百回生まれ変わるにかさにの話【ギブアップ済】

 次の本丸はもっと不思議だった。刀は、僕しかいないんだ。初期刀も、初鍛刀も見かけなかった。邪悪な気配はしなかったから、呪いとか襲撃の類で消えたわけではなかったようだけど。むしろ、清浄な気で満ちていてね。君、神隠しって知っているかい。ちょうど、それまで僕を顕現してきた霊力の持ち主の神域に連れて行かれたらこんな感じなのかな、といった感じだった。ただ、その霊力の量がどうも桁違いのようだった。ただの夢だったのかもしれないね。悲しくも、怖くも、寂しくもなかったから。
 少し退屈したら、適当に歩くと、適当な部屋に主が転がっているんだ。そんな日々を繰り返して、僕も、おそらく彼女も飽ききっていて、でも、どうしようもないと、そう思っていた。
「あれ、青江」
「やあ。退屈してるかい?」
「うん。少し昔を思い出してた。ねえ、青江。ここで何年過ごしてきたか、覚えてる?」
「何年って、そりゃあ」
 そこまで考えて絶句したよね。何も覚えていなかったんだから。僕はただふたりきりの本丸で、ただ時が過ぎるのを待っていただけなんだから。
「青江」
「何だい」
「どうしてここにいるか、覚えてる?」
 なにも。彼女は僕の返事を聞くまでもなく、満足そうに天井を見上げた。よかった、それはよかった、と繰り返していた。西日が彼女の口元に差していた。ぼそぼそと動く唇を、ただ見ているしかできなかった。
「青江」
 もう、嫌な予感しかなかった。一言も聞きたくなかった。
「私を、斬って」
 夢だとしたら、本当に趣味の悪い悪夢だね。でも、夢にしては随分とはっきりと、輝くような目で彼女は僕を見据えていた。
 愛って何だと思うかい? ただの呪いだよ。僕は最初から、あの目に逆らえないんだから。
 そういえば、今まで色々な、それこそ君が知る必要もないようなモノを色々と斬ってきたけれど、彼女の感触だけはどうにも思い出せないんだ。気がついたら、僕は政府の施設に送られていて、彼女に関する書類を読んでいた。
 霊力の暴走により自らの本丸を破壊。生き残りは記憶喪失の一振りのみ。自害の指示。拒否。生き残りの刀と共に本丸に幽閉。自害が果たされるまで、永久に維持される措置。
 彼女が「その気」になるまで待ち続けて、彼女の審神者としての最後の任務を果たすためだけに仕えた刀。それが僕か。特段何も感じなかったけれどね、すぐに刀解してもらえるよう頼んだ。何度も繰り返してわかったんだ、一度人の身を離れると、次に顕現するまでに大半の記憶は抜け落ちるし、感情も再び鈍る。そうでもしないと、耐えられるものじゃないよ。捨てないといけない、失わないといけない感情ってやつだ、わかるだろう?
 こうして振り返ってみると、やっぱり思い出せないことも多いね。でも、僕も彼女も、繰り返しすぎて普通じゃなくなっていったのは確かだ。君、心当たりはあるかい? すぐに慣れた審神者の仕事、どこかで見た任務、ひと目見ただけで親友のような気がした刀。君、生まれ変わりは信じるかい? うんうん、これは僕の昔話で、そして、僕が思うに、これは君の昔話でもあるんだ。
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