伏黒 甚爾
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「うぅ…行かなきゃダメ?」
「「こや!!」」
「うぅぅ…虫は駄目って言ってるのに…」
時刻は午後の9時を過ぎた頃。
なまえと妖狐たちはとある山の中の集落に来ていた。
胡宮家経由でなまえの元にある任務が下った。夜な夜な、その集落では次々に人がいなくなるらしい。その原因を追究、可能であれば対処するというもの。
野生の熊に襲われたのではとも言われたが、村人が襲われた現場や付近に熊や動物の足跡等は見つからず、呪霊の可能性があると窓を派遣したところ、呪霊のものらしき残穢を確認。胡宮家に依頼が入った。
なまえは10歳になった。
甚爾に稽古をつけてもらうようになって早二年。着実になまえは強くなった。
自身の身体を思うように動かせる。そのことがなまえに自信を与えた。最近では体術に呪力のコントロールを合わせて甚爾に向かって行く。しかしまだ勝てたことは、というよりも攻撃を当てられたことは一度もない。その悔しさをバネに[#da=2#]は更に鍛錬を重ね、今では二級相手なら臆せず戦えるまでに至った。
そんななまえがなぜ今、任務に対して泣き言を言っているのかというと、村人を襲っていたのだろう呪霊を発見することは出来たのだが、その姿に問題があった。
蜂なのだ。それもミツバチなどの可愛らしい蜂ではなく、大きな顎に尾からは粘っこい粘液のようなものを分泌し、恐らく毒針だろう鋭利なものを携えている。言ってしまえばスズメバチのような風貌をしている。
日中は土の中に潜んでいたのだろう、ズルりズルりと土の中から這い出ている最中だ。
なまえは震え上がった。
「私こういうの多くない?色んな姿形の呪霊がいるのに、よりによってなんで虫?」
気配を潜めつつ泣きじゃくるなまえを治が慰めるようにペロペロと頬を舐めてくる。
侑は早く行こうとばかりに尻尾をたしたしと地面に打ち付けている。
そうこうしている内に蜂の呪霊の身体が地面から完全に抜け出し、羽を広げる。そこまで来てなまえはようやく決意を固めた。
「ツム、サム!」
「「くや!!」」
なまえが妖狐たちに呼びかけると、妖狐たちはなまえが思い浮かべた呪具に変化する。現れたのは弓と矢。呪霊に狙いを定め、射る。しかし、呪霊の反応速度が勝った。
矢を避けた呪霊は矢の飛んできた方向からなまえたちの位置を掴むと、一息でなまえの目の前に来る。その速さに、以前のなまえなら対処しきれなかっただろう。でも今は違う。
一気に距離を詰め、なまえの喉元に食らいつこうとした呪霊の顎に呪力で強化した脚力で一発。まさか自身の動きに反応されると思っていなかった呪霊は、顎をキレイに蹴り上げられたことでぐらぐらと身体を揺らす。焦点を定めることができない呪霊に立て続けに攻撃を仕掛けようとしたなまえは自身に向けられた呪霊の尾がプクリと膨らんだことに気付き、距離を取った。直後、呪霊の尾から四方に飛ばされたのは毒針。針が刺さった木が次々に枯れていく。
「一針でも食らったらアウトだね」
「「ウゥゥ…」」
呪霊から距離を取る際に、先程矢を飛ばした方向へ移動していたなまえは矢から変化を解いた侑と合流。治も弓から変化を解き、警戒するように呪霊を睨み付け、唸る。
平行感覚を取り戻した呪霊がなまえに向き直り、構える。尾には先程のような粘液を分泌している針は見えない。先程のような攻撃はもう打てないのか、それもブラフか。
どちらでも問題ないとなまえは判断した。
動きを見切って対処すれば、問題ない。
目の前の呪霊は確かに強い。反応速度も、攻撃の強度も、どれも死に直結するようなレベルであることは確か。それでも。
普段相手をしている甚爾に比べてしまえば、遅すぎるのだから。
家に戻ると、居間の畳に我が物顔で寝転がり、くつろぐ甚爾がいた。
「…甚爾さん、本当勘が良いね」
「あ?」
「今日もつ鍋だよ」
いつも無愛想で変化が乏しい甚爾の表情が、少し嬉しそうなものに変化した。
任務に行く前に下ごしらえは済ませてあったので、居間のちゃぶ台の上にカセットコンロをセットして鍋に火をかける。
治と侑も人の姿に化けると競うように洗面所に行き、手を洗いに行った。
「任務か?」
「うん、強かったけど術式は使ってこなかったから二級かな」
「そーかよ」
甚爾はこうして、稽古をつける日以外でもなまえたちの家に顔を出すようになった。そんな日は決まって食卓に混ざり、ご飯を食べていく。夕ご飯を食べたあとは大抵泊まっていくので、今日もそうだろう。
具材がグツグツと頃合いになったので取り皿に分けてよそっていく。
はぐはぐと熱々の具を口の中に放り込んでいく一人と二匹を見ていると、なまえはどうしようもなく幸せを感じる。
「…甚爾さん、口元の傷って今も痛む?」
「もう痛まねえよ。だいぶ前のだしな」
「いつの?」
「ガキの頃」
「転んだの?」
もぐもぐと咀嚼したものをごくりと飲みこんで、甚爾は吐き捨てるように言った。
「家の奴らの嫌がらせだ」
その後、なんでもないように食事を再開した甚爾だが、なまえはずっと思っていた。
甚爾の家のことは詳しくは知らない。一度、甚爾と初めて会った時に甚爾と一緒にいた禪院家の人たちにどうしようもない嫌悪感を抱いたことはあったが、それ以上のことは知らないのだ。甚爾はあまり自分のことを話さない。特に家のことは話さないから。それでも、初対面のときに垣間見た甚爾に対する禪院家の態度。不意に見せる甚爾の表情を見る限り、円満な関係は築けていないのだろう。
勿体無い。なまえはそうシンプルに思うのだ。
「ねぇ甚爾さん」
「ん?」
「家、出たら?」
「…は?」
きょとり、とどこか間の抜けた表情の甚爾になまえは続ける。
「甚爾さんの家のこと、よくわからないけど…甚爾さんすごく窮屈そうに見える。何か理由があって留まるならまだしも、そういう訳じゃないならそんなところ、自分から出ちゃえばいい」
その言葉は、とても無責任なようでいて、確かな重みがある言葉だった。
幼い頃、実際に家を出たなまえだからこそ、その言葉は確かな質量で甚爾に届く。
「行くとこ決まるまでウチにいてくれればいいし、むしろそのまま一緒に暮せたら私は嬉しい」
そう笑うなまえはどこか大人びていて、それでいて自分の気持ちを素直に伝えてくる子供らしい満面の笑みで甚爾を見た。
「甚爾さんは強いから、どこに行っても大丈夫。生きていけるよ」
ね、と甚爾に笑いかけるなまえを見ながら暫く甚爾は動けなかった。
家を出る。成人して自立するため、親との関係を断つため。その意味合いや範囲は人それぞれ違ったとしても、その選択肢は誰もが持ち得るものの筈なのに。あの狭く、屈折した家にいるとその選択肢すら気付けなかった。
箸を止めていた甚爾の取り皿から具を奪った治へ拳骨を食らわせるまで、甚爾はぼんやりと上の空だった。けれど不思議とずっと自身を覆っていた靄が晴れたような、そんな感覚を甚爾は確かに感じたのだった。
食事を済ませ、風呂に入り、就寝する。
なまえはもう、昔のように回りくどいことはしなくなった。
甚爾が頻繁に泊りにくるようになっても、布団を買い足したりはしない。甚爾が泊まりに来たときは甚爾を先に風呂に入れ、自身が風呂から上がると先に布団でくつろいでいる甚爾の元に来て、当り前のように毛布を捲りあげ、自身の身体を滑り込ませてくる。
始めは窮屈だったり、多少の鬱陶しさを感じていた甚爾だが、今ではすっかり慣れた。寝ている間に無意識に自身の寝相でなまえに危害を加えてしまうのでは考えていた時期もあったが、起きると毎回コアラの赤子のように自身の腕を巻き付け、甚爾に抱き着いて眠るなまえを見て、まぁ大丈夫かと思うようになった。
「おやすみ、甚爾さん」
毎回、なまえからされるその挨拶に甚爾は返事を返さない。
それでも、なまえが微睡んで眠りにつく頃に不器用に頭を撫でてくれる手の感触を知っているから、なまえはちっとも寂しくなかった。