拝啓。サイバー空間より××を込めて。
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元々この部屋は、こういうときのために作られていたのかもしれない。彼らにとっての侵入者か、または実験の被験者が暴れたときに、対応できるように。
戦闘行動を想定した空間であるから、重要な機器類は別の場所へ設置されている。最低限の物しか設置されていないこの場で暴れ回られても困ることはない。だからここの研究者達は、侵入者が居てもそこまで慌てていなかったのだろう。
じっくりと様子を“観戦”できる、充分過ぎるほどに広々とした空間。
ナオトの視線の先で、二つの影が駆け抜けていく。
薄暗い空間を照らすバスターのエネルギー弾。牽制するようにばら撒かれた無数のショットを、セイバーがはじいていく。
急激に距離を詰めていく長い髪の黒いシルエット。それから向けられたセイバーの軌道範囲より飛び退くエックスと、貼り付くように追随するゼロのゴーストはどちらも一言も発することなく、退くこともない。
「いやぁ圧巻、実に秀逸だ!拾い物の戦闘データだったんだが、これに付いていける者が居るとは!初めてだ!」
研究者の男が興奮気味に囃し立てた。もはや誰に言っているのかも良くわからない。
悪意ある愉悦をたっぷりと含んだその台詞は、意味の無い独り言なのかもしれない。彼らの戦闘を実験と解釈しているが故の、思ったままの単なる感想のようだった。
「うぅ……」
周囲の機械が停まったせいか、いつの間にか身体が動かせるようになっている事に気づいて、ナオトは少しずつ部屋の隅に寄るように距離を取り始める。できれば何かの物陰に身を潜めたい。
あの二人がやりあって、この程度で収まるだろうか。あのゴーストが人格の無いただのデータだとしても、元になったのはゼロであるはずだ。本物程ではないにしろ、それに近い動きができるのなら、どうなってしまうか解らない。
「お嬢ちゃんもあの少年も、実に良いつくりをしているね!少年はレプリロイドかな?そこらの戦闘型とは一線を画しているようだし、さぞや贅沢な素材と恵まれた環境で造られたのだろう。とても羨ましい!」
「……うらやま、しい?」
引っ掛かる言い回しに、思わず動きを止める。反射的に声をかけてしまった。嫌でも飛び込んでくる男の言葉がとても煩わしく、そして不快だった。
「勿論だ!この戦闘データの元になっているレプリロイドもそうだが、この時代においてもなお理解できないレベルの技術が使われているやつも居るんだよ。我らのような下っ端のレプリロイドには到底得られない、オーバーテクノロジーを持って絶大な力を振るう連中だ」
近くを掠めたショットが男の顔面を一瞬照らす。熱を帯びたそれは前へと固定されているようだった。
銃声と剣撃の音と、互いに追いかけ追い付かれ逃げ回り避け続ける動作音、そしてそれを愉しげに分析する者の声だけが響く。
「特にあの、以前殺されたネオアルカディアの青い英雄様とかさ。あれほど昔から稼働していたレプリロイドがどういう仕組みで造られていたか……そのうち、ぜひとも残骸を手に入れてみたいね」
「……ぅ、」
ぞわ、と気持ち悪さが喉元まで駆け上がる。このひとが、何を言っているのか理解できない。
「やれやれ、イレギュラーだのサイバーエルフだのと過去の大戦は酷いものだよ。どれだけ素晴らしいテクノロジーが開発されても、今現在それが失われてしまっているのでは話にならない。我々にもその恩恵が、その力が与えられていて当然だというのに」
「…………あ、あなたたちは、ほしいんですか」
それを持ち合わせた当人たちはどんな生き方をするのか、どう苦しむのか。戦って悩み苦しみ続けて、今まで歩んできた者が居ることを――ついさっきこのひとが『残骸』と表現した者のことを、想像できているんだろうか。
男はようやく、ぎらついた眼をこちらへ向けてきた。粘着質な笑顔が張り付いていて、それに見詰め返される。また、近くをショットの流れ弾が通り過ぎて、表情を照らして消えていく。
「ああ、欲しいとも!そうすれば、こんな屑ばかりが転がる世の中を覆せる!ネオアルカディアでもなくあのバイルでもなく、我々が、我々の手で!」
―――ああ、やっぱりそういうひと達なんだ。どんなにみんなが頑張っても、それを横から盗み取って壊してしまう。今まで見てきた、戦ってきた“そういう”連中と、おんなじだ。
自分の中の黒い感情が心に滲んでいくような気がして、唇を噛んで俯く。
「ンン、おっといけない。まぁこんな小難しいことは、お嬢ちゃんには解らないことだろう。これはお兄さんのちょっとしたジョークとして適度に聞き流してくれ!」
「……………………わかりました」
わかりました。理解しました。
ぽつりと囁いた言葉は相手には届かなかったようで、また男は意識を周囲へ向ける。
戦闘の余波で壊された僅かな機材、被弾して崩れかけた壁面。床に転がる他の研究者達は、巻き込まれているんじゃないだろうか。
薄暗い空間に、バスターとセイバーによる攻防の応酬が絶え間なく光る。どちらも未だに勢いを失ってはいない。
自分がちゃんとしていればそれ相応の対処をしてやれるのにと、そんな考えばかりが巡る。なにか、自分が手助けできることがあれば……、
「おやおや?ふむ、少年はなかなか器用だねえ」
「……?」
剣撃が二つに増えていた。
距離を詰めたゼロのゴーストが、エックスへ切っ先を向ける。
セイバーが振るわれる鋭い音と半月を描く軌跡、それがエックスの頭部を刎ね飛ばす直前に、隙間に別のセイバーが滑り込んでいた。光剣と光剣のエネルギーがぶつかる。耳障りな音をたてて弾き飛ばされる刃。
その弾かれた勢いを利用して、ゴーストが間合いを取って退いていく。
「え、あれ、……せいばー?」
思わず驚いて、ぽかんとしてしまった。
エックスの左手に、ナオトにとってとても見覚えのあるセイバーが握られていた。あれは“わたし”がいつも使っていて、ついこの前、『危ないから没収』と言われてそのまま預けていたものだった。
――ちゃんと持っていてくれたんだ。
驚いている間に、彼の右手が輝く。きぃぃぃん、と独特の甲高い音が空気を割いていく。
チャージされたショットが、間髪入れずにゼロのゴーストの上半身を吹き飛ばした。強烈な閃光が空間を眩しい青に染めていく。
標的に直撃しても相殺されなかったエネルギーはそのまま貫通して、後方の壁面を大きく削っていた。
ばらばらと崩れる音、さらさらと壊れるデータの塊、ばたばたあおられるエックスのコートの裾。役目を終えたナオトのセイバーが何事もなく仕舞い込まれる。その後の息を呑むような静寂。
黒いゴーストは跡形も無く消え去っていた。
「えっくす……!」
ナオトは小声で呟いて、すぐに起き上がる。無言で立ち尽くしている男の横を素早く通り過ぎて、青い足元に走り寄る。
赤い目線が降りてきて、小さく息を吐く音がした。怒ったような不機嫌なような、鋭い空気と冷たい雰囲気はもう感じられなかった。
「……無事かい?」
「う、うん。あ、あの、けがしてない?だいじょうぶ?」
「ん、問題無いよ」
小さいというのはすごく不便だ。彼の声も表情も遠いところにある気がする。
本当に大丈夫だろうか、無理はしていないだろうかと周りをくるくる回っていると、エックスは少し屈んでこちらを見おろす。フードの隙間から見える表情が幾分か柔らかくなっていることに気づいて、ようやく安心することができた。
「いまの、ぜろだったよね?」
「ああ。でもあれは、」
言いかけたその時に、男が動く。乾いた拍手の音がする。
ゆったりと歩み寄ってくるその顔には、またあの粘つく笑顔が作られている。まだ何かあるらしい。反射的に、ナオトは数歩後退った。
「まさかあのデータが倒されるとは驚いた!実に良い戦いぶりだった!感服したよ!本当に素晴らしい!」
「………………本物は、もっと強かった」
ぽつりと呟かれた声を拾って、驚いて彼を見上げた。ゼロを認めるような言葉を聞いたのは、初めてだった。
男は首を傾げる。
「んん?少年はあれの元を知っているのかな?」
「そんな事はどうでもいい。条件は満たしただろう。これ以上は付き合いきれない。……行くよ」
「っ。う、うん」
彼に片腕を掴まれて、出入口の非常灯へ向かってそのまま歩き出した。
触れられた腕から伝わってくる力が強く、少し痛い。戦闘の直後だからだろうか、その手のひらが熱を持っている気がする。引っ張られる勢いのまま足がもつれかける。
「おや、待ちたまえよ!そう邪険にすることはないだろう?」
数歩進んだところで、男が急に動いた。
思った以上に素早く彼の肩を掴む。掴まれた彼はとても鬱陶しそうに振り返って、
「あ、」
静かな乾いた音をたてて、被っていたフードが落ちた。
首辺りから半分程切れた状態で、コートの襟にぶら下がる。さっきのゴーストに切られていたようだった。
「っ!」
見られないようにしていた顔が露わになる。
青いメットと赤いクリスタル、その下の赤い眼。彼の表情に初めてはっきりとした焦りが浮かぶ。
――認識阻害が施されたコートを着ている理由は、誰もが知るその容姿を隠すためだったはずだ。
がたんと大きな音。意識がそちらへ向く。
男は、後退りしかけた奇妙な姿勢で自分たちを、いや、“エックス”を凝視していた。この薄暗い空間でも、彼が何者であるのかがはっきりと解ってしまう近距離。
その顔に浮かんでいるのは先ほどまでの粘着質な笑みではなく、紛れもない畏怖と焦燥だった。
見てはいけない者を見た時の畏怖と、そして見られてはいけない者に自らを見られてしまった故の、焦燥。
「く、ふは、はは、はははっ。なるほど、強くて当たり前か……」
けれども男の肩は震えていて、嘲笑っている。
「これはこれは、エックス様ではございませんか!!」
「―――」
彼の動きが瞬時に凍り付いた。表情がゆっくりと抜け落ちて、人形じみたそれになる。何を思っているのか解らない。感じ取れない。遠くなる。
細められた赤い眼が別人のようになっていく。初めて会った時、対立していたあの時のように冷酷に沈む。周囲の薄暗さと同化してしまいそうな、濁った青と澱んだ赤。
「生きていらっしゃったのですね、エックス様!ああ、ネオアルカディアが発表した貴方様の訃報はやはりフェイクだったということか!レジスタンスにやられたなどととんでもない嘘を!」
「……」
「なぜ我々のような取るに足らない末端の研究所へいらっしゃったのです?こうして直々に!よもやそこの小娘を助けるため、ということではあるまい!」
彼は何も返さなかった。表情を動かすこともなく、相手を見据えている。ナオトの腕を掴む彼のその指先が、少し震えているような気がした。とても痛くて、とても熱い。浅く速い呼吸を繰り返す音が微かに届く。
「貴方様のような上に立つ者が、ただの一個人を贔屓するなどあり得ない!本当は、我々を誅しにきたのでしょう?不穏分子たる我々を処分するために!!」
力が抜けていくように、彼がナオトの腕を離した。薄れていく熱と痛みよりも、気持ちが離れていく予感がして困惑する。
待って、止めて。
「……もう、黙っていてくれないか。お前達には関係無い」
矢継ぎ早にのたまう声と、酷く冷たく拒絶する声。対称的で張り詰めている。さっきまで感じていた熱と痛みはきっと、今まさに彼を蝕んでいるものだ。
ついさっきゼロのゴーストを消し去った、バスターの銃口が現れる。持ち上げられた彼の右手が男の頭へ向いて、ぴたりと静止する。
武器を突き付けられ、男はそれでもなお嘲笑っている。挑発している。罵倒している。貶めている。抉っている。愉悦に浸っている。
こんなやりとりに一体なんの意味があるんだろう。
「ははは、撃てば宜しいでしょう!何を躊躇う?簡単なことだろう!?貴方様は常に大量のレプリロイドを処分してきたではありませんか!!」
止めて。だめ。もう何も言わないで。
そう口にしたかった。けれども、言われていることが間違いではないことを知ってしまっている。
でも彼のその行動が、自分たちの知らない別の誰かを救ってきただろうことも解っている。ただただ誰かを壊してきた、それだけではないのに。
ぴりぴりとした緊張と張り詰めた空気。挑発と制裁のやりとりに呑まれ、口を挟みきれないその間に彼が動く。
「それほど死にたいのなら、」
死ぬといい。
淡々とした、感情の無い声色が降ってくる。がつっ、と重く硬い何かがぶつかる音と、大きく翻るコート。
ナオトの立ち位置からは何が起きたのか解らなかったが、男の身体が勢いよく真横に吹っ飛ぶさまが目に入った。確実に銃声はなかったし、バスターの光も何も見えなかった。ナオトのセイバーが振るわれるような音もしなかった。
男はそれ以上一言も発することのないまま、壁に叩き付けられて崩れ落ちていた。データ片として消去される様子がないということは、死んでいないのだろうか。
「……き、きぜつ?な、なぐったの?」
……もしかして、バスターで殴り飛ばした?気絶しただけ?
恐る恐る問いかけて、彼と男をチラチラと見比べる。少しの無言のあと、深く息を吐く音だけが響いた。
ナオトが見上げると、仄暗く沈んだ赤い眼が意識の無い男を睨みつけていた。ゆっくりとしたまたたきが繰り返される。
「殺す価値もない。街のセキュリティを呼んでいるから、そちらに任せる」
棒読みのような声が返ってくる。まだ、気持ちが遠い。
不安に感じるまま反射的に彼の手に触れると、びくりと震える。何かを押し殺しているようだった。怯えているようにも思えて、できるだけそっと握り締める。弛緩した手のひらは動かされなかった。
彼の心は、思考は、まだ過去から戻ってきていない。
「……帰ろう」
「……うん」
出口へ向かう。手を繋いだまま、それについて行く。
振り返ることもなく、小さな二つの声は静かな空間に消えていた。