中立組織に拾われる話
最近のマイブームは庭園でいろんな音を聞くことだが、あともう一つある。庭園の奥にある小さなガラス張りの部屋はあまり人が来ない。そこにいる不思議な人の元へ向かう。もらったお菓子と紅茶の入った水筒を手に、扉を開けるといつものように植物に水をやっていた。黒い髪に黒いツノと、なんか紐?みたいないな尻尾のようなものがある背の高い男の人。それと、声がなんか少しねっとり喋る低音って感じで色っぽい。あと気になるのは、先生と似た石のようなものが顔に付いてるくらいか。
『なんだ、また飽きずに来たか』
私の方を見て小さく笑うように言った男に、手の中にあるものを見せる。すると、水やりの手を止めて、私の方へ来て手に持っているものを取り上げた。そのまま、ガーディニングテーブルとチェアの方へ歩き出す。向かい合うように置いてあるチェアを座りやすいように引いていると、私とお茶をするようになってから置いてある白と黒のコップに水筒の中身を注いで、黒いコップの方を私に渡してきた。この人はよく黒い方のコップを渡してくるよなと思いながら、私はもらったお菓子を渡した。
『今日は焼き菓子か。まあ、名前は知らないがな』
もらったのはフィナンシェで、頭に輪っかがある人からもらったものだ。お菓子を作る人が多いらしいが、私にはよくわからない。あと、先生に私に甘いものを与えすぎるなと怒られていた人がいたな。ドーナツのくれる人。私の好きな渋めのコーヒーが合うから一つもらうことはあるけど、先生はあまりいい顔をしない。体に悪いとか言ってたっけ。輪っかがある人たちはみんな趣味が似たり寄ったりなのだろうか。
そんなことを思っていると、男がフィナンシェにがぶりとかぶりつくのを見てから私もちまちまと食べ出す。甘すぎなくて、香ばしいアーモンドの香りと食感に幸せだなぁと目を細めた。
今更だけど、私の様子を見ている男の名前を私は知らない。私とこの人の出会いは、私がベンチで微睡んでる時に起こされたのが始まりだ。最近は包帯が取れてガーゼになって眠気の波も治ってきたけど、ここで出会った時はまだ包帯が巻かれてたから睡眠欲がすごくてどこでも微睡んでた。その上、いろんなところで眠ってしまうから、誰かしらに回収されてたと思う。雪豹の黒い上着の人とか、ブレイスさんとか、ホルンさんとか、あと金髪の馬の女の人とか。チョンユエさん以外だと、主にこの四人に回収されては先生やドクターのところに連れて行かれた。チョンユエさんに見つかると高確率でチョンユエさんの部屋だったりする。たまに私の部屋。
それはさておき、どこでも寝てしまうころの私が庭園の奥のガラス張りの部屋で微睡んでた時に、かすかな足音が私の前で止まってそれに目をゆっくりと開く。私の顔を覗き込むように立っていて、ゆっくりと瞬くとそのまま抱き上げられてドクターのところへ連れて行かれたのが交流の始まりだったと思う。特に私の今の体質について何を言うわけでもなく、近ず離れずの距離を保ってくれていたので気が楽だったのは確かだった。
『最近は眠らなくなってきたな』
ぼんやりと出会った時のことを思い出していたら、男に声をかけられた。相変わらず、ネイティブすぎて英語はわかないけど、相手は私の返事とかは気にしていないみたいだから、とくに返すことなく男を見る。何気なく伸ばされた手を取ると、そのまま男の傷だらけの手を指先でなぞった。チョンユエさんは手を守るために手袋みたいなのをつけているけど、古い傷ばかりだった気がする。この人の手は治ったばかりの傷や痕になってる傷ばかりだ。
『楽しいか?』
あ、今のはわかる。楽しいですか?と聞かれたから、結構楽しいと頷くとあいしーと帰って来た。何かを握っているのだろうか、剣胼胝のようなものがいっぱいある。マニキュアも塗っているみたいだ、爪の保護かな。私の手より大きい。第二関節くらいだろうか。手を重ねた瞬間だった。するりと私の指を撫でながら指を絡めてきた。かちんっと固まるとふっと笑う息遣いが聞こえる。男を見上げると、楽しげに目を細める。
『お前の手は柔らかいな。誰かを傷つけることを知らない手だ』
さりさりと中指で手の甲を撫でてきて、そわそわとなんだか落ち着かない。振り解こうとも真横にコップがあるから、倒してしまうのでそれができない。それに気をよくしたのかはわからないけど、そのまま親指で指の付け根をなぞるように撫でられる。背中がゾワゾワしてなんだか落ち着かない。やめてほしくて軽く手を引く。ガーゼ越しに傷口もなぞるのも、とてもやてめほしい。
『俺の爪でも簡単に傷つけられそうだな。試してみるか?』
え、なに?何かを試すって言った?この人。ぶんぶんと首が取れるくらい横に振ると、今度は声を上げて笑った。怖いよ、この人。助けて、ドクター、先生。半泣きになっていると、やっと手が解放された。おかえり、私のおてて。
ホッとしたからはわからないけど、いつもの眠気が襲ってくる。確かに精神的に疲れたしな、眠くなるのもわかる…一瞬だけ、うとりと眠気に負けそうになるが小さく首を振る。この人の前で寝たらマジでやばい。しかし、立とうにもさっきので腰が抜けてしまった。
『どうした?腰でも抜けたか。これじゃあ、この先、身が保たないぞ』
なんか、にやりと笑う男に揶揄られてる気がする。マジで泣きそう。助けて、ドクター、先生。男は立ち上がって私の方に来る。対してない距離をゆっくりとした足取りで進む。カタリと椅子を鳴らすと、背もたれに手を置き私に覆い被さってきた。ひゅっと小さくなる私の喉に、くつくつと笑う。
『警戒心をこれからは持つことだな。お前のような弱い奴は、いくらでも好きなようにできる』
耳元で低い声がして、色んな意味で身の危険を感じる。私はこれから、頭からバリバリと食べられてしまうんだ…めそめそと泣きながら、水筒を抱き寄せた。そのまま、肩に担がれてガラス張りの部屋を後にする。腰が抜けてるので、逃げようにも逃げれなくてもはや気分はドナドナだ。そして、辿り着いたのはドクターのところだった。
『これは、珍しい組み合わせだね?エンカク』
『まあな、置いていくぞ』
『うん、ありがとう』
意外にも丁寧にソファに降ろされた。ドクターは雰囲気的に面白いものを見たという感じだった。私に何を言うわけでなく、男は背を向けて部屋から出ていってしまった。
「エンカクと仲良かったんだね」
えんかく?と首を傾げると、ドクターは小さく笑った。私の隣に座り、さらりと頭を撫でてくるので思わずその手に擦り寄る。先生とは違う少し筋張って細い指は、ゆっくりと梳くように髪を撫でていく。ああ、安心するなぁ。
「これからもエンカクと仲良くしてやってくれるかい?少しからかわれたと思うけど」
めちゃくちゃ遊ばれたよとドクターの手に書くと、今度は声を漏らして笑っていた。あの人のそばは居心地がいいからきっと懲りずに行くんだろうなぁと思いながら、ドクターの撫でる手を受け入れた。
