伏黒 甚爾
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排球とのクロスオーバーと言えるかわからないほど排球側が原型を留めていません。
下記の稲荷崎の三人が狐です。
排球を読んでいなくても問題ないくらい原型を留めていません。
・信介(しんすけ)(イケメン。排球読んでない方ぜひ読んで)
・侑(あつむ)(原作、始め顔の良いクズ。でもそれは、彼のほんの、ほんの一部分でしかない)
・治(おさむ)(メシ大好きなイケメン。メンタル健全過ぎ。口説きたいならメシを上手そうに食え)
作者は呪術に関して難し過ぎて内容把握しきれてなかったり、理解できてなかったり、かなり独自の解釈で書いてます。お稲荷様とか妖狐に関してもなんちゃってで書いてます。
甚爾さんの年齢等々、捏造です。
諸々細かいこと気にしない方はどうぞ。
目の前には金色と銀色の毛並を持つ二匹の子ぎつねが、なまえの目をじっと見つめている。
とある三月三十一日、三歳の誕生日を迎えたなまえは胡宮家に代々伝わる術式を発現させた。
胡宮家。一時期、禪院家や加茂家、五条家の御三家に並ぶ力を持った呪術師の家系である。術式はお稲荷様のご眷属である白狐を使役できる。使役できる白狐は限定されており、三歳の誕生日を迎えた際に術者の前に現れた白狐と契約、契約した白狐の能力を使うことができる。由緒正しい呪術師の家系だが、九代目当主のとある事件以降は徐々に力が衰え、昨今の人々のお稲荷様への信仰心が薄れてきていることもあり、衰退の一途を辿っている。
白狐の力の源は人々の信仰心だ。その信仰心が薄れてきているということは、白狐の持つ能力も弱まるということ。故に白狐を使役する術者も強い術式を展開することができず、呪術界において力を示すことができない。胡宮家が昔は御三家に匹敵する呪術師の家系だったことを知る者も少なくなってきている。
そんな中生まれたのがなまえだった。中々後継ぎとなれる者が現れない中での子供の出産。家の者たちは次こそは後継者たる子供が生まれてくることを期待していた。しかし、生まれてきたのは女児だった。そのことに落胆するものもいたが、なまえが三歳になる頃には皆がなまえを次期当主へと支持していた。なまえの身体の内側に蠢く呪力量。その質量に誰もが圧倒されたのだ。白狐の力が衰えているとはいえ、なまえの凄まじい呪力量があれば強力な術式を扱えるはず。
家の者が待ちに待ったなまえの三歳の誕生日。胡宮家本家である兵庫県のとある大きな日本家屋の一室でなまえの誕生日の祝いの席が行われている最中のことだった。なまえの前に現れたのは、尾が二つに割れている二匹の子ぎつねだった。
幼いなまえでも、周りの空気が凍りついたことに気付いた。
「妖狐だ…!妖狐憑きだ!!!!」
ざわざわとざわめく周囲の大人たち。そしてなまえに向けられるのは、敵意だった。
なまえはとても混乱した。今までなまえを大切に、可愛がってくれていた大人たちから向けられている敵意に何が起こっているのかわからなかった。周りを囲う大人たちから向けられる剣呑な目つきが恐くてなまえは助けを求めるように自身の両親へ視線を向けた。しかし、両親からなまえに向けられていたのは、恐怖、失望。それを理解したそのとき、なまえの世界から音が消えた。
周りの大人たちが何かをなまえに向けて喚き散らしている。しかし、なまえの耳はそれを音として、言葉として捉えるのをやめてしまった。そしてなまえに向けられたのは、殺意。
「殺してしまおう、今ここで!!!」
「術師を殺せば妖狐も消える!!!!!」
「二度と九代目の時のような事件を起こす訳にはいかないのだ…!」
周りの者たちは次々に契約している白弧を呼び出し、呪力を練り上げる。周りが何を言っているのか聞き取れなくても、殺意は充分なまえに伝わってくる。自身の背後にある襖によって、これ以上後退することができない。どうすることもできず、身体を震わせるなまえの前に二匹の子ぎつねがなまえを守るように大人たちと対峙する。
威嚇してくる子ぎつねを見て、大人たちは更に警戒を強める。自分たちがしようとしていることが正しいのだと確信を強めていく。妖狐は悪いものだ。人に害をなす、退治すべき存在なのだと。
一触即発な空気の中、凛とした声がその場を制す。
「気を治めや。両者ともこの場で争うことは許さん」
その凛とした声はなまえの耳にもちゃんと届いた。
「…信にぃ、」
声の主を見上げたなまえの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
信にいと呼ばれた上質な着物を纏っている若い男は、なまえと対峙していた者たちの間をゆっくり歩いて来る。先程までなまえに誰も近付けないよう歯を剥き出して威嚇していた子ぎつねたちも、その男がなまえに近づけるよう道を開けた。
なまえの目の前までくると、その男はなまえに目線を合わせるようにしゃがんで両腕を向けた。
「おいで、なまえ」
広げられた両腕に、なまえの両目から次々に涙が溢れ、そして飛び込んだ。
男は、大声で泣き出したなまえの身体をぎゅうと抱きしめ、あやすように自身の尻尾でなまえの身体を優しく叩く。
信介、と現当主から名を与えられたその白弧はなまえが生まれたときからなまえの面倒をよくみていた。現当主と契約している信介はとても古い歴史を持つ白弧だが、見た目は十七、八に見えるほど若く、なまえは兄のように信介を慕っている。立派な一本の尾を持ち、白く太い尾の先端は先だけ黒くなっている。頭髪も同じように白髪で、毛先だけ黒くなっている。
現当主と契約している白弧である信介の位は高く、何より規律を重んじる信介への信頼は厚い。しかし、だからこそ妖狐と契約を結んだなまえを庇うその行動が家の者には理解できなかった。
「信介様!なまえは妖狐に憑かれております、今対処しなければ胡宮はまた過ちを犯します」
「どうか、ご許可を…!」
「あかん。現当主も同じ意見や」
ざわざわとなまえを囲う大人たちの動揺が広がっていく。
信介の契約者である現当主は齢八十を超しており、最近は床に伏していることも多くなった。それでも呪力、術式共に現当主の右に出るものは現胡宮家にはいない。それがより胡宮家の力の衰退を如実に表している現状だった。
現当主、そして現当主と契約している白弧の信介、両者の意見だとしても、なまえを今ここで殺さないという意見には納得ができなかった。誰もが不安なのだ。もしこの先、なまえと同じように妖狐と契約していた胡宮家九代目と同じ過ちが起これば、自分たちに止める術がないことが。取り返しのつかない事態になるのではと誰もが恐いのだ。
そんな家の者の気持ちを汲み取り、信介は続ける。
「人々の信仰は年々薄れ、白弧の力も薄れてきとる。このままでは家の存続すら危ういのは紛れもない事実や。だからこそ、賭けてみいひんか?」
「しかし、それはあまりにもリスクが大きすぎます!」
ゆらゆらと不安に瞳を揺らすなまえを、信介は愛おしく愛おしく頭を撫でる。
「もし、“この子ら”が悪さをするようなことがあればそのときは…命と引き換えにこの子らを封印する」
信介の言葉に、家の者たちは息を呑んだ。
白弧にとっての命と引き換えにというのは、魂の消失を意味する。通常、白弧と契約している術者が死ぬと白弧は元々仕えているお稲荷様の元へ還る。そしてまたご縁があった術者と契約を交わしたりもする。しかし、魂が消失してしまえば信介は二度と、胡宮家と契約することはない。位が高い白弧である信介の消失が与える胡宮家への影響は測り知れない。それでも、このままいけば胡宮家の血が絶えるだろうことは皆わかっていた。だからこその、賭けなのだ。
「なまえ、家を出るんや。そんで強くなり。色んな人と出会うことでお前は強くなれる」
そしてなまえは六歳になった誕生日に胡宮家を出た。金色の狐と銀色の狐を連れて。
胡宮家を出てから、なまえは毎日強くなるために修行をした。
戦いの基礎となる体力づくりに呪力コントロール、そして自身と契約している妖狐二匹との術式使用まで、毎日欠かさずに鍛錬をした。なまえと妖狐が住む家は現当主の古くからの友人のツテで京都にある神社の離れを住居として使わせてもらっている。元々神社の神主一家が住んでいたのだが、家屋が古くなってきたことや神主の両親がだいぶ高齢になってきたことも加わり、バリアフリーの新しい住宅へ引っ越すとのことで譲り受けることができた。とても古い家だが、広い庭や辺りは山に囲まれており修行の場には困らない。何より人里から適度に離れ、人が来ないので妖狐の二匹に窮屈な思いをさせることなく、なまえも周りの人間に気を遣うことなくのびのびと過ごすことができる。
「侑!治!」
「「こや!」」
家の庭で今日も修行に励むなまえたち。なまえが声を掛けると、二匹は元気に返事を返す。ぼふんと音を立てて煙が立ち上り、その煙がはけると現れたのは二本の小刀。
「すごい!また違う呪具だ!二人ともすごいねぇ」
「「こやぁん」」
ぼふりと再度狐の姿に戻った二匹は褒めろとばかりになまえに擦り寄ってくる。
二匹の妖狐である侑と治。金色が侑、銀色が治。名付け親は信介である。なまえの前に初めて姿を現した時は尾が二本だったが、今は三本に増えている。妖狐は力を増すごとに尾が増えていき、最高位となると九本になる。着実に力をつけている侑と治の術式は色んな種類の呪具に化けることができるというもの。前より色んな種類の呪具に変化することができるようになっている侑と治をなまえはよしよしと撫でてやる。
「あとは、私が呪具を使いこなせるようにならないと…」
そう呟いたなまえは見るからにしょぼくれて落ち込んでしまった。同じ年齢の子供に比べたら体力も筋力もあるなまえだが、それでもまだ色んな呪具を使いこなせるほどの身体はできていない。自身と妖狐たちの命を助けてくれた信介と現当主のためにも、なまえは強くなって自身の存在価値を示さなければならない。
なまえを励まそうと侑がなまえの頬に手を添えようとするが、力加減が上手く出来ず、叩くようになってしまった。
「…痛い」
「こやぁあ!!」
それに怒ったのは治で、怒り声を上げながら侑をゲシゲシと後ろ足で蹴り上げている。そこからは双子でもある二匹の大乱闘が始まってしまい、なまえはほとほと困ってしまった。そんな永遠に続くかのように思われた双子の喧嘩は訪れた客人によってすぐに収められた。
「また喧嘩しとんのか」
「「!」」
「信兄!」
なまえが駆け寄って抱き着くと、信介は凛々しい眉と目を緩めてなまえの頭を優しく撫でる。
なまえが胡宮家を出て暫くは信介も燐と妖狐たちと一緒に暮らしていた。
身体づくりや呪力の使い方だけでなく、掃除や洗濯、料理など生きる上で必要なことをなまえに教えてくれた。なまえが胡宮家を出て二年が経った今では、こうしてたまに手土産を持ってなまえたちのところを訪れ、思い切りなまえを可愛がってまた胡宮家へ帰っていく。
「なまえ、頬の切り傷はどうしたん?」
信介がなまえに問いかけると、侑がビクリと身体を震わせた。
侑も治も好奇心がとても強く、我が道を行くタイプの性格で中々手に余るじゃじゃ馬っぷりだが、信介の言うことは良く聞いた。始めは聞く耳も持たない態度だったが、信介の隙のなさだったり、常に正論で痛いところを突いてくるところを苦手と感じつつも、人にも厳しいが自分に対して一番厳しいところだったり、なまえと妖狐たちが恵まれているとは言えないまでもこうしてある種のびのびと生きることができているのは信介のおかげだということを侑も治もちゃんとわかっていた。だからこそ、信介の言うことはちゃんと聞く。
怒られる、と身体を縮こまらせている侑をなまえは慌てて庇う。
「侑ね、私を励まそうとしてくれたの!ちょっと力強くて、爪が引っかかっちゃったけど、でもね、私嬉しかったよ。…おいで、ツム」
なまえは侑の愛称であるツム、と名前を呼ぶと侑はそろそろと燐に近づいた。そんな侑をなまえはぎゅうと抱きしめる。嬉しそうに尾を振る侑のそばに治も近づいてくる。
「ふふ、サムもおいで」
愛称で呼ばれた治も嬉しそうになまえの腕の中に入っていく。仲睦まじい光景に信介はまたも目元を優しく和らげた。
時刻は午後十時を回った頃。なまえと妖狐二匹は京都のとある小学校に出向いた。呪霊討伐の任が胡宮家から入ったためである。
なまえはこうして自身の修行と並行して、胡宮家に依頼が入った呪霊討伐の任務を代わりにこなしている。それはなまえの実力が認められたから、という訳ではなく、所謂経過観察のようなものだ。任務は胡宮家使いの白弧を通じて通達され、なまえが任務をこなす様子を必ず家の誰かが遠くから監視している。なまえがどの程度の力をつけているのか、妖狐が暴走していないかを注意深く観察しているのだ。
三級以下の低級呪霊を妖狐が化けた二本の小刀で祓いながら呪いの気配が一番濃い場所へと進んでいく。窓からの報告では二級の呪霊とのことだった。
辿り着いたのは体育館。
開けるよ、そう妖狐たちに言おうとして、しかしそれは言葉にならなかった。
なまえは慌てて体育館へと繋がるドアの前から飛び退いた。直線状ではなく、横に避けたのが良かった。体育館の中にいる呪霊の攻撃は体育館のドアを破壊しただけでは止まらず、校舎へと続く廊下にも傷を残していく。その傷を見ると恐らく衝撃波ではなく、斬撃。中を除くと人型の呪霊がケタケタと愉しそうに笑っている。まるで自分の持ち得た力に歓喜しているような、新しいゲームを貰って喜んでいる子供のような様子でこちらに背を向けて笑っている。どうやらこちらに気付いて攻撃をしてきた訳ではないようだ。
人型、とは言ったが、どちらかというと昆虫が二本脚で立っていると言ったほうが正しいだろう。異様に長い腕のようなものは先端が鎌のようになっており、その姿はカマキリそのものだった。ぶるり、となまえの身体が震える。なまえは虫が苦手であった。
ふるふると首を振って思考を切り替える。呪霊は体育館のステージ前にいる。あの端の位置からなまえたちのところまでそれなりに距離があるにも関わらず、斬撃はドアを突き破り、それでも勢いは止まらなかった。攻撃範囲がとても広い。
今まで胡宮家からなまえに回って来た任務は三級以下の低級呪霊が対象のものだった。低級がたくさん集まってしまっている場所に祓いに行くことが主だった。初めての二級。しかも遠距離の攻撃もできるタイプの呪霊。
なまえは接近戦が苦手だった。体術がまだ未熟ななまえはどうしても呪霊の懐に入って応戦するということがまだできない。低級相手ならまだしも、今回は二級。いつもは妖狐たちの化けた呪具を振り回し、呪霊に当てることさえできれば、なまえの元々の呪力量で問題なく祓えていた。しかし今回は呪具を避けられることも考えないといけない。そうなった場合は体術で応戦しないといけないのだ。
できるだろうか、なまえがそう不安に感じたとき、妖狐たちの警戒する鳴き声がした。
ニタリ。
呪霊と目が合うと、呪霊は新しいおもちゃを見つけたように笑った。
なまえはもう泣くことすら許されないくらい追い込まれた。
カマキリのような呪霊はその異様に長い腕をしならせて、威力の高い斬撃を飛ばしてくる。次々に繰り出される攻撃範囲も広い斬撃に、なまえは逃げ回ることしかできなかった。逃げる範囲を限定されては不利になるので、なまえは攻撃を避けながら校庭まで移動した。
そんな状況だというのに、妖狐たちは楽しそうにはしゃいでいた。こやこやと呪具のまま二匹で会話を交わしている。その声はとても弾んでおり、好奇心に満ち満ちている。妖狐たちがなまえの前に現れてから五年。それなりになまえも妖狐たちのことがわかるようになっていた。この妖狐たち、こんな状況にも関わらず呪霊の斬撃を見てはしゃいでいるのだ。こやんこやんと興奮したように話している内容はわからないが、恐らくこうだ。
飛ばせる斬撃、かっけー!
そして忘れてはいけないのがこの双子、好奇心がとても強いのである。
好奇心の強い“子供”が何をしたがるか、お分かり頂けるだろうか。
「「俺らも出来るんじゃね?やってみよ!!」」
ぼふり、と煙を纏ってなまえの前に現れたのは扇だ。二対の扇。
「えっ、え?!」
混乱するなまえに双子はこやぁあと鳴く。振ってみろ、ということだろうか。
扇を見て、立ち止まったなまえに狙いを定めて呪霊が思い切り腕を振り抜く。今までで一番広い斬撃。今から回避することはできない。
真っ向勝負。呪力のぶつけ合い。
なまえはやけくそになった。どうせ避けることができないなら、より多くの呪力を練り上げ、出力する。その場でくるりと旋回するように扇を思い切り振り抜く。
「急に化ける呪具換えるのやめてっていつも言ってるでしょーが!!!!」
好奇心旺盛な双子への怒りを媒体に思い切り出力されたなまえの呪力は、双子の化けた呪具の付与効果の術式により風に変換され、特大ハリケーンのような勢いで呪霊が放った斬撃を噴き飛ばし、呪霊本体も噴き飛ばしそして、校庭の一部の施設をも噴き飛ばした。
ぐすり、となまえが鼻を鳴らすと双子はわたわたと狐の姿でなまえの周りを駆け回り、狼狽えた。
胡宮家の監視役の大人からめちゃくちゃに叱られたなまえはとても落ち込んだ。“周りへの被害は最小限に”呪霊討伐においてのそのルールを完全に破ってしまったのだ。言い訳の仕様もなく、なまえは怒られた。この場に信介がいたのなら、なまえを叱りつつも最後には良くやったと頭を撫でてくれただろうが、胡宮家にとってなまえは不安の種であり、恐怖の対象なのだ。まだ八歳だからとか、そういうことは考慮してくれないし、するつもりもないのだろう。子供、ではなく“妖狐憑き”としか見ていない。
胡宮家の監視役が帰ったあとも校庭に留まり、泣き声をあげることなく、静かに涙を流すなまえを見て、治はペロリとなまえの頬を舐めた。そのことに驚いてなまえが一時的に泣き止むと、それを真似して侑のなまえの頬を舐めまわす。ペロペロと絶え間なく頬を舐められて、なまえはくすぐったそうに笑った。
そのとき。
ずりゅり…と不気味な音がしたと同時に、重くどす黒い呪力が校庭に充満する。その場にいるだけで命が削られてしまうような、気を抜くと命を持って行かれそうな。
気持ち悪い。
ウウゥ…と双子がある一点を睨み付けて、唸る。なまえの背後、ちょうど先程なまえの呪力で色んなものを吹き飛ばした方角に、いる。感じたことがないような、呪いの気配。恐らく、一級、もしくは…
恐怖で身体が凍りつくなまえの真後ろで、誰かの嗤う声がした。双子がなまえを庇おうと飛び掛かろうとするけれど。間に合わないな、となまえはどこか他人事のように思った。
そんなときに、なまえは出会ったのだ。今後のなまえの呪術師人生において、これほどまでに影響を受ける人物は他にいないだろう。
呪力を全く持たない代わりに規格外の身体能力を与えられた人物。
「ちっ、固ぇな」
なまえは何が起こっているのか理解するのに時間を要した。
気付くとなまえの真後ろにいたはずの呪霊は遥か遠くに吹き飛ばされており、呪霊となまえの間に若い男の姿があった。和服に身を包み、口元は黒い布で覆われている。手には槍の呪具を持っているが、先端部分が折れてしまっている。呪具の呪力量からして恐らく二級程度の呪具。呪具は折れてしまっているし、呪具自体の呪力量は大したことがない。
なら何故、呪霊はあんな遠くまで吹き飛ばされた…?
呪霊が起き上がり、何度も男に襲いかかるがそのどれも、男の身体に傷をつけることができない。呪力で身体を強化することなく、呪霊を殴り、蹴り上げ、圧倒するその男からなまえは目が離せなかった。心が、魂が、高揚していく。双子たちも男の戦いっぷりに毛を逆立て、目を輝かせている。
しかしどんなに体術で圧倒しても、呪力がなければ祓えない。
どうして呪力を纏わないのかとなまえが不思議に思っていると、呪霊と戦っている男と同じ衣装に身を包んだ集団になまえは囲まれた。
「子供…?何故こんなところに、」
「待て、その狐…妖狐では?」
「“妖狐憑き”か?!」
まるで人を見世物のように不躾に見てくる男たちに、双子が今にも噛み付きそうな勢いなので二匹まとめて抱きしめる。どうどう。
「あの、一緒に戦わないんですか?」
なまえの問いかけに男たちはピタリと口を止めると、至極当然のことのように言い放った。
「何故?」
なまえは凍りついた。
「あの呪霊、恐らく特級だ。我等の手に余る。炳の到着を待つ」
「呪力を持たない彼奴でも時間稼ぎくらいにはなる」
その言葉に含まれた意味を、なまえはちゃんと理解した。
天与呪縛。信介から知識だけは教わっていた。実際に見たのは初めてだった。今も呪霊と対峙しているあの人は、呪霊が見えていないのだ。当り前のように呪霊の攻撃を避けて、自身の打撃を打ち込んでいるから見えているものだと、呪力を持っているのだと勘違いしていた。
「あなた方の、家の名は?」
男たちから返された家の名に、なまえはようやくわかった。以前信介が呪術界の御三家の話をなまえにしてくれたとき、「御三家ってなんかかっこいいね」と言ったなまえに対して困ったような表情をした、その訳を。
これほどまでに、怒りを感じたことはない。
目の前で際限なく膨れ上がる呪力に、なまえを囲んでいた男たちは飛び退いた。しかし、飛び退いたものの足に力が入らずにうまく着地が出来なかった。凍えるような、それでいて息をしただけで肺が焼き切れてしまうような、そんな熱量の呪力。
「おいで、侑。治」
現れたのは弓と矢。狙いを呪霊に定めて弓を構え、矢を引く。
いきなり膨れ上がった呪力に、呪霊も若い男もなまえを見た。呪霊がなまえに向けて術式を放つ前に矢を射る。胡宮家はお稲荷様との繋がりが強い家系だ。なまえが射た矢はただの矢ではなく、破魔矢。あらゆるものを浄化し、祓う矢だ。
しかし、特級の反応速度が勝った。身体を捩り、矢を避ける。ニタリ、と呪霊が嗤うが問題ない。矢を放ったその先、なまえと呪霊の延長線上には、あの人がいる。
ぼふり、と煙をたてて治が弓から盾に変化する。向かってくる呪霊の攻撃を防御するためになまえは盾を構える。それでも、その必要はないとなまえはわかっていた。呪霊の攻撃はなまえには届かない。呪霊に避けられてすぐ、治と同じタイミングで矢から剣に変化した侑を手に持ち、若い男が呪霊の背後を取る。男の筋力となまえの呪力が乗った斬撃に呪霊は跡形もなく祓われたのだった。
「あの!」
呪霊を祓ったあと、若い男はまじまじと侑が化けた剣を見ていた。悪くない、そう呟いた若い男の言葉に侑が誇らしげにこやんと鳴く。
「侑、治。狐に化けて」
「「くや!」」
ぼふりと煙を立てて現れたのは二匹の異なる毛色を持つ狐。若い男は少し驚いたように目を瞬かせた。
「初めまして、なまえと言います。こっちの金色の子が侑、銀色の子が治。今は化けて尾が一本ですが、本当は三本です」
「!へぇ…ならお前が胡宮家の妖狐憑きのガキか」
「知ってるんですか?」
「御三家ってのは余所の家の内情を探るのが大好きだからな」
若い男が吐き捨てるように言うと、なまえも頬を膨らませた。
「御三家…かっこいいと思ってたのに、ちょっと嫌いになりました」
「あ?呪力が全くない“落ちこぼれ”がいるからか?」
「ちがいます」
きっぱりと即答したなまえからまた沸々と呪力が湧きたってくる。
「人を、人とも思わない…その行為と思考が、です」
若い男でさえも、今のなまえには気圧されそうになる。
底知れない呪力量。自分には持ち得なかったものを持つ少女。
「…そーかよ」
若い男はそう呟くと、この場を去ろうとなまえに背を向ける。一緒に来ていた躯倶留隊の隊員はなまえから逃げるようにすでにこの場を去っている。しかし、この場を去ろうとした男の手になまえはしがみついた。
「あ?何してんだガキ」
「稽古、つけてくれませんか!」
そう必死になまえに頼み込まれるその男。
名を禪院甚爾。なまえの呪術師としての根底を語るにはこの男の存在なくしては語れない人物であり、また甚爾にとってもなまえはなくてはならない存在になるのだが、それはまだまだ先の話。
下記の稲荷崎の三人が狐です。
排球を読んでいなくても問題ないくらい原型を留めていません。
・信介(しんすけ)(イケメン。排球読んでない方ぜひ読んで)
・侑(あつむ)(原作、始め顔の良いクズ。でもそれは、彼のほんの、ほんの一部分でしかない)
・治(おさむ)(メシ大好きなイケメン。メンタル健全過ぎ。口説きたいならメシを上手そうに食え)
作者は呪術に関して難し過ぎて内容把握しきれてなかったり、理解できてなかったり、かなり独自の解釈で書いてます。お稲荷様とか妖狐に関してもなんちゃってで書いてます。
甚爾さんの年齢等々、捏造です。
諸々細かいこと気にしない方はどうぞ。
目の前には金色と銀色の毛並を持つ二匹の子ぎつねが、なまえの目をじっと見つめている。
とある三月三十一日、三歳の誕生日を迎えたなまえは胡宮家に代々伝わる術式を発現させた。
胡宮家。一時期、禪院家や加茂家、五条家の御三家に並ぶ力を持った呪術師の家系である。術式はお稲荷様のご眷属である白狐を使役できる。使役できる白狐は限定されており、三歳の誕生日を迎えた際に術者の前に現れた白狐と契約、契約した白狐の能力を使うことができる。由緒正しい呪術師の家系だが、九代目当主のとある事件以降は徐々に力が衰え、昨今の人々のお稲荷様への信仰心が薄れてきていることもあり、衰退の一途を辿っている。
白狐の力の源は人々の信仰心だ。その信仰心が薄れてきているということは、白狐の持つ能力も弱まるということ。故に白狐を使役する術者も強い術式を展開することができず、呪術界において力を示すことができない。胡宮家が昔は御三家に匹敵する呪術師の家系だったことを知る者も少なくなってきている。
そんな中生まれたのがなまえだった。中々後継ぎとなれる者が現れない中での子供の出産。家の者たちは次こそは後継者たる子供が生まれてくることを期待していた。しかし、生まれてきたのは女児だった。そのことに落胆するものもいたが、なまえが三歳になる頃には皆がなまえを次期当主へと支持していた。なまえの身体の内側に蠢く呪力量。その質量に誰もが圧倒されたのだ。白狐の力が衰えているとはいえ、なまえの凄まじい呪力量があれば強力な術式を扱えるはず。
家の者が待ちに待ったなまえの三歳の誕生日。胡宮家本家である兵庫県のとある大きな日本家屋の一室でなまえの誕生日の祝いの席が行われている最中のことだった。なまえの前に現れたのは、尾が二つに割れている二匹の子ぎつねだった。
幼いなまえでも、周りの空気が凍りついたことに気付いた。
「妖狐だ…!妖狐憑きだ!!!!」
ざわざわとざわめく周囲の大人たち。そしてなまえに向けられるのは、敵意だった。
なまえはとても混乱した。今までなまえを大切に、可愛がってくれていた大人たちから向けられている敵意に何が起こっているのかわからなかった。周りを囲う大人たちから向けられる剣呑な目つきが恐くてなまえは助けを求めるように自身の両親へ視線を向けた。しかし、両親からなまえに向けられていたのは、恐怖、失望。それを理解したそのとき、なまえの世界から音が消えた。
周りの大人たちが何かをなまえに向けて喚き散らしている。しかし、なまえの耳はそれを音として、言葉として捉えるのをやめてしまった。そしてなまえに向けられたのは、殺意。
「殺してしまおう、今ここで!!!」
「術師を殺せば妖狐も消える!!!!!」
「二度と九代目の時のような事件を起こす訳にはいかないのだ…!」
周りの者たちは次々に契約している白弧を呼び出し、呪力を練り上げる。周りが何を言っているのか聞き取れなくても、殺意は充分なまえに伝わってくる。自身の背後にある襖によって、これ以上後退することができない。どうすることもできず、身体を震わせるなまえの前に二匹の子ぎつねがなまえを守るように大人たちと対峙する。
威嚇してくる子ぎつねを見て、大人たちは更に警戒を強める。自分たちがしようとしていることが正しいのだと確信を強めていく。妖狐は悪いものだ。人に害をなす、退治すべき存在なのだと。
一触即発な空気の中、凛とした声がその場を制す。
「気を治めや。両者ともこの場で争うことは許さん」
その凛とした声はなまえの耳にもちゃんと届いた。
「…信にぃ、」
声の主を見上げたなまえの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。
信にいと呼ばれた上質な着物を纏っている若い男は、なまえと対峙していた者たちの間をゆっくり歩いて来る。先程までなまえに誰も近付けないよう歯を剥き出して威嚇していた子ぎつねたちも、その男がなまえに近づけるよう道を開けた。
なまえの目の前までくると、その男はなまえに目線を合わせるようにしゃがんで両腕を向けた。
「おいで、なまえ」
広げられた両腕に、なまえの両目から次々に涙が溢れ、そして飛び込んだ。
男は、大声で泣き出したなまえの身体をぎゅうと抱きしめ、あやすように自身の尻尾でなまえの身体を優しく叩く。
信介、と現当主から名を与えられたその白弧はなまえが生まれたときからなまえの面倒をよくみていた。現当主と契約している信介はとても古い歴史を持つ白弧だが、見た目は十七、八に見えるほど若く、なまえは兄のように信介を慕っている。立派な一本の尾を持ち、白く太い尾の先端は先だけ黒くなっている。頭髪も同じように白髪で、毛先だけ黒くなっている。
現当主と契約している白弧である信介の位は高く、何より規律を重んじる信介への信頼は厚い。しかし、だからこそ妖狐と契約を結んだなまえを庇うその行動が家の者には理解できなかった。
「信介様!なまえは妖狐に憑かれております、今対処しなければ胡宮はまた過ちを犯します」
「どうか、ご許可を…!」
「あかん。現当主も同じ意見や」
ざわざわとなまえを囲う大人たちの動揺が広がっていく。
信介の契約者である現当主は齢八十を超しており、最近は床に伏していることも多くなった。それでも呪力、術式共に現当主の右に出るものは現胡宮家にはいない。それがより胡宮家の力の衰退を如実に表している現状だった。
現当主、そして現当主と契約している白弧の信介、両者の意見だとしても、なまえを今ここで殺さないという意見には納得ができなかった。誰もが不安なのだ。もしこの先、なまえと同じように妖狐と契約していた胡宮家九代目と同じ過ちが起これば、自分たちに止める術がないことが。取り返しのつかない事態になるのではと誰もが恐いのだ。
そんな家の者の気持ちを汲み取り、信介は続ける。
「人々の信仰は年々薄れ、白弧の力も薄れてきとる。このままでは家の存続すら危ういのは紛れもない事実や。だからこそ、賭けてみいひんか?」
「しかし、それはあまりにもリスクが大きすぎます!」
ゆらゆらと不安に瞳を揺らすなまえを、信介は愛おしく愛おしく頭を撫でる。
「もし、“この子ら”が悪さをするようなことがあればそのときは…命と引き換えにこの子らを封印する」
信介の言葉に、家の者たちは息を呑んだ。
白弧にとっての命と引き換えにというのは、魂の消失を意味する。通常、白弧と契約している術者が死ぬと白弧は元々仕えているお稲荷様の元へ還る。そしてまたご縁があった術者と契約を交わしたりもする。しかし、魂が消失してしまえば信介は二度と、胡宮家と契約することはない。位が高い白弧である信介の消失が与える胡宮家への影響は測り知れない。それでも、このままいけば胡宮家の血が絶えるだろうことは皆わかっていた。だからこその、賭けなのだ。
「なまえ、家を出るんや。そんで強くなり。色んな人と出会うことでお前は強くなれる」
そしてなまえは六歳になった誕生日に胡宮家を出た。金色の狐と銀色の狐を連れて。
胡宮家を出てから、なまえは毎日強くなるために修行をした。
戦いの基礎となる体力づくりに呪力コントロール、そして自身と契約している妖狐二匹との術式使用まで、毎日欠かさずに鍛錬をした。なまえと妖狐が住む家は現当主の古くからの友人のツテで京都にある神社の離れを住居として使わせてもらっている。元々神社の神主一家が住んでいたのだが、家屋が古くなってきたことや神主の両親がだいぶ高齢になってきたことも加わり、バリアフリーの新しい住宅へ引っ越すとのことで譲り受けることができた。とても古い家だが、広い庭や辺りは山に囲まれており修行の場には困らない。何より人里から適度に離れ、人が来ないので妖狐の二匹に窮屈な思いをさせることなく、なまえも周りの人間に気を遣うことなくのびのびと過ごすことができる。
「侑!治!」
「「こや!」」
家の庭で今日も修行に励むなまえたち。なまえが声を掛けると、二匹は元気に返事を返す。ぼふんと音を立てて煙が立ち上り、その煙がはけると現れたのは二本の小刀。
「すごい!また違う呪具だ!二人ともすごいねぇ」
「「こやぁん」」
ぼふりと再度狐の姿に戻った二匹は褒めろとばかりになまえに擦り寄ってくる。
二匹の妖狐である侑と治。金色が侑、銀色が治。名付け親は信介である。なまえの前に初めて姿を現した時は尾が二本だったが、今は三本に増えている。妖狐は力を増すごとに尾が増えていき、最高位となると九本になる。着実に力をつけている侑と治の術式は色んな種類の呪具に化けることができるというもの。前より色んな種類の呪具に変化することができるようになっている侑と治をなまえはよしよしと撫でてやる。
「あとは、私が呪具を使いこなせるようにならないと…」
そう呟いたなまえは見るからにしょぼくれて落ち込んでしまった。同じ年齢の子供に比べたら体力も筋力もあるなまえだが、それでもまだ色んな呪具を使いこなせるほどの身体はできていない。自身と妖狐たちの命を助けてくれた信介と現当主のためにも、なまえは強くなって自身の存在価値を示さなければならない。
なまえを励まそうと侑がなまえの頬に手を添えようとするが、力加減が上手く出来ず、叩くようになってしまった。
「…痛い」
「こやぁあ!!」
それに怒ったのは治で、怒り声を上げながら侑をゲシゲシと後ろ足で蹴り上げている。そこからは双子でもある二匹の大乱闘が始まってしまい、なまえはほとほと困ってしまった。そんな永遠に続くかのように思われた双子の喧嘩は訪れた客人によってすぐに収められた。
「また喧嘩しとんのか」
「「!」」
「信兄!」
なまえが駆け寄って抱き着くと、信介は凛々しい眉と目を緩めてなまえの頭を優しく撫でる。
なまえが胡宮家を出て暫くは信介も燐と妖狐たちと一緒に暮らしていた。
身体づくりや呪力の使い方だけでなく、掃除や洗濯、料理など生きる上で必要なことをなまえに教えてくれた。なまえが胡宮家を出て二年が経った今では、こうしてたまに手土産を持ってなまえたちのところを訪れ、思い切りなまえを可愛がってまた胡宮家へ帰っていく。
「なまえ、頬の切り傷はどうしたん?」
信介がなまえに問いかけると、侑がビクリと身体を震わせた。
侑も治も好奇心がとても強く、我が道を行くタイプの性格で中々手に余るじゃじゃ馬っぷりだが、信介の言うことは良く聞いた。始めは聞く耳も持たない態度だったが、信介の隙のなさだったり、常に正論で痛いところを突いてくるところを苦手と感じつつも、人にも厳しいが自分に対して一番厳しいところだったり、なまえと妖狐たちが恵まれているとは言えないまでもこうしてある種のびのびと生きることができているのは信介のおかげだということを侑も治もちゃんとわかっていた。だからこそ、信介の言うことはちゃんと聞く。
怒られる、と身体を縮こまらせている侑をなまえは慌てて庇う。
「侑ね、私を励まそうとしてくれたの!ちょっと力強くて、爪が引っかかっちゃったけど、でもね、私嬉しかったよ。…おいで、ツム」
なまえは侑の愛称であるツム、と名前を呼ぶと侑はそろそろと燐に近づいた。そんな侑をなまえはぎゅうと抱きしめる。嬉しそうに尾を振る侑のそばに治も近づいてくる。
「ふふ、サムもおいで」
愛称で呼ばれた治も嬉しそうになまえの腕の中に入っていく。仲睦まじい光景に信介はまたも目元を優しく和らげた。
時刻は午後十時を回った頃。なまえと妖狐二匹は京都のとある小学校に出向いた。呪霊討伐の任が胡宮家から入ったためである。
なまえはこうして自身の修行と並行して、胡宮家に依頼が入った呪霊討伐の任務を代わりにこなしている。それはなまえの実力が認められたから、という訳ではなく、所謂経過観察のようなものだ。任務は胡宮家使いの白弧を通じて通達され、なまえが任務をこなす様子を必ず家の誰かが遠くから監視している。なまえがどの程度の力をつけているのか、妖狐が暴走していないかを注意深く観察しているのだ。
三級以下の低級呪霊を妖狐が化けた二本の小刀で祓いながら呪いの気配が一番濃い場所へと進んでいく。窓からの報告では二級の呪霊とのことだった。
辿り着いたのは体育館。
開けるよ、そう妖狐たちに言おうとして、しかしそれは言葉にならなかった。
なまえは慌てて体育館へと繋がるドアの前から飛び退いた。直線状ではなく、横に避けたのが良かった。体育館の中にいる呪霊の攻撃は体育館のドアを破壊しただけでは止まらず、校舎へと続く廊下にも傷を残していく。その傷を見ると恐らく衝撃波ではなく、斬撃。中を除くと人型の呪霊がケタケタと愉しそうに笑っている。まるで自分の持ち得た力に歓喜しているような、新しいゲームを貰って喜んでいる子供のような様子でこちらに背を向けて笑っている。どうやらこちらに気付いて攻撃をしてきた訳ではないようだ。
人型、とは言ったが、どちらかというと昆虫が二本脚で立っていると言ったほうが正しいだろう。異様に長い腕のようなものは先端が鎌のようになっており、その姿はカマキリそのものだった。ぶるり、となまえの身体が震える。なまえは虫が苦手であった。
ふるふると首を振って思考を切り替える。呪霊は体育館のステージ前にいる。あの端の位置からなまえたちのところまでそれなりに距離があるにも関わらず、斬撃はドアを突き破り、それでも勢いは止まらなかった。攻撃範囲がとても広い。
今まで胡宮家からなまえに回って来た任務は三級以下の低級呪霊が対象のものだった。低級がたくさん集まってしまっている場所に祓いに行くことが主だった。初めての二級。しかも遠距離の攻撃もできるタイプの呪霊。
なまえは接近戦が苦手だった。体術がまだ未熟ななまえはどうしても呪霊の懐に入って応戦するということがまだできない。低級相手ならまだしも、今回は二級。いつもは妖狐たちの化けた呪具を振り回し、呪霊に当てることさえできれば、なまえの元々の呪力量で問題なく祓えていた。しかし今回は呪具を避けられることも考えないといけない。そうなった場合は体術で応戦しないといけないのだ。
できるだろうか、なまえがそう不安に感じたとき、妖狐たちの警戒する鳴き声がした。
ニタリ。
呪霊と目が合うと、呪霊は新しいおもちゃを見つけたように笑った。
なまえはもう泣くことすら許されないくらい追い込まれた。
カマキリのような呪霊はその異様に長い腕をしならせて、威力の高い斬撃を飛ばしてくる。次々に繰り出される攻撃範囲も広い斬撃に、なまえは逃げ回ることしかできなかった。逃げる範囲を限定されては不利になるので、なまえは攻撃を避けながら校庭まで移動した。
そんな状況だというのに、妖狐たちは楽しそうにはしゃいでいた。こやこやと呪具のまま二匹で会話を交わしている。その声はとても弾んでおり、好奇心に満ち満ちている。妖狐たちがなまえの前に現れてから五年。それなりになまえも妖狐たちのことがわかるようになっていた。この妖狐たち、こんな状況にも関わらず呪霊の斬撃を見てはしゃいでいるのだ。こやんこやんと興奮したように話している内容はわからないが、恐らくこうだ。
飛ばせる斬撃、かっけー!
そして忘れてはいけないのがこの双子、好奇心がとても強いのである。
好奇心の強い“子供”が何をしたがるか、お分かり頂けるだろうか。
「「俺らも出来るんじゃね?やってみよ!!」」
ぼふり、と煙を纏ってなまえの前に現れたのは扇だ。二対の扇。
「えっ、え?!」
混乱するなまえに双子はこやぁあと鳴く。振ってみろ、ということだろうか。
扇を見て、立ち止まったなまえに狙いを定めて呪霊が思い切り腕を振り抜く。今までで一番広い斬撃。今から回避することはできない。
真っ向勝負。呪力のぶつけ合い。
なまえはやけくそになった。どうせ避けることができないなら、より多くの呪力を練り上げ、出力する。その場でくるりと旋回するように扇を思い切り振り抜く。
「急に化ける呪具換えるのやめてっていつも言ってるでしょーが!!!!」
好奇心旺盛な双子への怒りを媒体に思い切り出力されたなまえの呪力は、双子の化けた呪具の付与効果の術式により風に変換され、特大ハリケーンのような勢いで呪霊が放った斬撃を噴き飛ばし、呪霊本体も噴き飛ばしそして、校庭の一部の施設をも噴き飛ばした。
ぐすり、となまえが鼻を鳴らすと双子はわたわたと狐の姿でなまえの周りを駆け回り、狼狽えた。
胡宮家の監視役の大人からめちゃくちゃに叱られたなまえはとても落ち込んだ。“周りへの被害は最小限に”呪霊討伐においてのそのルールを完全に破ってしまったのだ。言い訳の仕様もなく、なまえは怒られた。この場に信介がいたのなら、なまえを叱りつつも最後には良くやったと頭を撫でてくれただろうが、胡宮家にとってなまえは不安の種であり、恐怖の対象なのだ。まだ八歳だからとか、そういうことは考慮してくれないし、するつもりもないのだろう。子供、ではなく“妖狐憑き”としか見ていない。
胡宮家の監視役が帰ったあとも校庭に留まり、泣き声をあげることなく、静かに涙を流すなまえを見て、治はペロリとなまえの頬を舐めた。そのことに驚いてなまえが一時的に泣き止むと、それを真似して侑のなまえの頬を舐めまわす。ペロペロと絶え間なく頬を舐められて、なまえはくすぐったそうに笑った。
そのとき。
ずりゅり…と不気味な音がしたと同時に、重くどす黒い呪力が校庭に充満する。その場にいるだけで命が削られてしまうような、気を抜くと命を持って行かれそうな。
気持ち悪い。
ウウゥ…と双子がある一点を睨み付けて、唸る。なまえの背後、ちょうど先程なまえの呪力で色んなものを吹き飛ばした方角に、いる。感じたことがないような、呪いの気配。恐らく、一級、もしくは…
恐怖で身体が凍りつくなまえの真後ろで、誰かの嗤う声がした。双子がなまえを庇おうと飛び掛かろうとするけれど。間に合わないな、となまえはどこか他人事のように思った。
そんなときに、なまえは出会ったのだ。今後のなまえの呪術師人生において、これほどまでに影響を受ける人物は他にいないだろう。
呪力を全く持たない代わりに規格外の身体能力を与えられた人物。
「ちっ、固ぇな」
なまえは何が起こっているのか理解するのに時間を要した。
気付くとなまえの真後ろにいたはずの呪霊は遥か遠くに吹き飛ばされており、呪霊となまえの間に若い男の姿があった。和服に身を包み、口元は黒い布で覆われている。手には槍の呪具を持っているが、先端部分が折れてしまっている。呪具の呪力量からして恐らく二級程度の呪具。呪具は折れてしまっているし、呪具自体の呪力量は大したことがない。
なら何故、呪霊はあんな遠くまで吹き飛ばされた…?
呪霊が起き上がり、何度も男に襲いかかるがそのどれも、男の身体に傷をつけることができない。呪力で身体を強化することなく、呪霊を殴り、蹴り上げ、圧倒するその男からなまえは目が離せなかった。心が、魂が、高揚していく。双子たちも男の戦いっぷりに毛を逆立て、目を輝かせている。
しかしどんなに体術で圧倒しても、呪力がなければ祓えない。
どうして呪力を纏わないのかとなまえが不思議に思っていると、呪霊と戦っている男と同じ衣装に身を包んだ集団になまえは囲まれた。
「子供…?何故こんなところに、」
「待て、その狐…妖狐では?」
「“妖狐憑き”か?!」
まるで人を見世物のように不躾に見てくる男たちに、双子が今にも噛み付きそうな勢いなので二匹まとめて抱きしめる。どうどう。
「あの、一緒に戦わないんですか?」
なまえの問いかけに男たちはピタリと口を止めると、至極当然のことのように言い放った。
「何故?」
なまえは凍りついた。
「あの呪霊、恐らく特級だ。我等の手に余る。炳の到着を待つ」
「呪力を持たない彼奴でも時間稼ぎくらいにはなる」
その言葉に含まれた意味を、なまえはちゃんと理解した。
天与呪縛。信介から知識だけは教わっていた。実際に見たのは初めてだった。今も呪霊と対峙しているあの人は、呪霊が見えていないのだ。当り前のように呪霊の攻撃を避けて、自身の打撃を打ち込んでいるから見えているものだと、呪力を持っているのだと勘違いしていた。
「あなた方の、家の名は?」
男たちから返された家の名に、なまえはようやくわかった。以前信介が呪術界の御三家の話をなまえにしてくれたとき、「御三家ってなんかかっこいいね」と言ったなまえに対して困ったような表情をした、その訳を。
これほどまでに、怒りを感じたことはない。
目の前で際限なく膨れ上がる呪力に、なまえを囲んでいた男たちは飛び退いた。しかし、飛び退いたものの足に力が入らずにうまく着地が出来なかった。凍えるような、それでいて息をしただけで肺が焼き切れてしまうような、そんな熱量の呪力。
「おいで、侑。治」
現れたのは弓と矢。狙いを呪霊に定めて弓を構え、矢を引く。
いきなり膨れ上がった呪力に、呪霊も若い男もなまえを見た。呪霊がなまえに向けて術式を放つ前に矢を射る。胡宮家はお稲荷様との繋がりが強い家系だ。なまえが射た矢はただの矢ではなく、破魔矢。あらゆるものを浄化し、祓う矢だ。
しかし、特級の反応速度が勝った。身体を捩り、矢を避ける。ニタリ、と呪霊が嗤うが問題ない。矢を放ったその先、なまえと呪霊の延長線上には、あの人がいる。
ぼふり、と煙をたてて治が弓から盾に変化する。向かってくる呪霊の攻撃を防御するためになまえは盾を構える。それでも、その必要はないとなまえはわかっていた。呪霊の攻撃はなまえには届かない。呪霊に避けられてすぐ、治と同じタイミングで矢から剣に変化した侑を手に持ち、若い男が呪霊の背後を取る。男の筋力となまえの呪力が乗った斬撃に呪霊は跡形もなく祓われたのだった。
「あの!」
呪霊を祓ったあと、若い男はまじまじと侑が化けた剣を見ていた。悪くない、そう呟いた若い男の言葉に侑が誇らしげにこやんと鳴く。
「侑、治。狐に化けて」
「「くや!」」
ぼふりと煙を立てて現れたのは二匹の異なる毛色を持つ狐。若い男は少し驚いたように目を瞬かせた。
「初めまして、なまえと言います。こっちの金色の子が侑、銀色の子が治。今は化けて尾が一本ですが、本当は三本です」
「!へぇ…ならお前が胡宮家の妖狐憑きのガキか」
「知ってるんですか?」
「御三家ってのは余所の家の内情を探るのが大好きだからな」
若い男が吐き捨てるように言うと、なまえも頬を膨らませた。
「御三家…かっこいいと思ってたのに、ちょっと嫌いになりました」
「あ?呪力が全くない“落ちこぼれ”がいるからか?」
「ちがいます」
きっぱりと即答したなまえからまた沸々と呪力が湧きたってくる。
「人を、人とも思わない…その行為と思考が、です」
若い男でさえも、今のなまえには気圧されそうになる。
底知れない呪力量。自分には持ち得なかったものを持つ少女。
「…そーかよ」
若い男はそう呟くと、この場を去ろうとなまえに背を向ける。一緒に来ていた躯倶留隊の隊員はなまえから逃げるようにすでにこの場を去っている。しかし、この場を去ろうとした男の手になまえはしがみついた。
「あ?何してんだガキ」
「稽古、つけてくれませんか!」
そう必死になまえに頼み込まれるその男。
名を禪院甚爾。なまえの呪術師としての根底を語るにはこの男の存在なくしては語れない人物であり、また甚爾にとってもなまえはなくてはならない存在になるのだが、それはまだまだ先の話。
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