拝啓。サイバー空間より××を込めて。
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「せっかくだから、トラップを仕掛けてからここを離れよう」
「ふおんな けはいを さっちした!」
「こっちに来て。一緒に撮るよ」
「しゃしん?とるの?」
「何でもいいから適当にポーズとって」(●REC)
「うーん?……ぴーすぴーす!」
「ん」(パシャッ)
「??こんなのでいいの?」
「っと、添付メッセージは……そうだな、“いえーいオリジナルくん見てるー?✌( ^ ω ^ )✌ ”……で、いいか」
「んん!!??こ、これを?どーするの?」
「もしあいつがこの住処を探し当てた場合、この区画に侵入した直後にこの画像とメッセージが表示されるようにプログラムを組んだ」
「はえ??そんなことできるの?」
「DNAデータで認証させれば、あいつにしか見られないように設定できるからね」
「……すっっごいね」
「もっと撮っておこうか。ここ一帯を動き回る度に違うものが表示されるくらい」
「えぇえー……これはその……もしかして、あっちのえっくすをあおってる……?」
「もしかしなくても煽っているよ」
「け、けんかはよくない……」
「ナオトは、オリジナルとボクが仲良くしている風景を想像できるかい?」
「……………………………………むつかしいね」
「そういうことだよ」
「で、でもでも、やりすぎはよくないよ!」
「どうして?」
「だって、そのしゃしんをしらずにみたら『ちっちゃいナオトをつくっちゃったはんにん』みたいにみえない?」
「……」
「きみが、うたがわれるのはいやだよ。わるくないのに」
「………………。うん、解った。キミがそう言うなら」
「うんうん、いいこいいこ!」
「(可愛いから自慢してやろうと思ったんだけど……仕方ないから控えめにするか)」
………………。
……………………。
果てしなく続く暗い空間に、色も大きさも様々な光源が輝いている。
膨大なデータが集積された都市、転送ルート、アクセスするレプリロイドやサイバーエルフ。それらが各々持っている外観や個人の形は、今は徹底的に簡略化され、ただの光の粒の集まりのように映る。全てのテクスチャを非表示にしたありのままのサイバー空間の姿は、さながら宇宙のようだ。
簡易表示されたオブジェクトの横を通り過ぎる。無数の文字とコードが宙を踊り、接続される光が線を描いていく。
なるべく最速で移動できるよう、あらゆる手段で『身軽さ』を優先させ追跡した結果、どうにか痕跡を掴むことが出来た。……かもしれない。
暗闇の一画に、虹色の輝きが到達した。それは瞬きのように何度か明滅して、ひとつの像を結んでいく。青いメットと赤いクリスタル、青いローブを纏った少年の姿が現れる。緑色の双眸が柔らかく光る。
「これは……。……あ、」
彼が何かに気が付いたように片手を上げると、暗闇の中に劇的な変化が起こった。
暗闇しか見えなかった場所が剥がれ落ち、違う色彩が漏れてくる。隙間なく敷き詰められたカードが端から一枚ずつめくられていくように、隠蔽されていたものが現れていく。テクスチャが貼り替えられていく。
ものの数秒の間に、周りは全く異なる風景に変わっていた。
始めに視界に飛び込んできたのは大きな窓とそこから見える都市のパノラマ。壁際に設置された複数のモニターは沈黙したまま。観葉植物を模したオブジェクト。デスクチェア、小さなテーブル。
ドアの無い広い部屋には、誰の姿も無かった。
「あれ?おかしいな、ログはこのエリアで途切れていたんだけど」
慎重に探ったはずなのに、これ以上の手掛かりが無い。何か見落とした物があるのか、余程逃げるのが上手い相手なのか。
……そもそも、サイバー空間の中に彼女の気配が“もう一つ”あったというのがおかしな話だ。彼女は今、現実世界で自分達と行動を共にしているというのに。
「杞憂だったか。それとも何かの罠か?」
―――先日、彼女が急に倒れた。寸前まで何ひとつ変わることなく会話を交わしていたその身体が、眼の前で糸が切れたように崩れ落ちていった。何よりも恐ろしく、生きた心地がしない瞬間だった。幸いにも、意識が途切れたのは三十秒にも満たない間であったし、その後何かの異常が現れている様子はない。
外部から、遠隔で電脳に直接アクセスされた痕跡だけが残っていた。それ以上の何かをされる前に接続が切れていたのが奇妙で、不気味だ。
そして同時に、確かに彼女に似たような気配を感じたはずだった。彼女を助け起こして声を掛けたそのとき。目が合ったかのような感覚が意識にこびり付いていて、思い過ごしと考えるには生々しい。不安の芽は早いうちに摘んでおきたい。
それでも、その微かな気配を辿って来たこの見知らぬ部屋の中には、なにも見当たらなかった。
「後片付けをされたかな」
鋭利な視線がぐるりと周囲を巡る。沈黙だけが流れる空間には、返答する者は居なかった。
(……エックス、何か見つけたか?)
何も居なかった代わりに、通信回線に聞き慣れた低い声が滑り込んでくる。はっと気がついて、集中していた思考を切り換える。
(まだ何も。途中までは追跡できて、それらしい場所も特定できたんだけど。……ナオトの様子はどうだい?ゼロ)
(特に変化はない。いつも通りだ)
(了解。もう少しこのエリアを見回ってから一旦そちらに戻るよ)
(ああ。解った)
(……、)
ふと、この短いやりとりに懐かしさに似たものを覚えてしまった。そういえば昔も、任務の合間にこんなやりとりをよくしていたものだった。
無言になった彼を訝しむような声が、また響く。
(どうした?)
(……いや、なんていうか。…………戻れるところがあるというのは、やっぱりいいなと思ったんだ)
あるいは戻れる居場所、誰かが待っているということ。一度は全てを喪失してしまったのに、あらゆるものに流されて翻弄されている間に不思議と集まって来て、元に戻ってきてくれたもの。大事な者たち。
(何だ、急に)
(ちょっとした感傷……懐古かな。聞き流してくれ)
(お前、そういうところは変わらないな)
(君だって大して変わっていないじゃないか)
(……そうだな)
くく、と低く苦笑する声が小さく聞こえてきて、彼もまたそれに似た笑いを返す。
結局、自分たちはいつまでも変わっていない。変われていなかった。だがそれが、とても懐かしく嬉しいと思った。
周りが、環境が目まぐるしく変化しただけで、本質はあの頃のまま。それでもまた、僕たちは生き残ってしまった。こんな形であっても、何もかもが終わった後の『その先』が迎えられた。簡単には言い表せない、奇妙だが不思議な心地だった。
感じたものを今ここで伝えてしまうには、この通信回線というプラットフォームはあまりにも容量が不足し過ぎている。
(それじゃあ、また後で)
(ああ)
そんなやりとりを交わして回線を閉じた。
周囲に沈黙が降りる。それだけで、先程までの自分が少しばかり焦っていた事に気がついた。まだ何も、重大な問題は起きてはいないのだ。
落ち着いて、もっと注意深く探らなければ。
「ふう。……ん?」
再び周囲を見回した視界の端に、何かがきらりと光った。
光ったのか反射しただけなのか。侵入者へのトラップかもしれないと慎重に歩み寄る。きらきらちかちかと光るマーカー型のオブジェクトが、テーブルの上に浮いている。先程まで、こんなものは無かったはずなのだが。
警戒しながらも手を伸ばした。光るそれに触れて、反射的に中身のスキミングを試みる。
プレゼントの小箱のように丁寧に組み上げられたプログラムの塊。読み取れたそのコードの端から、なんとなく覚えのある気配を感じた気がした。首を傾げる。
「……?」
―――直後、ぽぽぽぽん!と破裂するような、しかし害意とは遠い、気が緩む大きな音が鳴った。
音が止んでからの、しばらくの沈黙。
………………。現れたものを認識するのに数秒。
…………。
……。
「…………………え?……ええええ!?」
それ以上に、状況を飲み込みきれない間の抜けた声が、部屋の中に響き渡った。
目の前に表示された煽り文句に似た妙な文字列と四角い画像。その画像の中で、小さな子供のかたちをしたナオトが満面の笑顔を浮かべていたのだった。