一般人(レプリ)は生き延びたい。
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夕焼け空の強烈な赤い光が、瓦礫が積み重なる廃墟とその隙間の僅かな木々を照らしている。
立ち入り禁止区域内の単独での警邏任務中、ゼロは徘徊していたイレギュラーからの襲撃を受けた。
電脳に異常をきたしたそれは、索敵センサーにちらりと引っかかった直後、瞬く間に牙を剥いてきた。四脚の獣を模った大型のメカニロイドで、大きさはおおよそライドアーマー三機分弱といったところか。さぞかし立派であっただろう武装と性能は、破損や劣化で見る影もない。蓄積したシステムエラー、ウイルス汚染、はたまたその両方か。文字通り荒みきった野犬のように凶暴で、もはや確保、更生の余地は見られなかった。
攻撃された以上は迎撃する―――ゼロはシンプルにそう考え、迷いなく戦闘態勢へ移行した。
何ら問題のない状況だったはずだ。そのイレギュラーの最期の一撃が、ボディの右側をアーマーごと噛み千切っていくまでは。
全くついていない、とゼロは地面に伏せた姿勢で舌打ちをしていた。
件のメカニロイドは目と鼻の先で機能停止。それから少し離れた場所に、見慣れた赤い右脚と右手が打ち捨てられている。
油断していたのは認める。余計な手間と、報告書に記す内容が増えてしまった。面倒だ。そして、帰投したらしたで待ち構えているであろう青いやつ等々からの小言とお節介……悪い気はしないが、それもそれなりに面倒くさい。
右腕と脚部への
問題はこれからだ。腕一本程度ならば大したことではないが、脚もとなると話は別だ。単純な移動すら困難になる。
更に大変都合の悪いことに、現時点において通信回線がまともに機能していない。ハンターベース司令部との連絡がつかないということは、早急の救援も期待できないということだ。
「……ちっ、」
ここが安全な区域だとは世辞でも言えない。原因が不明だが、せめて通信状況が改善するまでは凌がなければならない。
セイバーはまだ使える。一応はバスターもあるが、長らく使っていないが故に心許ない。結局、現状では動き回る者にはどちらも不利だ。
他のイレギュラーが潜んでいる可能性を考慮すれば、すぐにでも身を隠した方が良い。
そう判断した矢先、センサーに現れる反応が二つ。
「……新手か。こんな時に」
一つは詳細不明、所属を示す個体識別信号は無し。もう一つの移動速度とエネルギー反応は、先程と同型のメカニロイドのものだった。
急接近、会敵まで三秒。息付く暇もなく、瓦礫と樹木の隙間から、四脚が飛び出してくる。
その瞬間、後方から乾いた銃声が立て続けに響き渡った。バスターやバレットの類ではない、おそらくライフルタイプのものだ。
無数のエネルギー弾が、メカニロイドの頭部を容赦なく吹き飛ばしていく。装甲の破片と循環液の赤が雨のように撒き散らされ、夕日よりもなお赤い色に染まった。
電脳を破壊された機械の塊は、重苦しい音を立てて崩れ落ちていく。なかなかに精度の高い射撃性能。相応に戦い慣れしている者のようだ。となれば、警戒を怠ってはならないということでもある。
「……ん?」
小さい声がした。今しがたの射手がゼロの存在に気づいたようだ。
瓦礫の向こうから上半身を出したのは、見知らぬ戦闘型レプリロイドだった。大型のアサルトライフルを携え、顔上半分をフェイスガードで覆い隠している姿は、かなりの不審者感を醸し出していた。
「―――ぅえ゛っ!?」
ゼロの姿を認識して、なぜか奇妙な驚かれ方をされたような気がする。出した顔を慌てた様子で引っ込めて、なんとも言えない沈黙が流れていく。このまま逃げていきそうだとも思ったが、意外なことに、瓦礫に隠れたレプリロイドの反応はその場から動かない。
きっかり三十秒後。そのレプリロイドはようやく瓦礫から離れ、ほとんど足音を立てることなくこちらのすぐ横まで駆け寄ってきた。真横に膝を立ててしゃがみ込む。
「い、生きていますか?お兄さん。いろいろと大変なことになっていますが……」
高すぎず低すぎない、アルトの帯域だった。
ゼロは相手を睨み上げた。賞金稼ぎの類かイレギュラーすれすれの無法者か、それにしては身綺麗で装備が整えられており、比較的態度も柔らかい。そうなれば、何らかの理由で迷い込んだ民間人か。
「……この場所は一般の立ち入りが禁止されているエリアだ。お前はここで何をしている?」
「あっ、い、いえ何もしてないです。って、その言い方じゃ、悪い事してるみたいじゃないですか!」
どこかで聞いたようなフレーズの言い訳をしながら、相手の見えている口元が盛大に引きつる。
この怪しげな言動に加え、識別信号を隠蔽しているということは、何かろくでもないことをしでかしているかもしれない。……が、今の負傷した状況では如何ともし難い。この有り様、体たらくでは何を言っても虚勢としか取られないだろう。害意はあまり感じられないが、警戒レベルを下げることはしない。
いざとなればどうにでもできる。そうしてきたのだから。
そう考え、とりあえず無言で相手を威圧する。敵と見なした場合は即対処する、と暗に示しておく。
「アッいえすみません、ゴメンナサイ……」
それなりに効果があったようで、相手は更に口元を苦笑と引きつりで歪ませて数歩後退った。
「あー、そのー……て、手を貸しますから、そちらの仲間の救援要請とか……」
「手助けは必要ない。それより、ここに侵入しているお前の方が問題だ。身元の証明と個体識別信号を―――」
「いやいやそんなことより!この状態で周り見えてます?そこらへん貴方の血で酷い有様ですし、敵がいつ現れるかも解らないですよ!」
「………………」
こうも堂々と話をそらしてくるとは。露骨に顔をしかめてしまったのは不可抗力のはずだ。やはり後ろ暗いものを隠している予感がする。
この妙なレプリロイドにどう対応するか、と迷いながら口を開きかけた瞬間、自身のセンサーが警告を発し始める。またあのメカニロイドだ。これではそこそこにまずい状況になる。
「ああほら、また来ちゃいましたよ。三体か。リポップが早い」
相手が思いのほか身軽な動作で立ち上がり、慎重な様子で辺りを見回した。数秒、何かを考えるような沈黙の後、再度ゼロの傍らに膝をついて身を屈める。
「分が悪いので移動しましょう。ちょっと失礼」
「何をして……、おいっ!?」
相手の両腕が、胴と欠損していない左脚の膝裏へ回される。軽く掬い上げるように、ゼロの身体が横抱きに持ち上げられた。循環液に浸った髪から滴が落ちて、地面に赤い彩りを添える。
「じっとしていてください」
そのまま滑るように走り出した。相応に重量のある男性型レプリロイド一体を抱えてもふらつく様子はなく、素早く安定した脚力で瓦礫を踏み越えていく。
扱い方に対する文句を一つや二つ、どころか大量に浴びせてやろうと考えたが、状況が状況なだけに再び舌打ちをするのみに留めた。代わりに不愉快さをはっきりと表に出す。
「……………………………、何の真似だ?」
「に、睨まないでください。運び方に関してはもうすみませんとしか……。あのシチュエーションで貴方だけ放置して逃げるなんてできませんので」
「……お人好しと言われるだろう」
「まぁ、言われますね。……よっ、と」
「……」
表情には出さずに内心で息をついた。見知らぬ不審なレプリロイド相手に、無駄な貸しを作る羽目になってしまった。面倒に面倒が重なっていく。
ゼロはセンサーを確認した。接近していたメカニロイドの敵影が急速に遠ざかっていく。もうまもなく、敵の感知範囲外へ逃げ切ることができるだろう。
ペースを崩すことなく走り続け、動体反応が周囲から全て消えた頃合い。
ライフル使いのレプリロイドは、適当な廃墟を選んでゼロを運び込んだ。形を保っている四方の壁、穴だらけではあるがまだ崩れていない天井。斜陽が射し込む赤い室内。
砕けたガラスが散らばり、古い事務用デスクが転がっているだけの、他と同様に放棄された建物だ。
「こちらへ近付いて来そうな敵を片付けてきます。救援は呼べそうですか?」
ライフル使いはそう言いながら、ゼロの上半身を起こした姿勢で壁へともたれ掛けさせる。まるで人間の重症者に対応するように、ゆっくりとした手厚い扱い方をされるのはかなり据わりの悪い感覚だった。
いつの間に回収していたのか、どこからともなく取り出されたゼロの手足が丁寧な手付きで傍らに置かれる。
「……ジャミングが発生している。今はまだ無理だ」
苦情のように視界を埋めていくプログラムのエラーへ辟易しつつ、問いかけに答える。
すぐに止血をしたものの、撒き散らしてしまった循環液は電脳の働きと身体動作に影響を与えるには充分な量であったようだ。
「そうですか。……イレギュラーハンターは確か、ここから離れた都市部に基地がありましたよね?」
「……ああ」
「もしこちらが出ている間に先方と連絡が取れそうならそうしてください」
「なぜ無関係な相手にそこまでする?」
「重傷者を目の前にして放置するワケにもいかないでしょう」
「お前にメリットは無いだろう」
「どうしてそこまで頑ななんですか。要救助者は大人しくしてろって話ですよ」
無意味な押し問答に眉をひそめる。
要救助者。そういった類の者を保護して回るのは常に自分達であったが為に、同様の扱いを受けることに違和感ばかりが募る。それこそ、相手が何かを企んでいるのではないかと邪推してしまう程度には。
……ゼロはこの時点で、ボディへのダメージと積み重なったエラー故に、正常な判断が損なわれていることに気が付いていなかった。
「何を企んでいる?」
「いえ、何も。……なんでこんな疑われてるんですかね?」
「お前の行動と風体が怪しい」
ええー……、と困惑した声が漏れてくる。
「はぁ、もういいです。とにかく重傷者は大人しくしていてもらわないと!あの犬のイレギュラーがまだうろついてるんですから、じっとしてないと
なんだこいつ。随分と馴れ馴れしくも勝手知ったる物言いではないか。
ゼロはこの方向性のお節介に、何となく青い親友を連想してしまっていた。ああいうタイプの人格は、こんなところにも居るものなのだ。
少し息を吐く。頭が冷えた気がして、思わず口元を苦笑で歪めてしまった。
「ふ……ああ、そうだな。全くその通りだ」
「はぁ……?まぁ、解っていただけたのなら良いですが」
拍子抜けしたようにそう言いながら相手は背のライフルを手元に引き寄せ、アーマーからのケーブルを本体へ接続する。内部のエネルギー残量と動作確認を行っているようだった。数秒でケーブルを戻し、次は片手でフェイスガードへ触れる。こちらも何らかの調整を行っているらしい。現れたホログラムウィンドウを迷いのない手付きで操作し、ようやくライフルを携えて立ち上がった。
「慣れているな。手際がいい」
「そうですか?」
「新入りに少し似ている」
「え?」
首を傾げた相手を見上げたとき、とうとうゼロの視界にノイズが走った。どうやら思ったよりもまずいのかもしれない。そう言えばここのところ、休む暇もなく動き回っていたことを他人事のように思い返していた。
戦線から退いた親友。任務に追われる日々。騒ぎの発端となった新入り。それから現れたあの男の策略を再び潰した。事件が解決した以降も様々な事後処理に追われて任務続きだった。
先程の負傷により発生しているエラーと不具合、元々蓄積していたジャンクデータ、身体の細部に至る動作不良、機械的なストレス。それらを逐一抑制しつつ、疲弊した電脳が現状回復を試みる。各システムの調整にリソースを取られ、全てのセンサーが精度を鈍らせる。ボディのバランスが崩れ、ブレる。電脳が揺れる。ノイズが不快極まりない。狭まった視野が途切れる。
「ちょ、!?嘘!?し、しっかりして下さ―――
―――暗転。
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