ルート2
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神宮寺先生に改めてお礼を伝えるべく、コンビニで夕飯となるお弁当を購入し、ホテルへ戻る。フロントで部屋の電話から外線に掛ける方法を確認しておく。私の持っているスマホから掛けられたら便利なのだが、電波を拾ってくれないので仕方がない。
携帯も早めに用意しなきゃと計画を立てつつ、部屋の電話から病院の電話番号にかける。退院時に名前を伝えてくれれば繋いでもらえるからとのことだったので、電話に出てくれた女性に自身の名前を伝える。続いて神宮寺先生に繋いでもらえるか聞こうと思ったのだが、私の名前を聞いた女性は「神宮寺先生ですね、少々お待ちください」と電話を保留にした。もしかしたら先生があらかじめ私から電話があるかもしれないと伝達してくれていたのかもしれない。
暫く保留音が続いた後、「お電話変わりました」と先生が電話に出てくれた。
「お忙しい所すみません、今お電話大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫ですよ。そう畏まらないでください」
先生の穏やかな声に、心が少し落ち着く。今までは、話すとき近くに一郎くんや看護師の方がいたから、こうして一対一で話すのは初めてで緊張していたのだ。
「体調のほうはどうですか?」
「大丈夫です」
「それはよかった」
電話口で先生が穏やかに笑ったのだろうとわかる声色だ。
「あの、改めてお礼を伝えたくてお電話したんです。本当にありがとうございました」
「医者として当然のことをしただけですよ」
先生は忙しいから、お礼を伝えたら電話を切ろうと思っていたのだが、先生の方から私の近況を尋ねてくれた。
「昨日一郎くんからみょうじさんの自宅は見つからなかったと聞いているのだけれど、その後はどうだい?」
「今日役所に行って戸籍を確認できました。なので後は仕事と家を決められればとりあえずは安心かなという感じです」
「なるほど…みょうじさん、一つ提案があるのですが、もしよければ私の勤めている病院で働きませんか?」
「えっ、」
「仕事内容としては病院内の事務全般をお願いするかたちになるのですが…」
話を聞くと、病院内で人手が足りない部署を探してくださったらしい。
是非お願いしたいですと先生に伝えると、詳しい説明は病院の担当者の方から受けることになり、明日先生の勤めている病院に行くことになった。
「先生、何か必要なものはありますか?」
「いえ、特にないですよ。服装も普段着ているようなもので構いません。明日は面接というより、面談といった形になります。実際の業務内容を説明して、勤めるかの判断をしてもらう…こちらからみょうじさんの経歴を伺うようなことはないので安心してください」
先生がおっしゃった経歴、という単語にハッとする。
そうだ、最大の難題である“こちらの世界での経歴”について何も考えていなかった。私は仕事を始める際に絶対に必要になる履歴書のことまで頭が回っていなかったのだ。
私が卒業した学校も、勤めた会社も、こちらの世界にはない。もっと言ってしまえば、こちらの世界で過ごした過去がない。
先生はそこまで考えて、私が困らないよう仕事を紹介してくれたのだろう。
「それでね、私の独断で申し訳ないのだけれど…みょうじさんは事故で記憶喪失だと説明させてもらっているんだ」
恐らく私に確認せず、そう部署の担当さんに説明したことを申し訳なく思っているのだろう。
「いえ、私もそうしてくださったほうが助かります!」
今後、こちらの世界での人間関係が出来てくれば、会話の中で必ず“過去”に関する話題は出てくるだろう。どこで育ったのか、どんなことをしてきたのか…あらゆる場面でありもしない過去を作り上げて、いつか綻びが出てしまう…そんな事態は避けたかった。それなら始めから、過去のことは記憶をなくしていてわからない、と明示しておいたほうが楽だろう。始めは気を遣わせてしまうかもしれないが…
それでも、記憶をなくしたこれまでの経歴もわからない人間を雇うなんて、そんな無茶が通ったのは先生の人望のお蔭としか言いようがないだろう。
最後に改めてお礼を伝えて電話を切る。今日はもうシャワーを浴びて早めに休もう。これで無事仕事が決まったら一郎くんたちにも報告しようと心に決めて、私は浴室へ向かった。
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