拝啓。サイバー空間より××を込めて。
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原因が解らなかった。
小さくなってしまってからの自分は複雑な思考が出来なくなっていた。過去の記憶も、様々な経験も、思い出そうと強く意識しなければ引き出されない。ずっと積み重ねてきた戦い方も身のこなしも、だいたいが元々の“わたし”の中にある。
頭の中はずっと浮ついていて霞んでいるようで、ときどきそれが怖くなる。独りだけで過ごしていたら、このまま何もかもを思い出せなくなってしまうんじゃないか。自分の名前も、仲間の顔も、過去の記憶も、すきなひとのことも。磨り減っていくように少しずつ。
だから、『赤い目をした』青い彼の姿を見つけたとき、とてもとても安心したのだ。良かった、たぶん彼になら名前を呼んでもらえる。きっと怖いことにはならない。……それが良い傾向なのか悪い傾向なのか、までは思い至れなかったが。
目を覚ましたとき、ナオトは自分が何処に居るのかを全く把握しきれなかった。
青い彼と一緒に歩いていた。
気になるものを見つけて、色々な人混みをすり抜けていた時、いきなり誰かに腕を掴まれた。その直後に独特の浮遊感がして―――転送された?……ような気がする。
……それから、どうなったっけ?
「おはよう、サイバーエルフのお嬢ちゃん」
「え」
知らない男のひとの声が降ってきた。レプリロイドだろうか。
寝転がっていた冷たい床から起き上がる―――そうしようとして、身体を少し動かしただけで失敗した。
首に何か変な物が着けられている。これのせいで身体がちゃんと動かせない。……拘束、という言葉が浮かんで消えた。
薄暗くてとても広い部屋、あちこちに光るモニター画面が浮かび上がっている。置かれている物は奇妙なほど少なかった。ホログラム、どこからか聞こえる低い稼働音。
それから、柵のようなものの内側に入れられている自分。
「お兄さんたちはねぇ、君のようなサイバーエルフやレプリロイドの頭の中の研究をしているんだよ。解るかな?」
「い、いや、あ、あの。ここは、どこですか……」
「いい質問だね、ここはお兄さんのおうちだ!お嬢ちゃんのご主人に言って、連れてきてもらったんだよ!」
「ごしゅじん?」
誰のことだろう? もしかして、エックスのことだろうか?
「そう!お嬢ちゃんはそこらの一般的なサイバーエルフやレプリロイド達とは中身が少し変わっているようでね。いろんな街を観察していると、稀にそういう逸材が出歩いていることがあるんだよ!お兄さんたちはそういう子らをスカウトしているんだ!」
眼の前の研究者然としたレプリロイドの男は愉快そうに捲し立てる。
少し離れたその後ろで、数人の助手のような者達が忙しなく計器を見張っていた。立ち籠めている不穏と不審、目の前の薄っぺらい笑顔。
「お嬢ちゃんのご主人にはお願いしてあるから安心してね!」
「あ、あの……ええと、」
これは解る。これは、嘘だ。
あまり上手く思考が回らない今の自分にも解る。
過去に、こういう目付きや雰囲気をした相手と何度も戦ったことがあったはずだ。このひとは、あまり善くない側のひとだ。何の罪もない、逃げ惑う人間やレプリロイドを脅かす者たち。
緊張感が押し寄せてきて、寝転がったまま無理矢理に距離を取ろうともがく。
街中で他の物に気を取られて、勝手に動いてしまったのは自分の失敗だ。楽しい気持ちに浮かれて、周りを見ていなかった。こんな事になるなんて思わなかった。ちゃんとエックスの言うことを聞いておけばよかった。足を引っ張ってしまってごめんなさい。ごめんなさい。
思考が醒めていく。そのおかげで、上手く回らない頭が少し冴えた気がする。
状況はとても良くない。今の自分では、できることは限られている。それでも、何とかしなければ。
研究者の男はふと、ナオトの顔に手を伸ばす。咄嗟に背けようとしてもそれより早く、髪を留めている小さなヘアピンがさっと抜き取られた。
「おやおやぁ。お嬢ちゃんが付けているコレ。もしかして発信機じゃあないかい?」
「……はっしんき?」
「アクセサリーなんかに見えるよう作られているタグ、まぁ発信機だねえ。なるほど。お嬢ちゃんは、ご主人にずっと居場所を監視されているわけかあ。…………ああ、そこの君、至急コレの座標情報を書き換えて、適当な所に棄てておいてくれ」
ヘアピンを渡された者が部屋を出ていったのが視界に入る。
発信機?居場所? そんなことを彼は言っていただろうか。
それよりも、彼に貰ったものを勝手に取られてしまったほうが悲しく感じられた。
「あの、か、かえして、ください」
「ゴメンね、ダメだよ。これはせっかくの機会なんだ。すこうし頭を開けさせて、中身を覗かせてくれれば良いんだよ!」
「い、いやです。も、もとのところに、もどして、」
ああ、自分が今の小さい自分ではなくて、元の“わたし”だったなら、ちゃんと自力でなんとかできるはずなのに。“わたし”なら、こんなことを言われても平気だ。この人達を動けなくさせてから、すぐにでも逃げ出してやれるはずなのに。
「それこそダメなんだ。お手伝いだと思って、ね!大丈夫、お嬢ちゃんはこれから、色んなものに貢献できるかもしれないんだからね!それは素晴らしいことなんだよ!…………準備はできたか?」
完了しました、と誰かの硬い声が聞こえる。
ざわざわと厭な感覚が騒ぎ出して、背筋に冷たいものが降りる。中身を覗く、と言っていた。なかみ、とは?
「よし。早速始めよう」
研究者の男の手元に四角いホログラムのウィンドウが浮かび上がった。その光る画面の数が周りにどんどん増えていく。部屋の中が白く照らされていく。
高速で流れていく何かの文字列が、遠目でも見えた。
何とか、どうにかしないと。そう、そうだ、彼らの動きの隙をみて逃げ出さないと。どうしよう、どうしたら……。
ぱちん、と何かが弾ける音がする。
―――嫌だ。触らないで欲しい。来ないで欲しい。
思った気持ちは上手く声にならないまま、圧し潰される。
「い゛、、ぁ゛」
色が出鱈目に欠けていく。ノイズの嵐が視界を流れていく、――残像が、見えて―――音が――遠く――――――――――離れ―て――――――思考が――引き伸ばされ、て―――――――――――――――――――――
―――――――─―――「うるさ……な」――――――――――――――─――――――――
―――――――「………ん…?」――
───―――─「……や?…なに…?変わった…子…だね……」
──────────―――――――「…………?」――――────――――――――――――――───────
───―――──「これ…人間の…に似ている……あり得るのか?……この子供は、………………?」
――――――――──────――─―――
──────――――――「……!」――「!」
――――――――――――――――――――――――────
―――――─――――――――「……!?」
─―――――――――――――――――――――
――――――――――
「……!? 今…なん……爆発……!?…急に……止………」
──────――
――――
――
─・ ───・─ ─・── ・─・──
─・─── ・・・─ ───・─
──――――遠く離れたところで二人の声がした。ここではないどこか別のところ。見えているのは青と虹色、赤と金色。“わたし”の名前を呼ぶ声。緑の眼と青い眼がこちらを覗き込んでいる。
とてもきれい―――――
―――─――《…!!》
──――――─《………なんだ?》
──《……どうし…!?》
――――――――《……これは、……!》
―――――《おい…!……ッ…ス、……こいつ……どうなっ……やがる?》
――――《解らな……!ゼ……今、様子を……》
――――――――《……俺は…周…の……警戒を……》
─――─《……頼……んだ!》
─――――――《……!!》
――――――《……起き…くれ!》
──────────────《……ナオト!!》
───────────
―――目があった。
「!」
“こちら”を認識された。それを感知したその時、移り変わるナオトの視界が真っ黒く染まった。
「ぁ―――ぇ?………え?」
慌ててまばたきを繰り返す。切り替えられたように元の景色が見えてくる。色が戻ってくる。正常に返る。
今、自分は何をされていたのだろう?頭がグラグラする。喉の奥が掠れて痛い。
いつの間にか気が付かないうちに、部屋の中の機械は静まり返っていた。ホログラムもモニターの明かりも、さっきより極端に減っている。等間隔で点っている非常灯が、薄暗かった空間をより暗く感じさせてくる。
「おい!先に機材の切り替えを急げ!停まってるぞ!」
「今実行しています!数分かかるかと……!」
「爆発の原因も確認しろ!」
「はい!」
研究者達が騒いでいる。どうなっているのか分からなかった。自分にされていた『なにか』が停止していて、周りの慌てている様子だけは解った。
「フロアに侵入者あり!」
「チッ、警備の奴らは何をしている!」
「連絡を、?」
「―――がぁっ!?」
誰かの声が不自然に途切れた。どさりと落ちる音と、黒い人影が素早く駆け抜ける足音。あまり動かしきれない狭い視界の端に、微かな赤い光がきらめいた。
声すら上げずに崩れ落ちる者、呻き声を吐いて倒れる者。合間を縫って走る人影が、片っぱしから動いている者を無力化していく。
「もしかしてお嬢ちゃんのご主人かなぁ。困るんだよね、こういう手荒なのはさあ……やれやれ」
すぐ近くで男の声がした。のんびりと歩み寄ってきて、わざとらしい程の溜め息をついている。手下がやられていても、不気味な程に落ち着いている。それを見せられて、どこか嫌な気持ちになる。
立っている者が他に見当たらなくなった時、男は薄暗闇に向かって声を上げた。
「やあ侵入者くん!君はもしや、この娘の持ち主かな?」
気配が揺らぐ。少し離れた対面側に、ぼんやりとした人影が立った。
フードを深く被ったコート姿、足元の青色。きゅっと締められた口元からは表情が伺えない。
それでもナオトは彼が来てくれたことがとても嬉しくて、そして罪悪感でいっぱいになった。
「っ、」
名前を呼ぼうとして、他人に聞かれるのは良くないかもしれないと言葉を引っ込める。
赤い眼が自分をじっと見詰めていた。
「……それはこちらのものだ。返してもらう」
あまり聞いたことのない調子の淡々とした声に、少し戸惑う。怒っているというよりは、少しの焦りが垣間見えた気がする。
男はただ苦笑して、待ってくれと言わんばかりに両手を掲げた。
「いやいやいや、ちょっと聞いてくれないかなぁ少年。我々は人格プログラムの研究をしている者なんだ。このお嬢ちゃんは珍しい構成をしている個体のようでね、ぜひとも買い取らせてもらいたい!」
「……」
「安心してくれ、我々には潤沢な資金がある。すぐに用意しよう!いくらでも、好きな額を言うといい!」
どうだろう?と言う様は堂々としていた。いっそ清々しく、交渉相手が断るはずがないと信じ切っている。
この研究者は、こういった考え方で物事を進めてきたのだろう。思考パターンどころか電脳そのものから倫理観が吹き飛んでいるようなタイプだ。
「手放すつもりは無いよ」
「ふぅむ、そう……そうか。それは非常に、非常に残念だが……。それならば、この娘の複製を制作させては貰えないかな?」
「…………複製?」
すう、と声が揺らいで、雰囲気が冷えていく。とても怒っているのが伝わってくるようで、ナオトは身を竦ませる。
ああ、だめだ。それは、彼には言ってはいけない類の言葉だ。
男は彼の声色がずっとずっと低く変わったことには気にも留めていないようだった。
「そうだとも!我々にコピーを提供してもらえれば、君はこの娘を手放さずに済む。もちろん謝礼も払おう!」
「断る、と言ったら?」
「おやおやこれはこれは……良いのかい? 君は多額の金が手に入り、我々はこの娘のデータを得られる。それで全て丸く収まる話じゃあないか」
「そもそも勝手に攫って勝手に解析していたのはお前達だろう。交渉する以前の話だ」
「うぅむ、そう言われると困ってしまうよ……。素晴らしい正論だ。痛い所を突いてくれるねえ……」
言うほど困っているようには見えなかった。またやれやれと大袈裟に首を振って、粘つくような酷薄な笑顔をさらに強くさせる。その手元に、小さなモニター画面が浮かび上がった。
「少年、君は戦闘型かな?だったら良いのだが」
「……何?」
男がぽんと手を打つと、その目前にノイズが混ざった黒いデータの塊が現れる。エックスよりも頭一つほど大きいヒトのかたちをしている、真っ黒なゴーストのようだった。ナオトは奇妙な既視感を覚えて、首を傾げる。
「とてもいいプログラムがあってね!君のデータを取らせてほしいんだ!そうすればその代わりにこの娘を返してもいい」
ざらざらと動く粗いノイズが収まって、影のような塊が徐々に精細になっていく。滑らかな曲線と特徴的な鋭角がその形を浮かび上がらせる。色彩の欠けた黒いゴーストは、それでもはっきりと細身のレプリロイドの形を作っていた。
ゴーストが動いて、さらりと長い髪がこぼれる。片手に握られているのは、見覚えのある形状のセイバーだった。
―――どうして?こんなところに?
混乱する。わけが解らなくなって反対側に佇む彼を見つめても、何か動じたような雰囲気もない。やはり口元を結んだまま、無言でこちらの方を向いている。
「今まで様々な者にこのデータと戦わせてみたんだが……あまりに強過ぎるのか、まともに勝てた者が居なくてねえ。ぜひとも生き残ってくれ!少年!」
そのゴーストは、エックスやナオトの親友―――ゼロと同じシルエットをしていた。