百回生まれ変わるにかさにの話【ギブアップ済】

 毎回、新しい主のところに顕現するまでに、長い時間が経ったような気なするんだよね。でも、その間の記憶は何もない。気味が悪いよ。
 次の本丸では、にっかり青江が顕現するのは初めてではなかったらしい。ただ、一振り目のにっかり青江が、折れたばかりだった。修行にも行って、本当に強くて、主のことをたいそう愛していた刀だったそうだ。そして何より、主の様子は見ていられるものではなかった。
 僕は一振り目の代わりとして、四六時中彼女の側にいるのが役目だった。難しい仕事だったよ。出陣もしないで、内番にも入らないで、主の書類を確認したり、一緒にお茶を飲んだり。他の刀からは、なるべく一振り目に似せて振る舞うように言われていたけれど、一振り目はたいそう変わり者だったようでね。うん? にっかり青江は大体変わり者だって? 失敬だなあ。君も大概だよ。まあとにかく。彼のぬか床を引き継いだり、彼の読みかけだった恐ろしく長い小説を最初から読まされたり、彼の未完成の創作怪談の続きを作ったりね。なかなか大変だった。
 でも、そうしていると、彼女、笑顔になるんだよ。ずっと暗い顔をしている人だったけれど、一振り目の幻を僕に見いだして、安心したように笑うんだよ。あの顔で、あの声でね。歪んでいたね。僕も彼女も。でもさ、誰も責められないと思うよ。
 一年くらい経った頃だったかな。紫陽花が綺麗な午後だったよ。
「ねえ、青江。好きだよ」
 彼女は書類から顔も上げずにさらりと言った。
「ふふ、そんなに僕に夢中なのかい」
「うん。大好き。ずっと側にいてくれて、ありがとう。愛してくれて、ありがとう。最期まで私のために戦ってくれて、ありがとう」
 そういえば、その日は一振り目の命日だった。
「別に、大したことじゃないさ。僕は君の刀だったからね。愛する君のためなら、当然じゃないか」
「うん、そうだね、うん、ありがとう」
 彼女はおそらく、泣いていた。僕にはどうしようもなかったけれど。彼女の肩を抱いて慰める権利なんて、一振り目の彼にしかないじゃないか。どんなに真似たって、僕は彼にはなれなかった。
「青江」
「うん」
「刀も、幽霊になるのかな」
 僕という存在を否定してしまうことになるかもしれないけれど、幽霊なんて存在するはずないじゃないか。付喪神の幽霊なんて、なおさら。
 だからこそ、僕はこう答えた。
「なるよ、刀も。ほらあそこ。彼が見ているじゃないか」
 彼の破片が埋めてある一角に近い、ひときわ美しい紫陽花を指差してやると、彼女はそちらを見て、じっと見て、いつまでも見ていて、ぼろぼろと涙を溢していた。そういえば、どうしてあそこの紫陽花だけあんなに綺麗だったんだろうね。やっぱり、本当に彼があそこにいたのかもしれない。
 なんで、折れちゃったの。なんで、あんな無茶な進軍をしたの。なんで、私はこんなことしてるの。どうして、どうして。全部、全部あなたのせい。
 おそらく、そんなことを呟きながら、彼女はただ泣いていた。
「どうしてだろうね。君を愛していたから。君の戦いを、止めたくなかったから。うん、全部僕のせいだよ」
 彼女の抑えた泣き声と、降り始めた雨の音が、妙に僕の胸を痛ませた。何だろうね、この地獄。一振り目の罪も、僕自身の罪も、たぶん僕が顕現した他の本丸での罪も、全部乗っかった地獄だ。それでも、彼女は僕の真似事に、僕の残酷な嘘に少しは救われていたんだろうか。今思えば、もう少し聞いておけばよかった。
 聞くことはなかったよ。その日の夜には、僕が刀解を望んで、彼女はそれを受け入れたから。まともじゃなかったんだよ、あの一年間。あれ以上やっていたら彼女が保たなかったかもしれない。僕かい? どうにも繰り返しすぎてね、もうとっくにわからなくなっていたからね。僕のことはいいんだよ。
 彼女が、あの後ちゃんと幸せになっていたならいいけれど。
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