エトセトラ
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「……速いなぁ」
その残像を目で追い掛けて、私はそう口にした。
ホログラムで形成された仮想エネミーと、進路を阻む障害物が設置された広いフィールド。その中を、一体のレプリロイドが駆け抜けていく。人間ごときの視力では、動きの全てを追い掛けることなど不可能だ。
この戦闘訓練用シミュレーターの管制室の中から、カメラとモニター越しにフィールドを見渡す。仮想エネミーは手際よく次々と屠られていき、残るは片手で足りるほど。
「おっと、もうすぐ殲滅完了かな」
呟いた声が、手狭な室内に響いて消える。
イレギュラーハンターの第十七精鋭部隊。その隊員ともなれば、名が示す通りに精鋭揃いなのだと改めて感じてしまう。まぁハンターという連中は、基礎能力は高いのになかなか攻撃しきれない新人くんやら、攻撃のタイミングが掴めないとすぐに苛々し始める赤い奴やら、何でもかんでもヒャッハーと弾丸バラ撒くTの字メットの奴などなど……余りにも個性があふれ過ぎているのだが。
私がここ――ハンターベース――の職員として勤務し始めた当初は、個性の落差が激しくてなかなかついて行けなかった。クソ真面目からイカれたテンションまで様々。ある意味、人間以上に人間らしい奴らばかりだ。(彼らはこぞって否定するだろうが)
そんなことを適当に考えながら様子を見守る。
「んー……ん?」
ほんの少し、画面の中のレプリロイドの動きに違和感を覚えた。それは本当に僅かなもので、しかしもう一度注意深く見詰めてみても正体は掴めなかった。気の所為だったのかもしれない。
そうこうしている間に、訓練終了のアナウンスが聞こえてきた。管制室の制御端末に繋いでいた業務用端末を手に取って、訓練のデータがきちんと転送されていることを確認する。
業務用端末を片手に管制室を出る。その平たい画面をすいすいとスワイプし、詳細情報を表示させる。
シミュレーターのドアをくぐって出てきたレプリロイドへ、軽く声をかけた。
「どうも、クワンガーさん。調子はどうでした?」
「……悪くはありませんでしたが、ブースターの調整が必要かもしれません」
起伏の薄い、淡々とした声が戻ってくる。
赤を基調とした線の細いアーマー。ヒトに近い四肢、
虫を模したかたちの、ブーメル・クワンガーと言う名のレプリロイド―――第十七精鋭部隊の隊員の一人だ。
私は相槌を打ってから、『後でメンテに連絡』とだけをメモしておく。
「今回のリザルトです。後ほど改めて、まとめたデータを送付しときますね」
「ありがとうございます」
端末を手渡すと、すぐさまアイカメラが文字列を追っていくのが見えた。
彼はこうして、シミュレーターでボディの調整をしている。何度も試行回数を重ね、戦闘経験値を積み、自らの研鑽を欠かさないことはなかなか凄いことだ。こういうきっちりしたところは見習ってほしいよなと思う……T字メットの紫の奴が頭に浮かんだ。
「何か?」
ジロジロと見てしまっていたようだ。画面に視線を落としたまま、クワンガーさんが口を開いた。
「いえ。きれいな面立ちだなって思って」
「……」
あ、なんか間違えたかな。無言を返されてしまった。特徴的なその頭部は、どうにも表情というものが読みづらい。怒ってんのか嫌がってんのか見分けが付かない。
クワンガーさんは特にフラットな声色であることが多いから、なおさら解らないのだ。そういう機微に疎いもので。
「アナタは人間で、私は戦闘用レプリロイドです。被造物ですよ」
「そうですね」
「容貌など……妙なことを言う」
「そうですか?」
思ったよりも、彼の視線が泳いでいた。何も嘘は言っていない。思ったことを言っただけなのになあ。
あとはまぁ……その頭のツノ、戦闘中に刃こぼれしたり壊されたりしたらどうやって戦うのかな。体当たりとか?……なんて、そんな野暮なことをちょいと考えていたくらい。さすがに変な目で見られそうだから言わないが。
彼から業務用端末を受け取ったあと、私は再度口を開いた。
「あ、そうだ。少しフットパーツを診せてもらっても良いですか?さっきの戦闘中に少し気になって」
「構いませんが」
「そこに座って、脚動かさないでくださいね。下手すりゃ私が吹っ飛びますんで」
「……」
直ぐ側のベンチを指差して掛けるように促す。彼は、私のジョークに対しても何も反応せずに素直に従ってくれた。うーん、鼻で笑われたりするよりはマシか?
私はクワンガーさんの足元に屈み込む。ポケットから折りたたみの小型ルーペを取り出して、フットパーツの細部を観察しながら触診する。レプリロイド特有のアーマーの、ヒヤリとした冷たい温度が伝わってくる。
あっちでもないこっちでもない。と、そんなふうに表層や加工された断面をなぞっていき、やがて自分の指先が妙な引っ掛かりを捉えた。ルーペで拡大して、それを確認する。
「お。ありましたよ。踵に近い部分……ここに小さい亀裂があります。ご自分では気付きづらい位置でしょう」
「……そう、でしたか」
「戦闘中に違和感あったんじゃないですか?」
「ええ、確かに。……その通りです」
彼の声色が驚いたような雰囲気に変わっていった。機微に疎い私であってもはっきりと解るくらいの変化だ。
おお、このひともこういう感情の動きがあったのだな、と若干失礼なことを考えてしまった。
「今は影響が小さいでしょうけど、とっとと直すに越したことはないですね」
「これ以上の戦闘訓練は控えたほうがよいですか?」
「そうした方が無難ですね。損傷が大きくなれば、クワンガーさん自身の戦闘データにも響いてくるかもしれません」
「……解りました」
「さっきのブースターの件も一緒に、メンテの方へ連絡入れときますね」
了承した彼は立ち上がり、自身のフットパーツを矯めつ眇めつしている。
こんなどうでもよさそうな傷ひとつで、戦闘行動のパターンを乱されるなんて嫌なもんだろう。人間だって骨にヒビが入って安静にするのはお約束なのだから、大人しくしておいたほうがいい。
しかし人間の骨とレプリロイドのアーマーを同列に語るのはおかしな話かもしれないな、と心の中で苦笑した。
端末を操作して、メンテナンスに関するページに必要事項を入力していく。
「アナタは、……優秀な技術者のようですね」
凪いだ低い声が突然そう言った。私は少し首を傾げて、画面へ向けていた顔を上げる。
「? ありがとうございます」
私の視線とクワンガーさんのアイカメラがぶつかって、けれどもすぐに彼はふいっと逸してしまった。
お気に召してもらえたのなら有り難いし、もしかすると褒められたのかもしれない。勝手に照れ臭い気持ちになりながら、少し控えめに笑ってみせた。
「えーと……こ、今後ともご贔屓に……?」
「……」
逸れていた視線がまた私を見る。そしてすぐに逸らされる。
「そうさせて貰いましょう。ではまた」
お疲れ様でした、と私が返す前に、彼は足早にこの部屋を出て言ってしまった。それこそあっという間、フットパーツの損傷など関係無いかのような素早さだった。おい、安静にしろ。
何か機嫌を損ねてしまったか。しかしそうなると、『また』と言われた理由がますます解らなくなる。
仕方なく、今は取り敢えず自分の仕事を続けることにする。私はまた端末の画面へ目を向けて、必要事項の記入を再開させた。
後日。定期メンテナンスの度に、クワンガーさんからわざわざご指名される……ということになるのだが、この時の私は考えてもいなかったのだった。
(本当にご贔屓にして頂けるとは思わなかったなぁ……)
(終わり)