拝啓。サイバー空間より××を込めて。
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街に行こうと思い立った。情報収集を建前にした単なる気分転換だ。
歩いている一般大衆の姿を見るだけでも何となく世の中の様子が感じられる。街の警備、セキュリティのレプリロイドが多く巡回していれば何か事件でも起こったのだろうし、店先の品数を見れば流通の動きを察することができる。ある程度大きな都市なら時事ニュースも掲示されている。
この住処からでも情報収集はできるが、自力で出歩いてみるのとはやはり違う状況が見える。……他にも、少し気になることがあるし。
子連れ必至、というあらぬ誤解を招きそうな字面の事態なのだが、そこは考えないようにした。これは気分転換だ。適当に見て回って何か必要な物があれば好きに買えばいい。
というのをだいぶ柔らかく要約してナオトに伝えたところ、おでかけやったー!と非常に単純なレスポンスを頂いたのであった。
陽光に似せた光源が、ヴァーチャルな晴空の真上に登った時刻。
規模としては中程度の都市部―――以前ナオトと遭遇した廃墟エリアに隣接する街に来ていた。かなり管理の行き届いた地区で、治安も良い。辺境とも言える場所にある街だったお陰か、ネオアルカディア中枢の混乱の煽りは比較的軽くで済んだようだ。
現実世界とほぼ同じスケールで作られたビル群が鏡のように光を反射している。あちらこちらに配置された緑が鮮やかに揺れている。きちんと機能している、生きている街だ。
広い通路を行き交う者達は、人間かレプリロイドかサイバーエルフか、もしくはAIプログラムか。一見して見分けが付きづらい。多くは人型に近い外見を装っているし、それ以外も殆どはコミュニケーションが成立する者達だから、まとめて『人』と呼ぶことにする。
そんな人達の流れから少し外れた軒下で立ち止まって、つい先程買ったものを取り出す。開封して、それをすぐに起動させる。……同期完了。
「それじゃあ、これ付けて」
「なあに?」
「…………ヘアピン」
「へあぴん!ありがとー!」
正しくはないが、嘘でもない。
これはどこかではぐれてしまってもすぐに居場所が解るよう用意した物、いわゆるトラッカーだ。使う場面が無いに越したことは無いが、こんなに危なっかしい状態なのだから、持たせておいた方がいいだろう。例え一般流通品でも無いよりはマシだ。
そんなことなんて何も考えていそうにないナオトは短い手を伸ばして、疑いなくそれを前髪に引っ掛けた。少し斜めだが、外れなければ問題ない。
嬉しそうに笑う顔を見て、思わず頭を撫でてしまった。
「きょうは、どうしてこれ、きてるの?あーまーのうえから?」
羽織ったフード付きの外套の裾を引かれる。強めの認識阻害が施されたこれは、ボクが人混みを歩く為に必須のものだ。
「これで、顔を見られないように隠すんだよ。この容姿はみんな知ってるだろ?」
「そっか~、そだね。ゆうめいじんだからね」
うんうんと、なぜか得意げに頷いている。有名人という安易な言い方に当て嵌まるのかとても疑問に感じられるところだが、言わんとすることは解らないでもない。
「あと……一人で何処かに行かないこと。ボクから離れないこと。いいね?」
「うん!もし、まいごになっちゃったら?」
「そのまま置いて帰る」
「う、わ、わかった!ちゃんとついてく!」
慌てて側に寄ってくる姿に少し苦笑して、人混みの間に紛れ込む。
「右手側には寄らないように」
何かあればすぐにバスターを起動できるようにはしておきたい。まぁ、無いとは思うが。
「はい!…………ね、えっくすって、よばないほうがいい?ばれちゃう?」
「え、と、」
周りを気にしたのか小声で囁かれる。真っ直ぐ見上げてくる眼から視線をそらして、一瞬口ごもった。
ナオトにそう呼ばれるのは、すき、だと思う。自分の存在がばれてしまう心配より、今は名前を呼ばれる心地良さのほうが勝ってしまっている。
「……いいよ、そのままで」
「じゃあ、えんりょがちに!ひかえめに!こっそりと!」
「ふっ、なんだよそれ」
無邪気な言葉に苦笑を返す。
ふと急に、楽しそうだったナオトが何処か遠い目をして口を開いた。笑顔が薄くなる。古い記憶でも思い返しているような、そんな顔だ。
「あのね、えっくすはむかしね、でかけるとき、ばれないようにふくきてたよ」
「服?」
つまり人間に擬態していたのか。ただの人の格好なら、確かに目立たずに済むだろうな。メットが無い素の顔を知っている者はあまり居ないのだし。
アーマーを全解除して着るものを選べば、そこらの家庭用として誤魔化せるかもしれない。バスターが使えなくなるのが欠点だが、武器を携帯するかセキュリティがきちんとした都市部をうろつくなら構わないだろう。
「ふぅん。いつか、それで来てみても良いかもしれないね」
「うん!やろうね!」
『いつか』の部分は耳に入らなかったらしい。まるで明日明後日すぐにでも実行しようと言いたげな勢いだ。
オリジナルとコピー、あいつとボク。本体と剥離した個体、ナオトとこの子。
この、どう考えても普通ではない自分たちに、そんな先の未来が用意されているんだろうか。
そういうあれこれを真っ先に考えてしまったせいで、この子が本当は『どのエックス』の話をしていたのか、そこまで深く考えることができなかった。
視線より高い位置に浮かぶ大きなホログラムの画面が、ニュースを淡々と表示している。各地の復興状況の知らせや立入禁止区域のイレギュラーの様子、被害に遭った場合に各種手続きを行う窓口案内等々が字幕付き映像で流れていく。それらの映像の中には現実世界の風景が多く映り込んでいるが、やはりというか、見覚えのあるレプリロイド達の姿は見られない。
他の人々と同じように立ち止まってそれらを見上げていると、足元からナオトの声がした。
「こんなにひとがいるところ、あんまりきたことないかも……」
「中枢へ行けば、もっと『人』が居るよ。知ってるだろ」
「うーん、そうだけど~。ふつーのひとがいっぱいいるところは、あんまり」
忙しなく周りを見渡して、興味があちこちに移っているようだった。それでもきちんとこちらの後を遅れずに付いてこれているのはさすがというか。
「このあとは、どこにいくの?」
「決めてない。……キミはどこに行きたい?」
「おいしいものをたべられるとこ!」
「……美味しい物」
現在の本人曰く、『食事は心の栄養』とのことだが、その意見には少々懐疑的だ。だってレプリロイドには栄養とか関係無いし、効率的かつ適切にエネルギーを摂取できるなら何でも良いと思う。
「何が美味しいとか、解らないんだけど……」
そしてこの前からやたらとそういうことを言ってくるのはなぜなのか。以前一緒に過ごしていた時のナオトは、あまりその手の話はしてこなかったと思う。素体に服を着て人を装う話とか、エネルギーの摂取方法つまり飲み食いの話だとか、レプリロイドが持つ人に近い側面に沿ったようなそういう話題だ。
ただあの頃は、ボクが本当に『本物』であろうとしていたときだったから、そのことに気付いていた彼女が口を閉ざしていただけかもしれない。
「あ!ほら。あっちに、おみせあるよ!いってみよ!」
「あ、ちょっと待っ、」
今は、どう思っているんだろう。何を考えて、どういうつもりで、どこまで記憶があって、そういうふうに振る舞っているんだろう。
ナオトとはすれ違ってばかりだったから、彼女の中身を慮ることは難しい。もう会うことはないだろうと思っていただけに、いざこんな事になってみると混乱ばかりしている。
ああ、本当に面倒くさいな、自分が。
走っていった小さい背中を追いかける。人を器用に避けて進むその動作は、身体が小さくなっているだけに小回りが利いている。こういうふうに動けるのなら、何かに襲われても上手く逃げ切れるだろう。
「こら、迷子になっても知らないよ」
声をかけるとふと、その背中が止まった。髪がゆるりとなびいた。
それを追うボクの眼の前を、何人かの通行人が横切り去っていく。
仲間と談笑しながら歩く者たち、道沿いの店から出てくる者、何かに向かって駆けていく子供の姿をしたレプリロイド、ふわふわと輝きながら飛んでいくサイバーエルフ。
人のかたちをした者達。微かに聞こえるアナウンスの自動音声。戦いからとても遠いところにある日常的な風景。雑踏。人混み。ざわめき。
それらをかき分けた先、追いかけていたはずの彼女の姿は、初めから何も居なかったように消え失せていた。
「……ナオト?」
全ての音が、感覚が、遠くなったようだった。