一般人(レプリ)は生き延びたい。
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「―――では、こちらからもひとつ要求があります」
「なにかな? 僕に用意できるものなら聞こうじゃないか」
ぼくはその場で居住まいを正す。目前の、ブルーに輝く切れ長のアイカメラをじっと見詰め返す。言うか言うまいかを少しだけ迷いながら、とても真剣に真剣に、意を決して口を動かした。
「サイン、下さい。貴方の」
……。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をされた。
たくさんのビルと大勢の人やレプリの群れ。キレイに晴れた空の下、その中に混ざってうろつくのは気分が良い。平日の真っ昼間からこうして好き勝手に出歩くのはちょっと無職っぽくて後ろめたい気持ちなのだが、別にただほっつき歩いているわけではない。
今日は、先日不法侵入して手に入れた色々なパーツ類を売却するために、馴染みのショップへ行こうとしている。
綺麗に舗装された道路を進みながら、背負ったバックパックの重さを意識する。この重さは日頃のぼくの働きの成果であり、これからの糧となるもの。格好良く言うと今後の活動資金、あけすけに言うと生活費。いや、リアルな話な。
いくらレプリと言えど、なんもしないで生きられるほど優しくなかったこの世界。人間よりは何かと楽な部分はあるけど、それ相応に出費はある。日々のエネルギー代、アーマーのメンテ代、セキュリティプログラムの入れ替え。あとはごく普通の生活費……リアルな話をすると、家賃とかそういうやつ。
こういうの、イレギュラーハンター所属だとベースで全部まとめてやってくれるんだろうなあ。福利厚生が充実していそう。それ相応の職務内容だし、普通の人(レプリ含む)ならどう考えても死ぬような場所に送り込まれているから、きっと高給取りだろう。公安だしそうに違いない。
「でもいくら給料良くても、得体の知れないところには行きたくない……死ぬ」
周囲に聞かれないよう小声で呟く。
落ちたら一瞬で溶解しそうな溶岩まみれの地底とか、水圧でべっこべこに潰れそうな深い海底とか…。禿げたおじさんの半透明な生首がウロウロしていて、パラパラ踊れそうなBGMが幻聴で聞こえてきそうな場所とか…。
しかもヤバい状況になっても『逃げる』が選択できない。『戦う』一択ときたもんだ。ぼくには無理だろう。
……そういえば、今のところ実物を見たことが無いんだが、トゲトラップってゲームでは即死だけど実際はどうなんだろう。ゲームとは違って残機なんて無いし、人間ならともかくさすがにアレだけでレプリが死ぬとか無いだろ。
……無い……よな? 頼むから無いと言ってくれ、岩本せんせー。
「……ぼくは今の生活でいいや」
そう呟きながら進むうちに、目当ての場所というか目当ての店へたどり着いていた。
人の流れや大通りよりもやや外れた狭い通りの脇にあるのがそのお店だ。店舗の表側はガラス張りで中が見渡せる。
所狭しと並んでいるのは、レプリロイド用のありとあらゆるパーツだった。基礎的な品物から改造品、オーダーメイド、高級品の下位互換モノまでよりどりみどり。アーマー用のデカールやボディカラー変更の注文なんかもできる。そういうカスタマイズのためのショップだ。
ちなみに違法改造ではないということを強調しておこう。これは合法的なカスタマイズであり、常識の範囲内のものだ。使ったらイレギュラー化するとか闇堕ちするとかそういうゲームの中の話ではない。どっかの時代のダークチップとか、どっかの悪友がせっせと集めたDNAデータとか、どっかのマッドサイエンティストな誰かが拾った『ゼロのかけら』でもあるまいし。
「……………………オイオイ」
店に近づくにつれて、その脇に、なんだか見覚えのあるロゴマークが入ったライドチェイサーが停めてある事に気がついた。そして、その車体の横でぽつねんと立っているレプリロイドの女の子がひとり。
噂をすれば影がさすというのか、あれってイレギュラーハンターのロゴだよな……つまりあの少女型もハンターか? いやさすがに事務職だろうな。原作に居ない顔だから、たぶん主人公陣営とは違う……こういっちゃ失礼だが、いわゆるモブキャラか。ぼくみたいな感じの。
じろじろ見ていたせいか、パチっと目が合ってしまった。あっあっぼくは不審者じゃないです。悪いことはしてないです今は(条件反射)
ま、まさかこの前の、ゼロさんと遭遇した不法侵入の件がバレているとかは無いよな……?し、指名手配とか無いよな?まさかまさか?心の中でめちゃくちゃに緊張してしまう。
けれども目が合ってそのまま、何事もなく微笑んで会釈をされた。こちらも半ば慌てながら軽く頭を下げる。
「あーっと、巡回ですかね……お疲れさまでーす」
「はい、ありがとうございます」
柔らかい高めの声と一緒に丁寧に頭を下げられた。すっと何事もなく脇を通り過ぎる。特に呼び止められることもなく終わった。……わ、悪いことをしていないから当たり前だよね(震え声)
横目でチラチラしてみると、ライドチェイサーにはサイドカーのようなものが取り付けられていた。二人乗り仕様になっている。
なんだありゃ。ゲームの中じゃ見たこと無い。ああいう物もあるんだな……知らんかった。カタログを手にする機会があったら見てみよう。
そんなことを思いつつ意気揚々と店に足を踏み入れる。事前に連絡を入れていたおかげか、他にお客は居ないみたいだ。気にせず声を張り上げる。
「こんにちわー店長さーん」
「お、来たね。時間通りだ。いらっしゃい、アトラ」
商品を映すホログラムスクリーンが並んだ、整頓されたカウンターの向こう。そこから顔を出したのはここの店長さんだ。背が高くスラッとしたアーマーと長い髪、落ち着いた低めの声に出迎えられる。
ぼくは背負っていた荷物をカウンターに下ろして中を開く。
「いつも通り買い取りお願いしますねー」
「またたっぷり採ってきたもんだねぇ。お、このアクチュエーターは……あのメーカーのものか。こっちの油圧シリンダーも制御パーツも、一体どこで見つけてきたんだい?ほとんど無傷じゃないか」
「ふふふ、良い獲物を良い状態で仕留められたので……」
どっかの赤いハンターさんが頭だけきれいにぶっ飛ばしてくれたお陰で、綺麗なままゲットできたんですよ!!と内心でドヤっておいた。
バスターをブチかますあの光景は何度思い出してもグッと来るものがある。クッソイケメン。あまりにもお宝映像。ネットで公開したら再生数右肩上がりのウナギ登りに間違い無し。インプレッション稼ぎが捗りそうだ……まぁ出処がバレたら即捕まって、次こそしこたま怒られそうだからやらないけど。
パーツ達の検品を始めながら、店長さんが微笑む。
「良いねえ。やっぱうちの従業員にならない?」
「……う、うーん」
「キミの腕なら給料も弾んでやれるけどなあ~」
「うぅっ。ちょっと、……今は考えさせて下さい」
「良い返事を期待しているよ」
ふふふ、と優雅に笑う店長さんに苦笑で返す。いやぁ、有り難いお誘いではあるんだけどね。どこにも所属しない今の気楽さがなかなか好きなもので。
そう考えながら……ふと少し、ちょっと前の出来事を思い出した。
かつて、死に神みたいな風体のあの
でもぼくは何となく迷ってしまって、首を縦に振らなかった。あの時も今と同じように、明確な理由を答えることなく曖昧に濁して終わってしまった。
その後にぼくは前世を思い出し、混乱して普通の活動もままならない状態で引き籠もった。その裏側で一連の出来事が進行していた。あの
結果として、ぼくは道連れ的にイレギュラーにされずに済んだ。シグマの策略に巻き込まれずにやり過ごした。やり過ごせてしまった。
……最悪だ。合わせる顔がない。仲間にならないかと言ってくれた彼らの好意と信用を裏切って、生き残ってしまったみたいじゃないか。
ぼんやりと嫌なものを回想していた時、店長さんがまた口を開いた。
「ああ、そうだ。キミに会ってみたいってお客さんが来てるよ」
「はい?」
「やったねぇ。ご指名だよ」
「は? 個人で依頼募集なんてしてないですよ?」
な、何だそれは……。ぼくの知らないところで知らない話が勝手に進んでいる気がする。業務用携帯端末を片手で操作しながら、何気ない様子で店長さんは言う。
「実は私のかねてからの知り合いでね。アトラの話をしたら興味を持ったんだと。色んなパーツを綺麗な状態のまま回収してくるから、戦闘能力もなかなかのものなんだろう?ってさ。そういうわけだから話を聞いてやってくれないか?」
「え、ええ……まぁ、店長さんの紹介なら……。どういう人なんですか?」
「レプリだよ。インテリ男さ。しかも前科持ちの元イレギュラーときたもんだ」
くすくすと笑いながらサラッととんでもないことを言ってきた。
「はあぁぁ?! 嫌ですよそんなの!!」
「今は更生してイレギュラーハンター所属になってる。というか監視下に置かれてるって言ったほうがいいのかな。ほら、店の前に可愛いレプリが居たろ?」
「居ましたけど……女の子に見張られてるインテリってことっすか!? しかも肝心の監視役を外に締め出して!?」
なんか字面が酷い。あらゆる意味で本当に大丈夫なのかそれ。あの女の子、事務用レプリだよな?
そんなふうに思ってなんとか断ろうと考え始めた直後、店の奥の方……スタッフルームの方向から苦笑じみた半笑いの声が聞こえてきた。
レプリがひとり、スッと現れる。白い白衣が翻り、艷やかなのに派手さを感じないパープルのアーマーが光を反射する。
「いやいや君達、そんな酷い言い方はよしてくれないかな?」
……。
おいおいおいおいオイ。インテリで元イレギュラーでハンターの監視下に置かれてるレプリってアンタのことか!
「ぇあぁっ!? えっ、えぇーーっとぉ……」
あっやばいどうしよ。表情が引き攣ってしまったのは許して欲しい。今日は以前のようにフェイスガードもしていないし、感情抑制が間に合わなかった。
「おや、私は何か間違えていたかい?何も嘘は付いていないよ、元イレギュラーさん」
「くくっ。いやはや、そう言われてしまうと返す余地もないね」
まさかこんなところで遭遇するとは夢にも思わなかった。というか、生きていたんだ。
内心で大慌てになりながらも、店長さんと彼のやりとりを聞き流す。落ち着け落ち着け。
「やあ、君がアトラだね? 僕はゲイト。今はイレギュラーハンターの技術職として働いている身だ」
わあ!声優ガチャSSRがここにも居るぞぉ!と思った言葉を飲み込んで、ぼくはやや引き攣った笑いを作った。
「どっ、ドーモ、ゲイト…サン。初めまして」
前世的には初めましてじゃないけどな!一方的に。と心の中で更に呟く。店長さんが吹き出したのが視界に入ったのだが、それに気を配る余裕はない。
まずい。まずいぞ。この人は思い切り、主人公陣営と言えるのではないか?……いや、黒幕側だったから違うか???
ぎじゅちゅしょく(噛んだ)ってことはメンテナンスのほうか?ダグラスとかライフセーバーとか……もしかしてもう新オペ子が居るのかなぁ……レイヤーとかパレットとか(現実逃避)
無関係なことを考えているとはつゆ知らず、眼の前の科学者レプリロイドは切れ長のアイカメラをこちらに向け、穏やかな苦笑を浮かべる。はぁ~イケメンですねー。
「一応訂正しておこう。あの
「ははは……スミマセン。悪く言うつもりでは無かったんデスヨ」
「ぷっ、ふふ。私は向こうで査定の続きをしてくるよ。他の客は入ってこないだろうから、お二人でごゆっくり話し合ってくれ。それじゃ」
そんなぁ……。と、引き留める間もなく、店長さんはぼくの荷物と業務用端末を持ってカウンターの奥へ引っ込んで行ってしまった。ふと店のガラス窓に視線をやってみれば、外へ向かって『CLOSED』の文字が表示されている。何というお膳立て。話だけでも聞かなければならない流れにされている。気が進まない。
ゲイト…さん……は、頭のキレる科学者タイプだ。言動に気を付けなければならない。ゼロさんを相手にした時以上に、慎重にならないと。
間違っても「X6冒頭の、貴方がゼロのかけらを拾ってからの即堕ち2コマ漫画展開には驚かされましたね」などと口を滑らせてはならない。いや言わんけど。
なぜそれを知っている?と問われたら誤魔化せない。前世の記憶などという世迷言は、さすがに異常であることは理解しているのだ。ぼくにとって本当のことだとしても、レプリロイドとしては有り得ないことだし。
……うーん、よし、いざという時はさっき外に居た女の子ハンターさんに助けを求めよう。そうしよう。大丈夫だ、最低限のセーフティは存在する。
そんな事を二秒くらい考え込む。それから自分の感情制御プログラムを一時的に抑制して、ポーカーフェイスを作る。落ち着こうと、一旦深呼吸をする。
ぼくがあれこれやっている間に、ゲイトさんはカウンターのイスを引いて優雅に腰掛けていた。ぼくにも掛けるように促されたが、愛想笑いを作りながら遠慮しておいた。正直、かなり逃げ腰だ。
特に気分を害した様子もなく、彼は自分の顎の前で指を組んで口を開く。
「君の話はあの店長から聞いていてね。腕が立つようだから、少し頼みたいことがあるんだ」
「は、はあ。」
一体、店長さんはどれだけ話を盛ってしまったのか。腕が立つなどとおこがましい評価はよしていただきたい。本音では頭を抱えている。
「とある書類を運んで欲しい」
「書類……? 書類って、あの紙製品ですか?」
おいおい今は何年だと思っているんだ?21XX年だぞ。さすがにデータ化しろよ。と思ったが、ゲイトさんは苦笑しながら首を振った。
「まさか、あの繊維の塊ではないよ。電子化されている情報で、きちんと記憶媒体に収められているものだ。それを、とある街から僕のところまで届けて欲しい。運び屋の依頼ということだね。……相応の報酬は用意してある。安心してくれたまえ」
単純に言えば、荷物を運ぶだけのパシリとして雇いたい、ということか。なるほどなるほど。
まぁこの人、X6ではやたらと縦にでかい傭兵さんを雇ってたりしてたしな。スポーツな感じで襲撃してくるあの
「どうしてぼくなんですか? 戦えるレプリなんて他にもたくさんいるでしょう。それこそハンターなら尚更ですよ」
「イレギュラーハンターに存在を認知されていない。かつそれなりの実力者となると限られてくるのでね。きみは店長の知り合いであり、推薦されたレプリロイドだ。それは、こちらにとって信用に値する」
「……あの、店長さんってマジで何者なんですか……」
「それは本人に直接聞いてみるといいだろうね。面白い答えが返ってくるはずさ」
「ええー……」
くつくつと喉の奥で笑いを抑える声がした。それはイケメンイケボだけに許されている動作ですよ、ゲイトさん。
「ここだけの話だ。今のイレギュラーハンターは、何者かに監視……いや、観察されている可能性がある。それ故に、外部の協力者は多い方が良い」
「はあ、大変なんすね」
うーん、そうだろうなぁと思った。だってこれからX8が控えているのだから、シグマはまだ出るし、オマケにコピーもたくさん潜んでいる。新世代型レプリの中に紛れ込んで、今か今かと出番を待っているはずだ。……こう考えるとマジでレイドボスみたいだな。
「今の僕はハンター所属となってはいるが、いわゆる『リーチ』の状態なんだよ。何かひとつでも悪事を働けばアウトだ。今度こそ処分は免れないだろう」
白い片手で自身の首を掻き切るジェスチャーを見せながら、ゲイトさんはそう言う。
あんだけ派手に世間を騒がせればそりゃそうだろ……とは言えないけども。つまりはまだ罪を許されたわけではない、処分一歩手前のクビ皮一枚でギリギリセーフってこと?
「だからこそ怪しまれる行動は慎みたいが、僕からすれば現在はハンター側のほうにも不安要素が存在する。敵を欺くにはまず味方から、というのは定番だろう?」
てきとーに相槌を打ってしまいそうになって、ぼくは一瞬考え込んだ。少し、その発言に気に掛かるものがあった。
それから静かに口を開く。沈黙の間に、空調の音が流れていく。
「…………今の貴方からすれば、ハンターは味方なんですか?」
イレギュラーだった貴方が?ナイトメア事件を起こし、エックスとゼロを敵とし、更にはシグマを復活させた貴方が?……とは指摘しなかった。
ただ何もかもを知らない、世間で表面的に流された情報だけを見て知っている、ただの一般
冷静なぼくの問い掛けを聞き、ゲイトさんは不意を突かれたように押し黙った。ほんの僅かな無言が流れる。
「……ああ。そうさ……彼らには拾ってもらった恩も洗ってもらった恩もある。もちろん、間違いに気付かせてくれた恩も」
軽薄そうな動作で肩を竦めながら、けれども噛み締めるような様子でそう言った。
拾ったのはたぶんエックス達、洗ったのエイリアだろう。
ゲイトさんの表情はとても理性的だ。ウイルスは除去され、人格と電脳は正常に戻り、元々のあるべき姿に返されたレプリロイドの科学者。理性的な、正気の目をしている。……これ、きれいに浄化されてるよなぁ。
民間人であるぼくには詳細を明かせないが、ハンターの側に居ないと解らないし表立って言えない『何か』があるのだろう。そういう機密みたいなものを切り分けて話しているような、そんな気がする。
「…………………………………………」
あーーーーーー、くそ。
あーーーーーー、もう!どうにでもなーれーーー!
敗北した気分になった。なんだこれは、こういうふうに真剣に頼み事をされて、子供みたいに『ムリ!断る!ヤダーーッ!』なんてできるわけがなかった。この様子なら信じてもいいかなぁなんて思ったのは確かなのだ。
お前ってちょろいやつだな、と言われればハイそうです…と返すしかない。
これで何かの犯罪行為に巻き込まれてしまったら、速攻でイレギュラーハンターに駆け込もう。記憶情報も提出しよう。
それでもって、ぼく自身ひとを見る目は無かったらしいと自分で自分を笑ってやろう。
そう考えて、観念しながら首を縦に振った。
「解りました。貴方の頼みを引き受けます。……宜しくお願いしますね、ゲイトさん」
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