拝啓。サイバー空間より××を込めて。
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ねえ。あのへあぴんは、ひつようないの?」
真昼の市街地をうろついている時、自身の髪を引っ張りながらナオトはそう言った。
「あれは……」
ボクは言いかけて少し黙る。あれはただ、持ち主の位置情報をたどる為に買い与えた物だった。この子が例の研究者達に連れ去られた際の追跡に大いに役立ったのは間違いないが、逆に問われてしまうと返す言葉に詰まる。
「このまえ、へあぴんのおかげでナオトのばしょ、わかったんだよね?」
「……気付いていたんだ」
あの科学者が何か言ったのか。しかしボクがすんなりと居場所を見つけ出した時点で疑問に思っていてもおかしくない。どうしたものかと考えていると、薄い胸元に手を当てながらナオトはきりりと表情を引き締めた。
「まいごになったらこまるんじゃないかな!」
「………………なる予定あるんだ」
「い、いや!ないけど!ならないようにがんばるけど!!」
普通、四六時中居場所が知られる物なんて嫌がるものだろうに、何を思って言い出すのだろう。なんとなく、眉間に皺が寄る。
「悪用されたら、とか考えないの」
「だって、ひとじち?なんだよね?なら、みはっておかないと!」
…………。
「それに、いまのえっくすはあくようなんてしないでしょ?」
…………………………。
「……ボクは、悪いやつだよ」
「またそーいうこというー」
頬を膨らませて、小さい手がボクの手を握る。不意打ちに驚いて、反論するはずの気持ちはぼやけて薄れてしまった。引っ張られるまま、再び街の中を歩き出す。
本人が良いというのならそれで良いか。別にあの程度の物は、簡単に手に入るわけだし。
「考えておくよ。……でも、ボクはこっちのほうが良いな」
繋いだ手をゆるく握り返す。
『大事なら、ちゃんと手を握っておいてやれ』――あの研究施設で成り行きのまま助けたサイバーエルフから、そう言われたことを思い出していた。
迷子防止なら気分としてはこちらの方が良い。いや、迷子防止という意味だけではないしどう良いのかとかどういう気分なのかとか、詳細なことは気恥ずかしいので絶対に口にはしない。
こんななりをしておきながら、彼女が子どもなのは見た目と口調だけなのだ。言えるわけないだろ。
「えへへー。じゃあ、て、つないでおこうねー!」
「……うん」
楽しそうな言葉に同意する。振り返ってこちらに向けられた笑顔に、一瞬押し黙る。
「きょうのえっくすは、ふくをきてるから、ひょうじょうがよくみえるね!かっこいいよ!」
「~~~っ」
ああ、本当に調子が狂う。タイミング良く視界の端に滑り込んで来た自分の前髪を鬱陶しく払って、唇を引き締めた。
別に照れているとかそんなわけではない。そういう単純な気持ちではない。
「……私服で出掛けようって言ってたのは、キミだろ」
「うん!……ありがとね!」
予想通り、ではあった。例の外套を使うことも無く、アーマー全解除で人間を装ってみると、街中の者達は誰もボクに気が付かなかった。しかしそれで良いと思う。
ある種の崇拝、偶像、象徴のように扱われ続けるあの青色を剥ぎ取ったその下の本質など、ただの普通の人々にとってはあって無いようなものなのかもしれない。希望にまみれた青色と、その輝かしい英雄譚ばかりが語られる現実。上に居たときには気が付けなかったものだ。
「でも、こういうのも……悪くないな」
誰にも聞こえないように、小さく小さく囁いた。
そんなこんなでしばらく歩いていると、通りの脇の方、大きなホログラムとモニターの前で、ナオトは立ち止まった。
「……これ、じどうはんばいき?」
ようやく空気が普段通りに戻った気がして、少し嘆息する。
「そうだね。……ショートブレッド?」
「おかしだ!」
期待のこもった目線の先には、黄色っぽく焼かれた四角柱状の固形ブロックの画像。簡素なアルミパッケージに包まれていて、風味のバリエーションがいくつか。購買意欲を煽りたいのかなんなのか良くわからない宣伝文句が、浮き上がったスクリーン上を流れていく。値段は安価だが、この手の食品の一般的な価格を知らないので相応なのか判断が付かない。
……そもそも美味しいのだろうか。
「これ、食べてみたい?」
「うん!あじは、」
「良くわからないから、キミが決めていいよ」
「じゃあー、これとこれ」
出てきた購入画面で支払いを済ませると、すぐに手のひらサイズの四角柱が二つ現れた。それを取ってから、人通りから外れた道の端に寄って、座り込む。
パッケージを開いて、片方をナオトに手渡した。
「ありがとー!」
「ん。……それで、これは、」
黄色と焦げ茶に着色されたコンクリートブロックのような形状。触った感じは堅い。ぱっと見るだけだと、あまり美味しそうには思えない。
「いただきまーす!」
「………………………………い、頂き、ます……」
言い慣れないし気恥ずかしい。緊張する。こんな言葉、使ったことあったかな。たぶん無かった。必要ないし。
「もぐもぐ、……んん?」
「……これ、美味しいのかい?」
食感はなんだかもっさりしている。咀嚼すると、奇妙なざらついた感触が残る。精製された油分と薄い穀粉の風味、代替甘味料が強く、味覚をしつこく刺激してくる。
なぜか味に関してはこれ以上の感想が浮かんてこなかった。これが実物ではないからだろうか。
「…………おいしくない……しょーとぶれっど……こういうあじじゃない……」
「やっぱりそうなんだ」
「もっとおいしいものなんだよ…」
「ここではこういう物しか手に入らないよ。残念だけど」
「うう」
納得がいかないと言いたげな顔を作りながら、ナオトは四角柱の端を齧り続ける。
ここはリアルではない。サイバー空間の中だし、生きる為に必須というわけでもない嗜好品の味なんてたかが知れている。値段も安価なものであったし。
「ざいりょうがあったら、つくるのに」
「……ナオトは、こういうものを調理できるの?」
「つくれるよ!まえはつくってた!」
「……キミが言う『前』って、いつ頃?」
「…………ひゃくねん?くらいまえ?」
「前過ぎるよ。『前』というより『昔』じゃないか」
それに、現代は昔ほど質の良い素材は揃わないだろう。その辺りを説明すると、ナオトは首をかたむけた。
「うぅーん。でもたまに、あっちのえっくすもつくってたよ」
「え、……オリジナルが?」
「うん。ひゃくねんまえも、ほんぶにいるときも」
「……」
思わず無言になる。あいつそんなことするんだ……。知らなかった。
材料を集めてやっていたのか?わざわざご丁寧に?どういうところに注力しているんだろう。自分でそんなことをする必要もない立場だったのに。
なんだろう、意外というか驚きというか。
「じつはね、えっくすはね、ごはんつくれるし、そうじもできるのです!なぜかさいしょから、かていようのぷろぐらむ、もってたみたい!」
「………………ねえ、あいつって戦闘用だったよね?」
事務用でも家庭用でもなく、ハウスキーパーでもなく。
自分でも間抜けだと思うレベルの当たり前過ぎる問いは、それでもしっかりと首肯された。
「そうだよ!」
「お前のような家庭用が居るかと言いたい」
「ね!ふふふ」
この場合なら、逆に『お前のような戦闘用が居るか』でも成り立ちそうだ。
いつかあいつとまた顔を合わせることがあったら言ってやろう。……言うことがだんだん増えていっている気がした。
手元のブロックの残りを消費する作業が終わる間に、ふつふつと違う疑問が湧いて出てくる。
オリジナルが最初からそういうプログラムを持っていたというのは、しかしどういうことなんだろう。
あいつの製作者がどういう者だったのか、誰も知らないし何も残されていない。どういう意図があって、戦闘用レプリロイドには不必要なそれを与えたんだろう。
そう考えてみると、『今』だから思い至る事があった。……全ての戦いが終わり、平和が訪れ、戦う必要が無くなった時が来たとして。そのあとに何をして生きていくか、そういう先のところまで考えていたのではないか。戦闘用レプリロイドが不必要となった時の、次の生き方の選択肢として。
あらゆる争いが無くなっても、壊れていないならまだその先の道があるのだ。可能性としては、有り得ないこともない。……これはただのボクの空想なのだが、何故かそう思ってしまった。
オリジナルはきっと、製作者から愛されて生まれてきたんだろう。ボクのような空席の間に合わせ、ではなく。
自分とあいつって結構違っていたんだな、と今更のように再認識してしまった。
いつの間にか食べ終えていたナオトが、こちらを見上げてくる。
「また、へんなかおしてる」
「変な顔って何」
「なやんでるかお、っむあー!?」
言い当てられて気まずくなったので、頬を引っ張ってやった。
今は外套が無いから当然フードも無い。その上いつものメットすらも無い。完全に晒されている自分の表情を誤魔化す手段がないので、気まずさを隠しきれない。
手元のブロックの最後の欠片を飲み込んでから、口を開いた。
「…………今まで、考えてもみなかったことばかりだと思って」
極力、ナオトの顔を見ないように小さく言った。周囲の雑踏に掻き消されそうな呟きを拾い上げて、拙い言葉が返ってくる。
「そういうふうに、おもえるって、いいことなんじゃないかな」
にこにこと、柔らかく微笑んでいる。
「えっくすはね、いっつも、なやみがおおいんだよ。あと、いがいとさびしがりなので、めがはなせません!」
「あいつが?」
……たくさん、いろんなものに恵まれていそうなのに。
あいつのジレンマというのも寂寞というのも、正直なところどういう感じなのか、伺い知れない。実感も湧かない。
「でもきみもなやんでるし、さびしがりさんだし。そーゆうとこ、おんなじだね」
「………………」
大変に、非常に遺憾だ。そんなことはない。そういうところは似ていなくていい。せっかく違っていたところを見付けたのに、よりによってメンタル的な部分で妙な共通点を見出されてしまった。
「……それなら、ボクが今現在こういう事態に陥っているのは全部オリジナルのせいだってことにして、溜飲を下げておこうかな」
半ば投げやりな気分でそう返す。あいつのせいでこちらまで迷惑しているという気持ちを込めてみた……やや極論、暴論だということは自分でも解っている。
「うーーん……のーこめんとで!」
ナオトはそう言いながらも、とても楽しそうにけらけらと笑っている。
悩みがどうとか寂しさがどうとか、……ずっとかたわらでオリジナルを見てきた彼女がそういうのならそうなのかもしれない。今の自分が少なからずそれらを体感していると、嫌々ながら認めざるを得ない状態なのだから。
……しかしながら今までの会話の端々に出てくる、現代の者達がほとんど知らないであろう本当の『エックス』の昔話については、少し興味がある。
「そもそもキミは―――あ、」
話を促そうとしたとき、ボクは言葉を切る。
隠蔽された極小のシグナルが、遠距離からボクの通信回線を介して光の速さで届いたのだ。
それは以前、勝手に占拠して住処にしていたエリア。そこに設置しておいた特定個人用トラップが発動したことを報せるものだった。
たぶん、あいつには気付かれてはいないはずだ。まだ。
「……噂をすれば何とやら」
こつこつと指先でこめかみを突付いた。
「どしたの?」
「オリジナルに見つかった。あいつは今、あの住処に来ている」
「ええ!!さっすがえっくすー!すっごーい!」
住処への到着をリアルタイムで感知したボクと、ノーヒントかつ短時間でたどり着けたオリジナル、どちらに向けての称賛なんだろうか。……ボクへのものだと思っておこう。
想定以上にあっさりあの住処を捜し当てたのには驚いた。手掛かりなんてほぼ無いに等しいはずだったんだが、あちらのナオトの電脳に何か残ってしまっていたんだろうか。(悪い意味での痕跡でなければ良いのだが)
しかしこうなってくると、凄いだとかなんだとか悠長に言っている場合ではない気もする。
「……もう少し距離を取ったほうが良いかもしれない」
「もういどうしちゃうの?」
「今はキミを人質にして逃亡中だからね。それ相応に動かないといけないよ」
「はっ、そうだった!とらわれのナオトだった!」
「そこ、どうして少し楽しそうなんだい?」
あまりにも緊張感がない。人質という現状に慣れてしまっていて、その緩さがこちらにも伝播している。けれどもそういうもまぁ良いやと苦笑する。
立ち上がって辺りを見回した。人とレプリロイドとサイバーエルフが混ざって行き交う、特に何事もない日常の平和的な景色。ひとつ、息を吐く。
「それじゃあ、行こうか」
「うん!」
ボクが手を差し出すと、小さい手のひらが握り返してくる。街の雑踏を歩き出す。
こんなことでも一緒に居られるのなら、……やはり悪くはないな、と思ってしまうのだった。