異端者の唄
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――さて。
もっくんとの出会いからおよそ1年。
ついにオレも、岩隠れのアカデミーに入学した。
まあ、それはいいのだが、いかんせん、アカデミーの子供たちとはそりが合わない。
価値観が合わない。感覚が合わない。
前の世界での記憶もあるせいで、実感としてはすでに20歳を越えてしまっている。
精神的にはまだまだ子どもと思っているのだが。
「いや子どもは自分のこと、自分で子どもとは言わないからな」
思いがけない声に飛び上がる。
「うわっ!? もっくんか、びっくりさせるなよ…うん。ていうか心読めるのか?」
そう言うと、もっくんは呆れたようにため息をついた。
「読むもなにも、途中から声に出てたぞ」
たまらず絶句。
「てことはオレ、傍目から見たら不審者じゃねえか…うん」
「全くだ」
当然の頷きだったが、無性にむかっ腹が立ったので、一発頭をはたいておく。
上がる抗議の声は聞かぬ振り。
ちなみにここがどこかと言えば、岩隠れの里の中でも外れにある岩場の、その一箇所だ。
意外と穴場なのか、ほとんど人が来ないのでお気に入りの場所であり。
いまはアカデミーの帰りに立ち寄り、一通りの修行をするのが日課だ。
ふと空を見上げると、鮮やかな橙色。
温かみさえ感じるその色は、あたり一帯をたちまち染め上げる。
まるで世界が燃え上がっているかのようで。
「綺麗だな」
思わず言葉が滑り出る。
「どうせすぐ消えちまうけどな」
するとすぐそばから、一気に興が冷めてしまうような台詞が聞こえてきた。
なんてことを言うのかと、口走ったもっくんを睨む。
「だからいいんだろ。すぐに消えちまうからこそ、価値があるんだ…うん」
儚いからこそ、そこに存在する一瞬に美しさを見出す。
こういう価値観などは、もとから『デイダラ』と同じだったと思う。
1番好きなキャラが彼だったのも、このせいだろう。
「悠夜、もう遅い。帰るぞ」
「おう」
家に帰って自室に入ると、ちょうど床の真ん中に巻物が1つ置いてあった。
(……あれ?)
――デジャヴ。
とは少し違う気がするものの、これと似たような光景に覚えがある気がする。
いや、『気がする』のではなく、確実にあったはずだと首を傾げる。
(そうか、もっくんと会ったときか)
得心いって、多少の満足感を胸に巻物を開く。
やはり中から紙が出てきて、床の上にひらりと舞い落ちる。
拾い上げて目を通す。
「如月悠夜様、残りの品を送らせていただきました
前回と同様の手順でお受け取りいただけます
――異世界機関」
十中八九、残りの品は『斬魄刀』だろう。
あのときの質問の回答からしてまず間違いない。
とりあえず指示通りの場所にチャクラを流し込む。すると1振りの刀が現れた。
手に取ると、しっかりと重みが伝わってくる。
刀身は短刀と呼ぶには長く、打刀というにも短い。おそらく脇差――中脇差だろう。
刀を手にすると同時に、チャクラとはまた違う別の「力」が体に流れ込んできたのを感じる。
これがきっと「死神」の力だ。
「じゃあ行くぞ、もっくん」
よいしょ。立ち上がる。
「どこに?」
「いつものところ。ここじゃあアレだろうしな…うん」
そして再び修行場へ。
家の者たちを起こさないようにやってきたここには、昼時の暖かさや、夕方の美しさもない。
あるのは、夜の静けさただ1つ。
静寂が支配する空間は、どこを見ても暗黒に包まれている。
いつもの空き地に出ると、金色とも銀色ともつかない透き通った月の光がオレたちを照らした。
他の場所は暗いというのに、ここだけは、まるで切り取られたかのように仄かに明るい。
空を仰ぐと目に映る月の美しさに、そっと目を細める。
「で、なにをするんだ?」
不意にかかった声で、意識が呼び戻された。
少し大きめの岩に座っているもっくんが、そこに立てかけられた刀を見ながら言った。
手に取りながらゆっくり腰を下ろす。
「まずは、やっぱり名前を聞くところからだよな…うん」
「名前?」
きょとんとした顔のもっくんに、ああ、と得心する。
そういえば彼は「BLEACH」を知らないのだ。
考えれば当然のことなのに、わかっている体で話を進めたオレが悪い。
なので、ざっくりとだが「死神」の「斬魄刀」について説明する。
「なるほど。てことは、そいつの名前を聞いて始解をできるようにしたいってわけだな」
「これは浅打っていってな。この浅打に自分の魂を写し取ることで自分の斬魄刀を作り上げるんだ」
そう。いま手にしているこの刀は浅打。
まだまっさらで空っぽの、言わば原石のような状態でしかない。
これをオレの「斬魄刀」へと磨き上げていくのだ。
「だから、まずはこいつと同調して、対話できるようになるまでを目指す。
そんで、名前を聞くまでがひとまずの目標だな…うん」
「なんというか、時間かかりそうだなあ……」
「そりゃあな。これからこいつの相手も日課だな」
それじゃ、ちょっと集中したいから、静かにしててくれよ…うん」
「はいはい」
そう言うと、もっくんは欠伸して横になって寝てしまった。
眠かったのなら、連れて来ない方がよかっただろうか。
風邪をひいてはいけない。上着を脱いでその体に被せてやる。
まあ、彼のような存在が病気になどなるかはわからないが、自己満足だ。
――それでは、オレはオレのことを。
胡坐をかき、膝の上に刀を。
目を閉じ、まずは視覚を遮断。
閉じた目に映るのは暗闇。
ただ――音だけが聞こえる。
しだいに音も遠ざかり、感じるのは1つだけになっていく。
思うのは刀のことのみ。
ただ一心に、ただそれだけに、心を絞る。
オレのすべては、いまだけは君のためにある。
だから、オレに君を感じさせてほしい。
――――
刃禅を日課にすること早数か月。
並行して日々、鬼道の訓練もするようにしている。
記憶にあるものしか習得できないだろうことは残念ではあるが。
それでも心は踊る。
身に着けられれば確実にアドバンテージにもなるとなれば、励まない理由もない。
さて――今日も対話を試みる。
腰を下ろし、刀を膝に乗せ、心を集中。
感覚を研ぎ澄ませていけば、他のすべてが切り離されていくかのよう。
風が岩と岩の間を吹き抜ける。
ときおり聞こえる鳥の鳴き声。
遠くで響く獣の遠吠え。
それもやがて遠くなり、世界の中に――ひとり。
「……あれ?」
気がついたときに立っていたのは、まったく見覚えのない場所。
岩場だというのは同じ。だが違う場所なのはすぐにわかる。
だって、いまは晴天で、昼を少し過ぎたころのはず。
だというのに、と夜のような空を見上げる。
垂れ込める暗雲。その向こうからはゴロゴロと雷鳴が轟く。
――まるで、いまにも雨が降り出しそうだ。
眉をひそめると、頬を水滴が濡らした。
ぽつり、ぽつりと本当に降り始めた小雨にうたれながら考える。
(ここがどこか……なんて、まあ、悩むほどのことじゃねえよな…うん)
ある種の確信とともに呟く。
「もしかして、ここがオレの世界って奴か? …うん」
「そのとおりだ」
独り言への返答に思わず驚いて辺りを見回す。
すると、ずっと先の、一際大きな岩の上に影があった。
目を凝らすとその形もはっきりしてくる。
こんな暗い場所なのに、なぜかその姿だけはよく見える。
――龍だ。
逞しい尾。太い二本の角。鋭い爪。
深い黒が光沢を放つ体。
まるで燃え盛る火の玉のような双眸がこちらを捕らえ、静かに細められた。
離れたところから音もなく飛んだ黒龍は、やはり静かに目の前に降り立って。
「よく来たな」
オレと視線を合わせた。
面と向かうと、その迫力に圧倒される。
身に纏う存在感のようなものがズシリと重い。これが霊圧という奴か。
気圧されまいと睨み返す。
ごくりと唾を飲み込んで。
「お前が――オレの『刀』か」
まだ向こうはそれらしいことは言っていない。
しかし、判る。
感覚的で、あくまで漠然としているが、そうだとわかるのだ。
「そうだ」
黒龍が笑みを浮かべる。
「お前が呼びかける声は確かに届いた。その結果生まれたのがこの世界と私だ。
対話はこうして成った。あとは私の名を聞き出すだけ。だが――」
目をそらしてはいけない。
なぜか強くそう思って、ただまっすぐ龍の紅い目を見つめ返した。
「その前に1つ問おう。お前は『私』という力を得てなにを成す?」
そう言って口を閉じた龍の目は先ほどまでとは打って変わって険しいものだった。
ほんの少し前に穏やかに笑っていたとは思えないほどに。
ただいたずらに「力がほしい」などという答えでは、けっして名前など教えないだろう。
そんな迫力に満ちていた。
沈黙。
気まずい沈黙じゃない。
オレには言いたいことがある。向こうはそれがわかったうえで待っている。
――そんな沈黙だ。
ああ、『これ』はこの場の勢いで決めていいことじゃない。
ちゃんと考えて答えなくてはいけないと、心のどこかが警鐘を鳴らしている。
やがて、耐えかねたように開いた唇から、ふうと息が漏れた。
少しだけ言いにくそうに視線がさまよう。
「……オレは、頭なんて良くねえから、何が正しいかなんてわからねえ。
誰かが嫌いだからいなくなっちまえ、とか。憎いから死んじまえ、とか。
そういうのだって、普通だと思う…うん」
みんなが幸せだったらいいとか。
誰かを守るために戦うとか。
むしろそんなお綺麗な言葉や生き方の方にこそ違和感を覚える。
別に否定するわけではない。
ただ、できればオレのいないところで勝手にやってくれというだけ。
「まあ、だったら、オレだって誰かにいなくなっちまえって思わるのかもしれねえけど。
でも……オレは死にたくねえし、死んでほしくねえやつだって、この先できるのかもしれねえし」
つまり、と続ける。
「正直に言っちまえば、力がほしいのは単純に何を成すも何も、単に死にたくねえからだ。
言い訳なんかじゃねえ。これがオレの本心だ」
そうだよ、言い訳なんかするものか。
もとより斬魄刀はオレ自身。言い逃れなんて通じない。
だからありのままを聞かせよう。
「オレは、ただ死ぬのが怖いから、死なないために人よりもたくさんの力がほしいんだ」
そう言葉を吐き出して、胸をぎゅっと握りしめる。
まぎれもない、これがオレの本心だ。
これで受け入れられないならば仕方がない。諦めよう。
しかし、少しして笑い声が耳を打った。
見ると、眼前の龍が喉の奥を震わせて笑っている。
まったくその声は楽しそうだった。
「そうか。それがお前の本音か」
そうか……と頷きながら呟き、龍は言った。
「ならばいいだろう」
「え……いいのか?」
「いくら、失いたくないと思ったところで、命など、いざというときにはいとも容易く失われる。
だからこそ、この力、その命のために使って見せろ」
真摯な眼差しがオレを見る。
「お前が望むなら、私はお前が生きるための力となろう。私はお前のためにある。
忘れるな。しかと聞け。我が名は――」
そして。
「――『逆鱗牙』」
深い水底から引き上げられるような感覚。
だが、覚醒したばかりでもわかっていた。
いま口にしたのはまさしく、己が剣の「名前」なのだと。
膝の上で握りしめていた刀はとうにその姿を変えていた。
中脇差ていどの長さしかなかったのに、随分と大きい。
すでに刀と呼べるものではなく、槍にも似たこの形はおそらく「矛」だ。
幅の広い両刃の穂先や丸みを帯びた先端部の形状。
それらが、これは突くのではなく斬るための武器だということを教えてくる。
美しい黒い柄の先は龍の顔を模した作り。
その口から伸びた刀身は元の部分から3つに先端が分かれていた。
3つ又の黒い矛。
それがオレの斬魄刀――逆鱗牙だ。
ひうん、ひうんと薄く風が刀身に取り巻いて鳴っている。
空を見れば、先ほどまでの精神世界と似たように、暗い雲がかかり小雨が大地を濡らす。
それらが逆鱗牙の能力によるものだと、言われずとも理解した。
雨なんてものはただの自然現象で、取るに足らないものだった。
少なくとも、いままでは。
これからはもっと好きになれそうだ。
そんなことを考えながら、始解を解く。
案の定、いままでの浅打とはまるで見た目が変わっている。
脇差らしい刀身の長さは同じ。だが、本来ならあるはずの鍔は存在しない。
鞘から柄まで艶のある黒一色。
始解も含め、いまのオレには扱いづらい大きさだが成長すれば問題はなくなるはずだ。
「うん……うん。逆鱗牙、逆鱗牙か……」
湧き上がってくる満足感と達成感に浸り、帰路につく。
「帰ったらもっくんに報告だな…うん」
その手に新たな力を握り締めて。