過保護
チョンユエさんの上着は着ていると、先生が転んだ時に危ないからちゃんと体に合う服を着なさいと雰囲気で、というかイラストと簡単な英語を使って言うので先生がくれた上着を着ている。ここの人たちが着ている制服みたいな感じなんだろうなと思ってる。誰かのを着ているのって良くないんだろうな、なんて思ってみたり。
それはそうと、私の診察はよくわからないことが多い。何を言ってるかがわからないのが一番大きいんだろうが。なんとなくわかるのは、心音と血圧を測ったり、血液検査とか、あとは機械に入ることとか。そのほかは、看護師の人が私の一緒に食事を取ったりすることだろうか。看護師の人の様子的に私が食べたものを記録してるらしい。あと、傷の様子とか。抉れたりした傷はなかなか治らないから困る。未だにかさぶたになっていないから、相当深かったんだろうな。
私は今日の診察も終わって、一緒にご飯を食べた人も仕事に戻ってしまったので施設内を歩いている。誰かを探していると言うわけでもないけど、なんとなく散策しようと思って歩いてるだけなんだけども。先生や看護師さんたちは散歩はいいことだとか、ドクターがどうのとか言ってた。
急に襲ってきた眠気に耐えれず、通路の端っこにしゃがみ込む。邪魔にならない所だから大丈夫だろう。先生に持たされた端末で、連絡も入れておいたし誰か拾ってくれるはずだ。おそらくきっと。この世界に来てから、なんだか寝ても寝た気がしなくて。先生や看護師さんたちが言うには、身体が傷を治そうとしているから眠いんだろうって話だけど、私にはよくわからない話だった。
膝を抱えてうとうととしていると、足音が聞こえてきて誰かがもう来てくれたのかと思ってたら、知らない足音が近づいてきた。そのまま通り過ぎたと思ったら、戻ってきてその足音は私の前で止まる。新しい人が来たのかなとか思っていると、目の前に白い何かが揺れた。
『おい、お前。ここで何をしている』
心地のいい低い声だ。眠過ぎて顔を上げることができなくて、このまま置いといてほしいと思っていた時だった。傍に手が差し込まれたと思ったら、ヒョイっと軽々と持ち上げられてしまった。ここの人たちって男性に限らず、ブレイスさんやホルンさんとか、スタイルが良くてモデルみたいなのに私のことを普通に持ち上げれてすごいなとぼんやりと思った。ホルンさんに限っては私を片手で抱き上げれるくらいだ。というか、40キロって結構重いと思うんだけど。
音の出ない口で、だれ?と動かす。足はつかないし、眠過ぎてゆっくりと瞬く。宙ぶらりんなのに安定感があるから、気を抜いたらこのまま眠ってしまいそうなくらいだ。というか、降ろしてくれてもいいのに。何を思ったのか、目の前の男は私を抱え直すとそのままどこかへ歩き出した。この世界の人たちは体温が高いから、くっついていると眠くなってくる。私が冷え性で寒がりというのもあるけど、それを差し引いても彼らは温かい。ファーの部分に顔を擦り寄せると、気持ち良くて余計にうとうとしてきた。ゆっくりとした足取りで、どこかへ向かっているようだった。
『入るぞ』
『いらっしゃい。今日は君が来る日だったか、シルバーアッシュ。それよりも珍しい子を連れているね』
『今しがた、通路で拾ってな。コレの部屋は?』
『ソファに寝かしていいよ。今、保護者みたいな人に連絡したから』
ドクターの声もする。また揺れて、柔らかいところへ降ろされた。そのまま、小さくなろうとすると足を掴まれた。
『そのまま寝るつもりか?ドクターが許しても、私が許さんぞ』
眠い頭でぼんやりと男を見ると、今度はブーツを脱がされる。されるがままになっていると、結んでいた髪も解かれて梳くように撫でられた。今度こそいいところを見つけて丸くなる。ドクターと誰かの声はそこまで大きな声でなくて、高過ぎず低過ぎない二つの音が心地いい。コーヒーの匂いもする。
『あの娘、感染者か?』
『違うよ。ただ特異な体質でね、うちで保護している』
『そうか。なら、通路の端で眠るなと伝えてくれ。何かの拍子で蹴りそうだ』
『伝えておくよ』
このまま微睡に身を任せようとした時だった。聞き覚えある小さな足音がしたと思ったら、プシューっと空気の抜けるような音がして扉が開いた。この世界に来てからと言うもの、いろんな音を拾うようになってるな。もしかして、眠いのっていろんな音を拾うからかな。
『すまない、博士。小猫はいるかな』
『ああ、重岳。あの子ならそこで寝ているよ』
その声にゆっくりと瞬いてから、手をついて体を起こす。髪を解いているから周りが薄暗い。黒い大きな手が髪を避けて私の頬を撫でて、髪を耳に掛けた。私の顔を覗き込むチョンユエさんが見えた。うっそりと赤が細められて、ゆるりと形のいい唇が弧を描く。彼がよくする表情だなって思った。
『立てるか?』
最近よく聞くその言葉に頷き、ソファの下に置かれた私のブーツを履く。そのまま立ち上がると支えるように手を取られた。メガネがなくて見えづらいから助かるなぁとぼんやりと思った。でも、やっぱりまだ眠くて。こくんこくんと頭が揺れる。
『では、博士。この子の部屋に連れて行けば良いか?』
『ああ、頼むよ』
手を引かれるからそれに続く。なんとなく、ドクターと男の方を見る。すると、ドクターが思い出したように声を上げた。
『ハル。ケルシーには今の君の状況を伝えておくけど、通路で眠くなっても端によって寝てはいけないよ。蹴られてしまうから』
私と先生の名前、あとなんだろう。寝る、かな。もしかして、通路で眠くなって端っこでうとうとしてたことだろうか。あとはわからないや。雰囲気的にどこでも寝るなということだろうからそれに頷いてから、ドクターと男の方を見てひらひらと手を振って今度こそ部屋を出る。ドクターは振り返してくれたけど、男は私の方に顔を向けるだけだった。
『通路で寝てしまったのか?つくづく猫のようだな、お前は』
私の手を引きながら歩くチョンユエさんを見上げながら、寝たという単語が聞こえたからさっきのことを蒸し返されたとわかった。おそらくドクターによって先生にチクられるだろうし、先生は私の睡眠障害もどきに厳しいから後が怖い。それが顔に出ていたのか、チョンユエさんは笑う。
『そう拗ねるな。傷が治れば落ち着く筈だ』
言っていることはわからないが歌うように楽しげな声に、チョンユエさんの足を八つ当たりするように蹴る。今度ははっきりとわかるように笑われて、それに合わせるようにゆらりゆらりとチョンユエさんの尾が揺れた。
ちなみに先生にはお叱りという名の無言の圧を食らった。言葉がわからない私にとって、この無言の圧はめちゃくちゃ効く。めちゃくちゃ怖くてその場に小さくなって、音の出ない口でごめんなさいと言うしかなかった。
