異端者の唄
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あの日、あのとき。
すべてが始まった。
いくらオレが事実を認めたくなくても否定したくても、現実はそれを許しはしない。
否が応でも、どんどん時は流れていく。
その間も、オレが『デイダラ』であるということは何も変わらなくて。
気がつけばもう5歳になる。
つまりは、全てを受け入れるのにそれだけの時間が必要だったということなのだけれど。
――それはさておき。
オレはいま不思議なものを見ている。
ここはオレの家で、オレの部屋だ。
少し出て戻ってくると、巻物が1つ置いてあった。
いったい誰がこれを?
あまりの怪しさにまったく近づけないでいる。
遠巻きに立ち尽くすこと、早1時間。
なぜこんなにも怪しむのかと言えば、心当たりがないからだ。
少なくとも、これを置いたのが親ではないことは確か。
なんせ、今日も今日とて、オレの親は任務で一日不在。そしてオレに兄弟姉妹はいない。
証明終了。
「けど、いつまでもこうしてるわけにもいかねえよなあ……」
声変わりもまだ先の高い声。
そういえば、もうすっかり違和感もないな、といまさらなことを思った。
「……大丈夫」
ゆっくりと音を舌に乗せる。
大丈夫。自分に言い聞かせるように、そっと繰り返す。
やがて少しずつ穏やかになっていく鼓動を感じて、いよいよ巻物を手に取った。
そう大きくはない。
開いてみると、それに挟まれていたらしい1枚の紙が出てきた。
「如月悠夜様。
元気でお過ごしでしょうか。
そろそろいい時期かと思い、これを送らせていただくことにしました。
掌の絵が描いてある箇所に手を当ててチャクラを送り込んでください。
また、もう1つの方は改めて送らせていただきますのでご心配なく。
――異世界機関」
飛び込んできたその単語に思わず目を剥く。
(異世界機関……!)
ああこれか! と腑に落ちたような、落ちないような感覚。
オレがこんな状況になっているそもそもの元凶じゃないか。
ああまったく、いやな名前を聞いた。たまらず唇を噛みしめる。
だが、いまは苛立っている場合ではないだろう。
ふう、と息を吐いて腰を下ろす。
そもそも送ってもらうようなものがあっただろうか。
記憶力にそう不自由はしていないし。
どころか、むしろ人一倍優れている自身さえある。
(これ? んー、これか? ……うん、なんか、思い出してきたぞ)
そして、ある程度の確信を持って巻物を広げてみる。
そこには、先程の紙に書いてあったとおり、両掌の絵が描かれていた。
とりあえず紙に書いてあるとおり、そこに手をあててチャクラを送り込んでみる。
ともすれば、5歳の子どもにできる芸当ではないのかもしれないが。
それでも、「前」のときに原作の漫画やアニメを通しているから、イメージは容易い。
ぼん! と音を立てて煙が上がった。
その中に影が見える。
小さくはない。かといって、大きいと断じられるほどの大きさでもない。
後ろに見える、長めのものは尻尾だろうか
やがて煙が晴れると、そこにいたのは。
「……物の怪のもっくん?」
鼬のような、狐のような、犬のような。
しかしどれともつかない外見。
全体的に白を基調とし、首の辺りにぐるりと紅い石が取り巻いている。
そして、それは、その言葉を聞くなり不快を隠すことなくあらわにした。
「だれが物の怪だ!」
カッと怒鳴られて思わず肩を揺らす。
「わ、悪い。つい口に出ちまった…うん」
『デイダラ』の特徴的な語尾も、長い間使っているせいで、完全に染み付いてしまっている。
しかし――と眼前の存在を見る。
姿形は、遠い記憶の中にある「彼」と寸分たがわない。
別に、本当の意味でそれを見たことなどあるわけもないが。
それでも、間違いなく目の前で自分に話しかけた存在は、あの「物の怪」に間違いはなかった。
あまりにも自分の知る「彼」とは同じ姿に、たたただじっと凝視する。
「それで、お前が俺の相棒か?」
そう言って笑う物の怪に、どうやら機嫌を直してくれたらしいとホッと胸をなでおろす。
そして、先ほどまでの考えを思い出して。
(やっぱりな……)
得心がいって頷いた。
間違いない。
この世界に来る原因となった、あのメールの質問だ。
質問2「相棒はどんなものがいいですか?(※希望する場合のみ)」
よくわかんないけど、もっくんとかだったらいいな。強いし可愛いし。
どれだけ頭の中をひっくり返しても、心当たりなんてこれしかない。
オレがあのとき、そう望んだから用意されたのか。
ただ、原因は思い当たっても心は晴れない。
なにせ、あの得体のしれない連中が「用意」してよこしたような存在だ。
(いきなり信用しろっていう方が無理あるだろ)
受け入れがたい。お前なんて知らない、どこかへ行ってくれと言ってしまいたい。
だが――でも、と湧き上がってくる思いがある。
心の中の声が、それはどうなのかと疑問を投げかけてくるのだ。
なるほど、否定することは簡単だろう。
ここで拒絶して、手放して、はいさようなら。
もう二度と会うことはないでしょう。
でも、そうしたら彼は、オレと違って帰る家のない彼は。
――彼はいったいどこにいけばいいんだ?
一度そう思ってしまったらもうダメで。
「そうだと思うぞ。オレが、そう希望したから」
口をついで言葉が出てしまった。
そうか、と頷く彼に、内心、大きく息を吐く。
(最初から『オレの相棒』っていう存在として作られたのか? なんかもう、よくわかんねえな……)
なんだか、彼が哀れにすら思えてきた。
だってもしそうなら、それは雛鳥への刷り込みにも等しいのでは。
けれど、考えようによってはオレも彼も、似たようなものなのかもしれない。
あの連中によって、この「世界」に放り込まれた者同士。
自分ではどうしようもない、大きな流れに呑みこまれ、振り回されている。
そう思ったら、少しは気が楽になった気がする。
「なあ、ところでさ」
「なんだ?」
「呼び方は『もっくん』でいいのか?」
名前というのは重要な意味を持つ。
彼はおそらく「式神」なのだから尚更だ。
それをわかっているのだろう。少し考える素振りをしたあと、こう返してきた。
「お前が呼びたい名前なら、それでいい。お前が付けろ。……俺は、お前が望んだからここにいる」
「そっか……。じゃあ、もっくんて呼ばせてもらうとして、他にもう1つ付けるか」
「もう1つ?」
「ああ。もう1つ、特別な名前をな」
いわゆる「真名」や「二つ名」などと呼ばれるものだ。
もっくんは『原作』では「紅蓮」と呼ばれていたが、それでは被ってしまう。
目の前にいる彼は、元は同じなのかもしれないが、また別の存在なのだから。
彼に似合う、良い名前を授けたい。
絶対にいい加減なものはつけたくなかった。
だって、きっと――今日が彼の誕生日だから。
「なあ、『緋炎』ってのはどうだ?」
うん、そうだ。これがいい。
まるで、これしか答えがないとでもいうように、きっぱりと告げる。
「緋炎、緋炎か。……ま、いいんじゃないか? お前が付けろって言ったのは俺だしな」
そっけない物言いとは裏腹に、わずかに口元が緩んでいる。
どうやらお気に召したらしい。
安堵していると、今度は向こうから声をかけられた。
「それで、お前の名前はなんていうんだ?」
「あー、オレの名前? オレの名前か」
もちろん聞かれてしかるべきことだが。
さて、どう答えるべきか。
この世界に来るまでは「如月悠夜」だった。
だが「ここ」に生まれてからは「デイダラ」だ。
どちらかがオレじゃない、なんてことはなく。どちらもオレでどちらもオレの名前。
だから両方とも名乗りたいのだが。
(でも、その前に)
と、もっくんを見やると目が合う。
「なんだ?」
「これから話すこと、信じるか信じないかはもっくんに任せる。とりあえず聞いてくれないか…うん」
少し不思議そうな顔をしたが、すぐに居住まいを正してくれた。
少しずつ、だが全てを話した。
普通に考えて突拍子もない話だが、彼には嘘をつきたくなかったのだ。
しばらく黙っていたが、やがて、おもむろにもっくんが顔を上げた。
「まあ、そりゃあ、信じるけどな。……なんだその顔は? 信じられないって言ってるみたいだぞ」
いや、だって。
「そんな、すぐにそう言ってくれるとは、思ってなかったっていうか…うん」
もっくんは、オレの言葉に不思議そうに首を傾げた。
本当に、なにを言っているのだろうと物語っている目に、思わずたじろぐ。
「お前は信じてほしいから、この話を俺にしたんだろ?
それにさっき、信じる信じないは俺に任せるって言ったじゃないか。
それで俺が信じるって言ってるんだ。何か文句あるのか?」
「……ない。うん……文句は、ねえよ」
「ならよし。で、お前の名前はなんていうんだ?」
「前は如月悠夜。いまはデイダラだ…うん」
改めてそう名乗ると、なんだか、この名前がやけに重いもののように感じられる。
すでに馴染んだ音だというのに、いまはひどく違うもののようだ。
「どっちでよべばいい?」
「デイダラで。あ、でも、できたらもっくんには『悠夜』って呼んでほしいなあ…うん」
だってこの名前を知っているのはオレだけなのだから。
だから彼にはだけは呼んでほしい。誰ももう呼ぶことのないこの名前を。
「そうか、悠夜」
「……なあ、もっくん」
「ん?」
とこちらを向いたもっくんに対して真剣な表情をつくる。
「さっきも言ったとおり、オレはこの世界の『先』を知ってる。
人によっては、いつ、どんな風に死ぬのかまでな。
でもオレは、だからって、助けようとなんて、しねえと思う。
こう……どうしても生きてほしいって、思えるようなやつ以外は。
それどころか、この手でたくさん命を奪うと思うことだってあるかもしれない。
自分のためにって……。オレは、そればっかりだと思う」
それでも、と。
「そんなオレと、お前は一緒にいてくれるのか?」
思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
じわじわと湧き上がってくる不安に押し負けそうになって、俯いてしまう。
すると。
「たく……」
突き刺さるような鋭い視線を感じて、弾かれるように前を向く。
そこには、怒ったような顔をしたもっくんがいた。
「お前が、どんだけ非情でも冷酷でもバカでもお人よしでも偽善者でも一緒にいるさ。
というか、なに不安そうな顔してんだよ。見くびるなよ? 俺を」
「本当にいいのか? …うん」
「ああ」
一切の迷いも躊躇いも感じられない首肯。
どくり。心臓が高鳴る感覚。
ああ、そうか。嬉しいんだ。
この世界に来てから初めての理解者の存在が。
嬉しいのか、オレは。
虚を突かれたようにもっくんを見つめる。その眼に、ふわりと笑みが返ってくる。
あんまりにも綺麗に笑うから、なにも言葉が出てこなかった。
緋色の双眸に浮かぶ、限りなく優しい色。
ああ。息を吐く。
冗談だろう、と哂われるよりかよっぽど心臓に悪いと心底思う。
「お前は、たぶん寂しがりやだからな。最後までずっとそばにいてやるよ」
そう、囁くように言葉を紡ぐ声が、あまりにも柔らかくて、まるで耳に溶け込むかのようで。
なんだかもう、たまらなくなって。
真っ赤になった顔を見られないよう、背けて窓から空を見上げた。
たとえ、なにがあったって、彼はそばにいてくれるだろう。
そう思えることが、どうしようもなく嬉しかった。
「おいおい。なんつう顔してんだよ。泣きたいのか笑いたいのかどっちだ」
「……たぶん、両方」
きっと本当は、誰一人として、心を許せる相手がいなくて心細かったんだろう。
いままで自覚すらしていなかったのに、
しかし、今は違う。目の前にいるのだ。
これからも、ともにいてくれるのであろう存在が。
「……ん? 手?」
「おう。握手だ…うん」
差し出された手に、きょとんとした顔は笑顔に変わる。
「しょうがねえなあ」
きっと彼は誰よりも心を許せる存在になるだろう。
それは最早確信だった。
(よろしく、相棒)