碧棺 左馬刻
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母が多額の借金を残して夜逃げしてしまいました。
父親はいません。母はひとりで私を産み、育てようとしてくれました。
中学を卒業してすぐ働き始めました。ご縁に恵まれて、小料理屋で働かせてもらっていました。ご夫婦で経営しているお店で、ご主人も女将も人柄がよく、いつも店内は常連さんたちで賑わっていました。
生活費と借金の返済で、手元には全然お金は残りませんでしたが、それでも日々充実していました。笑顔が溢れる店内で、働くのが大好きでした。学もない私を雇ってくれて、おいしい賄をくださるご主人。優しい笑顔でいつも接してくれる女将さんが大好きです。
そんな大好きな空間に借金の取り立ての方々が来るようになってしまったのは、母が夜逃げをしてすぐのことでした。
母は私の知らないところで借金を増やしていたようです。これでは今のお給料では月々の返金のノルマを達成できない、少しお金を待ってほしいとお願いしていましたが、とうとう待っていただけなくなったようです。
このままではご主人と女将さんに迷惑をかけてしまう。私の大好きな空間が壊されてしまう。ご主人も女将さんもなんとか私がお店に残れるようにと苦心してくれましたが、私はお店を辞めることにしました。
そして取り立ての方にやたら布面積の狭い服を着るように言われ、連れてこられた場所で私はどなたかに買われるようです。
暫く待っていると60代くらいのふくよかなお方が、3人のスーツをきた逞しい男性を引き連れていらっしゃいました。ふくよかなお方は私を吟味するように見た後に、私の腰を引き寄せます。お顔をとても近づけてお話されたり、腰やお尻、あらゆる所をお触りになるので、少しご遠慮いただきたい旨を伝えようと男性と目を合わせたその時。
「うちのシマで何してやがる」
とても荒々しく部屋のドアをぶち破り、現れたのです。
名前を碧棺左馬刻。透き通る銀髪に真紅の瞳の、荒々しくもどこか儚い、そんなお方が。
「あの、ありがとうございました」
「礼はいらねぇよ、こっちも仕事だ」
あの後、あっという間にその場を収めてみせた碧棺さんはお連れの方に私に上着を貸すように指示してくださり、何かと気遣ってくださいました。声も先ほどとは比べ物にならないくらい穏やかで、私が恐がることがないようにというお心遣いがうかがえます。
「お前、この後どうする?行く宛てあんのか?」
「えと、家もないので、とりあえずスーパーに行っていらない段ボールをいただいて、どこかで野宿を…」
「ヤメロ」
今までの穏やかさがウソのように睨まれてしまいました。
「頼るツテねぇのか」
「ないです」
「家族は?」
「父親はいません。母親はお付き合いしていた男性とどこかへ行ってしまいました」
「…親戚は?」
「母が私を産むときに猛反対をされていたみたいで、その時から絶縁状態だと聞いています。なんでも父親がヤクザの組長さんだったみたいで」
「…あァ?!」
「確か…か…んと、名前に火が入る…」
「オイ」
「はい」
「まさか…火貂組じゃねぇだろうな?」
「そうです!よく御存じですね!」
碧棺さんは頭を抱えてしまいました。お付きの方々もダラダラと汗をかいていらっしゃいます。
「あのクソ親父…」
寝床を提供するからとありがたいお申し出を受けて(遠慮したらとても睨まれてしまいました)、只今車で移動中です。寝床に行く前に一か所寄りたい所があるとのことだったので、もちろん了承しました。
車の中は煙草の匂いがしました。きっと普段碧棺さんは煙草をお吸いになられるのでしょう。でも、車に乗ってから碧棺さんはまだ煙草を吸っていません。煙草大丈夫ですよと伝えると、変な気回してんじゃねぇとゆるやかに笑う碧棺さんを見て、本当にキレイな方だなぁとしみじみと思いました。そんな碧棺さんの隣に、こんな布面積の狭い服を着て貧相な身体を晒している自分がなんだかとても心もとなく思えて、お借りしたスーツのジャケットを軽く握ります。クリーニングしてお返ししなければと考えていると、碧棺さんが運転手の方にどこか行き先を伝えたようです。
「まずはその趣味の悪ぃ服、着替えねぇとな」
そうして着いたのはブランド感溢れる服屋さん。空間までもキラキラと輝いて見えるそのお店を前に私は震えていました。私の第六感が告げています。これは値札に0がみたこともないくらい並ぶお店だと。
勝手知ったるご様子でお店の中を歩く碧棺さんに店員の方が挨拶をしています。私は自分の中の勇気をフル動員して近くの服の値札に手を伸ばしましたが、あとちょっとのところで碧棺さんに伸ばした手を握られ、試着室と呼ぶには大きすぎる個室のようなところに数着の服と共に放られました。着替えるまで出てくんなと脅しに近い命を受け、そろそろと着替えました。服を着るのにこんなに緊張したことがはたしてあるでしょうか。その間、碧棺さんはどこかに連絡していたようでしたが、店員さんから声を掛けられたのもあり、会話の内容はわかりませんでした。
試着室から出てきた私を碧棺さんは満足そうに見て、私の手を握りお店の出口に向かっていきます。慌ててお会計をしなければと店員さんを振り返ると御代は頂いておりますとのこと。なんですと…!!!
まったく私の言葉を聞き入れてくれない碧棺さんに次に連れてこられたのは、これまた見たことないくらいの広い敷地の豪邸でした。門が構える入り口にはスーツを着た男性がふたりいらっしゃいます。
今までまったくご縁のなかった場所に次々に足を踏み入れ、軽くキャパオーバーを起こしている私を連れて碧棺さんはある部屋の前で立ち止まりました。
「親父、入るぜ」
そう言って扉を開けた先には、着物を着たとても風格のある髭を生やした男性がいらっしゃいました。
よく来たなとその男性は私を歓迎してくださいました。男性の正面のソファに座らせて頂くと、碧棺さんも少しスペースを開けた隣に座りました。少し緊張していたので、それがとても心強く感じました。
「急に連れてきて悪かったね」
「いえ、むしろ助けて頂いた身ですので…!」
お洋服も頂いてしまってと、とても感謝しているけれどお金を全額出して頂いたことは未だに納得がいっていませんと不服の視線を碧棺さんに送るも軽く鼻を鳴らされて躱されてしまいました。手ごわい…!!!
そんな私たちのやりとりを静かに見守っていた男性が私を見て問いかけました。
「きみの家族をどう思う?」
そう静かに問いかけた男性はどことなく寂しそうな、苦しそうな、そんな表情をしていました。
なぜそんな表情をしていらっしゃるのか、私にはわかりませんでした。それでもこの男性がとても真剣に私に問いかけているのだろうことはわかりました。なので、私も真剣に、偽りなく話します。
「感謝しています」
その場にいた、私以外のお二人が息を呑んだのがわかりました。
「正直なところ、私には家族というものがわかりません。父は私が生まれた時にはいませんでしたし、母も物心ついた頃には色んな男性といるばかりで、私とはあまり会話もしませんでした。私は結局、母がどんな思いを持って日々を暮していたのかさえ、わからないままでした」
思い返しても、母の隣には常に違う男性がいました。そして、よくひとりで夜泣いていました。私が近づこうとすると怒るので、私はその手を握って励ますこともできませんでした。
「私、今まで色んな方に支えられて生きてきました。とても素敵な方たちと出会えました。それは母が私を産んでくれたおかげなのです」
小料理屋のご主人や女将さん、可愛がってくださったお客さんたちの顔を思い浮かべて私は今日も思うのです。
「私はとても幸せです」
あの日、幼い私が出会った、傷だらけのあの男の子を思い出して私は今日も「選択」するのです。泣いてばかりの私を、救ってくれた、あの男の子のように、強く。強く生きるのです。
「お嬢ちゃん、名前は何て言う?」
「みょうじなまえと申します!」
私はない胸を目いっぱい張ってそう答えました。
父親はいません。母はひとりで私を産み、育てようとしてくれました。
中学を卒業してすぐ働き始めました。ご縁に恵まれて、小料理屋で働かせてもらっていました。ご夫婦で経営しているお店で、ご主人も女将も人柄がよく、いつも店内は常連さんたちで賑わっていました。
生活費と借金の返済で、手元には全然お金は残りませんでしたが、それでも日々充実していました。笑顔が溢れる店内で、働くのが大好きでした。学もない私を雇ってくれて、おいしい賄をくださるご主人。優しい笑顔でいつも接してくれる女将さんが大好きです。
そんな大好きな空間に借金の取り立ての方々が来るようになってしまったのは、母が夜逃げをしてすぐのことでした。
母は私の知らないところで借金を増やしていたようです。これでは今のお給料では月々の返金のノルマを達成できない、少しお金を待ってほしいとお願いしていましたが、とうとう待っていただけなくなったようです。
このままではご主人と女将さんに迷惑をかけてしまう。私の大好きな空間が壊されてしまう。ご主人も女将さんもなんとか私がお店に残れるようにと苦心してくれましたが、私はお店を辞めることにしました。
そして取り立ての方にやたら布面積の狭い服を着るように言われ、連れてこられた場所で私はどなたかに買われるようです。
暫く待っていると60代くらいのふくよかなお方が、3人のスーツをきた逞しい男性を引き連れていらっしゃいました。ふくよかなお方は私を吟味するように見た後に、私の腰を引き寄せます。お顔をとても近づけてお話されたり、腰やお尻、あらゆる所をお触りになるので、少しご遠慮いただきたい旨を伝えようと男性と目を合わせたその時。
「うちのシマで何してやがる」
とても荒々しく部屋のドアをぶち破り、現れたのです。
名前を碧棺左馬刻。透き通る銀髪に真紅の瞳の、荒々しくもどこか儚い、そんなお方が。
「あの、ありがとうございました」
「礼はいらねぇよ、こっちも仕事だ」
あの後、あっという間にその場を収めてみせた碧棺さんはお連れの方に私に上着を貸すように指示してくださり、何かと気遣ってくださいました。声も先ほどとは比べ物にならないくらい穏やかで、私が恐がることがないようにというお心遣いがうかがえます。
「お前、この後どうする?行く宛てあんのか?」
「えと、家もないので、とりあえずスーパーに行っていらない段ボールをいただいて、どこかで野宿を…」
「ヤメロ」
今までの穏やかさがウソのように睨まれてしまいました。
「頼るツテねぇのか」
「ないです」
「家族は?」
「父親はいません。母親はお付き合いしていた男性とどこかへ行ってしまいました」
「…親戚は?」
「母が私を産むときに猛反対をされていたみたいで、その時から絶縁状態だと聞いています。なんでも父親がヤクザの組長さんだったみたいで」
「…あァ?!」
「確か…か…んと、名前に火が入る…」
「オイ」
「はい」
「まさか…火貂組じゃねぇだろうな?」
「そうです!よく御存じですね!」
碧棺さんは頭を抱えてしまいました。お付きの方々もダラダラと汗をかいていらっしゃいます。
「あのクソ親父…」
寝床を提供するからとありがたいお申し出を受けて(遠慮したらとても睨まれてしまいました)、只今車で移動中です。寝床に行く前に一か所寄りたい所があるとのことだったので、もちろん了承しました。
車の中は煙草の匂いがしました。きっと普段碧棺さんは煙草をお吸いになられるのでしょう。でも、車に乗ってから碧棺さんはまだ煙草を吸っていません。煙草大丈夫ですよと伝えると、変な気回してんじゃねぇとゆるやかに笑う碧棺さんを見て、本当にキレイな方だなぁとしみじみと思いました。そんな碧棺さんの隣に、こんな布面積の狭い服を着て貧相な身体を晒している自分がなんだかとても心もとなく思えて、お借りしたスーツのジャケットを軽く握ります。クリーニングしてお返ししなければと考えていると、碧棺さんが運転手の方にどこか行き先を伝えたようです。
「まずはその趣味の悪ぃ服、着替えねぇとな」
そうして着いたのはブランド感溢れる服屋さん。空間までもキラキラと輝いて見えるそのお店を前に私は震えていました。私の第六感が告げています。これは値札に0がみたこともないくらい並ぶお店だと。
勝手知ったるご様子でお店の中を歩く碧棺さんに店員の方が挨拶をしています。私は自分の中の勇気をフル動員して近くの服の値札に手を伸ばしましたが、あとちょっとのところで碧棺さんに伸ばした手を握られ、試着室と呼ぶには大きすぎる個室のようなところに数着の服と共に放られました。着替えるまで出てくんなと脅しに近い命を受け、そろそろと着替えました。服を着るのにこんなに緊張したことがはたしてあるでしょうか。その間、碧棺さんはどこかに連絡していたようでしたが、店員さんから声を掛けられたのもあり、会話の内容はわかりませんでした。
試着室から出てきた私を碧棺さんは満足そうに見て、私の手を握りお店の出口に向かっていきます。慌ててお会計をしなければと店員さんを振り返ると御代は頂いておりますとのこと。なんですと…!!!
まったく私の言葉を聞き入れてくれない碧棺さんに次に連れてこられたのは、これまた見たことないくらいの広い敷地の豪邸でした。門が構える入り口にはスーツを着た男性がふたりいらっしゃいます。
今までまったくご縁のなかった場所に次々に足を踏み入れ、軽くキャパオーバーを起こしている私を連れて碧棺さんはある部屋の前で立ち止まりました。
「親父、入るぜ」
そう言って扉を開けた先には、着物を着たとても風格のある髭を生やした男性がいらっしゃいました。
よく来たなとその男性は私を歓迎してくださいました。男性の正面のソファに座らせて頂くと、碧棺さんも少しスペースを開けた隣に座りました。少し緊張していたので、それがとても心強く感じました。
「急に連れてきて悪かったね」
「いえ、むしろ助けて頂いた身ですので…!」
お洋服も頂いてしまってと、とても感謝しているけれどお金を全額出して頂いたことは未だに納得がいっていませんと不服の視線を碧棺さんに送るも軽く鼻を鳴らされて躱されてしまいました。手ごわい…!!!
そんな私たちのやりとりを静かに見守っていた男性が私を見て問いかけました。
「きみの家族をどう思う?」
そう静かに問いかけた男性はどことなく寂しそうな、苦しそうな、そんな表情をしていました。
なぜそんな表情をしていらっしゃるのか、私にはわかりませんでした。それでもこの男性がとても真剣に私に問いかけているのだろうことはわかりました。なので、私も真剣に、偽りなく話します。
「感謝しています」
その場にいた、私以外のお二人が息を呑んだのがわかりました。
「正直なところ、私には家族というものがわかりません。父は私が生まれた時にはいませんでしたし、母も物心ついた頃には色んな男性といるばかりで、私とはあまり会話もしませんでした。私は結局、母がどんな思いを持って日々を暮していたのかさえ、わからないままでした」
思い返しても、母の隣には常に違う男性がいました。そして、よくひとりで夜泣いていました。私が近づこうとすると怒るので、私はその手を握って励ますこともできませんでした。
「私、今まで色んな方に支えられて生きてきました。とても素敵な方たちと出会えました。それは母が私を産んでくれたおかげなのです」
小料理屋のご主人や女将さん、可愛がってくださったお客さんたちの顔を思い浮かべて私は今日も思うのです。
「私はとても幸せです」
あの日、幼い私が出会った、傷だらけのあの男の子を思い出して私は今日も「選択」するのです。泣いてばかりの私を、救ってくれた、あの男の子のように、強く。強く生きるのです。
「お嬢ちゃん、名前は何て言う?」
「みょうじなまえと申します!」
私はない胸を目いっぱい張ってそう答えました。
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