碧棺 左馬刻
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あのとき、車で私の自宅まで送ってくれた左馬刻さんはどこか寂しそうに見えました。
その時の私はその理由がわかりませんでした。ですが、今ならその理由がわかった気がします。あのときもう左馬刻さんは決めていたのですね、これで最後だと。
シブヤでのヘルプはとても楽しいものになりました。シブヤの女将さんはとてもお人柄がよく、そんな女将さんに惹かれてやってくるお客さんも、みなさん優しく接してくださいました。普段も小料理屋さんで働いてはいるものの、場所が違うことですこし戸惑った場面もありましたが、女将さんや、ときにはお客さんにも助けて頂きながらなんとか勤務を終えることができました。
「なまえちゃん今日は本当にありがとうね」
「こちらこそ、色々助けて頂いて!」
「ふふ、なまえちゃん一生懸命働いてくれたから助かったわ。お客さんともすっかり打ち解けて」
「みなさんがとても優しくしてくださったおかげです!」
人の優しさに触れ、お店を閉めたあとにとてもおいしい賄までいただき、わたしの心はほくほくでした。時刻はもう深夜一時。ヘルプのお話を頂いた時に仕事が終わったらそのままシブヤの女将さんの家に泊まってはどうかとご提案いただいたのですが、その話を左馬刻さんにしたときに部下に迎えに行かせるとご提案いただき、そのご厚意に甘えさせていただくことにしたのです。今、部下さんから到着の連絡を待っているところなのです。
食後のお茶を頂いていると、左馬刻さんから連絡がきました。部下さんからの連絡でないことに疑問を抱きながらも女将さんにお別れをして外に出ると、車に寄りかかって煙草を吸っている左馬刻さんがいらっしゃいました。
「左馬刻さん?!」
「おー」
「あれ、部下さんがお迎えに来て下さるって…」
「手が空いたから迎えに来た」
月明かりに左馬刻さんの銀髪が透けて、瞳の真紅が一際際立つ、そんな幻想的な光景に暫し見惚れてしまいました。そうしている間に左馬刻さんは煙草の火を消して、車のドアを開けてくださりました。
「オラ、帰ンぞ」
車に乗り込むといつも左馬刻さんが吸っている煙草の匂いで満ちていて、私はそれがとても安心するのです。幾度となく私を助けてくれた匂い。安らぎをくれた匂い。
前回のこともあって、実は会うまで少し緊張していました。電話をしたときも、次実際に会ったら私はいつも通り話せるかなとか、そんなことばかり考えていました。あの日から左馬刻さんのことを思うとどこか苦しくて、それでも早く会いたくて。そんな相反する思いに戸惑っていたのです。
ですが、今日こうやって実際に会うと嬉しさで胸がいっぱいになるのですから…改めて私は左馬刻さんのことが大好きなのだなぁと思い知るのです。
「左馬刻さん、お迎え本当にありがとうございます」
「おー」
「…えへへ」
「…、なんだよ」
「私、車でお出かけしたことがなくて…そもそも車に乗る機会もなかったので、なんだか嬉しくて」
車内には小さい音量ですが、音楽が流れていました。きっと左馬刻さんが普段聞いているものなのでしょう。聞きなれない音楽に、私が何もしなくても変わっていく風景。大好きな匂いに満ちた空間に大好きな人と二人きりの特別な空間。色んな嬉しさと楽しさに私の心は満ち満ちて思わず顔も綻んでしまいます。
「…お前明日は?」
「?お休みです!」
「なら、ちょっと寄り道してくか」
「!!ドライブですか?!」
「おー」
「やったぁ!!」
思わず両手を上げて喜んだ私に左馬刻さんは優しく笑うので、私の心臓は大忙しです。
「どっか行きてぇとこあるか?」
「私自分が住んでいるところ以外よくわからなくて…」
「なら、適当に連れまわすぞ」
「はい!」
そう言って連れてきてくださったのは、大きな橋が架かり、東京タワーやスカイツリーが見える夜景が素敵な場所でした。
「すごいです左馬刻さん!どこを見てもキラキラしてます!」
私たちがいるところは展望デッキになっており、綺麗な夜景を一望することができます。
「左馬刻さん!あの大きな橋はさっき車で通ってきたやつですか?」
「そうだな」
大きな橋に大興奮の私に、もっと近くで見れるぞと左馬刻さんに案内していただくことになりました。途中から街頭がなくなり、左馬刻さんが携帯のライトで足元を照らしてくださいます。それでも心もとなくて無意識に左馬刻さんの服を掴もうと手を伸ばすと、手が服に到達する前に左馬刻さんが手を繋いでくださりました。左馬刻さんが手を繋いでくれた途端に、元気に歩き出す私を見て左馬刻さんは呆れたように笑っていました。
レインボーブリッジがとても近くで見えるそこは、砲台跡などもある公園でした。近くで見上げるレインボーブリッジは大迫力でした。
「時間帯によっては屋形船が見れンだけどな」
「屋形船?」
「船で酒飲みながらグルっとコースを回んだよ…提灯の明かりで照らされるからお前が見たら喜びそうだな」
「それは乙ですね…!」
暗い海に浮かぶ提灯の灯り。想像しただけでとても素敵な光景です!
ライトアップされているレインボーブリッジを堪能して車に戻ってきた私たちは、ヨコハマに帰ることにしました。
「左馬刻さん、飴ちゃん食べますか?」
「(飴ちゃん…)なんだいつも持ち歩いてンのか?」
「いえ、飴村さんから頂いたのです!」
「乱数のヤローか…つかお前、知らない奴についてくなって散々言っただろーが」
「すみません…あ、でも飴村さんから左馬刻さんのお知り合いだと伺ったので!」
「それがウソの可能性もあるだろーが」
「う、あ、でも今回は写真を見せていただいたのです!」
「写真?」
「はい!飴村さんと左馬刻さんが一緒に写っている写真で…あ!左馬刻さん昔髪型違ったのですね、かっこよかったです!」
「…へぇ」
そう言うと左馬刻さんは片手をハンドルから離して髪を掻き上げました。
「こっちのがタイプか?」
「ヴッ!!」
あまりにも妖艶に左馬刻さんが笑うので直視できず、私は窓の外を眺めることに専念しました。普段声を上げて笑うことがない左馬刻さんですが、こんなときばかり声をあげて楽しそうに笑うものですから、私はますます拗ねることになりました。
綺麗な工場の夜景を横目に高速道路を走り、30分ほどでヨコハマに到着しました。私は基本、自宅と勤め先である小料理屋さんの往復しか行動範囲がありません。夜はお仕事か、もしくは家にいるかなのでヨコハマに住んでいながらヨコハマの夜景というものを見たことがありませんでした。そうして左馬刻さんが連れてきてくださったのは大さん橋や赤レンガ倉庫、ベイブリッジのライトアップが一望できる場所。
「すごい…!昼間に見るのとはまた雰囲気が全然違いますね!」
「あぁ」
約20年ほど、このヨコハマで生活していたのにまだまだ私の知らないヨコハマがあるだなんて。夜の海も、そういえばこんな間近で見たことがないなぁと柵越しに覗き込んでみるとなんとも恐ろしく、すぐ覗き込むのをやめて離れたところで一服していた左馬刻さんに駆け寄りました。
「どうした?」
私が駆け寄るとすぐに煙草の火を消す左馬刻さん。
「…夜の海がこんなにも恐ろしいものだとは思いませんでした…」
「あー…」
ポンと私の頭に手を置くと、からかうように笑う左馬刻さん。
「オラ、お子ちゃまはあっちのキラキラした観覧車でも見てろ」
「年齢関係あります?!」
私がぷりぷりするほど楽しそうに笑う左馬刻さんは宥めるように言いました。
「本来この時間だと消灯してんだけどな観覧車」
「え、そうなんですか?」
「おー、メンテナンスかなにかしてんだろうな」
ついてんな、そう言って左馬刻さんは穏やかに笑います。
「左馬刻さん、」
とても穏やかに笑う左馬刻さんが、なぜか寂しそうにも見えて。
でも、私にはその理由がわからないのです。左馬刻さんはあまり、自分のことを話しません。いつもいつも、私の話ばかり優しく聞いてくれるから。
左馬刻さんが抱えるものを、軽くしてあげられる言葉が、今の私にはわからないのです。
「左馬刻さん、私、夜の海がこんなに怖いものだなんて知りませんでした」
私を静かに見つめる左馬刻さんに、伝えたいこと。
「夜のヨコハマの夜景がこんなにキレイなことも、ヨコハマ以外にも素敵な場所があることも、知りませんでした」
強くなりたい。助けてもらうばかりじゃなくて、与えられるだけじゃなくて。
私がもっと強かったら、頼りになれば…あなたは言葉にして伝えてくれたのでしょうか?そんな表情をさせる原因を。私に、寄りかかってくれたでしょうか?
「私、左馬刻さんに出会ってから新しい発見ばかりです!」
今、私にその強さはないのでしょう。きっと聞いても左馬刻さんは話してくれない、そんな確信が私にはありました。
なら、せめて今の素直な感謝の気持ちを伝えたい。
「左馬刻さん、私と出会ってくれて、ありがとうございます」
そう言うと左馬刻さんは目を見張りました。そしてほんの一瞬、真紅の瞳が揺らいだのを見ました。今までそんな表情を見たことがなくて、私は驚きました。
しかしそれも一瞬のことで、一度顔を伏かせた左馬刻さんは再度私をいつもの強い眼差しで見つめてこう言ったのです。
「なまえ、」
「…はい、」
「お前はもう自由だ。お前が望めば、お前が行きてぇ場所にいける」
「お前はもう、大丈夫だ」
私はなぜか返事ができませんでした。私を思って言ってくださったであろうその言葉に、私は心の中がとても掻き乱れるのを感じたのです。
何も返事ができない私を、左馬刻さんは包み込むように抱きしめてくださいました。この間のように、私を慰めるかのように。
でも、なぜでしょう。この間のように満たされるような安心感はありませんでした。言葉で伝えられた訳ではないのに、私にはその抱擁が、左馬刻さんからのお別れに思えてならなかったのです。
そしてこの日を境に、左馬刻さんと連絡がつかなくなりました。
その時の私はその理由がわかりませんでした。ですが、今ならその理由がわかった気がします。あのときもう左馬刻さんは決めていたのですね、これで最後だと。
シブヤでのヘルプはとても楽しいものになりました。シブヤの女将さんはとてもお人柄がよく、そんな女将さんに惹かれてやってくるお客さんも、みなさん優しく接してくださいました。普段も小料理屋さんで働いてはいるものの、場所が違うことですこし戸惑った場面もありましたが、女将さんや、ときにはお客さんにも助けて頂きながらなんとか勤務を終えることができました。
「なまえちゃん今日は本当にありがとうね」
「こちらこそ、色々助けて頂いて!」
「ふふ、なまえちゃん一生懸命働いてくれたから助かったわ。お客さんともすっかり打ち解けて」
「みなさんがとても優しくしてくださったおかげです!」
人の優しさに触れ、お店を閉めたあとにとてもおいしい賄までいただき、わたしの心はほくほくでした。時刻はもう深夜一時。ヘルプのお話を頂いた時に仕事が終わったらそのままシブヤの女将さんの家に泊まってはどうかとご提案いただいたのですが、その話を左馬刻さんにしたときに部下に迎えに行かせるとご提案いただき、そのご厚意に甘えさせていただくことにしたのです。今、部下さんから到着の連絡を待っているところなのです。
食後のお茶を頂いていると、左馬刻さんから連絡がきました。部下さんからの連絡でないことに疑問を抱きながらも女将さんにお別れをして外に出ると、車に寄りかかって煙草を吸っている左馬刻さんがいらっしゃいました。
「左馬刻さん?!」
「おー」
「あれ、部下さんがお迎えに来て下さるって…」
「手が空いたから迎えに来た」
月明かりに左馬刻さんの銀髪が透けて、瞳の真紅が一際際立つ、そんな幻想的な光景に暫し見惚れてしまいました。そうしている間に左馬刻さんは煙草の火を消して、車のドアを開けてくださりました。
「オラ、帰ンぞ」
車に乗り込むといつも左馬刻さんが吸っている煙草の匂いで満ちていて、私はそれがとても安心するのです。幾度となく私を助けてくれた匂い。安らぎをくれた匂い。
前回のこともあって、実は会うまで少し緊張していました。電話をしたときも、次実際に会ったら私はいつも通り話せるかなとか、そんなことばかり考えていました。あの日から左馬刻さんのことを思うとどこか苦しくて、それでも早く会いたくて。そんな相反する思いに戸惑っていたのです。
ですが、今日こうやって実際に会うと嬉しさで胸がいっぱいになるのですから…改めて私は左馬刻さんのことが大好きなのだなぁと思い知るのです。
「左馬刻さん、お迎え本当にありがとうございます」
「おー」
「…えへへ」
「…、なんだよ」
「私、車でお出かけしたことがなくて…そもそも車に乗る機会もなかったので、なんだか嬉しくて」
車内には小さい音量ですが、音楽が流れていました。きっと左馬刻さんが普段聞いているものなのでしょう。聞きなれない音楽に、私が何もしなくても変わっていく風景。大好きな匂いに満ちた空間に大好きな人と二人きりの特別な空間。色んな嬉しさと楽しさに私の心は満ち満ちて思わず顔も綻んでしまいます。
「…お前明日は?」
「?お休みです!」
「なら、ちょっと寄り道してくか」
「!!ドライブですか?!」
「おー」
「やったぁ!!」
思わず両手を上げて喜んだ私に左馬刻さんは優しく笑うので、私の心臓は大忙しです。
「どっか行きてぇとこあるか?」
「私自分が住んでいるところ以外よくわからなくて…」
「なら、適当に連れまわすぞ」
「はい!」
そう言って連れてきてくださったのは、大きな橋が架かり、東京タワーやスカイツリーが見える夜景が素敵な場所でした。
「すごいです左馬刻さん!どこを見てもキラキラしてます!」
私たちがいるところは展望デッキになっており、綺麗な夜景を一望することができます。
「左馬刻さん!あの大きな橋はさっき車で通ってきたやつですか?」
「そうだな」
大きな橋に大興奮の私に、もっと近くで見れるぞと左馬刻さんに案内していただくことになりました。途中から街頭がなくなり、左馬刻さんが携帯のライトで足元を照らしてくださいます。それでも心もとなくて無意識に左馬刻さんの服を掴もうと手を伸ばすと、手が服に到達する前に左馬刻さんが手を繋いでくださりました。左馬刻さんが手を繋いでくれた途端に、元気に歩き出す私を見て左馬刻さんは呆れたように笑っていました。
レインボーブリッジがとても近くで見えるそこは、砲台跡などもある公園でした。近くで見上げるレインボーブリッジは大迫力でした。
「時間帯によっては屋形船が見れンだけどな」
「屋形船?」
「船で酒飲みながらグルっとコースを回んだよ…提灯の明かりで照らされるからお前が見たら喜びそうだな」
「それは乙ですね…!」
暗い海に浮かぶ提灯の灯り。想像しただけでとても素敵な光景です!
ライトアップされているレインボーブリッジを堪能して車に戻ってきた私たちは、ヨコハマに帰ることにしました。
「左馬刻さん、飴ちゃん食べますか?」
「(飴ちゃん…)なんだいつも持ち歩いてンのか?」
「いえ、飴村さんから頂いたのです!」
「乱数のヤローか…つかお前、知らない奴についてくなって散々言っただろーが」
「すみません…あ、でも飴村さんから左馬刻さんのお知り合いだと伺ったので!」
「それがウソの可能性もあるだろーが」
「う、あ、でも今回は写真を見せていただいたのです!」
「写真?」
「はい!飴村さんと左馬刻さんが一緒に写っている写真で…あ!左馬刻さん昔髪型違ったのですね、かっこよかったです!」
「…へぇ」
そう言うと左馬刻さんは片手をハンドルから離して髪を掻き上げました。
「こっちのがタイプか?」
「ヴッ!!」
あまりにも妖艶に左馬刻さんが笑うので直視できず、私は窓の外を眺めることに専念しました。普段声を上げて笑うことがない左馬刻さんですが、こんなときばかり声をあげて楽しそうに笑うものですから、私はますます拗ねることになりました。
綺麗な工場の夜景を横目に高速道路を走り、30分ほどでヨコハマに到着しました。私は基本、自宅と勤め先である小料理屋さんの往復しか行動範囲がありません。夜はお仕事か、もしくは家にいるかなのでヨコハマに住んでいながらヨコハマの夜景というものを見たことがありませんでした。そうして左馬刻さんが連れてきてくださったのは大さん橋や赤レンガ倉庫、ベイブリッジのライトアップが一望できる場所。
「すごい…!昼間に見るのとはまた雰囲気が全然違いますね!」
「あぁ」
約20年ほど、このヨコハマで生活していたのにまだまだ私の知らないヨコハマがあるだなんて。夜の海も、そういえばこんな間近で見たことがないなぁと柵越しに覗き込んでみるとなんとも恐ろしく、すぐ覗き込むのをやめて離れたところで一服していた左馬刻さんに駆け寄りました。
「どうした?」
私が駆け寄るとすぐに煙草の火を消す左馬刻さん。
「…夜の海がこんなにも恐ろしいものだとは思いませんでした…」
「あー…」
ポンと私の頭に手を置くと、からかうように笑う左馬刻さん。
「オラ、お子ちゃまはあっちのキラキラした観覧車でも見てろ」
「年齢関係あります?!」
私がぷりぷりするほど楽しそうに笑う左馬刻さんは宥めるように言いました。
「本来この時間だと消灯してんだけどな観覧車」
「え、そうなんですか?」
「おー、メンテナンスかなにかしてんだろうな」
ついてんな、そう言って左馬刻さんは穏やかに笑います。
「左馬刻さん、」
とても穏やかに笑う左馬刻さんが、なぜか寂しそうにも見えて。
でも、私にはその理由がわからないのです。左馬刻さんはあまり、自分のことを話しません。いつもいつも、私の話ばかり優しく聞いてくれるから。
左馬刻さんが抱えるものを、軽くしてあげられる言葉が、今の私にはわからないのです。
「左馬刻さん、私、夜の海がこんなに怖いものだなんて知りませんでした」
私を静かに見つめる左馬刻さんに、伝えたいこと。
「夜のヨコハマの夜景がこんなにキレイなことも、ヨコハマ以外にも素敵な場所があることも、知りませんでした」
強くなりたい。助けてもらうばかりじゃなくて、与えられるだけじゃなくて。
私がもっと強かったら、頼りになれば…あなたは言葉にして伝えてくれたのでしょうか?そんな表情をさせる原因を。私に、寄りかかってくれたでしょうか?
「私、左馬刻さんに出会ってから新しい発見ばかりです!」
今、私にその強さはないのでしょう。きっと聞いても左馬刻さんは話してくれない、そんな確信が私にはありました。
なら、せめて今の素直な感謝の気持ちを伝えたい。
「左馬刻さん、私と出会ってくれて、ありがとうございます」
そう言うと左馬刻さんは目を見張りました。そしてほんの一瞬、真紅の瞳が揺らいだのを見ました。今までそんな表情を見たことがなくて、私は驚きました。
しかしそれも一瞬のことで、一度顔を伏かせた左馬刻さんは再度私をいつもの強い眼差しで見つめてこう言ったのです。
「なまえ、」
「…はい、」
「お前はもう自由だ。お前が望めば、お前が行きてぇ場所にいける」
「お前はもう、大丈夫だ」
私はなぜか返事ができませんでした。私を思って言ってくださったであろうその言葉に、私は心の中がとても掻き乱れるのを感じたのです。
何も返事ができない私を、左馬刻さんは包み込むように抱きしめてくださいました。この間のように、私を慰めるかのように。
でも、なぜでしょう。この間のように満たされるような安心感はありませんでした。言葉で伝えられた訳ではないのに、私にはその抱擁が、左馬刻さんからのお別れに思えてならなかったのです。
そしてこの日を境に、左馬刻さんと連絡がつかなくなりました。