グルメ界にて始まり
目の前に広がる奇々怪界な世界に思わず扉を閉めた。そして、私の手元の鍵を見る。間違いなく正十字騎士団の日本支部への鍵だ。そして、もう一度鍵を差して扉を開く。きっと私が疲れているから、幻覚を見たに違いない。そんなことを思いながら目を開けると、今度は黒と白が広がっていた。いや、これ、服じゃない?
「なんやワレ。なんで、ワシの店におんねん」
顔があるであろう場所を見上げるが、さらに上らしい。首がほぼ直角になるとようやく顔が見えた。その顔に思わずひゅっと喉が鳴る。
「て、天狗だ…」
致死節知らんて…流石に…そんなことを思いながら脳はキャパオーバーを起こし、私はそのまま気を失った。めちゃくちゃ安らかな顔をして。
わいわいと賑やかな声にゆっくりと目を覚ます。京都出張所も賑やかだもんな。主に志摩家と宝生家だけど。体を起こして身軽くなっていることに気づく。着物ではあるが、仏教系の隊服ではなくなっているようだった。周りを見渡してまず最初に目に入ったのは、馬鹿でかいダルマのような生き物というか、人間というか、悪魔といえばいいのかわからないが、とりあえずダルマだった。
「おお、目が覚めたか。娘よ」
フラッとしたけど気合いで耐えた。大丈夫、あの両家のじゃれあいに巻き込まれてきたんだ。それなりにメンタルは鍛えられてきてる。なんとか意識を保ち、もう一度ダルマを見る。
「ワシはダルマ仙人、この妖食村の村長をしておる」
「え、あ、えっと、私は鐡丸緒巳です」
「テツマツグミというのか?変わった名だ」
思わず、ダルマ仙人の言葉に瞬く。もしかしなくても、ここには苗字という概念がないんだろうか。全くわからないと思いながら、とりあえずと口を開く。
「鐡丸と呼んでください」
「そうか。では、テツマ。お主、何者じゃ?」
単刀直入に聞きやがった、このダルマ顔。気が遠くなり、悟り顔を晒してしまった。どう答えようと考えていると、覗き込むように私の顔を見てきた。そして、にっこりと笑った。
「答えづらいのなら、答えずとも良い。行く場がないならここに居るといい。ワシらも事情がある身。ワシらはお主を歓迎しよう、テツマ」
その言葉に思ったのは、この人、絶対詐欺にあいやすいのではないか、というか絶対詐欺にあいまくるだろ、ということだった。これは本当のことを言った方がいいのではないかと思って、周りにいる妖怪染みた見た目の住人たちを見る。本当に妖怪絵巻に描かれている姿ばかりだ。
最後に目に入ったのはさっきの天狗、一つ目の妖怪、そして河童だ。その三人は何かを察したのか、私を見に来ていた妖怪たちを外に誘導し始めた。しばらくすると、私とダルマ仙人、その三人だけになった。
「どうした、お主ら。皆を外に出して」
「彼女が話しづらいと思い、申し訳ありません」
一つ目がそう言うと、これで話せるだろうと私の方を見てきた。余計話しづらい、なんて口にできず、小さく咳払いをしてからダルマ仙人を見た。
「自分でもまだ信じられていないのですが、聞いてくださると助かります」
そう言って、私の身に起きたことを話す。簡単にまとめると、私は祓魔師という退治屋みたいなことをしていて、その任務帰りに報告しようとして移動用の鍵を使い、日本支部へ行こうとしていた時に鍵の不調でここに来てしまったこと。そして、もう一度使ってみたがうんともすんとも言わず、私の行きたいところには繋がっていなかったと言うこと。
「ん?ちょう待てや。鍵が行きたいところに繋ごうてるってどういうことや?」
「どうもこうも、そういうものとしか言いようがないんですよ」
「んなようわからんもん、使うなや」
「いや、本当に。ごもっとも」
天狗の言う言葉に返す言葉もなく、面目なさそうに頷く。いや、マジで今思えばとんでもねえ鍵だよな、これ。おそらくだが、メフィスト卿の悪魔の力の一部なんだろう。あの人、時空とか時間とか司る悪魔の王だし。
「その…帰れないのですか?」
「わからないです」
「そんな…」
同情するというよりは、なぜか自分のことのように辛そうにしている一つ目から思わず目を逸らす。少し縋るように、右目の周りに触れると私と契約している悪魔の存在は感じるが、本来ならそこら辺をふよふよとしている魑魅がいない。おそらくだけど、私のいた世界ではない。そんな気がする。いや、弱気になるな。
すると、ポンと指先が私の肩に触れた。思わず顔を上げると、穏やかな顔をしたダルマ仙人が私の方を見ていた。
「いずれ帰れる時が来よう。それまでここにおるといい」
「ダルマ仙人殿…」
やっぱり、この人は疑うということを知った方がいいのではないのだろうか。私の話を聞いて、いくらか同情的な河童と一つ目にも言えることだ。私を警戒しているのは、天狗だけだ。
「お世話に、なります」
「うむ」
彼の気遣いを無碍にはできないし、ここにいていいというのならわかるまでここで情報を集めることにしよう。知らなければ何も始まらない。
そうして、若干視線が痛いものの、私はこの妖食村で過ごすことになった。