エトセトラ
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どうしてこんなことに…、とナオトは頭を抱えていた。
現在地。暗い部屋は最低限の明かりしか灯されていない。手持ちの小型フラッシュライト、機器のモニターからのものが今の光源だ。
辛うじて役割を保っているガラス窓が白い光を反射して、荒れ放題の室内を不気味な空間へと仕立て上げている。コンクリートの壁にはヒビが入り、天井の照明と空調設備は用をなしていない。事務デスクやイスがそこら中に散らばっている。錆びた金属とプラスチック片、何かの装置の部品までもが散乱している。全てが古びていて、いつからこのままなのかも判然としない。
「はぁ……」
モニターを見詰めながら、重いため息が漏れ出てしまった。
―――今日の仕事はただの点検作業の一環だったはずだ。奇妙なエネルギー反応が確認された郊外の工場跡地を、携帯用の機器を片手に点検、反応を観測して回る。全体の規模を考えても、早ければ数時間、遅くてもせいぜい半日で終わる仕事だ。だというのに、今回は非常に厄介なトラブルに見舞われてしまった。
トラブルを回避している間に陽はすっかり暮れ、辺り一帯にはひたすらに不気味な静けさだけが広がっている。
あまつさえ、この工場は跡地なのだ。建物がそっくりそのまま放棄され、どれほど経過したのかも知らない。
無人となり廃墟となり、使われていないはずの跡地で観測される奇妙な反応。そしてトラブルそのものである、蠢く無数の影。
月明かりのみが最低限を照らす夜の廃工場は、まさにホラーゲームの様相を呈していた。
「今の状況が恐ろしいですか?」
「はい……あっ、い、いえ!だ、大丈夫です、アジールさん!」
「っふ。失礼、恐いと感じることは悪いことではありませんよ。危機感が正常に働いているということなのですから」
苦笑であっても上品さを感じる低い声、背が高くスラリとした出で立ち……紫のアーマーを纏ったレプリロイドが、ナオトのすぐ背後の壁際に背を預けてそう言った。
こんな事態であっても比較的落ち着いていられるのは、正直なところ彼の存在がとてつもなく大きかった。今回のナオトの仕事に同行したいと言い出したことには少し驚いたが、今となっては居てくれることがこんなにも嬉しくて心強い。
アジールはいつものように口の端を持ち上げたまま、ナオトの手元のモニターへ視線を向けた。
「さてナオトさん、測定結果のほうは?」
「……はい。施設の最深部から微弱なエネルギー反応が周囲一帯に放出されているようです。かなりの範囲、地を這うように広く薄くです。データによれば、ここは元々単なる大型プラントだったはずなんですけど」
「つまり確実に何かがあるということですか。……成る程、話に聞いていた通りです」
「え?話?」
「ここは“いわくつき”の噂が流れていましてね」
―――曰く、郊外の廃工場は呪われている場所であり、夜な夜な徘徊するレプリロイド達に溢れている。
―――曰く、足を踏み入れれば最後、戻ってこられるレプリロイドは居ない。
―――曰く、ここに囚われたら最後、壊れていていてもなお動き続けるレプリロイドに変えられてしまう。
オンライン上では……特にダークウェブの中で、そんなオカルトじみた話がまことしやかに語られているらしい。
淡々とした様子で、しかしどことなく愉快げな口調でアジールは『噂』を語る。
「この仕事に無理を言って同行した理由がこれです。このような意味深な噂がある場所に貴女一人で行かせるなどとんでもない」
言葉を聞き、ナオトは思わずぱちぱちと瞬きを繰り返す。さらりと告げられた台詞を一瞬聞き流してしまいそうになった。それくらい、さも当たり前のような調子だ。
……あぁそうか、自分の身を案じてくれていたのかと合点がいき、ナオトは内心で嬉しくなった。心の奥底がふわりと暖かくなって、口元が自然と綻んでいく。
「ありがとうございます、アジールさん」
「……当然のことですよ」
本当に当たり前だと思ってくれているような様子だ。
彼の気遣いにまた緩みそうになった表情を慌てて引き締めて、今度こそ状況を整理しようと気持ちを切り替える。
機械が中心となった噂話なのに、呪いなどという古式ゆかしいオカルトが入り込んでくるとは奇妙だ。わざとそんなものを世間へ向けてバラ撒いて、意図的に人払いでもしているかのよう。
「この場所では、何かの技術の実験が行われているのかもしれません。後ろ暗いひと達が研究施設として使っている、とか」
「くく、そうですね。後ろ暗いなどと我々が言うのも可笑しな冗談ですが、大方そんなところでしょう」
「となるとやっぱり、外のアレをなんとかしないとダメですよね……はぁ」
またため息をついてしまう。やはり何か対策を練らないと、そこまで考えた直後。部屋の外で硬い物音がした。
「!!」
「……」
壁際に佇んでいたアジールが、無言で視線を鋭くするのが見えた。怜悧な表情が部屋の外へ向き、数秒。それからナオトの目を見詰め、指先を唇に当てる。沈黙を促す仕草と、しぃ、と低く囁く声。釣られるように、こちらの視線も部屋の外へ向く。頭の中の考え事が吹き飛んで、即座に緊張が走る。耳の奥でごうごうと音がする。
―――外に、アレが居る。
金属が擦れる足音。不安定なアクチュエーターの軋み。弱々しく引き摺られる機体の音。動作不良なのか、全ての音が揺らめいている。きいきい、ぎしぎし、がりがり、ぎゅりぎゅり。
声が大き過ぎた?ライトを消すべきだった?と混乱した時、アジールが素早くナオトの前へと踏み出す。庇われるような立ち位置に変わった直後、ばりんと窓をぶち破る音が響いた。黒いシルエットがガラス片を纏いながらこの部屋へ飛び込んでくる。
「ッ!」
鋭利な吐息が走る。―――刹那、鮮烈な薄赤い輝きが空間を駆け抜けた。暗い視界を斜めに裂いて、ナオトの目に残像が焼き付く。逆袈裟に斬り上げ、弧を描いたのは鮮やかなる一閃。
ばしゃん、がしゃんと硬質の物が勢い良く床へ叩きつけられる。揺らめいた音たちはもう聞こえない。文字通りの瞬く間に、それは鉄屑へと変えられていた。
眼前のアジールがため息をつく。その手には、今しがた侵入者を斬り倒したセイバーが握られていた。赤いブレードの光に照らされた横顔が、鋭く敵を睨んでいる。
「またこのメカニロイドですか。怪我などは……ありませんね?」
「は、はい。大丈夫です……ありがとうございます」
心臓が早鐘のように鳴る。恐る恐る息を吐く。
実際のところ、現状はまさにオカルトのようでありフィクションのようだ。
今回の厄介なトラブルの元である、蠢く無数の影。先ほど口にした『外のアレ』……アジールとナオトの二人がこの部屋の中で足止めを食らっている元凶が、まさにこのメカニロイドだった。
大型犬のような四脚の機体。しかし脚は全てが奇妙なほど細く、不格好な逆関節。極めつけは首のないデザイン。世間では全く見たことのない形をしている。
この広い廃工場を進む中、のそのそと群れをなして動き回るさまを最初目にした時は、ここは何かのホラーハウスかと思ったくらいだった。
「ほう、これは面白い。……ナオトさん、どう思います?」
セイバーを納刀したアジールが、愉快そうに口を開く。
今しがた斬り落としたばかりのメカニロイドの半身が、やや乱雑に引っ繰り返された。動かされた金属が床を擦る音と、千切れた部品が飛び散る音が辺りにこだまする。
セイバーのエネルギーブレードによって溶解したパーツが見え隠れする切り口へ、ゆっくり目を向ける。ライトでそれを追いかけて照らす。
胸部に埋め込まれている動力炉は、すでに停止していた。
「これは……!」
ナオトは息を呑む。状態を確認すべく、手の中のライトを動かしていく。
この壊れ方は、彼のセイバーによるものではない。外部からの攻撃による破損ではなく、これは経年劣化によるものだ。
「元からこのメカニロイドの動力源は壊れていた……?」
「そういうことになりますね。なるほど、外を徘徊しているアレらはこのような者達ということですか。どおりで」
「初めから動力炉が動かなくなっていたのに襲ってきたということは……外部からのエネルギー供給ですよね」
「ええ、おそらく」
少し心当たりはあります、と彼はそう言った。長い指を顎に這わせ、考え込む仕草を作る。
「先ほどのエネルギー反応です。この施設の奥に動力エネルギーを広範囲に送信するシステムが作られているのでしょう。どこの誰が作ったのかまでは存じませんが」
「そう、でしょうか……」
確かにそのような技術は存在する。ナオトは己の記憶を辿りながら考え込んだ。
しかし、部屋の外をうろつくメカニロイドはかなりの数が居たはずだ。壊れかけとはいえ、あの物量をこの精度で動かすならここで観測できたエネルギーだけでは賄えない。
上手く言葉に言い表せない、僅かに意識に残るような嫌な疑問だけが募っていく。
「では確認の為に、このメカニロイドの検死などをしてみますか?」
エネルギーの受信装置がどこかに取り付けられているでしょうから。そう言って何食わぬ様子のまま、彼はアーマーのつま先でメカニロイドを転がした。硬い音が響き、機体から漏れ出た錆色のオイルが床に飛び散る。首無しの胴、胸部に取り付けられた無機質なアイカメラがナオトを見上げてきた。
それは暗く濁っていて、まさに怨念を纏っていそうで……。妙なイメージを浮かべてしまい、思わずぶるりと鳥肌が立つ。これでは本物のホラーゲームのようではないか。
それに、今の一連の話は全て仮説なのであって、本当にそんなシステムが構築されているのかどうかも解らない。手持ちの機材のみでは判断できない。
かと言って、今から周りを徘徊しているあの機械達の相手をしつつ最深部がどのようになっているかを確認しに行く、というのも憚られる。危険だし、なにせ外はもう夜なのだ。
―――動力炉が壊れたまま徘徊し、動く者を手当たり次第に襲う首の無いメカニロイドの群れ。本当のオカルト話のようで、信じたくない。もし今の仮説が見当外れだったとしたら……そう考えると、正直あまりにも怖すぎる。
「い、いえ!結構です!止めましょう!こ、工具も足りませんから!」
「そうですね、時間の無駄だ。こんな前時代的なエネルギー送信システムを今更研究する者など皆無でしょうし、『公の場では』聞いたことがありません」
「えっ、ちょっ!?アジールさんも無いんですか!?」
「私は知らないですね」
「えええ!?じゃあ今の話は……!?」
せっかくこのオカルトに理由を付けられたと思ったのに、これでは仮説が振り出しに戻ってしまう。
「ふっ、くく。いやはや、慌てる貴女が愛らしいもので……ついからかいたくなってしまいました」
「も、もう!止めて下さい!」
くつくつと喉の奥で笑うアジールの様子はあまりにもいつも通りで、いちいち狼狽えている自分が恥ずかしくなってしまった。そもそも彼は初めから落ち着き払っているし、羨ましいほどの余裕っぷりだ。自分にとってはトラブルの渦中に思えても、数多の戦いを潜り抜けてきた彼にとっては修羅場とは言えないものなのだろう。さっきだって、突然侵入してきたこのメカニロイドにも当たり前のように応戦しきれていたのだから。
極力、冷静に行動をしなければ。アジールの足を引っ張らないようにしなければならない。そう思いながら軽く頭を振った。
「……恐怖は、紛れましたか」
柔らかな声と共に、アジールの片手が伸びてきた。ナオトの髪に触れ、ゆったりとした動作で頬をなぞっていく。くすぐったい。冷た過ぎず暖か過ぎず、たくさんのものを斬り伏せてきたであろうその手も、自分にとっては何にも代えがたい愛おしいものだ。
「あ……、ありがとうございます。あなたが居てくれて良かったです……本当に、本当に感謝しています」
「礼など。ここを無事に脱出できてからにしましょう」
「ふふ、はい。そうしますね」
頷きながら、ナオトは微笑んだ。大きな貸しとなってしまった気がする。また何か別の形で返さなければならないが、今はそれよりも、優先するべきことがある。
気持ちを切り替える。彼が居てくれるのなら、何も心配はいらない。現状への恐怖や不安、その他ごちゃごちゃとした雑多な負の感情を頭の隅に追いやる。
切り替えたことを察したのか、アジールがふっと口元を緩めた。
「この世に摩訶不思議なものなど存在しません。この現象にも必ず黒幕が居ることでしょう」
ですが、と彼は言葉を続ける。
「外のアレがどのようなカラクリで動いているのかなどどうでもよい。私と貴女が無事に帰路に着くことが最終目的です。この現象の原因を突き止めるなど二の次。よろしいですか?」
「はいっ。解っています」
「よろしい。では、…………!」
その瞬間、部屋の外から、再びあの足音が聞こえてきた。金属の擦れと引き摺られる機体。耳障りな揺らめく稼働音。おそらくまた、先ほどのメカニロイドが近づいてきている。
―――今度の足音は、複数あった。
それを聞いたナオトはすぐにライトを消し、腰のポーチへ捩じ込んだ。持ち込んだ機材を手早く、そして極力音を出さぬように荷物に纏める。いつでもこの部屋から抜け出せるように、周囲を警戒する。自分でも驚いてしまうほどに素早い判断だった。
一方のアジールは壁際に身を寄せ、割れた窓から外の様子を伺っている。どうしてか解らないが、更に愉快なものを見る表情へ変わっているような気がする。
「団体客が御到着のようです。流石に数が多い」
「……あれは……!」
同じように外を覗き見たナオトは唖然としてしまった。先ほどのメカニロイドと同型と思われる物たちが、廊下の向こう側からゆっくりと歩み寄って来ていた。ざっと見た限りでも五十体は下らないだろう。同じように機体を揺らし、きいきいぎしぎしと軋んだ音を鳴らして進む群れ。ひしめき合いながらこちらへ近付いてくる。
いったいどんな設計者がこの首無しの造形を考えたのだろう、などと今更ながら場違いなことを考えてしまった。
「ふむ。私はイレギュラーではありますが、外に居るアレらはそう呼べるのかどうか……では、ナオトさん」
「はい?」
こうなっては仕方がありません、とアジールは悠然と呟いた。
ナオトは、自分の体がふわりと浮かんだような錯覚を感じた。薄暗い部屋の景色が素早く流れていき、何事かと慌てたすぐ後に、視界にアジールの涼し気な顔が入り込む。背中と膝裏に回された硬い感触の腕が、しっかりと自分の体を支えている。
気が付けば、軽々と抱き上げられていた。
「え?」
「では行きますよ」
踏み出す一歩は素早く、そしてとても力強かった。
アジールはナオトを横抱きにしたまま、割れた窓から部屋の外へと飛び出した。遅れて状況を理解し、慌てふためいて彼の首へ両手を回す。振り落とされないよう必死にしがみつく。
「え、ええ!?こ、このままですか!?」
「こうなっては多勢に無勢ですし、守りながら戦うのも難しい。現時点ではこれが最善です」
戦闘型レプリロイドの脚力を存分に活かし、廃墟の廊下を駆け抜ける。フットパーツが床材を噛む音が響き、ボディが徐々に出力を上げていく。ナオト一人を抱えていても、その走りは非常に安定していた。さすがだ、と思った。
アジールはどことなく上機嫌な表情で、このまま口笛でも吹き始めそうな様子になる。
「フフ、試しにイレギュラーハンターになど通報してみましょうか?あの二人がこの現象を前にした時、どう対応するのか……非常に愉快なものが見られるかもしれませんね」
「そそそ、そんなこと言ってる場合じゃないですよっ!後ろっ!追いかけて来てます!」
「問題ありません。すぐに建物を抜けます」
どん、と空気が揺らぐ。夜風が頬を掠め、ナオトの髪が大きく靡く。
不気味で陰鬱な廃墟を抜け出した先。二人の頭上には、広がる夜空と欠けた白い月が昇っていた。
明るく輝く高層ビルが遠くに建ち並び、眠らぬ都市を縦長に際立たせている。地上から伸びるサーチライトが、ビルや高架橋を照らし出している。それらの合間を行き交う多くの光点は、何かの宣伝用の飛行型メカニロイドだろうか。宝石のように煌めく夜景は、見慣れているはずなのにとても美しかった。
「!さっきのは!」
我に返ってから、ナオトは後ろへ目を向ける。うごめく無数のシルエットが離れたところを駆けている。まだアレは追い掛けてきている。
「このままエネルギー反応の範囲外まで一気に行きます。良いですね?」
「っ、はい!お願いします!」
アジールの赤いアイカメラが細められたのを至近距離で見詰めながら、彼の走りの邪魔にならないようにしっかりと身を寄せた。レプリロイド特有の、地を蹴る足音に耳を傾ける。
まだまだ夜は明けそうにない。目と鼻の先だというのに、帰るべき街は遠く感じられる。この廃墟の領域だけが、世界から隔離されているようだった。しかしこんな難儀な状況であっても、彼となら不思議と乗り越えられる。大丈夫。……そう思いながら、ナオトは腕の力を強めたのだった。
コープスリバイバー。
カクテル言葉は「死んでもあなたと」