伏黒 甚爾
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「お願いします!」
「おー、さっさと来い」
とある日曜日のお昼前。
なまえは甚爾に体術の稽古をつけてもらっていた。
甚爾からの指示は一つだけ。
「俺に攻撃を当てろ」
甚爾となまえが出会い、そして稽古をつけてくれるようになってから一か月程が経った。それでも、なまえはまだ甚爾に攻撃を当てられたことはない。
ひたすら甚爾に向かって拳や蹴りを繰り出すが、どれも避けられるかカウンターを食らって吹っ飛ばされる。
始めの頃は吹っ飛ばされる度に碌に受け身も取れずに地面にべしゃりと転がっていたが、最近では吹っ飛ばされることにも慣れ、受け身を取り、そのあとすぐに次の攻撃に繋げられるようになってきた。
「ぐぇえ」
「少しはマシになったな」
吹っ飛ばされて、ぐぬぬ…と地面に這いつくばり、悔しそうに唸るなまえを甚爾はニタニタとからかうように、楽しむように見下ろす。
「「こやぁあ!!!」」
なまえの稽古がひと段落すると、意気揚々と金と銀の狐たちが甚爾に飛び掛かる。
始めの頃は甚爾が妖狐の侑と治を見えるように、狐に化けて稽古をつけてもらっていたのだが、あまりにも攻撃が当たらないので最近は妖狐の姿のまま甚爾に向かって行く。呪力を持たない甚爾に妖狐の双子の姿は見えないのに、それでも攻撃を避けられ、確実にカウンターを食らう。今も甚爾に交互に吹っ飛ばされている双子たちを尻目に、なまえはお昼ご飯の準備に取り掛かった。
「ご飯できたよー」
「「!」」
なまえの声掛けに甚爾にひたすら飛び掛かっていた双子たちの動きがピタリと止まった。真っ先になまえの元に駆け寄ってきたのは治である。
なまえの目の前まで行くと、ポフリと煙を立てて変化する。
「メシ!」
「手洗いうがいしておいで」
目を輝かせながら洗面所に駆けて行く治は、なまえと同じくらいの年齢の小さな男の子の姿をしている。ツーブロックの銀髪に垂れ目で、眉は太め。本来人間と同じ食事が必要でない妖狐だが、治は昔から食に対して興味津々と言った様子で、なまえが食事をしているときは、必ずなまえのそばに寄り添い、じいとその様子を見ていた。
「食べてみる?」
あまりにもご飯に対して興味津々な治に、なまえが声を掛けたのがきっかけ。嬉しそうに目を輝かせた治に、化けてごらんと言うと始めの頃は上手く人に変化できなかったものの、徐々に上達して今では完璧に人に化けることができている。侑も真似をして人に化け、食事をするようになったが、食事をするために人に化けることに関しては治の成長スピードが勝った。シンプルに食への執着、食い意地の差である。
「「いただきます!」」
「召し上がれ」
両手を合わせてきちんと挨拶するのは信介の教育の賜物である。
美味しそうになまえが握ったおにぎりをパクパクと口に運んで行く。まだ箸を上手く使えない双子も食べやすいおにぎりはなまえたちのお昼の定番メニューである。
ちなみに、侑も人に化けると治と瓜二つな風貌になるが、髪色が金色で髪の分け目が治とは逆である。
「相変わらず食い意地張ってんな」
「甚爾さんは具、何が良い?」
双子より遅れて食卓にやってきた甚爾は、ガツガツと食事をしている双子を呆れたように見ながら座布団に腰を下ろした。
「何があんだ?」
「明太子、梅、おかか、ツナマヨ、しゃけ、高菜!」
「随分作ったな」
具ごとに分けられているお皿を順番に指さしながらなまえが説明をする。
まだ8歳の小さな[#da=2#]の手で握られた、キレイな三角形のおにぎりは甚爾には小ぶりなサイズだ。まず明太子のおにぎりを二口で食べ終えた甚爾は、そのまましゃけのおにぎりに手を伸ばす。
もぐもぐと自身が握ったおにぎりを食べ続ける三人になまえは嬉しそうに笑った。
甚爾は気まぐれになまえたちのところにやってきては、稽古をして、その後双子のどちらかを連れてどこかに行く。色んな呪具に変化できる双子は、一度なまえの呪力で呪具に変化した後はなまえから離れても変化は解けない。
「甚爾さん、ついて行ってもいい?」
双子のどちらが甚爾についていくかは交互の順番にしており、今日は侑が甚爾について行く。刀に変化した侑を持って甚爾が家から出ようとしたところでなまえが問いかける。
「…今日は駄目だ」
そう断った甚爾は恐らく、今回は家の仕事ではないのだろうとなまえは思った。
甚爾が双子のどちらかを連れて行くのは、家の仕事のとき。もしくはそれ以外の仕事のときのどちらかだ。禪院家の仕事のときは気まぐれになまえも帯同を許されるときがある。呪具を自在に操って呪霊を圧倒する甚爾の戦闘は見ていて勉強になる。規格外の身体能力ならではの動きをするので参考にならない点もあるが、甚爾の動きを見て、真似をしてみることでなまえ自身の体術のバリエーションが増えていく。蓄積されていくのだ。
そして何より、なまえは甚爾の戦っている姿を見るのが大好きだった。
甚爾に断られてしょんぼりとしているなまえの頭を軽く撫でつけて、甚爾は侑と一緒に出て行った。
ふと自身に擦り寄る体温でなまえは目が覚めた。
目を開けると、障子から入ってくる月明かりに照らされた金色のもふもふが自身に擦り寄っている。
「侑、おかえり」
「こやぁん」
鼻筋にちゅ、と口づけると侑は嬉しそうに三本の尾を揺らした。
治に比べて侑は、こうして素直に甘えてくることが少ない。甘えたいという気持ちを素直に行動に移すことが苦手なのだ。嬉しい、とか悔しい、とか、普段の感情は素直に態度に出る侑だが、こと甘えることに関しては意地を張ってしまうことが多い。そんな侑が唯一素直に甘えてくるのが甚爾と呪霊退治をして帰ってきたこの瞬間なのだ。少しでも自身と離れて寂しいと思ってくれているのかなとなまえは少し嬉しかったりする。
ごろりと腹を見せて甘える侑をよすよすと思う存分撫でていると、ガタリと居間のほうから物音がした。そして微かに香る血の匂い。
なまえは慌てて布団から出ると音のした居間へ走っていく。
「、甚爾さん、怪我?」
「大したことねぇよ」
かすり傷だ、と怠そうに言った甚爾はそのまま居間のちゃぶ台の近くに座り込んだ。
なまえは急いで救急箱を持ってくると甚爾の出血箇所を確認した。左の脇腹に切り傷があり、そこを手際よく手当をしていく。
「…慣れてんな」
「昔は私、今以上に任務で怪我してたから」
そうなんでもないように話すなまえの生い立ちを、甚爾は大まかに聞いている。
甚爾は始めなまえからの稽古をつけてほしいという依頼を断っている。
面倒だから、と適当に断り続ける甚爾になまえは何度も何度もお願いに来た。そんなとき、気まぐれに聞いたのだ。何故そこまで稽古をつけてほしいのかと。強くなりたいと答えたなまえに何故そんなに強くなりたいのかと。
「生きるため」
ざっくり自身に起きた出来事を甚爾に話したなまえは最後、シンプルにそう理由を話した。そして甚爾は、最終的にはなまえの根気に負けた、とか胸打たれた、とかではなく、単純に妖狐の色んな呪具に化けることができる能力が自身にとってメリットになると踏んで、妖狐の呪具を自身に貸し出すことを条件になまえの稽古の依頼を受けることにした。なまえと出会った頃、甚爾は禪院家以外の仕事もするようになっていた。仲介屋から仕事を斡旋してもらい、報酬金を受け取る。その際に家の呪具を持ち出そうとすると色々と家の連中がうるさかったのと、等級の高い呪具は持ち出すことが禁じられており、その分仕事をこなすのに手間がかかっていた。その点、妖狐が化けた呪具は家の持ち出しが許可されていた呪具よりも等級としては高く、何より持ち出す際の家の連中の煩わしさもない。適当になまえを地面に転ばしていればその報酬として呪具が使い放題。適当に相手をして、利用できるだけ利用しようと考えていた。いや、今も考えている。
でも存外、甚爾はなまえと妖狐が暮らすこの空間を気に入っている。
できた!と包帯を巻き終えたなまえの頭を甚爾はくしゃりと撫でつけた。
甚爾の不器用な手を嬉しそうになまえは受け入れる。
「甚爾さん、泊まっていく?」
「あー…そうだな。帰るの面倒だしな」
「布団使っていいよ」
「もう一組あんのか?」
「ん」
こくりと頷いたなまえに連れられて甚爾は先程までなまえが寝ていた布団に案内された。
翌日目を覚ますと、甚爾が寝ている布団の横に、畳に直に寝転がって眠るなまえの姿があった。近くに双子の匂いを感じるので、なまえに寄り添うように寝ているのだろう。
「…布団ないのかよ」
昨晩、もう一組あると言っていた布団を出してくるから先に寝ててとなまえに言われ、甚爾はなまえが寝ていた布団に寝転がった。仕事後でそれなりに疲れていたこともあり、なまえが戻る前に眠りについたのだ。
甚爾は舌を打つと、布団の横で丸くなって寝ているなまえの身体を布団の中に引き寄せた。その身体は少し冷えている。
「…ガキが回りくどいことしてんなよ」
何故なまえがないはずの布団を、あると言ったのか。嘘をついたのか。
なまえが目を覚ましたとき、甚爾と同じ布団で寝ていることに気付いた時のあの嬉しそうな笑顔は中々に悪くないと甚爾は思った。