百回生まれ変わるにかさにの話【ギブアップ済】

 次の本丸ではね、僕は小瓶の中に入っていた。どういうことだったんだろうね。僕にもよくわからないよ。
 瓶の中には、花の模型とか、宝石とか、何だか不思議なきらきらしたものがいっぱい詰められていて、どうやらその主役が僕のようだった。入り口が少し大きめで、あの時の大きさの僕がぎりぎり入れられるような形の瓶だった。
 その小瓶を覗き込んでにこにこしていたのが、たぶんその時の主だったんだろうね。その顔は見慣れていたけれど、あんなに幸せそうに、油断しきった顔で見つめられた経験はあまりなかったから、なかなか刺激的な日々だったよ。
 毎日色んな刀が僕を眺めたり、無視したりして、それなりに愉快だった。ただ、一度刀を振るってみようとしたら、腰に差していた本体は何も斬れやしないなまくらだって気づいたときには絶望したよね。知っているかい? 斬れない刀って、自分の存在意義を確信するだけでも大変なんだよ。
 まあ、あの時に限っては、僕が本当に刀の付喪神だったのかは怪しいんだよね。もしかすると、小さな人形の付喪神だったりしたんじゃないかな。あり得ることだ、霊力を持った人間が大切にしていた人形に、命が宿る程度のことなんて。
 それでね、主はね、時々僕に小声で話しかけてくるんだ。おはようとか、今日も疲れたとか、青江はどんな女の子が好みなのかなとか、どうだっていいようなことを。僕も必死で返事を叫んで、手を振って、彼女の目を見たけれど、たぶん彼女には見えていなかったんだろう。普通の付喪神はそういうものだからね。彼女は、僕の返事なんて気にも留めずに小瓶の中の箱庭をうっとりと眺めていた。
 幸せだったよ。主の愛をあんな形で独り占めできたんだから。
 同時に、悪夢のようだったよ。意識は鮮明なのに、誰も応えてくれない。刀の皆も付喪神なんだから、気づいてくれたってよかったのにね。それとも、僕が気づいていないだけで、今も周りにはそういうモノの類がひしめいているのかもしれないねえ。
 それで、何年過ごしたんだろうね。瓶も古びてきて、主や皆の姿を見かけなくなって、しばらく経った。
 ずっと誰もやってこない部屋に、突然にっかり青江が入ってきた。驚いたよね、その本丸のにっかり青江は見たことがなかったから。今思えば、瓶の中の僕に嫉妬して、あえて避けていたんじゃないかな。
 彼は躊躇もなく僕が入っている小瓶を取り上げて、僕の目を覗き込む。そして、小さく言った。
「こんなに僕のことが好きだったなら、そう言ってくれればよかったのにね」
 ああもう、違うよ。こんなに好きだったからこそ、何も言えなかったんだよ。これだから人の身を得るのが初めてのにっかり青江は。
 そう言ってみると、彼は驚いたように目を見開いた。たぶん、僕も同じ顔をした。反応があったのはあれが初めてだったね。
 ずっと同じ刀どうしで見つめ合って、先に目を逸らしたのは向こうだった。彼が呟くのが聞こえた。
「あの人は、僕のことが好きだったのかい」
 勿論、勿論だとも。まあ、彼女が好きなのは人形の僕の方だけだったのかもしれないけどね。
 そう言ってみると、彼はまた驚いたような顔をして、その後にっかりと笑った。あんなに悲しそうな顔ができるんだね、僕って。
 彼は無言で僕の入った小瓶を外に持って行って、本丸の隅の、お墓のような場所に置いた。瓶の中から初めて見た空はとても、とても青かった。空の青さには何も勝てないねえ。
 彼はしばらく墓に手を合わせていたようだけど、そのうち気配が消えていった。主を失った刀の霊力切れだね。彼、よくあの日まで保ったよ。
 僕だけが墓守になって、夢の終わりみたいな気怠い、美しい空をずっと見ていたけれど、やがて空も消えていってしまった。
 本丸の解体って、あんな綺麗なやり方もあったんだね。霊力を抜いて容れ物だけ残したり、無理矢理建物だけ吹き飛ばしたり、空間ごと吹き飛ばしたり、乱暴な終わらせ方はいくらでも知ってるけれど、本丸がある空間の霊力が全部切れるまで待つ、なんて方法があるなんて。
 あんな風に、美しい本丸には美しい終わりをいつも用意してくれればいいのにと、そう思うんだけれどね。
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