞こうとしたところに左馬刻の携帯が鳴った。
思わず舌を打つ。画面を見ると恐らく仕事の要件だろう。自身の補佐をしている者からの電話だ。電話に出てみると案の定、しかも割と急を要する仕事だ。
「悪ィ、もう出る。ごちそーさん」
「どうかお気をつけて」
左馬刻が組に所属していて、詳細まではわからなくても危ない場面にたくさん出くわすだろうということはなまえもなんとなくわかってきている。心配そうにこちらを見てくる彼女を安心させる術を左馬刻は今、持ちえない。彼女との関係性が変われば持ちえるが、何よりそれを自身が望んでいない。必要以上に近づけば、危ない目に遭うのは彼女なのだ。苦し紛れに彼女の髪をくしゃりとひと撫でし、左馬刻は彼女の家をあとにした。
それを単細胞と揶揄されることもあるだろうが、彼はもう、腹を括ってしまっている。
自身に対する絶対的な自信と、それを実際に成し遂げてきた実績。しかし彼はきっと、実績があろうがなかろうが変わらないのだろう。
自身がやると言ったらやるし、気に食わないことはやらない。自身の中に揺らがない基準がある。それがたとえ自身の命に関わるような案件でも、自身の基準に殉ずる。
そんな彼が最近、決めきれないことがあるようだ。
いや、左馬刻自身は決まっているのだ。関わらないほうが良い。職業上、自身に関わっていると今後危険な目に合わせてしまう可能性が高い。
もともと深く関わるつもりもなかった。
彼のシマで勝手を働いていた連中をしばきに行った現場に、たまたま彼女が居合わせただけ。仕事が終わったら関係ない。そこまで面倒を見る謂れもない。
彼女が自身の所属する組の組長の娘であっても、違法に作り上げられた借金を帳消しにして、そこで終わりのはずだった。
「左馬刻ィ、アイツを嫁にとれ」
そう突拍子もなく親父から言われたのは、なまえを助けて親父のもとに連れて行った時だった。
なまえを親父に会わせた後、そのまま泊めることになり、下の奴になまえを部屋に案内させた。親父と二人きりになってすぐ、言われた言葉がそれだ。
「…ア?!」
「聞こえなかったか?アイツを嫁にとれ」
「いや聞こえてんだよクソ親父!!急に何言い出しやがる!」
「何つう口ききやがるこのクソガキ!!おめぇも見ただろう?!アイツはいい女だ。どこぞのよくわからん男に奪われるくらいならお前にやる!!」
「どんな理屈だそりゃ!そんなに心配ならてめぇが親父だって名乗り出やがれ!!」
「できるかァ!!あんな前向きに生きてる娘の邪魔はできん!!!」
「元はと言えばてめぇが下半身で無責任に行動したせいだろが!」
「あれは不可抗力だ!ゴムに穴開けられてた!!」
「間抜けかァ!!!」
と言った具合に話は平行線を辿り、決着がつかず。
週一でなまえの近況を報告しろという過保護をいかんなく発揮した指令を受け、この日は終了となった。
だがそこは左馬刻だ。同じチームの入間銃兎に「利かん坊」と称される彼だ。親父の圧くらいなんともない。これだけでは左馬刻を迷わせる要因にはならない。なんといっても最大の要因は彼女自身だろう。
今日の彼女は、道案内を頼まれるという古典的なナンパに引っかかっていたところを左馬刻に救出された。今はお礼にご飯食べていきませんかという彼女からのお誘いに、まだ親父へのなまえの近況報告ができていないと考え、左馬刻が応じたところである。(この時点でだいぶ組長からの熱烈な嫁にとれアピールに毒されていることに無自覚な左馬刻である)
目の前でふにゃふにゃと幸せそうにカレーを頬張る彼女、いや彼女の体質とでも言えばいいのか。左馬刻が離れるに離れられない要因は彼女の異常なまでの事件に巻き込まれる性質にある。いかんせん彼女は事件とまではいかなくとも、面倒事に巻き込まれるし、巻き込まれに行く。彼女の行動原理が左馬刻にはまだ理解できない。ゆえに目が離せない。目を離した隙に彼女はまた色んなものを違法に担がされる予感しかしない。
自身の葛藤を前に今もなおふにゃふにゃと幸せそうにカレーを頬張るなまえに、左馬刻はなんだか悔しさを感じて彼女の頬をつねる。
「いひゃいでふ」
「てめぇがふにゃふにゃしてんのが悪ィ」
「ふにゃふにゃ?!」
自身がふにゃふにゃしているという謎の指摘に彼女が思考を巡らせている。なんともまぁ平和な光景である。
そんな彼女に一度だけ、気押されたことが左馬刻にはある。
あの日、なまえが親父に家族のことを聞かれた時のことだ。
感謝していると彼女は言ったのだ。幸せだと、そう言ったのだ。
何をキレイ事をと思うのだ、いつもなら。左馬刻はキレイ事が反吐が出るくらい嫌いなのだ。
しかし、彼女に対してはそうは思わなかった。それはきっと、彼女が本気だったから。
自分に言い聞かせるでもなく、強がっている訳でもなく、本気でそう言っているのがわかったからだ。その言葉を彼女が発したとき、思わず息を呑んでしまった。親父もだ。親父にもわかったのだ。これが本気の言葉だと。
あの時の彼女の眼差しはとても強く、まっすぐだった。物腰が柔らかいだけではない、彼女の芯がはっきりと見えた瞬間だった。それは左馬刻がなまえに興味を持った瞬間でもある。
前回、麻薬の売人に銃を向けられた時も、彼女はあの強くまっすぐな目をしていた。弱いくせに向こう見ず、そのあまりの無謀さに苛立ちつつも、自身が駆けつけたことでその強い眼差しが安堵に揺れる様を見るのは気分がよかった。
無自覚に数々の死線を乗り越えてきた彼女は今、食後のアイスに夢中である。
そんな彼女がふと、湧いた疑問を左馬刻に投げかける。
「左馬刻さん、ご兄弟いらっしゃいますか?」
「ア?どうした急に」
「ふふ、左馬刻さんとても面倒見がいいというか…人のお世話に慣れていらっしゃる気がして」
「あー…妹がいる」
「やっぱり!妹さんだと思いました!」
「…お前は一人っ子か」
「はい!なので兄妹っていう関係性にとても憧れているんです!」
自身も家庭環境は恵まれているとは言い難いだろう。しかし、自分には合歓がいた。合歓の存在が己を奮い立たせてくれたことは数知れない。そんな中で、彼女は本当に一人でいたのだ。
「あ、でも一度だけ…お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなって思ったことがあるんです!」
とても嬉しそうに彼女が語ったのは、彼女が小さい頃の話。
母が知らない男を毎日家に連れてくるのが恐くて、彼女はよくひとりで公園に出かけたそうだ。そこで一度だけ、ある男の子に遊んでもらったらしい。
「帽子を被っていて、髪型はわかりませんでしたが目がとても綺麗で…あ、その子も左馬刻さんと同じ綺麗な赤色だったんですよ!」
そこでふと、左馬刻に昔の記憶がよぎる。
まだ妹が生まれる前、父親がいつもより荒れていて、母と近所の公園ではなく、少し遠い公園に行って出会ったとても痩せている女の子。
「…その公園、敷地に似合わねェでっかい滑り台あるところか?」
「そうです!くじらさんの!左馬刻さんもご存じだったんですね」
そう嬉しそうに話す彼女の笑顔と女の子の笑顔が重なる。
「私、その男の子に救われたんです」
「ア?それってどういう…」
話を聞こうとしたところに左馬刻の携帯が鳴った。
思わず舌を打つ。画面を見ると恐らく仕事の要件だろう。自身の補佐をしている者からの電話だ。電話に出てみると案の定、しかも割と急を要する仕事だ。
「悪ィ、もう出る。ごちそーさん」
「どうかお気をつけて」
左馬刻が組に所属していて、詳細まではわからなくても危ない場面にたくさん出くわすだろうということはなまえもなんとなくわかってきている。心配そうにこちらを見てくる彼女を安心させる術を左馬刻は今、持ちえない。彼女との関係性が変われば持ちえるが、何よりそれを自身が望んでいない。必要以上に近づけば、危ない目に遭うのは彼女なのだ。苦し紛れに彼女の髪をくしゃりとひと撫でし、左馬刻は彼女の家をあとにした。