碧棺 左馬刻
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私が小さい頃、公園で出会ったあの男の子は、もしかしたら左馬刻さんだったのでは?
そんな疑問を持って一週間ほどが経ちました。
「もし違ったら」
「覚えていなかったら」
そんな思いに囚われて、私は聞けずにおりました。
私にとって、あの男の子との出会いは人生を変えた大事なもの。こわくて、逃げてばかりいた私を変えてくれた大事なもの。
ならこのまま、心に大事にしまっておきたい。そんな思いもありました。
そんなとき、来訪を告げるチャイムが鳴りました。
インターホンを見ると、帽子を被りサングラスをした男性が映っています。すぐに開けますねと告げてドアを開けると、何やら美味しそうな匂いをさせている箱を持っていらっしゃいます。
「左馬刻さん、お疲れ様です」
そう言って家の中に軽く変装している左馬刻さんを招き入れます。
「おら、この間の礼だ」
左馬刻さんが渡してくださった箱からは焼き菓子のような香ばしい匂いがします。きっとこの間ご馳走したカレーのお礼に買ってきてくださったのでしょう。
実はこのやり取りは初めてではありません。一番初めは、ケーキを食べたことがないと言った私に左馬刻さんが買ってきてくださったことでした。そうして、そのお礼に私がご飯を作って左馬刻さんに食べていただき、そうしたらそのお礼に左馬刻さんが手土産を持っていらっしゃる…そんな一連の流れがあるのです。
左馬刻さんは大体一週間に一回のペースでいらっしゃってくださり、その際には必ず軽く変装をしていらっしゃいます。
「左馬刻さんはいつも変装していらっしゃるのですか?」
「…いや、いつもじゃねぇよ」
頂いた箱を丁寧に開けながら聞くと、いつもしている訳ではないとのこと。ということは、私の家にいらっしゃるときだけしているのでしょうか?
しかしその疑問は箱の中身を見た途端に弾けて消えてしまいます。
「わぁ!これは…チーズタルトですか?」
「おう」
箱を開けたことでより一層香ばしい匂いが広がります。
「なんか色が違うのがあります!」
「期間限定とか言ってたな、栗だ」
「栗!!」
どちらも美味しそうですが、まずは定番のものから頂こうと意気込んだところで、まだ左馬刻さんにお飲物を出していないことに気が付きました。
「っすみません、今お飲物用意しますね」
「あ?あー…いい、お前はそこでふにゃふにゃしてろ」
「ふにゃふにゃ?!」
そう言って台所へ向かう左馬刻さんを追いかけます。
「座ってろって言っただろうが」
「お客様を働かせるなんてダメです!」
追いかけてはみたものの、もう我が家の構造を把握している左馬刻さんはテキパキと飲み物の準備を進めてくださいます。
「お前もたまにはブラックで飲むか?」
「…私にはまだ早いです…」
味覚の好みが子供な私をからかう様に笑う左馬刻さんを、いつかコーヒーをブラックで味わう素敵な女性になって見返したいと密かに心に決めた瞬間でした。
頂いたチーズタルトはとても美味しく、あまりにも私が美味しそうに食べるものですから左馬刻さんは少し呆れるように、それでもとても優しく笑っていました。
チラリと、左馬刻さんが時計を見ました。そろそろかなぁと、私は少し寂しくなりました。
左馬刻さんは大体、いらっしゃってから二時間くらいでお仕事に戻られます。急なお仕事の連絡があるときは別ですが、それ以外のときは大体そうです。
いつからか私はとても欲張りになり、もっと一緒にいたいなと思う様になりました。お仕事が忙しい中、いつも手土産を用意していらっしゃってくれる。それだけでとてもありがたく、嬉しいことなのに…このお別れの瞬間がとても寂しいのです。私にとって、一週間に一回のこの時間はとても大切で大好きな時間なのです。
玄関に向かう左馬刻さんをお見送りすべく、後を歩いているとふと、チーズタルトを食べる前に浮かんだ疑問がまた浮かび上がりました。
「左馬刻さん、変装はうちにいらっしゃる時だけなのですか?」
靴を履いている左馬刻さんに投げかけると、左馬刻さんの手がほんの少し強張るように動きを止めたように見えました。靴を履き終わった左馬刻さんは真剣な表情でこちらを振り向きました。
「なまえ、」
「、はい」
「俺は敵が多い。そんな奴らに俺がここに頻繁に来ていることがバレたらお前を危ない目に合わせるかもしれねぇ」
「怖いか?」
左馬刻さんはとても真剣な表情をしています。私の表情の変化を見逃さないようにしているようにも感じました。
私には、左馬刻さんの敵が多いという言葉に違和感しか感じなかったのです。私の知っている左馬刻さんはごく一部分でしかないのでしょう。左馬刻さんはお仕事の話を私の前ではしません。一緒にいるときにお仕事の電話があれば席を外しますし、お仕事に関する話題をなんとなく避けていらっしゃるような感じがして、私からも聞きません。私は、私と一緒にいるときの左馬刻さんしか知りません。優しくて、穏やかで、少しイジワルで…でもひとたびマイクを構えれば骨の髄まで凍てつくような威圧感を放つ人。私が知っている中で、お仕事をしている左馬刻さんに一番近いのはマイクを構えたときの左馬刻さんなのでしょう。
私には左馬刻さんのおっしゃる危ない目、というのがどんなことか、いまいちわかっていないのでしょう。それでもひとつ、わかっている確かなこと。
「…私は、左馬刻さんに会えなくなるのがこわいです」
始めは私の人としての人生を救ってくれた恩人。でも、今は感謝もしているけれど少し違う。ただ、一緒にいたいと願う大好きな人。
「…そうか」
私の返答を聞くと左馬刻さんは、私の手を優しく引き、抱きしめてくださいました。
こわいと零した私を慰めるように、優しく。
いつもお別れのときにしょんぼりする私を、左馬刻さんは頭を撫でたりして慰めてくださることはありましたが、こんな風に抱きしめられたのは初めてで、私の心臓は割れんばかりに鼓動を鳴らしていました。
そのまま、左馬刻さんは電話が鳴るまで私を抱きしめていてくださいました。
その間、私は言葉を発することができませんでした。何かしらの言葉を発したら、左馬刻さんはすぐ離れてしまいそうで。言葉を代弁するかのように、私は無意識に左馬刻さんの服をきゅっと握りました。するとまるで応えるようにより一層力を込めて抱きしめてくださった左馬刻さんに、私はとても心が満たされていくのを感じていました。
勤めている小料理屋さんでご主人や女将さん、お客さんに囲まれて働いているときのような…それとはほんの少しだけ違うような、そんな幸福感が。
そのほんの少しの違いの理由に私が気付けたのは、まだ少し先のお話です。
そんな疑問を持って一週間ほどが経ちました。
「もし違ったら」
「覚えていなかったら」
そんな思いに囚われて、私は聞けずにおりました。
私にとって、あの男の子との出会いは人生を変えた大事なもの。こわくて、逃げてばかりいた私を変えてくれた大事なもの。
ならこのまま、心に大事にしまっておきたい。そんな思いもありました。
そんなとき、来訪を告げるチャイムが鳴りました。
インターホンを見ると、帽子を被りサングラスをした男性が映っています。すぐに開けますねと告げてドアを開けると、何やら美味しそうな匂いをさせている箱を持っていらっしゃいます。
「左馬刻さん、お疲れ様です」
そう言って家の中に軽く変装している左馬刻さんを招き入れます。
「おら、この間の礼だ」
左馬刻さんが渡してくださった箱からは焼き菓子のような香ばしい匂いがします。きっとこの間ご馳走したカレーのお礼に買ってきてくださったのでしょう。
実はこのやり取りは初めてではありません。一番初めは、ケーキを食べたことがないと言った私に左馬刻さんが買ってきてくださったことでした。そうして、そのお礼に私がご飯を作って左馬刻さんに食べていただき、そうしたらそのお礼に左馬刻さんが手土産を持っていらっしゃる…そんな一連の流れがあるのです。
左馬刻さんは大体一週間に一回のペースでいらっしゃってくださり、その際には必ず軽く変装をしていらっしゃいます。
「左馬刻さんはいつも変装していらっしゃるのですか?」
「…いや、いつもじゃねぇよ」
頂いた箱を丁寧に開けながら聞くと、いつもしている訳ではないとのこと。ということは、私の家にいらっしゃるときだけしているのでしょうか?
しかしその疑問は箱の中身を見た途端に弾けて消えてしまいます。
「わぁ!これは…チーズタルトですか?」
「おう」
箱を開けたことでより一層香ばしい匂いが広がります。
「なんか色が違うのがあります!」
「期間限定とか言ってたな、栗だ」
「栗!!」
どちらも美味しそうですが、まずは定番のものから頂こうと意気込んだところで、まだ左馬刻さんにお飲物を出していないことに気が付きました。
「っすみません、今お飲物用意しますね」
「あ?あー…いい、お前はそこでふにゃふにゃしてろ」
「ふにゃふにゃ?!」
そう言って台所へ向かう左馬刻さんを追いかけます。
「座ってろって言っただろうが」
「お客様を働かせるなんてダメです!」
追いかけてはみたものの、もう我が家の構造を把握している左馬刻さんはテキパキと飲み物の準備を進めてくださいます。
「お前もたまにはブラックで飲むか?」
「…私にはまだ早いです…」
味覚の好みが子供な私をからかう様に笑う左馬刻さんを、いつかコーヒーをブラックで味わう素敵な女性になって見返したいと密かに心に決めた瞬間でした。
頂いたチーズタルトはとても美味しく、あまりにも私が美味しそうに食べるものですから左馬刻さんは少し呆れるように、それでもとても優しく笑っていました。
チラリと、左馬刻さんが時計を見ました。そろそろかなぁと、私は少し寂しくなりました。
左馬刻さんは大体、いらっしゃってから二時間くらいでお仕事に戻られます。急なお仕事の連絡があるときは別ですが、それ以外のときは大体そうです。
いつからか私はとても欲張りになり、もっと一緒にいたいなと思う様になりました。お仕事が忙しい中、いつも手土産を用意していらっしゃってくれる。それだけでとてもありがたく、嬉しいことなのに…このお別れの瞬間がとても寂しいのです。私にとって、一週間に一回のこの時間はとても大切で大好きな時間なのです。
玄関に向かう左馬刻さんをお見送りすべく、後を歩いているとふと、チーズタルトを食べる前に浮かんだ疑問がまた浮かび上がりました。
「左馬刻さん、変装はうちにいらっしゃる時だけなのですか?」
靴を履いている左馬刻さんに投げかけると、左馬刻さんの手がほんの少し強張るように動きを止めたように見えました。靴を履き終わった左馬刻さんは真剣な表情でこちらを振り向きました。
「なまえ、」
「、はい」
「俺は敵が多い。そんな奴らに俺がここに頻繁に来ていることがバレたらお前を危ない目に合わせるかもしれねぇ」
「怖いか?」
左馬刻さんはとても真剣な表情をしています。私の表情の変化を見逃さないようにしているようにも感じました。
私には、左馬刻さんの敵が多いという言葉に違和感しか感じなかったのです。私の知っている左馬刻さんはごく一部分でしかないのでしょう。左馬刻さんはお仕事の話を私の前ではしません。一緒にいるときにお仕事の電話があれば席を外しますし、お仕事に関する話題をなんとなく避けていらっしゃるような感じがして、私からも聞きません。私は、私と一緒にいるときの左馬刻さんしか知りません。優しくて、穏やかで、少しイジワルで…でもひとたびマイクを構えれば骨の髄まで凍てつくような威圧感を放つ人。私が知っている中で、お仕事をしている左馬刻さんに一番近いのはマイクを構えたときの左馬刻さんなのでしょう。
私には左馬刻さんのおっしゃる危ない目、というのがどんなことか、いまいちわかっていないのでしょう。それでもひとつ、わかっている確かなこと。
「…私は、左馬刻さんに会えなくなるのがこわいです」
始めは私の人としての人生を救ってくれた恩人。でも、今は感謝もしているけれど少し違う。ただ、一緒にいたいと願う大好きな人。
「…そうか」
私の返答を聞くと左馬刻さんは、私の手を優しく引き、抱きしめてくださいました。
こわいと零した私を慰めるように、優しく。
いつもお別れのときにしょんぼりする私を、左馬刻さんは頭を撫でたりして慰めてくださることはありましたが、こんな風に抱きしめられたのは初めてで、私の心臓は割れんばかりに鼓動を鳴らしていました。
そのまま、左馬刻さんは電話が鳴るまで私を抱きしめていてくださいました。
その間、私は言葉を発することができませんでした。何かしらの言葉を発したら、左馬刻さんはすぐ離れてしまいそうで。言葉を代弁するかのように、私は無意識に左馬刻さんの服をきゅっと握りました。するとまるで応えるようにより一層力を込めて抱きしめてくださった左馬刻さんに、私はとても心が満たされていくのを感じていました。
勤めている小料理屋さんでご主人や女将さん、お客さんに囲まれて働いているときのような…それとはほんの少しだけ違うような、そんな幸福感が。
そのほんの少しの違いの理由に私が気付けたのは、まだ少し先のお話です。