波羅夷 空却
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ミルクをたくさん飲んでお腹いっぱいになった子猫は、私の身体に擦り寄ってくる。
夜の時間帯は空却くんの部屋のスペースで過ごしている。子猫の鳴き声にすぐ気付けるように寝る布団の近くにスペースを作った空却くん。今日は布団に入っても寝ようとせず、さっきからずっと子猫の毛づくろいをしている私と子猫をスマホのカメラに収めている。
十四くんがお手伝いに来ていたとき、灼空さんに呼ばれた空却くんが私たちのところに戻ってきてすぐ聞いた話だ。
「コイツの譲り先が見つかった」
そう聞いたとき、十四くんは少し寂しそうな表情をした。
「そう、なんスね…いや、嬉しいことなんスけど…ちょっと寂しいっス」
そう言って、子猫を見た後、私のほうに視線を移す十四くん。
今も、子猫を囲むように身体を丸めてペロペロと子猫の身体をキレイにしていたところだ。子猫もすりすりと私に擦り寄ってくる。
「…大丈夫っスかね?こんなにずっと一緒にいたのに…」
そう心配そうに私を見る十四くん。
けれど、このことに関して私はもう迷いはなかった。
子猫の身体をペロリと舐めてから咥える。そして私の方を見ていた空却くんの元へ行き、空却くんの掌に子猫を渡す。
「みゃぁう」
そう一鳴きすると、空却くんは少し驚いたように私を見た。後ろで十四くんも驚いているような気配を感じる。
二人とも、子猫の命を守ってくれた。精一杯世話をしてくれた。もうこれ以上のことはない。確かに離れるのは寂しいけれど、この子のことを生涯みてくれる人が見つかったというのはとても嬉しいことだ。どうか、新しい家族のもとで元気に育ってほしい。健やかに暮らしてほしいと願う。
その後、空却くんから聞いたこの子の譲り先の方は、檀家の方の知り合いの若いご夫婦らしい。
奥さんは専業主婦で、過去に子猫を保護するボランティアにも参加していた方らしく、子猫のお世話も安心して任せられるとのことだった。その辺りのことも空却くんから灼空さんに伝わり、子猫のお世話をきちんとしてくれる方を探してくださったのだろう。
そんな経緯もあり、今夜は子猫と過ごす最後の夜だ。
空却くんは少しでも思い出に残してくれようとしているのだろう、先ほどから子猫と私をずっとカメラに収めている。空却くんも時折、子猫の身体を指で優しく撫でて子猫にじゃれつかれている。
そうやって名残惜しさを感じつつ、皆で眠りについたのは少し空も明るみだした頃だった。
翌日、居間のスペースで子猫の新しい家族の方がくるのを空却くんと十四くんと待つ。十四くんはバンドの練習前に子猫とお別れをすべく駆けつけてくれたのだ。十四くんの指にじゃれつく子猫を見て、十四くんはちょっぴり涙目だ。この二週間ほど、本当にたくさんお世話してくれたもんなぁと思う。家族のように感じてくれているのだろう。だからか、今にも泣き出してしまいそうな十四くんを見ても空却くんは怒らなかった。
そんな中、灼空さんに連れられてやってきたのは、とても穏やかそうなご夫婦だった。私に囲まれている子猫の姿を見ると、とても嬉しそうに目を細め、私と子猫から少し離れた場所で穏やかに様子を窺っている。私とこの子を驚かせないようにとの気遣いだろう。みぃみぃと私に擦り寄ってくる子猫の身体を舐める。最後の私の役割だ。きっとこの場にいる皆、誰もが私から子猫を離そうとしないだろう。ご夫婦も私と目が合うと、少し申し訳なさそうな表情をするのだ。一緒にいる私たちを見て、離れ離れにすることに罪悪感を感じているのだろう。今も少し離れたところから子猫の様子を窺っている。私は子猫を咥えて奥さんのところへ歩いていく。奥さんの前に座ると、恐らく反射的にだろう、掌を出してくれたのでその上に子猫をのせる。
「にゃぁう」
どうかこの子のこと、よろしくお願いします。そう思いをのせて奥さんの顔をじっと見る。
すると、奥さんは驚いたような表情をした後、目を潤ませながらしっかりと頷いてくれた。
「大切に、大切に育てるからね」
「みゃぁん!」
隣りで様子を見守っていた旦那さんにもすりすりと挨拶をする。とても優しい手つきで撫でてくれたことに満足して、後ろで様子を見守ってくれていた空却くんのほうへ駆けだす。ダイブするとしっかりとキャッチしてくれた。
皆でご夫婦を玄関までお見送りする。
空却くんに抱っこしてもらいながらお見送りをする。
「よかったら会いに来て、この子の成長を見に来てね」
「にゃぁん!」
そうご自宅の住所を空却くんに伝えて、ご夫婦は出て行った。
子猫を奥さんに預けてから子猫はずっと鳴いていた。今も玄関の扉が閉まっても、微かに鳴き声が聞こえてくる。そのことに、わかっていたはずなのに急に寂しさや心配が募る。あの子は今日安心して眠りにつくことができるだろうか。あのご夫婦はとても大切に子猫を育ててくれるだろう、そこは心配していない。それを子猫が実感するのもそうかからないだろう。それでも。
今は、急に環境が変わることに不安を感じているかもしれない。心細く感じているかもしれない。それを今までのように、近くで寄り添ってあげることはできない。
ずっと玄関の方を見る私を見て、空却くんは優しく抱きしめてくれた。空却くんの首筋に擦り寄る。
「会いに行こうな」
「みゃぅ」
十四くんも私を慰めるように、とても優しく頭を撫でてくれた。