碧棺 左馬刻
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左馬刻と理鶯を向かわせたあと、犯人からの映像に変化があった。みょうじさんが目を覚ましたのだ。犯人の姿は一向に写らないが、何かヒントになるようなものはないかとより注意深く映像を見ていた。すると画面に男が映りこんだ。後ろ姿で顔はわからない。男はチューブのようなものを持って彼女に近づいていく。彼女の片腕の拘束だけ解き、その腕にチューブを刺したのだ。チューブ内を流れる液体を見て血の気が引いた。
すぐ左馬刻に知らせに行こうと車を出たところで飴村乱数から連絡が入った。犯人はヨコスカ方面にいるらしいと情報が入った。まだ一か所に絞り込めていないということだったが、そこまでわかれば応援を要請できる。至急部下に連絡をし、ヨコスカの所轄に応援要請するよう指示をして、俺は左馬刻のもとへ走った。
「血を抜かれていってる…?」
「あぁ、恐らく献血で使われてるようなチューブだ」
通常の献血であれば、種類にもよるが大体15分くらい。体内の30%以上失われると危険な状態だ。雑な計算だが恐らくデッドラインは40分前後。
「話がちげぇな」
骨の髄まで冷えるような威圧感にその場が制圧される。左馬刻を囲んでいた奴らはその場で腰を抜かしたり、後ずさっている。仲間の俺でさえも気圧される感覚を真っ向から向けられているのだから無理もない。
彼女の居場所を突き止めようと近くの奴らに問いかけるが、知らない以外の答えはない。これは最悪のケースだったな。こいつ等は犯人の情報をまるで持っていない。恐らく、人質をとったから左馬刻は抵抗できない。好きに甚振れとだけ言われたのだろう。ならこいつ等にもう用はない。
左馬刻を情報のあるヨコスカに向かわせようとしたところで聞きなじみのある力強いビートが聞こえてくる。
「銃兎、左馬刻と共に向かってくれ。ここは小官が引き受ける」
「理鶯、しかし…」
「ここ以外の者はすでに制圧した。この先、不確定要素が高い左馬刻のほうを援護してくれ」
制圧したって…マイクの音は聞こえてこなかった。どうやら元軍人の体術をいかんなく発揮してきたらしい。
だがそうなると理鶯の言うとおりだ。まだ情報が不十分な左馬刻の傍にいたほうがいいだろう。
「左馬刻、行くぞ!」
「…理鶯、頼んだ」
「あぁ、任せてくれ」
内臓に重く響くビートの後押しを受けて俺たちは車に乗り込む。赤色灯をつけて、車を発進させる。
左馬刻はずっと耐えるように押し黙っていた。俺でさえ、犯人の突然の行動には動揺を隠せなかった。犯人の目的は左馬刻への復讐であり、見かけだけでも指示に従ってさえいればみょうじさんの安全はその間だけでも確保できると踏んでいたからだ。むしろ、左馬刻を痛めつけたいのであれば、彼女に危害を加えた時点でそれは叶わなくなる。精神的に痛めつけたいのであればこれほど有効な手はないが、犯人の最初の行動を見る限りその線は薄いと感じていたのに。もう一つ気になると言えば、彼女が目を覚ましたあと、犯人と交わしていた会話だ。チューブを刺されるときも、彼女に動揺は見られなかった。
まさか、と俺の中で一つの可能性が浮かんだとき、飴村乱数から連絡がきた。法定速度を超えて飛ばしていた甲斐あってヨコスカはすぐそこまで迫っていたタイミングだ。告げられた住所はそこまで遠くない。
救急車の要請と、応援にもその住所を伝えておく。犯人がチューブを刺してから30分は経過している。俺はアクセルを強く踏み、更に加速した。
目の前の女はだいぶ弱ってきていた。顔は蒼白で呼吸も浅い。意識もとても朦朧としてきているだろうに、それでも女は俺の話を聞いた。なぜ碧棺左馬刻を恨んでいるのかを。
「もうわかっただろ…ヤクザとなんか付き合うな」
「私がそれ、を認めれば…チューブを抜いてくださる、のですか?」
「あぁ、病院にも連れて行く」
そう言うと押し黙った女にようやく折れたかと思った。人質にとられた時点で、普通は委縮する。とんでもない奴と付き合ってしまったんだと気付くものなのに。この女は委縮するどころかそれは違うと主張してきた。どうしてそうも馬鹿なのだと、腸が煮えくり返った。
女が口を開く。
「…妹さんに対しても、あなたは怒っているのですね」
「は?」
まったく予想もしていなかった言葉に返す言葉をなくす。
「私の提案を受け入れてくださったのも、“ヤクザとは付き合うな”というあなたの意見を妹さんにわかってほしかったから」
「…」
「怒って、いるのですね…妹さんに対しても」
図星だった。的確に本心を突かれたことに俺は声を荒げる。
「…だったらなんだよ、アンタ俺を説得する気あんのかよ?!さっきから俺の話を聞いて、俺のことわかったような言葉だけ返して!!!」
「説得なんて…でき、ないですよ」
「はぁ?!」
「あなたのことを何もわからないのに、説得だなんて…そんな無責任なことできませんよ」
「じゃあ、なんで…」
「あのとき、あなたは私を説得させたがっている、と感じたので…同じ言葉を返せば、私の提案を、ムキになって受けてくださると思った、のです」
「俺を説得する気がなかったのなら、始めから死ぬつもりだったのかよ…!」
「いいえ。説得なんてしなくても、言葉を交わし合えば認め合うことはできると思ったのです」
「妹さんを愛していた、でも認め、ることができなかった、のでしょう?」
「!」
〈お兄ちゃんお願い!話を聞いてよ!〉
涙ながらに俺にそう訴えていた妹を思い出す。
そうだ、俺は妹の想いを認めてやることができなかった。
高校のときに親を亡くして、俺には妹しかいなかったから。俺がアイツを守ってやらなきゃ、幸せにしてやらなきゃって必死だった。
でも、それは独りよがりだったのだろうか?俺はアイツの望む幸せをわかろうとしただろうか?
「あなたは、これからどう、したいですか?」
「え?」
俺は気付けば泣いていた。俺の器がもっと大きければ、アイツの助けになれただろうか。追い込まれたアイツを、アイツの彼氏を、助けることができただろうか。
女はとてもまっすぐに俺を見ていた。とても強く、優しい眼差しだなと俺は場違いにも思ったのだ。
「どうか、逃げずに向かい合って…ください。あなた自身と、これからを」
すぐ左馬刻に知らせに行こうと車を出たところで飴村乱数から連絡が入った。犯人はヨコスカ方面にいるらしいと情報が入った。まだ一か所に絞り込めていないということだったが、そこまでわかれば応援を要請できる。至急部下に連絡をし、ヨコスカの所轄に応援要請するよう指示をして、俺は左馬刻のもとへ走った。
「血を抜かれていってる…?」
「あぁ、恐らく献血で使われてるようなチューブだ」
通常の献血であれば、種類にもよるが大体15分くらい。体内の30%以上失われると危険な状態だ。雑な計算だが恐らくデッドラインは40分前後。
「話がちげぇな」
骨の髄まで冷えるような威圧感にその場が制圧される。左馬刻を囲んでいた奴らはその場で腰を抜かしたり、後ずさっている。仲間の俺でさえも気圧される感覚を真っ向から向けられているのだから無理もない。
彼女の居場所を突き止めようと近くの奴らに問いかけるが、知らない以外の答えはない。これは最悪のケースだったな。こいつ等は犯人の情報をまるで持っていない。恐らく、人質をとったから左馬刻は抵抗できない。好きに甚振れとだけ言われたのだろう。ならこいつ等にもう用はない。
左馬刻を情報のあるヨコスカに向かわせようとしたところで聞きなじみのある力強いビートが聞こえてくる。
「銃兎、左馬刻と共に向かってくれ。ここは小官が引き受ける」
「理鶯、しかし…」
「ここ以外の者はすでに制圧した。この先、不確定要素が高い左馬刻のほうを援護してくれ」
制圧したって…マイクの音は聞こえてこなかった。どうやら元軍人の体術をいかんなく発揮してきたらしい。
だがそうなると理鶯の言うとおりだ。まだ情報が不十分な左馬刻の傍にいたほうがいいだろう。
「左馬刻、行くぞ!」
「…理鶯、頼んだ」
「あぁ、任せてくれ」
内臓に重く響くビートの後押しを受けて俺たちは車に乗り込む。赤色灯をつけて、車を発進させる。
左馬刻はずっと耐えるように押し黙っていた。俺でさえ、犯人の突然の行動には動揺を隠せなかった。犯人の目的は左馬刻への復讐であり、見かけだけでも指示に従ってさえいればみょうじさんの安全はその間だけでも確保できると踏んでいたからだ。むしろ、左馬刻を痛めつけたいのであれば、彼女に危害を加えた時点でそれは叶わなくなる。精神的に痛めつけたいのであればこれほど有効な手はないが、犯人の最初の行動を見る限りその線は薄いと感じていたのに。もう一つ気になると言えば、彼女が目を覚ましたあと、犯人と交わしていた会話だ。チューブを刺されるときも、彼女に動揺は見られなかった。
まさか、と俺の中で一つの可能性が浮かんだとき、飴村乱数から連絡がきた。法定速度を超えて飛ばしていた甲斐あってヨコスカはすぐそこまで迫っていたタイミングだ。告げられた住所はそこまで遠くない。
救急車の要請と、応援にもその住所を伝えておく。犯人がチューブを刺してから30分は経過している。俺はアクセルを強く踏み、更に加速した。
目の前の女はだいぶ弱ってきていた。顔は蒼白で呼吸も浅い。意識もとても朦朧としてきているだろうに、それでも女は俺の話を聞いた。なぜ碧棺左馬刻を恨んでいるのかを。
「もうわかっただろ…ヤクザとなんか付き合うな」
「私がそれ、を認めれば…チューブを抜いてくださる、のですか?」
「あぁ、病院にも連れて行く」
そう言うと押し黙った女にようやく折れたかと思った。人質にとられた時点で、普通は委縮する。とんでもない奴と付き合ってしまったんだと気付くものなのに。この女は委縮するどころかそれは違うと主張してきた。どうしてそうも馬鹿なのだと、腸が煮えくり返った。
女が口を開く。
「…妹さんに対しても、あなたは怒っているのですね」
「は?」
まったく予想もしていなかった言葉に返す言葉をなくす。
「私の提案を受け入れてくださったのも、“ヤクザとは付き合うな”というあなたの意見を妹さんにわかってほしかったから」
「…」
「怒って、いるのですね…妹さんに対しても」
図星だった。的確に本心を突かれたことに俺は声を荒げる。
「…だったらなんだよ、アンタ俺を説得する気あんのかよ?!さっきから俺の話を聞いて、俺のことわかったような言葉だけ返して!!!」
「説得なんて…でき、ないですよ」
「はぁ?!」
「あなたのことを何もわからないのに、説得だなんて…そんな無責任なことできませんよ」
「じゃあ、なんで…」
「あのとき、あなたは私を説得させたがっている、と感じたので…同じ言葉を返せば、私の提案を、ムキになって受けてくださると思った、のです」
「俺を説得する気がなかったのなら、始めから死ぬつもりだったのかよ…!」
「いいえ。説得なんてしなくても、言葉を交わし合えば認め合うことはできると思ったのです」
「妹さんを愛していた、でも認め、ることができなかった、のでしょう?」
「!」
〈お兄ちゃんお願い!話を聞いてよ!〉
涙ながらに俺にそう訴えていた妹を思い出す。
そうだ、俺は妹の想いを認めてやることができなかった。
高校のときに親を亡くして、俺には妹しかいなかったから。俺がアイツを守ってやらなきゃ、幸せにしてやらなきゃって必死だった。
でも、それは独りよがりだったのだろうか?俺はアイツの望む幸せをわかろうとしただろうか?
「あなたは、これからどう、したいですか?」
「え?」
俺は気付けば泣いていた。俺の器がもっと大きければ、アイツの助けになれただろうか。追い込まれたアイツを、アイツの彼氏を、助けることができただろうか。
女はとてもまっすぐに俺を見ていた。とても強く、優しい眼差しだなと俺は場違いにも思ったのだ。
「どうか、逃げずに向かい合って…ください。あなた自身と、これからを」