拝啓。サイバー空間より××を込めて。
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昔から、時々ひとけの無いところをうろつくのが癖のようになっていた。それはボクが二回目に死んで―――つまりボディを破壊されてから―――何が何やら解らない間にサイバーエルフに変わってしまっていても、変化のなかった癖だった。
というか、自分の存在する場所が物理空間からサイバー空間へ移動しただけで、体感としてはあまり何も変化がなかった。現実のしがらみから切り離されて気が楽にはなったが、どうしてこうなったのかは解らないままだ。
オリジナルがそうなったから、コピーの自分も同じくそうなったのか。消滅しなくて幸運だったと思うべきか、これはダークエルフの影響かと危惧すべきなのか、思考の中ではずっと不安に揺れている。
……とりあえず今はそれはさておき、だ。
「……ここのエリアの回線、まだ修復されていないじゃないか」
サイバー空間の綻びを見つけて座標をメモして、辺りを見回した。
視覚化されたこのエリアは破棄されたデータの瓦礫と廃墟に占拠されていて、擬似的な空が薄青を広げている。
建ち並んだ高層ビルは崩れたり横倒しになっていたりしているし、割れて捲れた地面は、もはやどこが道路だったのかよくわからない。現実の世界を模した電子的な都市には破壊と寂寞しか残っていない。
ときどきすぐ側を通り過ぎる光の筋は他のサイバーエルフかAIプログラムか、はたまた現実世界からアクセスしてきたレプリロイドか。ここがもっと賑やかで整備されたエリアだったなら、このデータ達は無機質な光ではなく、彼らが各々持つヒト型や動物めいた姿で行き交っていただろう。
「あー……」
溜め息。おそらく、何もかもに手が回っていないのだ。
一度壊されたネオアルカディアという人と機械の楽園は、そうそう簡単に直せるものではない。物理的に破壊された都市、環境、人間、レプリロイド。いつの時代も、復興というものは長い時間がかかるものだ。……楽園が歪んでしまった要因のひとつがボクにあることは、重々理解しているけれど。
「都市部はずいぶんと復旧が早かったな…」
当たり前かとぼやく。データのやり取りには欠かせない回線なんてそんなものだろう。今日だけで見つけた回線の要復旧箇所を、後でまとめて対応する部署へ送っておこう。もちろん匿名。絶対にボクからだと気付かれたくなかった。……こんなことをこそこそやったところで、ボクがやらかしたことを帳消しにできるとは思っていない。解っている。解ってはいるのだが。
……ただ、今はなんというか、表に出たくない。立て直されつつある現在のネオアルカディアに認知されたくない。
だってまた“英雄”だのなんだの言って祀り上げられそうじゃないか。かつて世界を救った英雄も、楽園の頂きに居た英雄も、全部終わった話。おとぎ話で良いだろ。
勝手に様付けで呼ばれて恐れ敬われるのはもう懲りごりだ。そういうものはどこかで勝手に生き延びていそうなオリジナルとかその『親友』に再び担って欲しい。大丈夫だ、どうせあいつらは生きている。…たぶん…あのこも一緒に。今は知りたくない気持ちなので、彼らの足跡を探していないし調べてもいないが。
何となく気乗りしなくなって、これくらいでいいやと作業の手を止めた。今日はもう住処に帰ろうと思い始めた矢先、
「……ん」
索敵センサーに引っかかる反応がふたつ。
それから、離れたところで何かが崩れるような音が響いてきた。ぴりりと警戒心が持ち上がる。
先刻までは無かった反応だ。大きいものと小さいもの。どちらも猛スピードでこちらに突っ込んでくる。位置的に、大きいものが小さいものを追いかけているようだ。
……これは面倒事になりそうだ、と思った。これがオリジナルだったなら、こんなふうには思わないで率先して助けに行くんだろう。……そんな事をまた考えてしまった。
「ああ!もう!」
思考の中で舌打ちをして、相手側の進行方向からほんの少し外れた建物の壁に身を寄せた。右手にパルスを飛ばすと、一瞬の間もなくバスターの銃口が現れる。構える。三、二、一……
―――小さな何かが視界を横切る。速い。おそらくサイバーエルフだろう。
その後ろ、壊れかけの大型メカニロイド─その形を模した戦闘システムとプログラムの塊が壁を突き破って飛び出してきた。甲殻類に似せた多脚で瓦礫を踏み潰す姿はそこそこの威圧感と迫力がある。
しかし見た目はそれでも結局、損傷して暴走したデータだ。とりあえずは制止させなければ。
「
多脚の足元に数発のショットを叩き込む。バスターを起動したのは久しぶりだったが、特に問題はない。
脚部を撃ち抜かれバランスを崩したメカニロイドは大きな瓦礫につんのめるように引っ掛かって、そのまま周りの瓦礫をがりがりと巻き上げていく。自身のスピードを受け流せなかったようで、すぐそこの廃墟の一階に体当たりをして停止した。
試しに、メカニロイドへ向けて所属と個体識別信号の提示を求めるシグナルを送ってみる。……明確な回答は無く、ノイズ混じりの不明瞭な信号が返ってきただけだった。こちらも識別信号を秘匿しているし、ある意味お互い様といえばそうかもしれないが。
建物の影から身を乗り出した。粉砕されて積み重なった瓦礫の上を跳び移りながらその近くまで歩み寄る。
それは頭部から建物へ突っ込んだ形で停止していた。機体のあちこちに荒々しいノイズが走っていて、放っておいても消滅しそうな様子だ。ボクが手を下さなくても、このまま勝手に消えるだろう。そう判断してバスターを右手に戻した。
「……小さい方は、」
辺りを見回す。今度は索敵に引っ掛からない。これに追い掛けられてここまで来たのなら、怯えて何処かへ行ってしまったんだろう。戦闘能力の無い個体なら尚更だ。
やれやれ、とまた溜め息を付いた。せっかく復興された賑やかな市街地で暴れられたら、どれだけの被害が広がってしまったことだろう。ここが寂れた辺境の廃墟エリアであってよかった。
とにかく、周辺を巡回しているであろうネオアルカディアのレプリロイドやら警戒プログラムやらに騒ぎを察知される前に、この場を離れてしまおう。
またもう一度辺りをぐるっと索敵して、他の敵性反応が無いことを確認した。瓦礫から飛び降りてさっさと歩き出す、直後、今度は足元に何かが触れる感覚が「つっかまーえたー」
……
…………、
「は?」
え?いや、……え?
膝下、フットパーツの青色を覆うように小さいものがくっついている。いや、“もの”ではなかった。それは小さいこどもの姿をしている。いや、そうじゃない、問題はそこじゃない。
だってこの顔立ちには、あり過ぎるほどに見覚えがある。
「おいかけられて、ぴんちだったのです!」
「あ、」
「いまのすがたは、じょうずにたたかえないので!」
へらりと笑っている丸い顔、長い髪、高い声、女の子。どうして小さいのかは解らないが、あのこのかたちをボクが見間違えるはずがない。
「……」
なんで、あのこが此処に居る?オリジナルと一緒に居るのではないのか? 出来るだけ思い出さないようにしてきたあのこの名前がぽつりと浮かんできて、口には出さずに飲み込む。
「?どこかけがしてるの?だいじょぶ?」
混乱して黙ったままでいると、小さいこどもは妙に真剣な目をしてこちらを見上げてくる。……待て、今は落ち着こう。
雑多な感情を思考の隅に押し退けてから、ゆっくり息を吐く。
そうだ。似ているだけで他人の空似とか、たまたまが雰囲気がそれっぽいとか、そういう事かもしれない。きっとそうだ。思い違いをしているのだ。世界中探せば、そっくりなサイバーエルフやレプリロイドの一人や二人居るだろう。……ボクだってもう一人居るようなものだし。
しゃがんで目線を合わせて薄い笑みを貼り付けて、騒がれないようにできるだけ優しい声を作る。このこどもは他人だ。初めまして、こんにちわ、知らないどこかの子。ボクは通りすがりのサイバーエルフです。
「いいや、大丈夫だよ。怪我はないかい?」
「ん?……にげてただけだから、」
「キミの名前は?迷子なら近くの街まで送っていくよ」
「……んん?なんでそんなかおしてるの?」
「え?」
噛み合わない言葉に、こちらが首を傾げる。
「ナオトのこと、おぼえてない?」
「っ」
―――思考停止。
憶えていないわけがない。忘れているわけがない。
口角がゆっくり下がる。作っていた笑みが剥がれて、優しげに装った言葉を飲み込んだ。
このこどもは、自分が何者で、ボクが誰なのかを解っていて話し掛けている。なんでだよ。どうしてなんだ。頭が真っ白になる。
「き、みは―――」
こども相手に睨んでしまったその時、その視線がこちらを通過して背後に向かった。大きな眼が見開かれる。
「うしろ、!」
「ッ!」
「あぅっ!」
咄嗟に、こどもの首根っこを掴んでその場から跳び退いた。直後にその場所に突っ込んでくる、先程の壊れかけのメカニロイド。地面が粉砕される。
あの状態で再起動に成功したのか。あのまま消えてくれれば良かったのに。……色んなものに気持ちをかき乱されすぎて、正直とても苛々する。
《― ― ―――― ―――》
ボクの通信回線の中に、メカニロイドからの言葉が滑り込んでくる。罵詈雑言どころかシグナルにすらならない、言語の形を全く保てていない狂った文字列。これはもう完全に駄目だろうな、と思いながら返答する。
(……今この子と大事な話をしようとしていたんだけど、)
《― ― ― ― ―― ― ―― 》
(煩い。判るように言え)
以降、受信拒否。回線閉鎖。バイバイ。
「まだうごいて、」
「ちょっとごめん」
「わ、ぁわあああああっ!?」
掴んだままのこどもを、眼の前のそれの上に向かって思い切り放り投げた。その軌道を予測する。
バスターをチャージしながら駆け出す。積み上がった瓦礫を蹴りつけ、メカニロイドを飛び越えるような軌道で跳躍。高速で風景が流れ去って空の青に近づく。擬似的な太陽が眩しい。
身体を反転させて地面を見下ろすと、こちらの動きを捉えきれなかったメカニロイドが機体を忙しなく動かしているのが視界に入る。跳んだこちらと投げられた小さいほう、どちらを優先的に狙うべきか、迅速な判断ができないようだった。それでいい。隙を作れれば良い。
―――構えて、撃つ。
凝縮されたエネルギーの弾丸が、その機体の半分程を吹き飛ばした。散り散りになったデータの破片が霞んでいく。轟音が周囲を震わせて、衝撃がまた瓦礫を作る。
壊れかけのメカニロイドが、今度こそ跡形も遺さずに消滅していくさまを見送りながら、すぐにバスターを元に戻した。
反動で少し浮いた身体を制御して、さっきとは反対側に着地する。足元を少し削る。
「わ、わ、わぁぁぁ、」
数秒遅れ。こどもが眼前に落ちて来て、それを両手で受け止めてそのまま足元に降ろした。たぶん怪我はないと思う。このこどもが“本物”ならば、こんな扱いをした程度で傷が付くはずがない。
ひとまず、これで一応の安全は確保できただろう。
「……ふう」
「ふう、じゃない!なげられた!びっくりした!」
「ああ、そうだね」
「てきとーにいってるでしょ」
「うん」
「もー!」
下からの苦情を聞き流しながら、さてこの状況をどうしようかと考える。
この子をそこらに放置するというのは選択肢に無いが、しかし今の住処に連れ帰ったとして……第三者に自分の居場所が特定される可能性が出てくるのも避けたい。
そもそもこれは迷子なのだろうか。というか、それ以前にどうして小さくなっているのか。よく知っているあのこはもっと大きい……ボクと同じくらいの背格好だったのに。
それに、保護者はどこへ行ったんだ。もしかして、ボクと同じ顔のやつがその辺に隠れていたりしないよな?もしくは赤いやつとか。
念の為にまた周囲を索敵してみたが、何も居なかった。いや、あの英雄二人組に本気で潜伏されたら、すぐに捜し出せる気なんて全くしないのだが。
「まぁいいや!とにかくたすけてくれてありがとーでした!そして、ナオトのもくひょうもたっせーされたのです!」
見上げてくるこどもに視線を落とす。意識を向けられて何が嬉しいのか、得意げな顔をしていた。
「……目標?」
「えへへー、ずっとさがしてたの!」
「……なにを?」
どきりとする。どうしてだか、隠していた何がが明るみに出てしまったような奇妙な後ろめたさを感じて視線を外すと、こどもはぎゅっとボクの手を握った。
「きみだよ!えっくす!」
「―――」
なんだよ、やっぱり全部解っていてここに居るんじゃないか。
久しぶりにそう呼ばれた。元々はオリジナルのもので、そのコピーに引き継がれた名前。コピーはコピーであり、本物にはなれないのにそうなろうとしたニセモノが使った名前。……遠ざけていた色々なものが、追い掛けてくる。
じりじりと過去の出来事が脳裏にリフレインされる。一度目の死、二度目の死、付いて回るオリジナルの影と赤い英雄。コピー。うそつき。贋作。楽園。今のボクが逃避している色々なもの。考えたくないもの。
電脳を切開されて、問答無用で冷却水を流し込まれたような気分になる。……物理的な身体は、もう無いのだが。
また思考が停止しかけたが、引かれた手の感覚が現実を呼び戻した。
「だいじょうぶ!もうつかまえたので!はなしません!」
何が楽しいのかボクには解らないが、そのこはにこにこと笑っている。緊張が溶けていく。小さくても、笑ったそのかたちは記憶の中にある柔らかいものと何ら変わらない。
「んん?えっくす?」
「あー…………なんだい?……ナオト」
「やっとよんでくれたー!」
上機嫌なその言葉を聞いて、なぜかこちらが押し負けたような気持ちになって、何度目かの溜め息をついた。あー、もう。解ったよ、解った。ボクの負けだ。
面倒事になりそうだと簡単に考えていたが、気がつけばこれはそんな一言で終わらせてしまう話ではなくなってしまっていたのだった。
かつてネオアルカディアを統治していた青い英雄、エックス。
その完璧なるコピーであると思っていた、青いレプリロイド―――それがボクだった。