阪神共和国



(どこや? …ここ)



真っ暗だ。
見渡す限り、一面の闇。闇。闇。

どこを見ても果てがない。
いや、そんなモノ、最初から無いのではないかとさえ思える。

そんな所にナナシは立っていた。
だが何故か、己の姿はハッキリと見える。

(夢?)

そう思った直後、何かが現れた。

黄色、いや金色に眩く輝いているソレは、虎のような豹のような姿をしている。

「…!?」

ソレはゆっくりと目を開きナナシを見据えた。


『――我は大地を司るモノたちの主。
 我に相応しき者を永い間待ち続けていた』


そして、


『――力が、欲しいか?』


静かに問いかけた。

「力?」

うーん…、としばしの間考え込むと、笑ってソレを見返した。

「いらん!」

その答えにソレは僅かに目を見開く。


『――我をいらぬと言うのか』


「誰かに貰った力は、自分の力やない。
自分の目的は、自分で成し遂げたいんや」

いつもの軽い調子で放たれた言葉。
だが、ソレを見る目が本気だということを物語っている。



『――汝のその信念。確かに認めた――』


――――

「賑やかだねーー」

「人、いっぱーい!」

たくさんの人が行き交う通りを歩く。
周りを見回してファイが言うと、モコナが同意した。


「サクラちゃんの記憶の羽根を見つけるためにも、この辺、探索してみいや」


という空汰の言葉により、町に出ることになった4人+1匹。
さすがに異世界の服を着るわけにはいかないため、空汰たちから借りた服を着ている。

「でっかい建物と小さい建物が混在してるんだァー。
小狼君は、こういうの見たことある?」

ファイの問いかけに、小狼は「ないです」と首を振る。

「ナナシは?」

「あるような、ないような…?」

「なんで疑問系なんだよ」

ナナシの言葉に突っ込む黒鋼。
そこへファイが、

「黒たんは?」

「ねえよ!
ンでもって、妙な呼び方すんな!!」

予想通り怒鳴る。
対するファイは楽しそうである。
と、ちょうど通りかかった女の子たちが、なにやらモコナを見て笑って行った。

「笑われてっぞ、おめぇ」

「モコナ、もてもて!」

「モテてねえよ!」

嬉しそうに照れているモコナ。
再び黒鋼が突っ込む。

後ろではファイとナナシが、

「嬉しそうだねぇ、モコナ」

「ポジティブやなー」

と囁き合う。
そこへ、果物屋の主人がリンゴを買わないかと声をかけてきた。
彼が手にしているリンゴを見て、小狼が訝しげな顔をする。

「それ、リンゴですか?」

「これがリンゴ以外のなんだっちゅうんだ」

「小狼くんの世界じゃ、こういうのなかった?」

ファイが小狼に聞く。
彼の世界にはこういうリンゴはないらしい。

「自分のトコじゃ、リンゴはこうやったけどなー」

「そうなんですか?」

ナナシは頷くと、小狼のところのリンゴはどうなのかと聞いた。

「形はこうなんですけど、色がもっとこう…薄い黄色で…」

「そりゃ、梨だろ」

黒鋼が話しに入ってきた。

「いえ、ナシはもっと赤くてヘタが上にあって…」

「それ、ラキの実でしょー?」

「トマトやないの?」
 
ワイワイと騒いでいると、主人が痺れを切らしたらしく、

「で! いるのか、いらんのか!?」

「いるーー!!」

「……え!?」

シャリ、とリンゴを一口齧る。
水分と共に、程よい酸味と甘みが口に広がる。

場所を橋に移し、皆でリンゴを味わう。

「ホントに、全然違う文化圏から来たんだねぇ、オレたち」

確かに。
トマトが梨で、梨がトマトだとは思ってもみなかった。

(不思議なモンやなァ、異世界っちゅうのも)

でも、ギンタはメルへヴンに戸惑っている様子はなかった。
世界も色々あるということなのだろうか。

「ねえ、ナナシは?」

「な、なんや!?」

少し考えている間に、話が進んでいたらしい。

「えーと、どうやってあの魔女さんの所に来たのかって話―」

「んーと…、自分のいたトコには異世界に行けるアイテムみたいなモンがあってな。
仲の良い魔女の子に頼んで、なんとか使わせてもらったんや」

即ち、『門番ピエロ』である。
とても貴重だった上に一つしかなかった為、なかなか使わせてもらえなかった。

始めはハッキリ「駄目!」って言われたなァ…、とそのときのことを思い出す。

「魔女の人と知り合いなんですか」

「凄いねぇー。異世界に行ける道具があるなんて」

「せやけど、それ一つしかなかったんやで。
しかも、一方通行な上に一回しか使えん」

と返して、再びリンゴを齧る。

ファイは、へえー、と頷くと今度は黒鋼に話を振った。
黒鋼曰く、彼のいた国の姫に飛ばされたらしい。

「悪いことして叱られたんだーー」

「叱られんぼだー」

例の如く、ファイとモコナが黒鋼をからかう。

「うるせーーー!!
……てめえこそ、どうなんだよ」

「オレ? オレは自分であそこに行ったんだよー」

「あぁ!?
だったら、あの魔女に頼ることねぇじゃねえか。
自分で何とか出来るだろ」

すると、ファイはへらっとした笑みを浮かべて、

「無理だよーー。
オレの魔力総動員しても、一回、他の世界に渡るだけで精一杯だもん」

と言った。

「小狼くんを送った人も、黒ちんを送った人も、物凄い魔力の持ち主だよ。
ナナシが使ったっていう道具も、相当凄い魔力を使って作られたんだろうね」

言葉を続けるその顔には、先程のような笑顔ではなく真面目な表情があった。

「……でも、持てる力の全てを使っても、おそらく誰かを異世界に渡せるのは一度きり。
だから、神官さんは小狼君を魔女さんの所に送ったんだよ」



「サクラちゃんの記憶のカケラを取り戻すには、色んな世界を渡り歩くしかない。
――今、それが出来るのはあの次元の魔女だけだから」



そのとき、

「きゃぁああああ!!!」

甲高い悲鳴が響き渡った。

その方を向くと、なにやら、建物の上に若い男たちが集まっているのが見える。
全員、ゴーグルをしているようだ。

「なんや?」

建物の下に集まっている帽子を被った集団の内の一人が叫ぶ。

「今度こそお前らぶっ潰して、この界隈は俺たちが貰う!」

すると、リーダーらしいゴーグルの男が右手の親指を下にしてクイっと降ろした。
余裕の表情だ。

「かぁっこいー」

ファイがそう言ったのとほぼ同時に、周りから声が上がる。

「またナワバリ争いだ!」

「このヤロー! 特級の巧断憑けてるからって、いい気になってんじゃねえぞ!」

――『巧断』

耳を掠めたその言葉に反応する。
昨日聞いたばかりだ。

この騒ぎに巧断とやらが関係しているのなら、それを見るいい機会だろう。

ゴーグルの集団と帽子の集団が戦い始めた。

それぞれ、自らの巧断らしきモノを出す。
獣のような姿のモノもあれば、突飛な姿のモノもある。

そして、巧断が光線を発射して打ち合った。

「あれが巧断か」

「モコナが歩いてても驚かれないわけだ」

「ガーディアンÄRMみたいやな」

「なにそれー?」

「んーとなぁ…」

そうこうしている間にも、周囲は喧騒に包まれていく。
狙いを外れた攻撃が建物に飛び火したり、人に当たりそうになったり。

(これじゃ、怒られてもしゃあないな)

帽子の1人が、巨大な体躯をした自らの巧断を、先程のリーダー格の男に向けた。
だが、男はニッと笑みを浮かべる。

次の瞬間。

「うわぁあああ!!」

巨大なエイのような巧断が現れ、大量の水を噴射。
たくさんの帽子を被った者たちが押し流されていく。

と、水に体を滑らせ、転んだ少年が1人。
そばにはもう1人の姿もある。
丁度そこへ看板が落ちていく。

「危ない!!」

小狼が2人を庇った、そのとき、



――炎が現れた



その炎は、看板を一瞬にして焼き尽くしたかと思うと、
少しづつ何かの形をとっていく。
それはまるで、狼のよう。

水の巧断を従える男が、小狼を見据えた。

「お前の巧断も、特級らしいな」

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