拝啓。サイバー空間より××を込めて。
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「おじゃまします!」
「はあ……」
絆されてる気がする。とても。
住処に連れ帰ってしまってから、冷静になってそう思った。楽しげにうろつくこどもを無意識に目で追い掛けていたのを自覚して、自分に溜め息を付いた。
「おうち、ひろいね!すごいね!」
「……前はもっともっと広くて良い場所に住んでたじゃないか、キミもボクも」
家と呼べるほどのものではない。今現在のネオアルカディア再建の混乱とドタバタで、公安に放置されているサーバーを勝手に占拠して、それっぽい見た目とインテリアを揃えているだけだ。
向こうは国家としてのシステムを再構築するほうが最優先になるだろうし、こんな片隅に住み着いてる元レプリロイド、現サイバーエルフのことなんて気にも留めないだろう。もちろん、存在に気付かれないよう偽装を怠ってはいないが。
「いすー……てーぶるー……もにたー……かんようしょくぶつ……いろいろある!」
「これくらいは最低限あったほうがいいだろ」
「まどおおきいねー!さいばーくうかんなのに、そとのまちがみえるよー!」
「それは外界の映像を引っ張ってきて写してるから」
「……いじひ、たいへんそう。このおうち、おかねかかりそう」
「……どうしてそこだけ現実的なことを言うんだよ」
妙に深刻そうな顔で言うものだから、思わず苦笑してしまった。そこを心配するのか。
「かかる?」
「そうだな、そこそこかな」
「おかねって、」
「………………」
「?どしたの?」
「………………あのね、世の中には知らないほうが良いこともあるんだって、ナオトなら解るよね?」
「ぴえッ」
意識して笑顔を作る。噛んで含めるように言い聞かせると、頭をこくこくと縦に振って口を噤んだ。そんなに圧を掛けたつもりはなかったけれど。
まぁ、多少よろしくない手段で通貨や情報その他色々なものを手配したりしているが、そんな事はこの子が知らなくてもいいことだ。
デスクチェアに腰掛けて、今後の事に思考を回す。本当に、面倒事を拾ってしまった気がする。
「疲れた」
「おつかれさまなのです」
キミのせいだよと皮肉ろうとして、よじ登ってきた小さい身体がぴとりとくっついてきて黙り込む。
……それにしても、彼女は現実世界でどうしているんだろうか。バイルとの戦闘の後、消息不明との情報が出回っていたのだが。
「キミは、……死んだの?」
「いきてるよ!このとおり、ほんにんです!」
待て、自信満々に言うなよ。こっちが知っている“ナオト”はボクと同じぐらいのサイズだったんだよ。じっとりとした半目で見下ろす。
「今のキミの状態がよく解らないから聞いているんだけど」
「んーーーとね、いまここにいる“ナオト”はね、さいばーくうかんに、はいってるあいだに、いつのまにか“わたし”からはがれちゃったいちぶなのです」
「……一部?」
一部分だから、『こう』なったのか?
実際にこれが何らかの原因で『剥がれた』欠片だと仮定して、こうも都合良く個体として動き回れるものなのだろうか。
「それで、まいごになってあわててた!しかもへんなのに、おいかけられた!それからたすけられた!」
「それは過程の話だろ。こうなった原因の方を聞いているんだけど」
「んん?げんいん?」
髪が揺れる。小さい頭が左右に揺れる。片手を顎に当ててうんうんと唸っている。
「つまり?」
「んー、げんいんはー……よくわかんない!」
「……正直で宜しい」
この様子だと自覚は無いだろうなと思っていたが、やっぱり良く解っていないらしい。
何かの良からぬ手が入った可能性もある。例の赤青二人組とナオト、ボク。この四人の今までの様々な『やらかし』を顧みると、あちこちに恨まれていて当然だ。
本人だと主張はしているものの、どこかの施設が無断で造り出した複製なんてこともあり得る。コピーのボクが言うのもおかしな話だが。(ナオトの複製体なんて、オリジナルが許さないだろうけれど)
「あー……その、彼女は……『大きいほう』は今どうなってるんだい?」
「“わたし”は、あっちでげんきしてる!」
「……、そう」
……ああ、そうか。良かった。生きていてくれている。ちゃんと彼らは戦いに勝って、ボクとは別の世界、別の場所で生きているんだ。
気になってはいても、探す勇気が無かった。どうせ無事なんだろうと思い込むようにしていた。
引っ掛かっていたものが少し軽くなったように思えて、小さく安堵の息を吐き出した。
「……あちらのナオトは、この状態に気づいてる?」
「ぜんぜん!むじかく!だからこっちのナオトは、なにもできなくてこまったのです」
「……成る程」
確か、彼女を一番最初に見かけたときは夢遊病の幽霊みたいな状態だったっけ。ならば今のこの子も有り得ること……と言えるのか? 解せない。
とりあえず、害がある物や足跡を辿られる何かがこの子に仕込まれていないか、ここに連れて来る前に用心深く確認したが、特に何も見つからなかった。仮定の話だけで考えるのは避けたいが、現状は大したことが解らないままだ。
そして、このふわふわしたこどもと会話をしていると、なんだか色々と考え込むことがどうでも良くなってきてしまった。それに当の本人は、こちらに体重を預けて楽しそうに足を揺らしている。
…………。
「ちょっと降りてくれ」
「う?はい!」
ぽん、と効果音が付きそうな勢いでナオトがイスから降りる。二~三歩離れたところでくるりと一回転をして、こちらを見上げてくる。
ボクは足を組み直して、肘掛けに頬杖を付いた。
「そこ、気をつけ」
「りょーかい!ぴし!」
おそらく本人は真面目なつもりなのだろう。直立不動になりきれていない微妙な姿勢をして、何故かぎゅっと目を閉じる。
その姿は正直、
「かわいい」
「ん?」
「何でもないよ」
変な事を口走ってしまった。
そのまま何事もないようにイスから降りて、その正面にしゃがみ込んだ。……自分が触っても、いいのだろうか。
その小さい頭の天辺から足先までを往復して眺めること、しばし。それからごく冷静に、自分の中の情動を客観視していく。
片手を動かす。頭の上に乗せる。髪に指を通して掬う。丸い頬を撫でる。柔らかな唇を指先でゆっくりなぞる。本当にナオトがただ子供になっただけの同じ姿形。…………できれば目を向けたくないざわつきと緊張感、思考を苛むそれ。その正体を、ボクはとっくに自覚しているわけで。―――そんな事を考えてしまっている時点で、この子はやっぱり本物なんだろうと思った。
いい加減、何度目かも数えていない溜め息を付いたとき、眼前の瞼がぱっと開かれた。小さい頭が首を傾げる。
「あれ?ぎゅーってしないの?」
「えっ。し、しないよ」
「え?じゃあ、ちゅーは?」
「なっ!?なんでだよっ。やらないよ!」
「やらないの!?」
なんでそんなに意外そうな顔をしてるんだよ!オリジナルなら『そういうこと』やってたのかよ!あいつ何してるんだ!
ここには居ない相手への文句を一通り思い浮かべて、また更に疲れた気分になった。なぜか顔が熱い。
次にオリジナルを見かけたら、絶対に何発か撃ち込んでやろう。会いたくないし会う予定も無い相手のはずなのに、問答無用で攻撃する理由ができてしまった。大丈夫だ、容赦はいらない。それくらいで死ぬような英雄様ではない。ボクがそう感じるからそうだと思う。自分勝手?風評被害?知らないよ。
妙な気恥ずかしさと怒りを込めて右手を閉じたり開いたりしていると、ナオトがこちらを覗き込んできた。視線を彷徨わせてから下を向く。さっきまで楽しそうだったのに、どうしたんだろう。
「あ、あの……ごめんなさい、うるさくして」
気まずそうに言う理由がよく分からなくて、今度はこちらが首を傾げる番だった。
「え?いや、別に嫌だとか思っているわけではないけど……」
「……ナオトが、きゅうにきて、さわいだから、」
「そんな事じゃ怒ったりしないよ」
「だって、ずーっとこわいかおしてる」
「……してた?」
「うん」
……だいぶ気持ちがざわついていたようだった。子ども相手にいちいち振り回されてどうするんだと思いつつ、しかしこの子はナオトだし、とも思う。
そしてふと、今までのやり取りの間に、なんとなく気がついてしまった。すっと頭が冷える。
もしかして、この子が探していたというのはオリジナルの方なんじゃないか。
本体は事態に気が付かず、それでも単身でサイバー空間をさまよう事になってしまったのなら。この子が真っ先に探すのは、既にサイバーエルフであると知っているオリジナルの方ではないだろうか。……コピーのボク、ではなく。
「あの、ナオト、」
「?どしたの?」
「ボク、は、……その、」
言わなければいけない。ボクはキミが探しているオリジナルではないと。ちゃんと告げなければ、またきっと以前と同じ間違いを繰り返してしまう。オリジナルの立ち場にはなれない別のモノであると。キミには触れないのだから。そう、言わないと、
「……」
しかし口を開いても、何も出せなかった。伝えるべき言葉を止めてしまった。ああ、駄目だ。迷ってしまう。
こんなことで悩んでしまうなんて、一体なんなんだ。ボクはボクがどうしたいのかが解らない。
ナオトを見ないように、目線を逸らして適当にそこらの床を睨む。本当に駄目だ。
「だ、だいじょうぶ?」
「……ああ」
「ほんとに?」
「大丈夫。少し考え事をしていただけだよ」
目を伏せる。深く息を吐く。
実に面倒で、ややこしい。彼女が大きくても小さくても、どうしても引っ掻き回される。思考が停まってしまう。
抱えている感情は重たくて煩わしいのに、それが嫌だと思えない。捨てられない。捨てたくないと思ってしまう。どうしようもない。
気持ちを処理しきれないまま、とうとうボクは毒のようなそれを飲み込んでしまった。