山田 一郎
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「お前らに紹介したい人がいる」
一兄がそう僕らに告げたのは、BusterBros!!!を結成してすぐのことだった。
一兄が今までどんな人と付き合ってきたのか、もしくはそういう人がいなかったのか、正直僕はわからない。一兄のことを誤解して仲違いしていた時期もあったし。それでも一兄が僕らに恋人に会ってほしいと言うのは初めてのことで、それだけ一兄にとってその人は大切な人なのだということは想像できた。
でも僕はそれをすんなりと受け入れることができなかった。せっかく取り戻した家族の形。それを一兄が選んだ人とはいえ、赤の他人が入り込むことで起こりうる変化が嫌だった。とても子供じみた考えだけれどそれが正直な気持ちだった。
初めて対面したその日にその人から言われた言葉は今もはっきりと覚えている。
「二郎くん、三郎くん、二人にお願いがあるの」
ファミレスでご飯を食べるという名目で初体面を果たしたなまえさんは一兄が仕事の電話で席を立ったときに僕らにそう言った。
「お願い?」
「私のことを一郎の恋人としてではなく、ひとりの人間として見てほしいの」
「ひとりの、人間?」
「そう。一郎の恋人だからって無理に好意を持とうとしなくていいの。ふたりの感性でそれぞれ私と接してほしいの」
そう言ってなまえさんは凛と笑ったのだ。二郎のヤツはなまえさんの言ってることがうまく汲み取れなかったみたいで首をかしげていたけれど、僕はなまえさんが言おうとしていることがわかった。そしてこんな人いるのだと驚いたのだ。要は遠慮せずに見定めろってことだ。言葉は優しいものであったけれど、そういうことだ。
今となって思い出してみると、これは僕たちふたりにというより、僕に向けたメッセージだったのだろうと思う。二郎は始めこそ、なまえさん相手にどう接したらいいのか戸惑っていたけれど(女性に慣れてないから)、慣れてしまえば普通に受け入れていたし。会ってすぐ僕がなまえさんに対して複雑な思いを抱いていたことを見抜いていたのだろう。ああ見えて人の気持ちをとても敏感に汲み取る人だから。
そんな初対面を果たして暫く経った頃、僕は二郎を連れてなまえさんが経営しているカフェに行くことにした。ここ数週間なまえさんについて色々調べてみたがやましい情報は出てこなかったし、直接見てみなければわからないこともあると思ったからだ。僕らの事務所兼自宅からなまえさんのカフェはそう遠くない。
「三郎、お前まだなまえさんのこと疑ってんのか?」
「疑ってるわけじゃない」
「でもお前、最近部屋籠って色々調べてんのはなまえさんのことだろ」
「…相変わらず変なとこで鋭いな」
「お前が心配するような人じゃねぇと思うけどな」
お、着いたと言った二郎の顔が驚愕に染まっていくのを見て僕も視線を移すとそこには…
「なまえさんこれどうしたんだよ?!」
「二郎くん、三郎くん」
「イタズラ…ですか?」
ペンキでカフェの外装に落書きされているなまえさんのカフェがあった。
「そうなの、だから今日は臨時でおやすみ。二人ともどうしたの?何か用事?」
「なまえさんのお店に来てみたくて伺ったんです」
「そうだったの!ごめんね、せっかく来てくれたのに…」
外装はひどい有様だった。色んな色のペンキを手当たり次第ぶちまけたようだ。壁だけでなく、壁沿いに置いてある植木や道路にもペンキが飛び散ってしまっている。
そこへ一人の老人が声をかけてきた。
「なまえちゃん、これどうしたんだい?!」
「柴家さん」
「またイタズラかい?こうも続くと心配だ…警察には相談しているのかい?」
「警察にはまだ…でも大丈夫。近いうちに解決させるから。柴家さんいつものでいい?テイクアウトならご用意できますからよければお店の中へどうぞ」
どうやら常連客らしいその老人とお店の中へ入っていくなまえさん。
「これが初めてじゃないのかよ…」
「…もしかしたら一兄のファンから嫌がらせを受けてるのかも」
「は?!…こんなことマジであるのかよ」
「まだわからないけど…」
「なまえさんに話聞いてみようぜ」
老人が帰ったあと、外に出てきたなまえさんにさっそく話を聞く。
「なまえさん、これが初めてのイタズラじゃないんですね?」
「そうなの、これで二度目」
「その…兄ちゃんと付き合ってるからか?」
「え?」
「なまえさんが恨み買うような人じゃないのはこの短い付き合いの中でもわかります。それに繰り返し嫌がらせを受けてるってことになると愉快犯の可能性も低いので、それが一番考えられるかなと思いまして」
「…一郎には内緒ね」
「なまえさん!俺らにできることあったら言ってくれよ!」
「二郎くん」
「何か対策を打たないともっと過激になってくるかもしれませんし…一兄が関係している以上見過ごせません」
「三郎くん…ありがとう。でも、犯人とは一対一で話したいんだよねぇ」
「それ、危なくねぇ?」
「相手は女性だと思うし、そしたら何かあっても制圧できるから」
「制圧、ですか?」
「そ、私お父さんもお祖父ちゃんも警察官で、護身術や武術は大方身に着けてるから」
「す、すげぇ」
「だけどね、萬屋である二人に依頼したいことがあるの!」
「なんでも言ってよ!」
「ありがとう!この落書きのペンキ落とすの手伝ってくれる?」
「へ?」
その後、三人で落書きを落としてその日は解散になった。てっきり犯人の特定や確保の依頼をされるものだと思っていたので少し拍子抜けしたが。帰り際に依頼料を告げていないのに金額ぴったりに手渡された時には驚いた。萬屋ヤマダには基本となる料金表がある。依頼内容と依頼期間に比例して料金を設定していて、何か特殊なことがあればプラスαの料金で依頼することができる仕組みだ。ホームページに料金表の記載はあるけれど、調べる時間もなかっただろうにと疑問に思っていると、料金表は昔、一兄となまえさんで考えたのだということを教えてくれた。料金表以外にも、一兄は萬屋を立ち上げる時に、カフェの経営者であるなまえさんに色々相談していたらしい。
帰り道、二郎と相談して明日の朝、学校に行く前になまえさんに会いに行くことにした。
そしてなまえさんと話し合った結果、犯人がまたカフェにイタズラしに来たら僕たちを必ず呼ぶことをなまえさんに約束してもらった。なまえさんの自宅はカフェの二階部分なので、しばらく寝ずに張り込むとのことだった。僕も二郎も一緒に張り込むと進言したが、それだと一兄に感づかれてしまうとの理由で断られてしまった。しかし、もし長期戦になるようなら張り込みを依頼するようにと条件を呑んでもらった(そうしないとなまえさんの体力がもたないだろうから)。
「なまえさん、必ず連絡してくれよ。俺、少し前にホストに惚れ込んで人を刺した女の居所を突き止めたことがあってさ、こういう時の女が恐いって知ってんだ。だから絶対、ひとりで無茶しないでくれよ」
二郎の言葉を受けてヴッと地面に膝をついたなまえさんの両手を包むように握る。
「約束…守ってくれますよね?」
上目遣いにお願いすると、約束しますとも…!と目頭を押さえながら天を仰いだなまえさんに、これなら念押しも効いたかなと思う。正直、僕らを巻き込まないために僕らを呼ばずに犯人と対峙する可能性を否定できなかったから。そう思っている時点で、僕はなまえさんにある種の信頼をおいていたのだろうと自覚するとともにこうも思った。
(この人扱いやすいな)
急に地面に座り込んだなまえさんを心配する二郎とそんな二郎にまた天を仰ぐなまえさんを見ながら僕は思わず笑ってしまった。
そんなやりとりの三日後、家族全員で深夜のアニメ鑑賞会をしていたときのこと、なまえさんから連絡がきた。簡潔に二文字、きた、とだけ。僕と二郎はすぐに察した。
一兄にちょっと出かけてくると伝えて急いでなまえさんのカフェに向かう。着くとそこには三人の女性と対峙するなまえさんの姿があった。すぐにでも間に入りたかったが、僕らがなまえさんに必ず呼ぶようにと約束をとりつけたときに、なまえさんも僕らに一つ条件を出したのだ。
「私が助けを呼ぶまでは介入しないこと」
「こんばんは、ようやく会えたね。ペンキにトンカチ、今度は落書きとガラス割りの両方をやるつもり?」
なまえさんと対峙している三人は恐らく20代前半くらいだろうか。
「どうしたの?三人とも黙っちゃってさ。私に言いたいことがあってこんなことしてたんじゃないの?」
恐らく見つかった後ろめたさもあったのだろう、今まで一言も言葉を発さなかった三人だが、なまえさんのその言葉を受け、次々に言葉を発していく。
「じゃあ言わせてもらうけど、アンタ一郎くんと別れなさいよ!」
「なんで?」
「なんでって…釣り合わないからよ!」
「何を基準に?」
「基準?!そんなの…顔も歳もよ!アンタ歳の差いくつだと思ってるのよ!」
「そんな私と付き合うかどうか決めるのは一郎でしょう?あなたたちが決めることじゃない」
「あんたなんかと付き合うなんて…どうせ何か誑かしたんでしょ!」
「あなたたちねぇ…一郎がそんな誑かしに靡くような男だと思ってんの?そんな安い男じゃ…いやまて、一郎まだ19だな若いな…男の子だしな…」
「…なまえさんアレ大丈夫か?」
「雲行きが怪しいな…」
「ま、結論から言わせてもらうとさ、私は一郎と別れるつもりはないよ」
「まだそんなこと言うわけ?!」
「私と一郎が付き合おうが別れようが私たちの問題じゃんか。私は誰かに何を言われたって、されたって、一郎のことが好きだ!だから別れない!」
「じゃあ、一郎くんがアンタのことを好きじゃないなら別れるの?!」
「別れる!!!!」
「「「「「えっ」」」」」
思わず二郎と僕も声を出してしまった。
「…本当に別れるの?」
「好きじゃないって言われたら別れるよ。何の権限があって引き止められるのさ。でもそうならないように自分にできることは何でもするけどね。今だって、一郎の隣にいれるように毎日必死なんだから。誰かが一郎のこと好きって気持ちも、一郎の気持ちも、私には否定する権利ないもの。」
そう言ってなまえさんは凛と笑う。
「でもね、好きだからって何でもしていい訳じゃない。」
それはまるで、一兄を見ているような。
マイクを起動させて、まっすぐに相手を射る。何もかもを背負ってなお、不敵に笑う兄を見ているような。
「このお店は、私とお客さんを繋ぐ大切なものだ。来た人が少しでも気持ちを落ち着けて、元気になってくれるようにっていう私の夢だ!一郎のことが本気で好きなら、他にできることたくさんあるでしょう。それをせずに妬み嫉みで人を傷つけるなんて…傲慢さと自由を履き違えるな!!!!」
誰も言葉を発することができなかった。
こんな純度の高い怒りの言葉があるだろうか。
「他に言いたいことがないなら帰りなさい。今回は見逃します。」
次は容赦しない。
その冷たく美しい眼差しは覚悟の証。
自分を顧みず、妬み嫉みでしか動けなかった人間が受けたら為す術もない。
女性たちは何も言わずに走り去っていった。
その後、なまえさんが呼んだタクシーに乗って(未成年をこんな時間に呼び出してしまったのだからこれぐらいさせてとお金も出してくれた)帰宅した僕たちを一兄が玄関で仁王立ちして迎えてくれた。思えば碌な説明もなしに深夜に家を飛び出していった僕たちを一兄が見逃してくれる訳もない。二郎と共に縮こまっていると、ポンと優しく頭を撫でられた。
予想していなかった事態に動けずにいる僕たちに、一兄は一言だけ言ったのだ。
「ありがとな」
その一言に全てが含まれていた。
一兄が今回のことを把握していたことも、把握した上で僕らとなまえさんに任せたのだということも、そして何より、なまえさんを信じていたのだということも。
「一兄」
僕は思わず笑ったのだ。
「とんでもない人ですね、あの人」
僕の言葉を受けて、それはそれは嬉しそうに一兄も笑うのだ。
「かっこいいだろ」
追うべき背中がもう一つ増えた、そんな出来事だった。
一兄がそう僕らに告げたのは、BusterBros!!!を結成してすぐのことだった。
一兄が今までどんな人と付き合ってきたのか、もしくはそういう人がいなかったのか、正直僕はわからない。一兄のことを誤解して仲違いしていた時期もあったし。それでも一兄が僕らに恋人に会ってほしいと言うのは初めてのことで、それだけ一兄にとってその人は大切な人なのだということは想像できた。
でも僕はそれをすんなりと受け入れることができなかった。せっかく取り戻した家族の形。それを一兄が選んだ人とはいえ、赤の他人が入り込むことで起こりうる変化が嫌だった。とても子供じみた考えだけれどそれが正直な気持ちだった。
初めて対面したその日にその人から言われた言葉は今もはっきりと覚えている。
「二郎くん、三郎くん、二人にお願いがあるの」
ファミレスでご飯を食べるという名目で初体面を果たしたなまえさんは一兄が仕事の電話で席を立ったときに僕らにそう言った。
「お願い?」
「私のことを一郎の恋人としてではなく、ひとりの人間として見てほしいの」
「ひとりの、人間?」
「そう。一郎の恋人だからって無理に好意を持とうとしなくていいの。ふたりの感性でそれぞれ私と接してほしいの」
そう言ってなまえさんは凛と笑ったのだ。二郎のヤツはなまえさんの言ってることがうまく汲み取れなかったみたいで首をかしげていたけれど、僕はなまえさんが言おうとしていることがわかった。そしてこんな人いるのだと驚いたのだ。要は遠慮せずに見定めろってことだ。言葉は優しいものであったけれど、そういうことだ。
今となって思い出してみると、これは僕たちふたりにというより、僕に向けたメッセージだったのだろうと思う。二郎は始めこそ、なまえさん相手にどう接したらいいのか戸惑っていたけれど(女性に慣れてないから)、慣れてしまえば普通に受け入れていたし。会ってすぐ僕がなまえさんに対して複雑な思いを抱いていたことを見抜いていたのだろう。ああ見えて人の気持ちをとても敏感に汲み取る人だから。
そんな初対面を果たして暫く経った頃、僕は二郎を連れてなまえさんが経営しているカフェに行くことにした。ここ数週間なまえさんについて色々調べてみたがやましい情報は出てこなかったし、直接見てみなければわからないこともあると思ったからだ。僕らの事務所兼自宅からなまえさんのカフェはそう遠くない。
「三郎、お前まだなまえさんのこと疑ってんのか?」
「疑ってるわけじゃない」
「でもお前、最近部屋籠って色々調べてんのはなまえさんのことだろ」
「…相変わらず変なとこで鋭いな」
「お前が心配するような人じゃねぇと思うけどな」
お、着いたと言った二郎の顔が驚愕に染まっていくのを見て僕も視線を移すとそこには…
「なまえさんこれどうしたんだよ?!」
「二郎くん、三郎くん」
「イタズラ…ですか?」
ペンキでカフェの外装に落書きされているなまえさんのカフェがあった。
「そうなの、だから今日は臨時でおやすみ。二人ともどうしたの?何か用事?」
「なまえさんのお店に来てみたくて伺ったんです」
「そうだったの!ごめんね、せっかく来てくれたのに…」
外装はひどい有様だった。色んな色のペンキを手当たり次第ぶちまけたようだ。壁だけでなく、壁沿いに置いてある植木や道路にもペンキが飛び散ってしまっている。
そこへ一人の老人が声をかけてきた。
「なまえちゃん、これどうしたんだい?!」
「柴家さん」
「またイタズラかい?こうも続くと心配だ…警察には相談しているのかい?」
「警察にはまだ…でも大丈夫。近いうちに解決させるから。柴家さんいつものでいい?テイクアウトならご用意できますからよければお店の中へどうぞ」
どうやら常連客らしいその老人とお店の中へ入っていくなまえさん。
「これが初めてじゃないのかよ…」
「…もしかしたら一兄のファンから嫌がらせを受けてるのかも」
「は?!…こんなことマジであるのかよ」
「まだわからないけど…」
「なまえさんに話聞いてみようぜ」
老人が帰ったあと、外に出てきたなまえさんにさっそく話を聞く。
「なまえさん、これが初めてのイタズラじゃないんですね?」
「そうなの、これで二度目」
「その…兄ちゃんと付き合ってるからか?」
「え?」
「なまえさんが恨み買うような人じゃないのはこの短い付き合いの中でもわかります。それに繰り返し嫌がらせを受けてるってことになると愉快犯の可能性も低いので、それが一番考えられるかなと思いまして」
「…一郎には内緒ね」
「なまえさん!俺らにできることあったら言ってくれよ!」
「二郎くん」
「何か対策を打たないともっと過激になってくるかもしれませんし…一兄が関係している以上見過ごせません」
「三郎くん…ありがとう。でも、犯人とは一対一で話したいんだよねぇ」
「それ、危なくねぇ?」
「相手は女性だと思うし、そしたら何かあっても制圧できるから」
「制圧、ですか?」
「そ、私お父さんもお祖父ちゃんも警察官で、護身術や武術は大方身に着けてるから」
「す、すげぇ」
「だけどね、萬屋である二人に依頼したいことがあるの!」
「なんでも言ってよ!」
「ありがとう!この落書きのペンキ落とすの手伝ってくれる?」
「へ?」
その後、三人で落書きを落としてその日は解散になった。てっきり犯人の特定や確保の依頼をされるものだと思っていたので少し拍子抜けしたが。帰り際に依頼料を告げていないのに金額ぴったりに手渡された時には驚いた。萬屋ヤマダには基本となる料金表がある。依頼内容と依頼期間に比例して料金を設定していて、何か特殊なことがあればプラスαの料金で依頼することができる仕組みだ。ホームページに料金表の記載はあるけれど、調べる時間もなかっただろうにと疑問に思っていると、料金表は昔、一兄となまえさんで考えたのだということを教えてくれた。料金表以外にも、一兄は萬屋を立ち上げる時に、カフェの経営者であるなまえさんに色々相談していたらしい。
帰り道、二郎と相談して明日の朝、学校に行く前になまえさんに会いに行くことにした。
そしてなまえさんと話し合った結果、犯人がまたカフェにイタズラしに来たら僕たちを必ず呼ぶことをなまえさんに約束してもらった。なまえさんの自宅はカフェの二階部分なので、しばらく寝ずに張り込むとのことだった。僕も二郎も一緒に張り込むと進言したが、それだと一兄に感づかれてしまうとの理由で断られてしまった。しかし、もし長期戦になるようなら張り込みを依頼するようにと条件を呑んでもらった(そうしないとなまえさんの体力がもたないだろうから)。
「なまえさん、必ず連絡してくれよ。俺、少し前にホストに惚れ込んで人を刺した女の居所を突き止めたことがあってさ、こういう時の女が恐いって知ってんだ。だから絶対、ひとりで無茶しないでくれよ」
二郎の言葉を受けてヴッと地面に膝をついたなまえさんの両手を包むように握る。
「約束…守ってくれますよね?」
上目遣いにお願いすると、約束しますとも…!と目頭を押さえながら天を仰いだなまえさんに、これなら念押しも効いたかなと思う。正直、僕らを巻き込まないために僕らを呼ばずに犯人と対峙する可能性を否定できなかったから。そう思っている時点で、僕はなまえさんにある種の信頼をおいていたのだろうと自覚するとともにこうも思った。
(この人扱いやすいな)
急に地面に座り込んだなまえさんを心配する二郎とそんな二郎にまた天を仰ぐなまえさんを見ながら僕は思わず笑ってしまった。
そんなやりとりの三日後、家族全員で深夜のアニメ鑑賞会をしていたときのこと、なまえさんから連絡がきた。簡潔に二文字、きた、とだけ。僕と二郎はすぐに察した。
一兄にちょっと出かけてくると伝えて急いでなまえさんのカフェに向かう。着くとそこには三人の女性と対峙するなまえさんの姿があった。すぐにでも間に入りたかったが、僕らがなまえさんに必ず呼ぶようにと約束をとりつけたときに、なまえさんも僕らに一つ条件を出したのだ。
「私が助けを呼ぶまでは介入しないこと」
「こんばんは、ようやく会えたね。ペンキにトンカチ、今度は落書きとガラス割りの両方をやるつもり?」
なまえさんと対峙している三人は恐らく20代前半くらいだろうか。
「どうしたの?三人とも黙っちゃってさ。私に言いたいことがあってこんなことしてたんじゃないの?」
恐らく見つかった後ろめたさもあったのだろう、今まで一言も言葉を発さなかった三人だが、なまえさんのその言葉を受け、次々に言葉を発していく。
「じゃあ言わせてもらうけど、アンタ一郎くんと別れなさいよ!」
「なんで?」
「なんでって…釣り合わないからよ!」
「何を基準に?」
「基準?!そんなの…顔も歳もよ!アンタ歳の差いくつだと思ってるのよ!」
「そんな私と付き合うかどうか決めるのは一郎でしょう?あなたたちが決めることじゃない」
「あんたなんかと付き合うなんて…どうせ何か誑かしたんでしょ!」
「あなたたちねぇ…一郎がそんな誑かしに靡くような男だと思ってんの?そんな安い男じゃ…いやまて、一郎まだ19だな若いな…男の子だしな…」
「…なまえさんアレ大丈夫か?」
「雲行きが怪しいな…」
「ま、結論から言わせてもらうとさ、私は一郎と別れるつもりはないよ」
「まだそんなこと言うわけ?!」
「私と一郎が付き合おうが別れようが私たちの問題じゃんか。私は誰かに何を言われたって、されたって、一郎のことが好きだ!だから別れない!」
「じゃあ、一郎くんがアンタのことを好きじゃないなら別れるの?!」
「別れる!!!!」
「「「「「えっ」」」」」
思わず二郎と僕も声を出してしまった。
「…本当に別れるの?」
「好きじゃないって言われたら別れるよ。何の権限があって引き止められるのさ。でもそうならないように自分にできることは何でもするけどね。今だって、一郎の隣にいれるように毎日必死なんだから。誰かが一郎のこと好きって気持ちも、一郎の気持ちも、私には否定する権利ないもの。」
そう言ってなまえさんは凛と笑う。
「でもね、好きだからって何でもしていい訳じゃない。」
それはまるで、一兄を見ているような。
マイクを起動させて、まっすぐに相手を射る。何もかもを背負ってなお、不敵に笑う兄を見ているような。
「このお店は、私とお客さんを繋ぐ大切なものだ。来た人が少しでも気持ちを落ち着けて、元気になってくれるようにっていう私の夢だ!一郎のことが本気で好きなら、他にできることたくさんあるでしょう。それをせずに妬み嫉みで人を傷つけるなんて…傲慢さと自由を履き違えるな!!!!」
誰も言葉を発することができなかった。
こんな純度の高い怒りの言葉があるだろうか。
「他に言いたいことがないなら帰りなさい。今回は見逃します。」
次は容赦しない。
その冷たく美しい眼差しは覚悟の証。
自分を顧みず、妬み嫉みでしか動けなかった人間が受けたら為す術もない。
女性たちは何も言わずに走り去っていった。
その後、なまえさんが呼んだタクシーに乗って(未成年をこんな時間に呼び出してしまったのだからこれぐらいさせてとお金も出してくれた)帰宅した僕たちを一兄が玄関で仁王立ちして迎えてくれた。思えば碌な説明もなしに深夜に家を飛び出していった僕たちを一兄が見逃してくれる訳もない。二郎と共に縮こまっていると、ポンと優しく頭を撫でられた。
予想していなかった事態に動けずにいる僕たちに、一兄は一言だけ言ったのだ。
「ありがとな」
その一言に全てが含まれていた。
一兄が今回のことを把握していたことも、把握した上で僕らとなまえさんに任せたのだということも、そして何より、なまえさんを信じていたのだということも。
「一兄」
僕は思わず笑ったのだ。
「とんでもない人ですね、あの人」
僕の言葉を受けて、それはそれは嬉しそうに一兄も笑うのだ。
「かっこいいだろ」
追うべき背中がもう一つ増えた、そんな出来事だった。