ソニック・ザ・ヘッジホッグ(夢)
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空の星が線を描き、足下にあるコンクリートの屋根が途切れる。躊躇いなく踏み切る。向かいのビルの屋根に着地。また夜の街を駆け出す。
耳に挟んだヘッドフォンが周囲の風音を中途半端に阻む。その代わり、体中を震わせるような重低音と刻まれる速いビートが高揚する気分をさらに煽った。弾丸のように頬の横を過ぎていく夜風が生ぬるく、一瞬の中に夏の気配を感じとる。かぜ、風、風風風。
打ち込みの音と機械的に加工された声が速まる度、無意識に加速していく赤い靴先。自然にメロディをなぞる己の口笛が微かに聞こえる。眼下に映り行くイルミネーションが別世界の風景……光の洪水だ。
街の中の大きな交差点が見えた。スクランブルな横断歩道はまだ人波で溢れている。交差点脇のビル壁面の時計は短針が1と2の間に、長針は6を指す。よい子はもう寝る時間、それどころかとっくに夢の中で、紫色をした空飛ぶ夢の住人と戯れる頃合いだ。しかしこれは夜遊びをしてるわけではない。決して。あくまでも。一応。…………否、言い訳。
耳元のユーロビートが終盤に近づき曲調を変え、いったんゆったりと物静かな雰囲気に変わる。嵐の前の静けさに近いものをイメージ。ちょうど途切れた屋根から飛び出し、慣性の助けを借りて風といっしょに宙を進んでいく。
墜ちるこのときだけはいやにゆっくりに感じられる速度。その間にじわじわ大きくなる音量と次第に速くなっていくテンポがまた高揚感を生む。吸い付くように次の建物の屋根に足がついた。膝と足首を曲げ衝撃を受け流す。ばねのように勢いを殺さず膝を伸ばし、また走る。走る。走る。
いつの間にか街の端で一番高いビルにたどり着いていて、気ままに靴先の方向を変えてみた。
速い音の波に支配されて鈍った思考の内にそれでも浮かんだひとり。もう今は眠っているであろう彼女の寝顔を窓の外から一目見て帰ろうかと悪戯に笑って屋根の夜道を駆けていく。
曲が切り替わりトランスがやはり速い音を発し始めた。序盤からかっ飛ばす勢いに押されるがまま、目的地の定まった足並みは乱れることなく猛進。
夜風が強まってくる。しかし風は背中を押し、速度は増すばかり。先ほど通り過ぎた交差点に差し掛かる。十字に交差した道路に挟まるビル……その対角線上の対岸に狙いを付ける。今度こそそれなりの距離がありはしたが、要領はどんな状況でも事態でも常に変わらないものだ。必要なモノは確信と速度、踏み切るタイミング…そしてできれば音楽。迷いためらいその他の雑多な思考は潰して捨てて音に酔え。音に制限された思考は不可能なんて忘れ去る。よく見てみろよ…こんな距離、大したことないじゃないか。
いつの間にかまた口笛が飛び出す。流れ始めた高音域の澄んだ声が頭の芯まで染み渡り、そして時折混ざるシンセの音色がその声をあまねく助長する。今度は音に背中を押されるがままに、踏み切った。
風。
風圧。
重力。
眠らない街。
足元に溢れる光。
ずいぶんゆっくりと歩く人。
風。
全てが停止したような錯覚を起こす五感。
暗い中に見えてきた対岸のビル、その屋根。
風。
間奏に入る音楽。
一瞬だけ夜の静けさが帰ってきた気がした。
足先からコンクリートに触れる。
速度と確信、タイミングと音楽プラスあらゆるものを制御しきれなくなった足がバランスを失う。膝が揺れ、体が傾いだと思った途端に二転三転、自動的に受け身を取った体に感謝しつつ屋根のコンクリートに寝転がった。
ヘッドフォンが吹き飛ばずに耳にくっ付いたままなのが奇跡のようだった。さすがに上がった息に内心苦笑しながら点に変わった星を見上げたとき、曲調が変化する。またじわりと速度を増していくビートが、低音と高音が織りなすメロディが、また心の奥底のエンジンにガソリンを入れまいとする。走り出したい衝動に襲われるその寸前、プレイヤーの電源を切った。唐突に静まり返った世界、夜の帳を再確認する。
倦怠感のある足を動かして、それほどの速さもなく隣のビルの屋根に跳び移った。フェンスの無い屋根を歩き、すぐそこの向かいのマンションに視線を動かした。彼女の居る部屋…ほんのりと月明かりが差す窓は空いていた。閉まったカーテンが風に揺らぐ。心ばかりの小さなベランダには同じく小さな鉢植えが置いてあった。距離は三メートルも無い。数分前の大ジャンプに比べたら簡単なものだ。
足音を極力鳴らさぬように小さなベランダ……と言うよりは足場に降り立つ。開いた窓の隙間に手を差し入れ、少しだけカーテンをずらした。部屋の主はやはりベッドに横になって穏やかな寝息をたてていて、自然に自分の頬がほころぶのがわかった。音をたてずに窓を開け、滑るように部屋の中に忍び込んだ。この感覚はあれだ、ドクターの基地に潜入するときの感覚。
「Good evening…」
枕元に歩み寄って、耳元で小さく小さく囁いた。横に置いてある小さなソファに寝転んで穏やかなその寝顔をじっと見つめ、考える。窓を閉め忘れたのは彼女の責任だ。ならば夜が明け彼女が目覚める数時間の間、ここで過ごしても構わないだろうか。窓は元から開いていた。言い訳の準備はすでにされているのだし。
思い切り走ったあとの倦怠感に押されて降りてきたまぶたに逆らえないまま、目を閉じる。目を覚ました彼女の驚く顔を思い浮かべ、楽しげに笑った。
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