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旧雨今雨



夏休みまで一ヶ月を切った頃、夏休み前に候補生認定試験があるらしく、来週から一週間、認定試験に向けて強化合宿をするそうだ。その合宿に参加するかしないか、取得希望称号を記入して月曜までに提出するそうだ。
渡された紙を見て、私はどうしようかなぁと思いながらそれをしまった。勝呂くんが詠唱を教えてくれると言うので、経典とルーズリーフを出す。緑男たちの手伝いもあるから、現時点で取りやすいのは医工騎士だろうか。まあ、悪魔薬学以外にもちゃんとした医療の知識もないとダメだしなぁ。少し悩んでいると、燐くんが来た。

「"称号"って何だ?教えてくれ…オネガイシマス」
「はあ"!?」

うわ、怖。どうやら、勝呂くんは燐くんの無知さにイラついているようだ。そんな燐くんに三輪くんが説明を始める。私も何となくそれを聞く。
称号と言うのは、祓魔師に必要な技術の資格のことで、騎士、竜騎士、手騎士、詠唱騎士、医工騎士の五種類があり、そのうち一つでも取れば祓魔師になれるとのこと。さては燐くん、最初の本読んでないな?

「"称号"によって、戦い方が全然ちごおてくるんですよ」
「何となくわかった!ありがとな、こねこまる。お前は何取るの?」
「何シレッと馴染んとるんやオイ!」
「僕と志摩さんは、詠唱騎士目指すんやよ。詠唱騎士いうのは、聖書や経典やらを唱えて戦う称号」
「坊は詠唱騎士と竜騎士二つも取るて、また気張ってはるけどなー」
「へー、さすが坊!」
「勝呂や!なん気安く坊いうてん、許さへんぞ!!」

なんか、燐くんと絡むと勝呂くんって年相応というか、ちゃんと男子高校生に見える。四人の話を聞き流しながらルーズリーフに悪魔と悪魔の特徴、致死節を書いていると視線を感じた。顔を上げると目が合い、嬉しそうに目を細めて無邪気に笑う燐くんが私を見ていた。その無邪気さに思わず、私も顔を綻ばす。はー、可愛い。近所にいたいつも挨拶してくれる小学生みたい。

「どうしたの?」
「結衣は何取るんだ?俺はナイト!」
「確かに、春風さんは何取りはるんです?」
「…てか、なんでお前が春風さんのこと、気安く名前で呼んどるんや」
「…なんだよ、お前の許可が必要なのかよ」

思わず、小さい子に対して話すような声になってしまった。なぜかまた喧嘩が始まりそうな雰囲気に、慌てて燐くんの方を向き口を開く。なんでこの二人はすぐ喧嘩が始まるんだ。

「いずれは全部取る予定だけど、今は医工騎士と騎士かな」
「おお、ドクターとナイト!俺と雪男と一緒だ!ドクターって、何するんだ?」
「医工騎士は一般の医療や薬学に加え、魔障や悪魔の生態の知識を誰より持っとる称号や。基本的に前線の祓魔師のサポートが多い。説明は最後まで聞け!」
「簡単に言うと、ゲームとかのヒーラーだね」
「勝呂よりわかりやすい…!」
「おまっ、説明しとるのにっ…!!」

思わず燐くんの言葉に苦笑する。相性悪いな、勝呂くんと。面倒見がよすぎるのも問題だなぁ。
ふと、こちらを見ている杜山さんがいた。私と目が合ったのでヒラヒラと手を振ると、オロオロとして顔を赤くしてから配られた紙に視線をやった。まるで、顔を隠すように。あの子は、かなりの人見知りなのかな。いつも燐くんと一緒にいるし、まあ、新しく関係を作るのは大変だもんな。今の私は来るもの拒まず去る者追わずって精神だから、というか、自分から作れないし。マジで、若い子とどういう話をしたらいいかわからないし。
でもまあ、今からでも世界を広げるのはいいことだから、彼女の視野もこれから広がるだろう。


魔法円・印章術の授業に向かうと、生徒が全員揃ったのを確認した左目に眼帯をつけたイゴール・ネイガウスという講師は、大きなコンパスで魔法円を教室の床に書いていく。結構複雑な図なんだなと思いながら略図を見る。たしかに、かなり略された図だなと思った。この略図で呼べるのは、基本的に下級から中級くらいになるのかな。

「図を踏むな。魔法円が破綻すると効果は無効になる。そして、召喚には己の血と適切な呼び掛けが必要だ」

ネイガウス先生はそう言うと、手の包帯を外し魔法円に血を垂らした。

「"テュポエウスとエキドナの息子よ 求めに応じ 出でよ"」

先生の呼び掛けに応じて、魔法円の中から黒い手が出てきたと思ったら、私の隣に立っていた勝呂くんが私の腕を軽く引き庇うように前に出た。そんな勝呂くんの前に志摩くんと三輪くんも庇うように前に出る。え、なにこれ、どう言う状況?
地を這うような呻き声を上げながら、姿を見せた人と獣を縫い合わせたような屍番犬(ナベリウス)と、鼻を刺すような腐卵臭に思わず口元と鼻を覆う。すごいな、これ。業を感じる。

「悪魔を召喚し、使い魔にすることができる人間は非常に少ない。悪魔を飼い慣らす強靭な精神力もそうだが、"天性の才能"が不可欠だからだ」

先生の言葉に略図を見る。うーん、言葉ねぇ。楚に銀と鉄…的なのしか出てこない。ちらりと先生を見ると、先生は燐くんを一瞬だけ見ていた。おや?

「今から、お前たちにその才能があるかテストする。先程配ったこの魔法円の略図を施した紙に、自分の血を垂らして"思いつく言葉"を唱えてみろ」

すると、我先にと略図に血をつけていたのが一人いた。どこからともなくふわりとした風が吹いたと思った、その時だった。

「" 稲荷神に恐み恐み白す 為す所の願いとして成就せずということなし "!!」

神木さんの足元にはシャランという鈴の音とともに、白狐が二体現れた。それぞれ、首に保食と御饌津と書かれた赤い前掛けのようなものをつけていた。おお、すごい。

「うおお!なんだアレ、スゲー!」
「白狐を二体も…見事だ、神木出雲」
「すごい…出雲ちゃん…私全然ダメだ…」
「当然よ!あたしは巫女の血統なんだもの!」

ふふんと鼻高々にいう神木さんに、そりゃあ才能あるわって思いながら私も彼女に習って略図に血をつける。得意気なの、なんか年相応って感じで可愛いな。その隣で勝呂くんたちはダメだったみたいで、うんともすんとも言わない。うーん、私も才能ないだろうなぁと思った時だった。

「" おいでおいで "ー、なんちゃって…」

杜山さんの略図から、シュルルと音を立てて緑男の幼生が現れた。おお、見慣れた奴だ。

「それは緑男の幼生だな。素晴らしいぞ、杜山しえみ」

どうやら本当に来ると思っていなかったらしく、本人はかなり驚いているようだ。まあ、そんな適当なので来ると思わんだろうなぁ。神木さんに話しかけにいくのを横目にどうするかなぁと思いながら、なんとなくあの言葉を口にする。来るとは思わないし、この世界にあるとは言い切れないからなぁと好奇心だけで口を開いた。

「" フングルイ・ムグル… "」

出だしを言った途端、顔色を変えた先生に略図を取り上げられてそのまま破かれた。え、やっぱりクトゥルフは不味かった?

「……"何"を呼び出すつもりだったのだ、春風結衣」
「あー、えっと、ちょっとした好奇心で…」
「今後絶対に唱えないように」
「あ、はい。すみませんでした」

めちゃくちゃ怖い顔で怒られた。予鈴もなり、最後に召喚した時の注意点をいくつか言うとその日の授業は全て終わった。
勝呂くんたちになにを言おうとしてたのかと聞かれて、クトゥルフの神のどれかだと言ったら首を傾げられたが、志摩くんにすごい顔をして止められた。あ、知ってる人は知っているやべえ神という枠なんだ。
余談ではあるが、神木さんに友達になってと言っていた杜山さんは、ねじれ伝わったのか、神木さんの付き人みたいになっていた。

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