波羅夷 空却
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私が波羅夷家に来てから三週間ほど経ったある日、波羅夷家にもう一匹猫が来ることになった。というのも、灼空さんのお知り合いの方が用事で数日家を空ける間、波羅夷家でその方が飼っている猫を預かることになったらしい。
野良の世界では他の猫に威嚇しかされなかったが、今回は初の他の猫との共同生活。お友達になれたりするだろうかと、少しワクワクしながら迎えた当日。お知り合いの方が連れてきたのは一匹のメス猫だった。
空却くんの肩に乗って一緒に様子を見に行くと、ちょうど移動用のゲージからそのメス猫が慎重に様子を窺いながら客間に足を踏み出しているところだった。空却くんがお知り合いの方に挨拶しているのを見ていると、メス猫が空却くんに近づいてきた。するとすぐ、挨拶をするために正座していた空却くんの足の上に乗って甘えだした。空却くんに撫でられ、ゴロゴロと喉を鳴らすメス猫。さすが空却くん。すぐ仲良くなっちゃうんだなと感心していると、お知り合いの方もそれを見て安心したようで、灼空さんと空却くんに挨拶をして帰っていった。
灼空さんと空却くんがメス猫について話している間、私は挨拶をしようと空却くんの肩から降りてメス猫に近づく。すると、空却くんに甘えてとろりとしていたメス猫の表情が一変する。近づくな、とでも言うように唸るメス猫。私はあまりの豹変ぶりに驚いたけれど、なんとかコミュニケーションをとれないものかと、めげずに声をかける。すると、遠くに行かない私にしびれを切らしたのか、繰り出される猫パンチ。至近距離から連続で繰り出されるパンチ。空却くんが慌ててメス猫を抱え、私と距離を取らせる。抱えられたことにより、より至近距離で空却くんに甘えだすメス猫。そんな光景を見て、自分の居場所が取られてしまったような感覚と、コミュニケーションも碌に取れず拒絶されてしまったことによるショックで、私はとぼとぼとその場を後にした。
心が痛い…と暫くお寺の境内で放心状態だった私だが、参拝に来る方たちに撫でてもらったりして少し気分が浮上する。割と頻繁に参拝に来る常連の方たちは私のことを波羅夷家に飼われている猫として認識している。高確率で空却くんといるので「今日は空却ちゃんと一緒じゃないのね」なんて言われてしまった。…私だって空却くんといたい。
あのメス猫に会うのは恐いが、空却くんとは一緒にいたい。でもさっきの様子だと、メス猫は空却くんにべったりだろう。姿勢を低く、忍び足で恐る恐る家に近づいていく。
玄関の前で暫く様子を窺っていると、空却くんが出てきた。近くにメス猫はいない。
「なぁあん」
「お、お前ずっとここいたのか?」
すりすりと足に擦り寄ると、ひょいと身体を持ち上げられる。
よしよしと頭を撫でてくれた空却くんはそのまま駐車場のほうへ歩き出す。どうやらお出かけするようだ。
「お前変な遠慮してんなよ」
空却くんはスクーターに乗る前に私と目線を合わせてそう言った。
「ここはお前の家だろうが」
そう言うと最後に私の頭をひと撫でして、空却くんは出かけて行った。
私は暫く、空却くんの姿が見えなくなっても、その場から動けなかった。お前の、私の家だと、そう言ってくれたことがとても嬉しくて。
その後、習慣にしているトレーニングをいつもより大分張り切ってこなしたのだった。
お寺の境内でトレーニングをこなし、家に帰ると縁側でメス猫が毛づくろいをしていた。私が声をかけようか迷っていると、こちらに気付き、唸るメス猫。どうやらむこうにこちらと仲良くする意志はないらしい。何か気に食わないことでもしてしまっただろうか…いやしかし会ってすぐ険悪な感じだったし、もともと他の猫と仲良くする気はないのかもしれない。
むこうがコミュニケーションを避ける以上、私が何かをしてもこじらせるだけだろうと判断して、メス猫を避けて家に上がろうとすると、メス猫が来るなとでもいうように威嚇し始める。仕方なくルートを変えて家に上がろうとするもそれすらも阻むメス猫。これはもしや私を家に上げないようにしているのだろうか。
さっきまで完全に腰が引けていた私だが、さすがにこれ以上は引けない。ここは私の家だぞ…!
うぅ…と唸る私に少し驚いたメス猫だったが、むこうも引く気はないらしい。互いに唸り合っていたのだが、向こうが私に飛び掛かってきたことで均衡が崩れた。負けじと今回は私も猫パンチを繰り出すがあまり当てることができない。向こうの的確なパンチに段々と体力を削られるが負けられない。先程と違い、中々折れない私にしびれを切らしたのか、メス猫は私の耳のあたりに噛み付いてきた。鋭い痛みにびっくりして動きが止まる。メス猫は噛み付いたまま離れない。振りほどこうとするけれど、噛み付かれたままでは私が痛いだけだ。どうしよう…と涙目になっていると割り込んできた声と体温。
「お前ら何してンだ!!!」
割り込んできた声にびっくりしたメス猫が私から離れるとすかさず身体が宙に浮く。
私を抱えた空却くんは私の耳の具合を確かめる。スクーターのヘルメットを被ったままの空却くんはお出かけから帰ってきてすぐなのだろう。ずいぶん慌てて駆けつけてくれたようだ。
「あー…耳ちょっと怪我したな」
「にゃぁん」
その後、耳の手当てをしてくれた空却くんは私をずっと抱えたままだった。メス猫が近くにくると私の近くに寄らせないように移動してくれたりした。その時のメス猫の表情は嫉妬に満ち満ちており、人間のときはわからなかったけれど、猫も嫉妬するんだなぁと思った。メス猫が私に対して敵意むき出しだったのは、私が恋敵というポジションに置かれていたからだろうか。
恒例の寝る前の時間、空却くんは私の身体をずっと撫でてくれていた。耳の具合を気にするように見てくるので、大丈夫だよという意を込めて頭を擦り付ける。
「お前はダチになりたかったんだよな」
私の喉元を撫でながら空却くんが言った。私とメス猫が初めて会った時の私の行動から、空却くんは察していてくれたのかもしれない。
空却くんは私の怪我している方の耳に口を近付けた。
「次はダチになれるといいな」
擬音にするならば、ちゅ、というのが正しかろう。空却くんはまるで口づけるように私の耳に唇を押し当てた。
今までも散々可愛がってくれている空却くんだが、それは撫でるとかの行為であり、こんな風にされたのは初めてだ。びっくりして固まっている私を余所に、寝るか、と私を抱えたまま布団に横になる空却くん。
…空却くんはとんだ猫たらしである。