波羅夷 空却
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吾輩は猫である、なんて。
あの有名な小説のワンフレーズをまさかリアルに言う事になるとは思いもしなかった。
どうしてこうなったのかさっぱり見当もつかない。
私はただ、有休をぶち込み作り出した五日間の休みを満喫しようとワクワクしながら眠りについたはずなのだけれど。
それがどうして、見知らぬ公園で目が覚め、自身の身体が猫になっているのか…
普段とてもお世話になっているグー●ル先生でもこの答えを導き出してはくれないだろう。そもそもこの身体では携帯を使うこともできない!ジーザス!!
猫から人間への戻り方は家に戻って落ち着いて考えることにして、私はとりあえず自宅を目指すことにした。
まずは現在地がわかるものを見つけたい。この公園少し歩いてみたけれど全く見覚えがない。公園の名前が地名のケースを期待し、看板を見るもそうではなく、私は公園から出ることにした。
今のところ違う身体の構造にも関わらず、問題なく身体を動かせている。自分が今四足歩行をしていることに若干の戸惑いを感じつつ、とにかく足を動かす。
身体を動かしていないと、余計なことまで考えてしまいそうでこわかった。今はひたすら前に進もう。
電柱の住所の看板は高くて見えなかった。猫の視点はとても低い。近くに上れる塀でもあればよかったのに。仕方なく違うものを探す。人の足の間を潜り抜けるように歩くのも少しは慣れてきたところで、人の悲鳴が聞こえた。音の発信源を見ると、集団がマイクを構えて互いに対峙している。何かのパフォーマンスかと見ていたが様子が違う。ビートに合わせて言葉を乗せていく。すると向かい側にいた相手が衝撃で吹き飛ぶ。こんな光景を私は知っている。見たことはない。が、聞いたことはある。
にわかには信じがたいけれど、私はこの光景を知っている。創作物として、プロジェクトとして。今、私の目の前で起こっている事象は、ヒプノシスマイクの作中で描かれるラップバトルそのものだ。
暫くその場から動くことができなかった。自身の身体が猫になっただけでなく、私は違う世界に来たとでもいうのだろうか。そもそも違う世界ってあるのか、私は夢を見ているだけだろうか。でも、最初に目覚めた公園で、私の身体が猫になっていると気付かせてくれた女の子が私の頭を撫でたあの感触は本物だった。女の子の体温も私に届いたのだ。だからこれは夢じゃないって、さっき自分に言い聞かせたところなのに。
自身のお腹が鳴る音で我に返る。
とりあえず歩こう。情報が足りない。歩きつつご飯を調達しなければならない。
猫の身体では移動できる範囲も限られる。この場所が自宅から遠い場所、あるいは自宅がない場所である場合、何日かこの環境で凌がなくてはならない。そうなると、ご飯の調達は必須だ。野良猫ってどうご飯を調達しているんだろう。ゴミを漁っているイメージはあまりないのだけれど…通勤途中によく会う野良猫は料理屋さんの前でちょこんと座っていることが多かったな。やはり人からもらうのが一番現実的だろうか。ということは自分を売り込まなくてはならないということか…!人見知りの私には難易度が高い!!しかし、私は今猫である。今もすれ違う人たちからたまに可愛いと声があがる。この愛らしいフォルムでなんとかご飯どころを見つけなければ…!!!
しかし、野良の世界は厳しかった。
食事を提供するお店を見つけたとしても、タイミングよく従業員の人が外にいるケースは少ないし、何より、すでに他の猫の縄張りだったりするのだ。
今も縄張り巡回中の野良猫に見つかり、追いかけられていたところだ。こうして他の猫と会ってみると、自身の身体能力の低さに驚く。大抵逃げようとしても追いつかれて猫パンチの一、二発攻撃を食らい、引っかかれる。人間の時に仕事の忙しさを理由に碌に運動をしなかったことがここまで響くとは…野良の世界は厳しい。
お腹は相変わらず空いているけれど、今はとにかく身体を休めたい。人気が少ない路地だとまた野良猫に見つかってしまうかもしれない。始めの公園に引き返そうかと思ったけれど、追い回されているうちに知らないところに来てしまった。戻り方がわからない。
トボトボと安全地帯を求めて歩いていると、なんだか立派なお寺にたどり着いた。お寺を縄張りにしている猫っているのかなと思いつつ、ふらふらと境内に入る。参拝に来る人たちが来ないような人気の少ないところに行き、身体を丸める。とても寒い。
猫になる前の日付は二月だった。ここもそうなのだろうか。なんだかとても疲れた。
もう眠ってしまおうとしたところで声を掛けられた。
「お前随分汚れてンな…」
人の気配を近くに感じる。重い瞼をなんとか開けようとしていると、身体が宙に浮いた。
その初めての感覚にびっくりして自然と目が開くと、視界に飛び込んできたのは鮮明な赤色。
「随分ヤンチャしたなお前…よく見たら怪我してるしよ。大丈夫か?」
よしよしと優しく私の身体を抱えながら頭を撫でてくれる、この派手な赤い髪色に、両耳のたくさんのピアス、それから法衣にスカジャンを着こなすこの男の子は、空却くんでは…?ナゴヤディビジョン、リーダーの波羅夷空却くんでは?!!!!
大好きなキャラクターに会えた驚きはもちろんあったけれど、それよりも服が汚れるのも構わず優しく私の身体を抱えてくれる空却くんの優しさに心があたたまっていく。
「にゃぁん」
「はは、どうした?腹減ってんのか?」
口から出た言葉は、音は、猫の鳴き声そのもので、空却くんに意味は伝わらなかった。ありがとうって伝えたいのにな。
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