エトセトラ
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……おい」
「……」
低い声で呼び掛けるが応答はない。ゼロは真横で船を漕ぐ彼女を見下ろしながら、面倒な状況であることを再確認する。頭を軽く動かそうとして、自身の髪が引っ張られ固定されるような感覚に眉をひそめた。
穏やかな昼過ぎのハンターベース。メンテナンスルームの片隅に設けられた休憩スペースにて、もどかしくも静かな時間が流れていく。
「……」
ゼロは無言のまま、青色のアイカメラを巡らせて周囲を見渡す。若干睨むような目付きになったかもしれないが、他のレプリロイド達や人間の職員の姿はまばらであり、こちらへ注意を向ける者など居ない。
今日は珍しいことに、緊急事態も無く通常通りのスケジュールで動く日だった。以後何も起きなければ本日の業務は終了だ。
この後は戦闘訓練用シミュレーターにでも行ってもうひと暴れくらいはしておくか、と考える。そう考えてはいるのだが、どうにも妙な状況になっていた。
「……ぅー……」
「……お前な」
いい加減にしろよ、と言いかけて言葉を飲み込んだ。
ゼロの肩にもたれ掛かったまま、金の髪に包まり埋もれるように彼女は寝息を立てている。とても穏やかで、平和ボケとも取れるような緩んだ顔を目の前にして、しかしどうにも無理矢理起こす気にはなれなかった。
―――ゼロさーん!お疲れ様です!私も休憩なんですけど、隣いいですか?
―――ああ。
数十分前。業務用端末と飲み物を片手に、彼女はゼロの隣に座ってきた。差し入れだと手渡された飲み物を受け取って、そのまま他愛もない話と静かな時間に身を任せてしまった。
ベースでの仕事の愚痴に始まり、最近のハンター達の話やらネットでのエックスやゼロの評判やら、果てはここから徒歩数分の圏内ではこの店が美味い、などなど。
本当に、実に下らない。覚える価値も見つけられない話だった。中身は空っぽで、ただただ上辺をなぞるだけの単なる気楽な『お喋り』だ。
だがそれらが不快だったのかと問われれば、否定できる。できてしまう。
―――へへ、勝手にたくさん話しちゃってゴメンナサイ。でも聞いてくれてありがとうございます!
―――俺も休憩中だからな。別に構わないさ。
―――あざまっす!さすがセンパイ!
―――お前に先輩と言われるのは据わりが悪い。
―――ちょ、酷ー!!じゃあなんて呼べってんですか!?なんならもっとセクシーにハートマークとか付けちゃいますよ!?ね♡センパイ♡
―――気持ち悪いから今すぐ止めろ。
―――やだもーそんなご無体なぁ……!
よく回る口や次々変化していく表情を眺めて、妙にハイテンションなその喋りへ適度に相槌を挟む。
ゼロが淡々と話を流していく間に、少しずつ彼女の声のトーンは落ち着き、言葉の隙間が増えていき……気が付けばあっという間に静かになってしまった。穏やかな寝息だけが聞こえてくる。
どうやらこれは、何かしらの徹夜明け勤務の後だったのではないか。あの勢いは寝不足ゆえのテンションの高さだったのならば、納得もいく。よく考えてみれば、なんとなく疲労が溜まった表情をしていた気がする。
横に居るのが俺で良かったな。とゼロは密やかに笑った。
これがエックスだったら、体調管理だとかスケジュールがなんだとかで小言を言っていただろう。
髪を引っ張られ続けるのは癪だが、もうしばらくは様子見をしていてやろう。そう思い、ゆっくりと自らの脚を組み直す。隣で眠りこける少女へ視線を向けた。
閉じられた両の目と睫毛が見える。きっちり着込んだ衣服。上下する胸元、細い肢体。かくんと揺れた頭部がこちらへ傾く。薄く開いた口元から吐息が漏れている。
これはどんな
音もなく手を動かして、丸い頬に触れる。なめらかな皮膚の手触りと、淡い温度を指先のセンサーが感知する。その奥にあるはずの熱く錆臭い血液や柔軟で複雑な筋繊維、それらに埋もれた生白い骨格までをも想像する。
金属とは違う。オイルとは違う。レプリロイドとは違う。人工的なものなど含まれていないこの脆弱な生き物は、
「……馬鹿馬鹿しい」
まさに下らん妄想だな。とゼロは自分へ向けて嘲笑した。
力を込め過ぎないように細心の注意を払いつつ、彼女の頬を軽く突付く。ついでのように、むにむにとつねる。引っ張る。
そうっと、柔らかなくちびるをなぞる。ゼロが少し力を加えただけで、儚く潰えそうなもの。
否、これを無くさないために、無くさせないために、自分が居るのだ。
「……むあ?」
間の抜けた声が聞こえてきた。やっと起きたか、と少し呆れながら、その柔らかな頬を更に摘む。
「ゼロひゃん!?わらひのほっぺであひょばないれ!」
「っくく、何処の言語だ?翻訳できないが」
「なんへやねん!」
「これに懲りたら、俺の髪を下敷きにして寝るのは止めることだな」
「ひょわ!?ひゅいまへん!ごめんらはい!」
恐らくは謝罪であるだろう台詞が飛び出してきたところで、ゼロはその手を離してやった。伸びた頬を押さえながら、ようやく彼女は体を起こす。
涙目のまなじりを吊り上げてゼロを睨めつけるが、赤くなった頬も相まって大した迫力は無い。
「もー!だからって止めて下さいよー!女の子の顔を何だと思ってるんですか。変形して戻らなかったら困りますよっ」
「ほお。そりゃ悪かったな」
そもそも勝手に寝落ちするやつが悪い。そう言ってやれば、返す言葉もない様子で黙り込む。
なにか言いたげにもごもごとして、しかし気まずそうに視線が逸らされた。こういう場合、どんなことを相手に言うべきかは頭に入っている。
「……徹夜明けか? 休息と睡眠は適度に摂れよ」
思った以上にすんなりと、他人の体調を気遣う言葉が飛び出してきた。
こんなふうに案ずる台詞を口にすることができるなんて、自分も随分とエックスに感化されているものだ。ゼロは内心で苦笑する。
彼女は驚きながら、悪戯がバレた子供のようにぺろりと舌を出した。
「あはは、バレちゃいましたか。仕事が立て込んで仕方なかったもので」
「不眠不休は人体に悪影響だろう」
「多少は大丈夫ですよ!……でもありがとうございます」
「顔、疲労が滲み出てるぞ」
「えぇー!? 乙女相手にそんなノンデリなこと言わないでくださいよぉ!訴訟も辞さない!」
「そうか。頑張れよ」
特に何も考えること無く、とても雑な相槌を打つ。けらけらと笑う彼女の表情を不思議な心地で見詰め返す。
また下らないお喋りが再開されてしまった。下らなくも、どこか気持ちが弾むやりとりが。なのにやはり、この無意味な行動を否定する気になれない。
ゼロは口元に薄い笑みを乗せ、組んでいた脚を戻して立ち上がった。僅かに遅れて、自由になった髪が追随してくる。
もうそろそろこの、喧しく喚く口を黙らせてやろう。
「乙女ってやつは大変だな。まぁ、貰い手が見つからなければ、いつかもらってやっても良いぜ?」
振り返ってそのまま、バスターの一撃を食らわせるが如くそう言い放った。
眼前の彼女の顔が呆け、喧しい口がフリーズする。まさに青天の霹靂、寝耳に水、とでも言うべき表情がこちらへ向いている。ゼロは思わず笑いそうになりながらも平静を装う。してやったりだ。
じゃあな。ひらひらと片手を振り、返事を待たずにさっさと歩き出した。五秒経過。十秒経過。彼女からのレスポンスはまだ無い。
メンテナンスルームから退出し、ドアが自動で閉まった直後、
「……はへ!? え、えぇ?!ちょ!? 何いってんすかゼロさんんんんん!?」
くぐもった叫び声がゼロの聴覚へ届いたのだった。
(終わり)