百回生まれ変わるにかさにの話【ギブアップ済】

 その次はね、どういう経緯でそうなったかは思い出せないけれど、草原で主を待つのが任務だった。だだっ広い野原で、どんな人かもわからない主を、ただ待ち続けるんだ。なぜか頭の中には、あの人を待たないといけない、という思いが居座っていてね。おそらく、何十年もそのまま待っていた。
 名前も知らないような草花が楽しそうに茂っているなか、僕だけがじっと寝転んでいるんだ。風がびゅうびゅう吹いて、空を自由に駆け巡るのをただ眺めながら。生きているかも死んでいるかも、自分ですらわからない。同じことだよね。はたから見れば、ただ微動だにしない刀剣男士が転がっているだけなんだから。
 でも、空が綺麗だったのは覚えているよ。朝焼けも、夕暮れも、曇天も、真夜中の星も、全部が本物の空だった。たまに、紫とか白とか、面白い色に見えることがあるんだ。あまりにもずっと空ばかり見ていたからね。途中から、幻の空を見ていたのかもしれない。
 空はさ、ずっとそこにあるんだよ。何回、僕が折れても、解かれても、ずっと。最初に人の身を与えてくれた彼女の、呪いだったのかもしれない。どうして僕にそんなことを教えたんだろうね。とにかく僕は、空を見上げて、待ち人が降ってくるのを、ただ待っていた。
 どれくらい経ったかはわからないけれど、気がついたら、横になっている僕の隣に、ひとりの少女が腰掛けていた。
 主、と呼ぶと、どうしたの、と、よく知っているあの声で応える。
「随分と、待たせてくれたね」
「うん、青江、よく待ってたね」
 彼女は、ありがとう、とも、申し訳ない、とも言わなかった。ただ、ほんの少しだけ驚いている様子だった。
「この本丸はね、もう終わったんだよ」
「ああ、知っているよ」
「私はね、もう死んじゃったんだよ」
「それも、知っているよ」
「なのに、待ってたの」
「待っていてくれ、と言われたからね」
 そんな会話をしたような気がするけれど、その前に僕らの間に何があったかはそのときですら思い出せなかったし、今も確かめる術もない。
「青江、笑ってよ。ようやく会えたんだからさ。せっかく、お迎えに来てあげたんだからさ。すぐにまた、お別れなんだから、さ」
 何だろうね、笑おうとしたんだけれど、涙がぼろぼろ溢れてきて、息がうまくできなくて、体も動かなくてね。そういえば、記憶がある中では初めてだった。あんなにみっともなく泣くのはね。
 ここで意識を手放したら、そのままお別れになってしまうというのは直感と経験で知っていた。それでも、どうしようもなかった。
 いつの間にか、彼女の手が僕の手を握っていた。体温はなかった。触れている感触もなかった。でも、握られているのはわかった。草原の上で味わった孤独も、絶望も、悲しみも、みんな吸い込まれるようで。そして、そのまま意識は遠のいていった。
 この終わらない地獄に、僕も彼女も既に一緒に落ちていたのかもしれない。何度でも出会い直して、何度でも永遠の別れを繰り返して。何のためにこんなことを。確か最後は、そんなことが一瞬頭をよぎって、それっきりだった。
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