波羅夷 空却
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日差しが春の柔らかいものから初夏のものに変わり始めた頃、俺と十四は空却の実家である寺に打ち合わせの為にやってきていた。
打ち合わせの場所はカフェだったり、不本意ながら俺の事務所だったりと色々だが、今日は十四の希望で空却の家になった。寺の敷地に入ってからあちこちに視線を移す十四の目的は想像がつく。
寺に着いて、灼空さんに挨拶を済ませ、客間で空却を待つ。アイツ自宅なのになんで待たせるんだよ…と呆れたところで空却がきた。
「お前その時間のルーズさ治せって言ったろ」
「ヒャハハ、時間は有限だからなァ。拙僧の貴重な時間を拙僧の為に使わなくてどうすんだよ」
まったく悪びれる様子のない空却にため息がでる。
そんな中、十四はずっとそわそわと周りを見回していたが、お目当てが見つからず空却に問いかける。
「空却さんあの子は?いつも一緒にいるのにめずらしいっスね」
散歩はこの時間じゃないっスよねと言葉を続ける十四に、どこかバツが悪そうな顔をしている空却。俺は寺に来るのは久しぶりだが、十四は修行とやらで割と寺に来る機会が多いため散歩の時間まで把握しているのだろう。
不思議そうにしている十四に珍しくハッキリしない物言いで空却が言う。
「…ちょっと喧嘩中なんだよ」
「…空却さん何したんスか」
「なんで拙僧が何かした前提なんだよ!!!」
十四と空却が軽く言い合っているのを聞いて、十四も言うようになったなと思わぬところで成長を感じてしまった。空却が遠慮というものをしないから、十四も変に気を遣わなくていいのだろう。これは暫く打ち合わせは始まらないなと諦め、仕事用の携帯を取り出した。
いつもより長くお散歩してお寺に帰って来たら、なんだか賑やかな声が客間のほうから聞こえて耳を澄ませる。
なんだか言い合いをしているようだが、この声は空却くんと十四くんだろう。そういえば何日か前に空却くんがスマホで十四くんと連絡を取り合っていた気がする。そうか、今日が打ち合わせの日だったのか。
空却くんと喧嘩…と言っても私が一方的に怒っているだけなのだが…をしていたからすっかり忘れていた。
昨日初めて空却くんと別々の部屋で眠り、今日も顔を合わせないようにしていたから気まずいのだが、十四くんに会いたい気持ちが勝って客間に近づいていく。今日の打ち合わせには獄さんも来る予定だったはず。
「もー!あの子に会いたくて打ち合わせ場所ここにしてもらったのに…」
「十四テメェやっぱりそれが目的かよ」
なんだか嬉しいことを十四くんが言ってくれているのが聞こえてそろそろと客間の入り口から様子を窺うと、十四くんと目があった。目を輝かせて嬉しそうな表情の十四くんに私も嬉しくなる。
「にゃぁん」
「わー!ようやく会えたっス!!」
私も会いたかったよと十四くんに擦り寄る。十四くんはよしよしと撫でてくれた。
「いつもは空却さんのところに真っ先に行くのに…本当に喧嘩してるんスね」
ゴロゴロと喉を鳴らしていると、獄さんも近くに来て頭を撫でてくれた。
「で?結局のところ、喧嘩の内容はなんだ?」
二人に撫でられる私をどこか恨めしそうに見ていた空却くん。獄さんからの質問に視線を外しながらボソッと呟く。
「ソイツが拙僧と風呂入りたがらねェから…おもちゃをエサにして、抱っこしてそのまま風呂に連れてった」
少しの間、客間に沈黙が落ちる。
その後、十四くんが私を空却くんの視界に入らないように抱っこする。
「最低っス!!!」
「そこまで言うか?!」
「だって女の子っスよ!?騙して一緒にお風呂入るなんて最低っス!!」
事の発端は昨日の夕飯後。
ご飯を食べ終わると空却くんがお風呂に入ることを知っている私は、この時間帯だけは空却くんから離れるようにしている。空却くんが隙あらば私をお風呂に一緒に連れて行こうとしているのを知っているためだ。
しかし昨日はご飯を食べ終わった後、私のお気に入りのおもちゃを持って空却くんがやってきた。それを見て私は遊んでくれるのかな、と嬉しくて空却くんのもとに駆け寄ったのだ。駆け寄った私を空却くんは抱っこして、頭を撫でてくれた。気持ちよくて、心地よくてゴロゴロと喉を鳴らし、目を瞑っていたのだが、気付けば私はお風呂場に連れて行かれていたのである。気付いたときにはすでに遅く、私はそのまま逃れることが出来ず、空却くんにお風呂に入れられたのだった。
十四くんと空却くんが言い合う中、なんだそんなことか…と明らかに呆れた表情をした獄さんをジト目で見ると慌てて視線を彷徨わせた獄さん。
「女って言ったって猫だろうが」
「にゃぁう!」
空却くんの発言に異議あり!と鳴くと十四くんも援護してくれる。
「だって現に空却さんとお風呂嫌がってたんスよね?」
「う、」
珍しく言葉を詰まらせる空却くん。
いつも十四くんが空却くんに言いくるめ、いや説法を説かれているため、なんだか形勢が逆転している今の光景は新鮮だ。
獄さんも成長したなぁと言い合いには参加せず見守っている。
完全に分が悪いと思ったのか、むすっと口を尖らせる空却くん。
「だって拙僧もソイツと風呂入りたい」
仕舞には普段言わないようなことを言う空却くん。だって、とか普段絶対使わないのに。…ちょっと可愛い。
「く、空却さん?」
十四くんも驚いているようだ。
「ガキ」
「うるせェ」
獄さんがからかう様に笑うと、空却くんはそっぽを向いてしまった。
私はそろそろと空却くんに近づく。
「なぁう」
「…」
空却くんの手に頭を摺り寄せる。
「…そんなに拙僧と風呂入るの嫌だったのか」
「…」
「否定しねェのかよ!」
いじける空却くんの膝の上に乗る。
嫌というか恥ずかしいからご遠慮願いたいのだが、言葉にできないため伝えることが難しい…
しかし、空却くんのことは大好きなのでその気持ちが伝わればと思う。
私は空却くんの胸元をポンポンと叩く。
抱っこして、の合図である。
空却くんは納得がいかない…という表情をしていたが、それでも私を抱っこしてくれた。続けて喉元を優しく撫でてくれる。
「…悪かった」
「みゃぁん」
最後にきちんと謝ってくれた空却くん。
こちらとしても、一緒にお風呂に入りたいという気持ち自体は嬉しいのだ。それほど可愛がってくれているということだと思うから。でもどうしても恥ずかしいし、元々人間だし、今も意識は人間なので罪悪感も半端ないのだ。空却くんが一緒に入りたいのは、私が猫だから…私が元は人間なのだと知れば絶対にそんなことは言わないのだから。
「これで仲直りっスね!」
十四くんが嬉しそうに笑いかけてくれる。
こうして、私と空却くんの初めての喧嘩は幕を閉じたのであった。
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