トリップ(ヒプマイ)
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「目が覚めましたか?」
「…、ん??」
目を覚ますと、真っ白い部屋の中でベッドに横になっている自分がいた。
部屋の内装や私を覗き込んでいる紫の長髪の男性が白衣を着ていることから、今自分がいる場所が病院なのだとわかった。しかし、自分がなんで病院にいるのかわからない。
白衣を着ている男性の他にも、学生だろうか。帽子を被った男の子と、黄色いパーカーを着ている男の子も私のことをベッドの横で見ていることに気付く。みんな知らない人なのだが、この状況は一体…?
「気分はどうかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「自分の名前、言えるかな?」
自分の名前を聞かれるなんて不思議な状況だが、みんな真剣な表情でいるため大人しく答える。名前を答えたことで少し安心したような表情をされた。しかし、次の質問で私は自分が置かれている状況を一気に自覚することになる。
「ではみょうじさん、あなたのご自宅はどこかな?」
「じ、たく…」
自分の自宅の住所を忘れた訳では決してない。でも、私はすぐに答えられなかった。そうだ、私は自宅を確認するために慌てて移動していた時に、この帽子を被った子とぶつかってしまったのだ。私は自分が置かれた状況が理解できなくて、不安で、フラフラと力なく歩いていたし、帽子を被った男の子はとても急いでいたのかすごいスピードで走っていたのだろう。ぶつかった私はそのままバランスを崩して、受け身も碌に取れずに頭を打って…あ、そうか。だからこんな不安そうな顔で質問に答える私を見ていたのか。頭を打って、何か異常があったら大変だから。
でも、そうなるとこの状況をどう治めたらいいのかわからなくなってしまった。白衣を着たお医者さんであろうこの男性の質問に、「わからない」と答えれば、この帽子を被った男の子は私が頭を打ったせいで記憶障害を起こしていると思い、とても責任を感じてしまうだろう。しかし、正直に自宅を答えられない理由を話せば、信じてもらえないだろう。だって、まさか、「違う世界から来ました」なんて、誰も信じてはくれないだろうから。
困った、非常に困った。この際、適当な住所を言ってやり過ごそうかとも思ったが、そんな技量が自分にあるだろうかと考えるととても自信がない。下手な嘘は事態をよりややこしくしてしまうだろうし。そこまで考えて、私は腹を括ることにした。
「えーと、…自宅はわかりません」
「わからない…思い出せないということかな?」
「いえ、そうではなく…この世界に私の自宅があるのかわからないんです」
「…は?」
私の返答を聞いた三人の様子は三者三様であったが、心は一つではなかろうか。
何言ってんだコイツ、である。
しかし、それを私に聞かれても答えられない。むしろ私が一番それを聞きたいのだから。
昨日の夜、私はいつも通り実家の自分の部屋のベッドで眠りについたはずなのだ。それが何故か気付いたら新宿…じゃなかった。シンジュクの駅の前にいたのである。街頭にある大きなモニターではニュース番組が流れており、そこで流れる日付も、地名も、政党の名前も、私が知るものではなかったのだ。地名の音は同じものの表記の仕方が異なっていた。でも街並みは私の知っている新宿と似通っており、あの番組で流れているニュースだけが違和感だった。私は持っていた鞄の中からスマホを取り出して実家に電話をかけようとしたが圏外だった。誰かに携帯を借りる勇気も出なかった私は久しぶりに公衆電話を探し、実家の電話番号にかけた。しかし、聞こえたのは現在使われていないというアナウンス。次に友達に、次に職場に、片っ端からかけた。しかし、繋がる番号は一つもなかったのだ。
足先から自身の身体が冷えていくのを感じていた。呼吸も浅い。考えることを放棄したがっている頭を必死に動かし、私は自宅に向かうことにした。表記は違うものの、地名は近いものがある。なんとか、たどり着けると思ったのだ。これで、これで私の自宅の住所に私の自宅がなければ…私はこの信じられない事態を認めなければならない。私は、何故か違う世界にやってきてしまったのだと。
そうして周りを見ることなく焦って歩き出したところで、帽子を被った男の子とぶつかり、そのまま倒れて気を失っていた…というのが私の現在の状況だろう。
私の先程の発言を確認するために、白衣を着た男性が口を開く。
「それはつまり…」
「もしかしたら、違う世界からきたのかな~と…」
私が気まずさ渦巻く中絞り出して言うと、帽子を被った男の子の血の気がサァ…と引いていった。
(しまった…頭を打っておかしくなったと逆に責任を感じさせてしまったー!!!)
少し考えれば、私のさっきの発言も男の子に責任を感じさせることになる可能性が高かったことに気付けたはずなのに…私自身中々に動揺しているらしい。
「違う世界から…というのは、どうしてそう思ったんだい?」
気まずさと事態がどんどん悪くなっていく感覚に、今にもこの場から逃走したい衝動に駆られるが、白衣を着た男性の落ち着いた声に少し落ち着きを取り戻す。
「う、私もよくわからなくて…でも、ニュースに流れる年号は私の知らないもので、私の知らない政党が政権を握っていて、総理も知らない人ですし…」
どんどん声が震えていく私に、白衣を着た男性は寄り添うように背中に手を当ててくれた。
「電話も、誰にも繋がらなくて…自宅にもかけたんですけど、呼び出し音にもならなくて…、あ、家に!家に行ってみないと、」
そう立ち上がろうとすると、白衣を着た男性が制止をかける。
「待ってください、まだ念のため安静にしていないと…急に身体を動かしてはいけません」
「でも、」
このよくわからない状況の中、じっとしていられない。そう反論しようとしたところでドアのノック音が聞こえた。
白衣を着た男性がどうぞ、と言うと中に入ってきたのは赤色が印象的な背の高い男性…青年?だった。
「兄ちゃん!」
「二郎、三郎、状況は電話で聞いた通りだな?」
「はい…」
どうやら男の子二人のお兄さんらしいその人は、白衣の男性に挨拶した後、私に向き合った。イケメンにこんな真正面から見られることなどなかった私は色んな緊張がマックスになった。
「すみませんでした!」
私に向けて腰を折り曲げて頭を下げるお兄さんのあとに続いて、男の子二人も頭を下げる。
「えっ、あ、あの!頭を上げてください!」
「こちらの不注意でぶつかり、頭を打ったと聞きました。本当にすみません」
未だに頭を上げない三人に、私も申し訳なくなる。
「あの!そんなに謝らないでください!私もボーっと歩いていたし、ぶつかったのはお互い様です」
その後、私の容体等をお兄さんに説明する際、違う世界からきた発言のことも説明され、お兄さんの血の気も一気に引いたのを見て、私はとうとう泣きたくなった。
泣きたくなったけれど…これは私にとっては現実なのだ。実際に起こったことなのだ。なんでこんなことになっているのか…訳がわからないけれど、まずはこの訳のわからない現状を受け入れることから始めよう。
そう思ったら不思議と心が落ち着いてくる。そうだ、どんな時でもまずは今を受け入れることから。じゃないと、具体的な解決策なんて見えてこない。私が今、考えるべきは“なぜ”ではなく、“何ができるか”だ。
誰もが口を閉ざす中、私は白衣を着た男性に問いかけた。
「あの、明日私に何もなければ出歩いてもいいですか?」
「検査は問題ありませんでしたし…そうですね、付き添いがいれば大丈夫ですよ」
「なら、俺が付き添います」
そうお兄さんが名乗り出てくれる。
「え、でも…ご迷惑じゃ…」
「いえ、このくらいのことさせてください」
「そうだね、一郎くんが付いていてくれるなら私も安心かな」
そう言われてしまっては断るのも失礼か、と感じてお言葉に甘えることにした。
そして、ずっと苦しそうな表情をしている帽子を被った男の子に向き合う。
「すみません、あなたが責任を感じるようなことを言ってしまって…でも、自分でも自分の置かれた状況がわからなくて」
黙ったまま、私の言葉を聞いてくれている男の子の気が少しでも軽くなるように。
「でも、大丈夫」
「私は、きっと大丈夫」
私は決して強い人間ではない。でも、そんなに弱い人間でもないことを、私は知っている。
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