中立組織に拾われる話
パシャリッと水溜りを蹴る。遠くで聞こえる現実味のない爆発音や小さく響く怒号を聞きながら、雨で頬に張り付く髪を除けて、濡れて使い物にならないマスクも取り息を吐き出した。どこか、身を隠せる場所はないかと、なんでこんなことになってるんだろうと思いながら足を進める。傘は邪魔になるから、ささなかった。
東京に遊びに行った帰りだった。なかなか会えない友達に会うからオシャレして、その服に合う歩きやすいヒールブーツを履いて、とことん遊んできた。欲しかったゲームのぬいぐるみを買えて、楽しかった、また会おうねと話して改札で別れたはずだった。
改札を抜けようとして、自分の足に足を引っ掛けてしまい、転びそうになってなんとか持ち堪えた。改札で転けるなんてダサすぎる。恥ずかしいと思って何事もなかったように顔を上げた、その時だった。室内というのに頬に何かが当たった。冷たい水のような。いろんな人の話し声や、電車のアナウンスとかが響いててざわついていたはずなのに、水を打ったように静かだった。おかしいと思いながら顔を上げると、そこはどこかの路地裏だった。転んだ拍子にどこかに行ってしまったメガネを探す間もなく、ボヤけた視界で見えた光景に思わずヒュッと喉が鳴る。ゲームとか、アニメとか、そういう話で次元を超えてしまうなんであるけど、そんなの空想の話のはずだ。ポツポツと降り出した雨と非現実的なスラムのような路地裏でほぼ停止した思考でしたことは、買ったぬいぐるみは濡らしたくないからお出かけ用のカバンに詰め込むということだった。
なんとか隠れれそうな場所を見つけて、窓が割れていていろんなものが飛び散ってて、廃墟同然のような場所だったけど小さくお邪魔しますと声をかけて入る。薬や赤黒いシミが飛び散っている上に、破れたぬいぐるみやクレヨンが散らばっていた。思わず足が竦む。は、はっと呼吸がし辛くて、ここがどこかもわからず、どうしたらとぐるぐると考えていたら携帯の存在を思い出した。身を隠すようにしゃがみ、震える手でカバンの中を探すとすぐにお目当てのものは見つかった。縋るように画面を触ると圏外の表示で。
遠くに聞こえていたはずの声はどんどん近くになってきて、ハッとなり口に手をやり体を小さくして必死に息を殺す。聞こえてくる言葉は全くわからないもので、英語のようにも聞こえてきた。なんて言ってるかなんてわからなくて。今までテレビの向こう側だった怒号と銃声、悲鳴に体がカタカタと震える。いつ終わるんだろうと思いながらさらに体を小さくして目を閉じた。
しばらくして辺りが静かになったと思って、目を開けた時だった。チャリ…とガラスを踏むような音がして、小さく体が震えるのがわかる。さっきの銃声とかが私に向けられると思うと、足が震えて立って逃げようにも逃げらない。ずるりと足が滑って、バランスを崩して受け身を取ると手と足に熱が走る。
『誰かいるんですか…?』
『どうした、アーミヤ』
『今、倒れる音がして…逃げ遅れた人がいるのかも…』
遠くで知らない言葉といくつかの重苦しい足音、話し声が聞こえてきて、どうにかして隠れてやり過ごさなきゃとぐるぐると目の前が回って。胃が痛いというか、舌が浮いているような、吐き気が込み上げてきた。必死にそれらを押し殺していると、私が隠れている部屋の扉が開く。思わず体が跳ねて、カタリと音が鳴ってしまった。
『ここにいるようだな』
私の方へゆっくりと足音が近づいてきて、口元を手で隠しながら必死に息を殺す。このままバレないで欲しいと願っていると、棚の陰に隠れていた私の目の前で足音が止まった。重いものを動かす音がして、明かりが入ってきたと思ったらまた影がかかった。恐る恐る顔を上げると、逆光でわかりずらいけど体の大きい男が立っていた。するりとなにかが揺れたのが見えた気がする。
『…逃げ遅れ、か』
男はしゃがみ込むと私に手を伸ばして来て、思わず自分を庇うように目をきつく瞑り体を小さくして頭を庇った。呼吸を浅くしてカタカタと震える私に何かを呟くと、ばさりと何かを掛けられてそのまま抱き上げられた。逃げようと踠くけど、足と手に痛みが走った。さっきのガラスで切ったんだと思った。私が抵抗しないとわかったのか、抱え直すとそのまま歩き出した。
『重岳、見つけたのか?』
『ああ。だが、怪我をしているようだ』
『ほかも見たが、君が抱えている子しかいないみたいだ。すぐにでも戦線を離脱しよう。これ以上は危険だ』
しばらく揺れたと思ったら、鉄を蹴るような音がいくつも響く。私を抱えた男も鉄を蹴る。私を降ろし誰かを呼ぶと、走るように鉄を蹴る音がこちらに寄ってきた。布を掛けられているからか周りの音しかわからないが、包まれているから少しだけ落ち着いている、と思う。布が少し避けられると、女の子と目が合う。すると、女の子は安心させるためかにっこりと笑う。
『怪我の様子を見せてもらってもいいですか?』
何を言ってるか全くわからない。どうしていいかわからず、女の子を見つめると女の子は困ったように私の後ろを見上げた。すると、誰かが私の両手を取り女の子へ見せた。痛みが走って腕を引き抜こうとしようとしたけど、うんともすんとも言わず。反射的に暴れると腕も足も痛くて、大人しくするしかなかった。
『これで、治療ができるかな?』
『あ、ありがとうございます』
『あとは膝と脛あたりを怪我しているようだ。診てやってくれ』
『はい、わかりました』
ガラスが食い込んでいたのか、それを取られる。その走る痛みに逃げようとすると、咎めるように掴まれた腕に力を入れられて大人しくするしかなかった。掴む腕の力が絶妙に痛いんだもん。手も痛いし、足も痛いし、染みるってレベルじゃないし、目を固く瞑って小さく痛みに唸っていると、ジクジクとした痛みに変わり熱を持っているようだった。次は足だと言わんばかりに太ももを押さえられて、手当てのためにタイツを破かれ、食い込んだガラスを取り消毒され包帯が巻かれる。歯を噛み締めてその痛みに耐えているが、あまりにも痛すぎてじわりと涙が溢れてきた。
『はい、終わりましたよ』
布を抱きしめてそれに顔を埋めていたら、さらりと頭に何かが滑りそれに顔を上げる。すると、女の子が私の頭を撫でていた。と、年下に慰められるように撫でられるとは…ポカンとしていると、にっこりと笑いながら私の顔を覗き込んできた。まるで、よく頑張ったと言うように頭を撫でてくるので、ポロポロと涙が溢れた。
『よく頑張りましたね、もう大丈夫ですよ』
女の子は立ち上がると、別の人の方へ行ってしまった。布だと思っていたのものは誰かの服で、周りを見ると何かの乗り物のようだった。バラバラと聞き慣れない音がする。ゆるりとなにかが私の太ももに当たる。細長い、黒いなにか。なんだか安心というかホッとした瞬間、瞼が重くなってきた。このまま、夢であってくれと目を閉じた。
