中立組織に拾われる話
届け物のお使い兼日課の散歩が終わり、部屋に戻るか休憩室に行ってみるかと悩んでいると後ろから聞き覚えのある足音が聞こえてきた。スニーカーだけど少し重い音。声をかけられる前に振り向くと、久々に見る人が立っていた。
『息災か?』
チョンユエさんが相変わらず穏やかな雰囲気を纏っていた。最近は忙しいのか会うことはあまりなかったから久しぶりに見たし、なんやかんやでこの人の近くは落ち着くから目の前まで駆け寄る。
人一人分の距離を置いて目の前に立つと、後ろで組んでいた手を私の方へ伸ばして来たのでそれを目で追う。私の頭なんて簡単に握りつぶせそうだなと思っていると、指先が鼻に触れた。そのまま、するりと目の下を撫でたと思ったら頬に手を添えられる。その手になんとなく目を伏せて私の手を添えて頬を擦り寄せた。そのまま下から見上げると、ぐにっと片手で両頬を掴まれた。声が出てたら、ぶにっと言ってたぞ。無言で見下ろしてくるから、なんか地味に怖い。とりあえず離して欲しくて、パシパシと手首を叩くと手を離してくれた。地味に痛かったと思いながら頬をさすっていると、チョンユエさんは自分の手を見ていた。どうしたのだろうか。
『……柔らかくなったな』
私の知らない単語が出てきたがまだ勉強中だったなと思いながら、何かを確かめるように二回ほど手を開いては閉じているチョンユエさんに首を傾げる。私の視線を感じたのか、すぐにいつものように穏やかな雰囲気を出していた。
『いや、なんでもない。そういえば、起きていられる時間が長くなってきたのだな。喜ばしいことだ』
まるで何かを切り替えるように手を後ろに回し矢継ぎ早に話す。私と視線を合わせるように屈んだ。笑うようにゆるりと細められる赤に、相変わらずだなぁと思いつつも私も返すように笑う。ゆらゆらと揺れて撫でるように動く私のふくらはぎあたりにある尻尾は気にしないようにした。これもいつものことだし。
私に手を差し出してきたので、その手に自分の手を重ねた。私の手を引きながらどこかへ向かうチョンユエさんの後を追う。一歩だけ後ろを歩く私と機嫌のいいチョンユエさんは、どうやらすれ違った人が三度見するレベルらしい。小さく先生の名前が聞こえてきた。絶対先生に連絡した方がいいのでは的なやつだ。できれば後が怖いので、先生に連絡しないでほしい。無言のお叱りはほんとマジで怖いのでめちゃくちゃ遠慮したい。フリではないです。
チョンユエさんに連れられた場所は、どうやらロドスの甲板のようだった。初めて来るなと思いながらキョロキョロと見渡してから、空を見上げると雲ひとつない快晴だった。まだ風が冷たい。暖を取るためにチョンユエさんの袖に手を突っ込んでやった。
『ああ、すまない。お前にはまだ寒かったか』
すると、上着の中に仕舞われて二人羽織みたいになった。チョンユエさんは筋肉があって暖かいなぁなんて思いながら、そのままくっつきながら空を見上げる。見えた白い月は欠けていて、思えばもう月の満ち欠けが一周するくらいロドスにいるんだな。傷の治りが遅いからそんなに経ってるイメージがない。そんなことを思いながら山を見るとうっすらと白い。まだ雪が残っているんだな。
『私のいた玉門では春は黄砂がひどくてな、空どころか先が見えぬことが多い。お前の故郷はどんなところだ?』
さらさらと髪を撫でる手に視線をチョンユエさんへ持っていく。聞き覚えのある単語が聞こえてきて、故郷の話でもしているのだろうか。まだ勉強中だしなぁと思いながら、すんっと鼻を鳴らす。
『お前が育った場所と玉門が同じならば、向こうに行っても過ごしやすいだろうからな』
どこか歌うように話すチョンユエさんの低い声を聞いているのは心地がいい。ゆっくりと瞬く。いい匂いがして、暖かくて、この人のそばは安心できるから、なんだかものすごく眠くなってきた。
『ん?眠いのか?』
私を上着から出すと、上着を私に羽織らせて抱き上げられた。首に腕を回し、チョンユエさんの肩に顔を埋める。このまま、上着を持っていってもいいかな。私の鼻先が当たってくすぐったかったのか、ふふふっと笑う声が聞こえてきた。それに釣られるように私も笑うように揺れてから、身を委ねるように眠るように目を閉じた。
余談だけど、途中で会った人の一人が先生に連絡を入れたのか、私が眠ってから数秒後にやや乱暴に扉を開けて甲板に乗り込んできたらしい。ちょいこわ生物のもんちゃんを連れて、チョンユエさんとなんか冬逆戻りするような雰囲気でにこやかに話をしてたとかなんとか。ドクターが私に教えてくれたが怖すぎるだろ、あの二人。
