百回生まれ変わるにかさにの話【ギブアップ済】

 君、渇いてないかい? 喉だよ、何か飲み物でも頼もうか。顔色も良くない。続き? 君がそう言うなら続けるけれど。気分が悪くなったらいつでも言うんだよ。
 次の主も、やっぱりあの人とそっくりだった。でも、やっぱり僕と会うのは初めてだったようだし、やっぱり違う本丸だったようだから、何も言わないでおいた。随分と僕のことを気に入ったらしくてね、たっぷり可愛がってもらったよ。そのままの意味でね。
 確か、眠れば暁も覚えないような春の日だった。一緒に夜更かしして、双六をやったり、枕を投げたり、手加減はしたけどね、まあとにかく、ふたりで楽しく遊んだ後だ。うん、子供みたいな関係だけれど、それが何となく心地良かった。まあでも、その先を求めてしまうのも、必然だとは思わないかい。
 いつの間にか眠っていたらしく、気がつくと朝日が登っている。
「あれ、朝になっちゃったね」
「そのようだね」
 まるで恋人じゃない、と言って彼女は寝転んだままくすくすと笑う。そんなに可笑しいのかい。僕と君が恋人みたいに見えるのが。
「ねえ、君」
「どうしたの、青江」
「好きだよ」
 朝日が彼女の睫毛をきらきらと輝かせている。庭の桜はそろそろ咲く頃だ。何とまあ、美しい日なのだろう。
「違うでしょう」
 しかし、彼女はこちらを見もせずに、笑ったままそう答えた。
「どうしてそう思うんだい」
「だってさ、」
 青江が好きなのは、私じゃないでしょう?
 どん、と心臓を突かれたようだった。同じ顔の主たち。同じ声の彼女たち。彼女には何も言っていないはずだ。でも彼女は何かを理解していた。
 違う。僕が好きなのは、子供時代を取り戻すように遊ぶ彼女で、甘いものに目がなくて、どことなく大人になりきれない彼女で、お人好しで苦労人の彼女で、悲しげに笑うことができる彼女で、夕焼けがとても似合う彼女で、違う、違う、違う。
「違う」
 彼女はむくりと起き上がって右手で髪を梳く。
「青江さ、一回だけ間違えたんだよ。この間さ、夕焼けが綺麗だから見に行こうって誘ってくれたじゃない。夕焼けが好きなの、私じゃないよ。むしろ、今日が終わっちゃうって感じで、苦手なの」
 気怠げに髪をくるくると指に巻きつけ、しゅるりと解く。彼女はこれほどに美しかっただろうか。幼さの残る顔立ちには、柔らかな拒絶が滲んでいる。
「青江が好きな人は、私じゃないよ」
 君に何がわかる。君に、僕の、何が。いや、そうだね。君はたぶん、僕よりも僕のことを理解している。ねえ、君。一体、僕は誰を求めているんだい。
 頭に浮かんでくる種々の言葉は、そのまま形にならずに消えていく。
 彼女は、最後に僕を見てにっこりと笑った。
「嘘つき」
 綺麗な声だった。ああ、この人は、怒るとこんなに綺麗になるんだなあ、と馬鹿なことを考えて、ああ僕は最初から馬鹿だったか、と思い直して、そのまま立ち上がって去っていく彼女の背を眺めていることしかできなかった。
 うん、未だに、聞こえてくるんだよ。あの声で、嘘つきって。
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