伏黒 甚爾
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甚爾はなまえに言われてから暫くして禪院家を出た。
なまえは甚爾から直接そのことを言われた訳ではなかったが、なんとなく察していた。甚爾はなまえたちの家に転がり込んでくることもあったし、何週間も姿を現さないときもあった。なまえたちの家に来るときには毎回違った香水の匂いを纏っており、色んな女の人のところにお世話になっているのだろうこともなんとなくわかっていた。
それでもなまえは幸せだった。不定期ではあるものの、甚爾はちゃんと稽古をつけてくれたし、家を出てからは必ず、侑か治を仕事でつれていった際は、仕事が終わると必ず家に一緒に帰ってくる。甚爾がなまえたちの家に、そばに居場所を見出してくれているのだとなまえは嬉しかった。
「とッ、甚爾さん!!!」
甚爾はその日、なまえたちの家に来ていた。
あと一時間もすれば昼食、それまで一眠りしようかと縁側でごろりと横になっていた甚爾の元へ顔を真っ青にしたなまえが飛びついて来た。甚爾はなんなくそれを受け止め、何かあったのかと問う。
「か、カマキリ!カマキリがいる!!」
なまえの返事を聞いて、甚爾はそのまま眠る体勢に入った。
「甚爾さんヤダ!寝ないで!なんとかしてよぅ」
目を瞑った甚爾の身体をゆさゆさとなまえは必死に揺すってくる。
このまま甚爾が眠ってしまったら、台所でファイティングポーズをしてやる気満々のカマキリをどうにかする手段を失ってしまうのだ。
なまえたちの家は周りが自然に囲まれており、それはそれは色んな昆虫が頼んでもいないのに訪ねてくる。その度になまえは悲鳴を上げ、妖狐たちに追っ払ってもらっているのだが、今はその頼りの妖狐たちは裏山で遊びの最中である。
「甚爾さんこのままじゃお昼ご飯作れない!うぅ…お願いだからぁ」
最終的には甚爾の背中にぴったりとくっつき、べそべそと泣き出したなまえに甚爾が折れた。
「オイ、どかしたぞ」
甚爾が台所へ向かい、縁側に避難していたなまえに声を掛ける。
甚爾の報告にパァと目を輝かせ、なまえは甚爾に近寄った。
近寄ってきたなまえの目の前に甚爾はズイと自身の手で掴んでいるものを見せた。
「ホラ」
「ぴ」
急に自身の目の前に現れたカマキリの姿になまえは失神した。
ペロペロと自身の頬を舐められる感覚でなまえは目を覚ました。
治はなまえが目を開けると鼻筋をスリスリと擦り寄せてくる。大丈夫?と意図の込められたそれに、なまえは治の頭を撫でて答える。
なまえが寝かされていた近くには甚爾が座っており、侑からこやこやとお叱りを受けている。べしべしと侑から繰り出される攻撃を甘んじて受けている。
「侑」
名前を呼ぶと、侑がすかさずなまえのそばに来たので宥めるように身体を撫でる。
「起きたか」
そう言う甚爾をキッと見据えて、なまえは言った。
「今後甚爾さんのご飯は白米に梅干しだけだからね」
「…悪かった」
甚爾は段々と、色んな表情を見せるようになった。
出会った頃から表情を取り繕うということはなく、割と素直に感情が表情に出るタイプではあったものの、家を出てからの甚爾はごく稀にとても穏やかな表情を見せるようになった。今までよりも一緒に過ごす時間も増え、甚爾のことを少しずつ知っていく中で、なまえが抱く甚爾への想いにも変化があった。
でも、だからこそ気付いてしまった。
甚爾にそんな表情をさせているのは自分ではなく、他の女性の存在なのだと。
そう気付いてから、覚悟はしていた。
いつか来ると思っていたその日はなまえが11歳のときに来た。
結婚する、と言った甚爾に、なまえはそう、とだけ返した。
「なんだよ、祝ってくんねーのか?薄情なヤツ」
結婚なんて柄じゃないと甚爾はそう思っているのだろう。
なんだか照れくさいような、落ち着かないような様子の甚爾はそれを誤魔化すようになまえを茶化した。
あぐらを掻いて、膝に肘を立てて頬杖をついている甚爾の前になまえは立つと、甚爾の頬に両手を添えて、優しく上を向かせると顔を近付けて唇に触れるだけのキスをした。
ポカン、と何をされたのかよくわかっていない甚爾になまえは笑った。
「好きな人が他の人と結婚するって聞いて祝えるほど、まだ大人じゃない」
そう言って背を向けるなまえに寄り添うように妖狐たちが自身の尻尾をなまえの足に巻き付ける。
「さよならだね、甚爾さん」
なまえは最後に顔だけ振り向くと、甚爾に向けてこう告げた。
「私を振るからには、絶対、末永く、幸せになってね」
そう言い残すと、ポフリと煙が立ち上がり、煙が晴れたときにはそこになまえの姿はなく。
それ以降、なまえは決して甚爾の前に姿を現さなかった。