エトセトラ
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「……強くなるには、どうすればよいと考えますか」
その質問が彼から飛び出したのは定期メンテの後だったか、それとも毎度の戦闘訓練の後だったか。今となってははっきり思い出せない。
非戦闘要員かつメンテナンススタッフ(兼技術者)さらには人間である私に聞くことか?と大変困惑してしまったのは確かだった。
何を言い出すんだこのひとは。と、目前の鍬形の頭部を見上げた。私は物凄く怪訝な顔をしていたはずだ。
「……あの、クワンガーさん? 聞く相手間違ってません? シグマ隊長のほうがいいんじゃ……」
「隊長にはもうすでに伺っています。人間としての見解を聞きたい」
「はあ」
実に平然とした様子でクワンガーさんは言う。
こんなタイミングで全人類代表のように意見を求めないで欲しいと思った。私は非力な人間であり、自分より色々な意味で強い人なんてごまんと居るのだ。
「えぇー?……あー……『強くなる』の定義がわかりません。精神面?肉体面?」
なんと答えるべきか迷いに迷って、とりあえず考えながら返してしまった。
「能力だけが強くても結果がはっきり出ないのは、まぁ……なんというか、ほら……エックス君を見ればお解りになるでしょう。かと言って、精神だけ強くても非力ではできることはたかが知れてるわけで」
目新しさなどない、とても陳腐な答えだ。
私が知らないだけで、もっとこう……なにかあるんじゃなかろうかとは思った。そういう、強くなる為の能力の伸ばし方をテーマにした……根拠がはっきりとした研究とか統計的なものが。それを探す方が手っ取り早いだろう。
いや、そもそも『能力を伸ばし方』なんて、彼が一番良く知っていて実践しているのではないか。そう思い至って結局、ピンと来ないまま曖昧なことを口にした。
「ですので、結論としてはあなたがやってることと同じですかね」
「そうですか、やはり」
そう呟きながら、クワンガーさんは深く頷いていた。自分の考えと行いが間違いのないことなのだと、確固たる意志が伺えた。
変わらない表情と平坦な声色から読み取れる情報はとても少なかった。いつだって彼は落ち着き払っていて冷静だった。私にはそう見えていた。(……もしかすると、本当のところはそうでもなかったのか?)
だからこそ、そんな理性の塊みたいなレプリロイドがあのクーデターに加わった理由がよく分からなかった。
シグマ隊長は強いレプリロイドだ。それは百も承知だ。かと言って、隊長と共謀したその先その未来がどうなるか、何を考えて何を目指していたのかという部分が、私には曖昧なように感じられた。
…………あぁでも、これはどちらかというとシグマ隊長に問い質してみたい。もしかすると私が普通の人間だから理解できないものがあったのかもしれないし。
結局のところ、本物の昆虫のごとく強固な
強さの何たるかを問われた時に、どう答えるのが良かったのだろうと考えてしまう。彼のプラスになるようなアドバイスか?いや、無理だろう。私と彼とでは、考え方や感覚や何もかもが違いすぎる。種族さえ。(もう少し時間の猶予があれば、真剣に考えてレポートにしてやっても良かったかも)
後悔のような、自分が知りたいだけのような。良くわからない気分になる。私だけがずっと悩んでいるみたいで納得が行かない。それに加えて現実問題として、腹が立つ部分がある。
シグマ隊長やクワンガーさん達が派手にやらかしてくれたお陰で、我々ベース職員は事後処理に追われイレギュラーハンターそのものは組織再編を余儀なくされ世間には糾弾され……とんでもなく忙しい日々が続いているのだから。
「だったら、本人に直接文句を言うしかないかぁ?」
そんな長い考え事の後、私は大きな独り言を吐き出した。
さて。今現在の時刻は真夜中。ここは私の自宅だ。
当たり前のように他には誰も居ない。周囲にあるのは私物の端末と大きなモニター、レプリロイド研究のための大量の資料やパーツ、記録媒体の数々。趣味と実益を兼ねた部屋の中で、一人溜息をつく。
私の手元にはエナジードリンクの缶。それと一つのコアユニットがあった。少し煤けていて、まるで爆発にでも巻き込まれたみたいな有り様だ。
これを専用のデバイスへ接続する。いくつかのケーブルと周辺機器へ繋ぎ、マイクとカメラを立ち上げる。それから、デバイスから伸びる一番大きいケーブルを端末の筐体に繋ぐ。かちり、とコネクタが硬い音を立てた。……ちなみに念には念を入れ、物理的にオフライン状態にしている。
端末がデバイスを瞬時に認識する。専用プログラムが立ち上がり、画面が切り替わった。音の波形と『SOUND ONLY』の文字が並ぶ。全てがきちんと起動するのを見届けてから、私はエナドリを一口飲んだ。
「どうも、クワンガーさん。聞こえてます?」
『……』
あれ、返事がない。首を傾げる。
全システムは正常に動作している。繋いだコアユニットも、オールグリーンのはずだ。
カメラに向かって手を振ると、画面の波形が揺らめいた。
『これは……』
「あ、おはようございます。今は夜ですけど」
『……私は破壊されたはずですが』
「そうですね」
どこか茫然とした様子で、聞き馴染みのある低い声は呟く。
エックス君がクワンガーさんを倒した。要塞と化していたあのタワーは無事まるっと奪還され、イレギュラーハンターの手による事後調査がされることになり、他のハンターや職員達と共に私も現地へ赴いた。
「あなたのコアユニットを運良く発見したんです」
レプリロイドの電脳の、中枢とも言える重要なパーツ。これを残骸から見つけ出せた時は信じられない気持ちになった。コードが千切れていたり少しひしゃげていたけれど、少し修復すればなんとか起動できる状態だった。本当に幸運だった。
その後すぐに荷物の中に隠して密かに持ち出して……ちなみに報告はしなかった。これが明るみに出れば罪に問われかねないが、まぁバレなきゃセーフだ。
以上をかい摘んで事情を説明すると、しばしの無言が流れていった。
『………………アナタ、正気ですか』
「えー、イレギュラー認定された相手から正気を問われるとは思いませんでした」
ごもっとも。鋭い斬れ味のツッコミだなあと軽く笑ってしまった。
自分が正気かどうかなんて私にはもう解らないが、とにかく仕事尽くしでメンタルを拗らせていることだけは解かる。
クーデターが終息した今、誰も彼も疲れきっていて嫌気が差しているはずだ。シグマ隊長をぶっ飛ばしたエックス君だって、無理矢理に平常を装っているのが良く解かるくらいなのだ。(彼の友人であるゼロがああなってしまった以上、エックス君の心境は察して余りある)
おそらくきっと、今回の件は多方面に酷い爪跡を残したことだろう。人間にもレプリロイドにも。
私はしばらく迷ってから、ようやく気になっていた事柄の一つを口に出した。
「あー……、答えは見付かりました?」
『……答えとは?』
「強くなるには、の件です」
『……』
レスポンスはない。聞かないほうが良いことだったかもしれない。失言だったかなと心の中で苦笑いをした時、考え込むようなゆっくりとした返事が届いた。
『……あの、青い光を覚えています。圧倒的な力の奔流を』
「青?」
『彼は間違いなく強くなっていた。可能性、成長、精神の在り方すら……シグマ隊長の考えは確かに…………』
「エックス君のことですか?」
『…………、いえ、もう済んだことです』
体が破壊される寸前までのメモリーをなぞるように、もしくは思考を整理するかのように、静かな言葉が並んでいく。今のクワンガーさんが何を考えているのか、やっぱり私にはよく分からなかった。もしかしてもしかすると、彼自身もまだ答えを見付けきれていないのかもしれないと思った。
『……シグマ隊長はどうなりましたか』
「エックス君に倒されました。証拠隠滅の為か、アジトは綺麗に爆破されて瓦礫の山。隊長の電脳もボディも見つかっていません」
『…………』
また沈黙が過ぎていった。今度こそ本当に、何を考えているのかなんて一ミリも見当が付かない。私はただ、彼が次の言葉を発するのをじっと待った。
やがてまた、あの声が聞こえてくる。
『私をどうするつもりです?』
「うーん、どうしましょうかね。さすがにボディを今すぐ用意するのは厳しいですから、」
『……そうではありません。私はエックスの強さを見誤り、敗北しました。イレギュラーとして処分されるのでしょう』
まるでそれを望んでいるかのような口調だ。けれど、現段階ではそこまでは考えていない。
「いえ、まだ……。ただ私は……、」
言い掛けて口を閉ざした。
どうしてこんな危ない橋を渡ってまで、クワンガーさんの話を聞きたいと思ったのか。自分自身でも理由が解らなかった。強いて言うならば、“なんとなく”だ。見つけた瞬間、あまりにも衝動的にこのひとのコアユニットを懐に仕舞い込んでしまったのだから。
ぐいっとエナドリを煽る。自分も他人も、何もかも解らないことだらけ。さてどうしようか。
だんだん説明するのも面倒になってきて、馬鹿らしくなってきた。処分だとかなんだとかそれ以前の話をしたくなってくる。
「クワンガーさん個人の処遇をどうこうよりも、今は正直文句を言いたいです。あなたたちに」
『は……?』
想定外だったらしい。唖然とした声が漏れ聞こえてくる。わざわざ再起動させられて、謎の問答をさせられて、更に文句まで言われるとは思ってもみなかっただろう。
「今回の事件が終息してからこれまでずっと、こちとら今まで寝る間も惜しんで仕事をしていたんですよ。イレギュラーの回収回収回収と、電脳を洗いざらい探って。毎日毎日です。いつになったら終わるんですかと」
『………』
「街はミサイルで吹っ飛びました。責任問題で上層部の人達の首も同じく飛びました。ケイン博士はまぁあのお年と今までの功績も相まって、多少は恩赦されたらしいですけど」
首が飛んで後までは知らん。私のような下っ端職員には知らされるはずもない。
とにかくシグマ隊長達のやったことの影響でこっちは多忙を極めていた。好き勝手に引っ掻き回して、そこに各々どんな矜持や目的があったのか知らないけれども、後片付けは全部我々に回ってくるのだ。
本当に本当に、どいつもこいつも死に逃げなんて許せない。うんざりだ。
「過労死寸前でどうしょうもなくなってきたので、先日辞表を提出してきました。私は晴れて無職。あなたたちが反乱起こした結果がこの有り様です。
おどれが作った瓦礫くらい責任持って撤去しに来んかい……と、もしシグマ隊長と連絡が取れそうなら伝えて頂けませんか」
『………………………………』
ふう。笑顔で言ってしまったぜ。スッキリ。
心のつかえが取れたような気がする。もう一生分くらいまくし立てた気分だ。私はやり遂げた。あとは、シグマ隊長へ直々にグーパンでも食らわせられれば満点。私の手の方が死ぬかもしれないが、これは気持ちの問題だ。などとひっそりとほくそ笑む。……我ながら相当にストレスが溜まっていたらしい。
その直後、このエナドリってアルコール入ってたっけ?と思わず缶を持ち上げた。
一方のクワンガーさんはまたもや黙り込んでしまった。何となく呆気にとられたような気配がした。さぞやうるせえやつだと思われただろう。
二十秒くらい経ったあと、そうですか、と起伏の薄い言葉が返ってくる。
『……では、アナタに関してのみ私が責任を取りましょう』
………………………?
「はい?」
『とはいえこのままでは動けない身ですので、ボディは用意して貰わねばなりません』
「えっ、と?」
『護衛なり使い走りなりやってやる、と言っているのです』
「…………………」
おぉっとこれは……だいぶ……流れが変わったな……?
てっきり鼻で笑われると思っていた。お前のような小娘に何が解る。そっちの事情なんて関係ない。下らない戯れ言を浴びせる為だけに再起動させたのか?さっさと自分を破壊してしまえ、みたいな。
聞き慣れている凪いだ声音と、無感情なアイカメラを向けてくる姿を安易にイメージしていたのだ。
『私をどうするか、選ぶのはアナタです。……ではまた』
あっさりとした言葉が聞こえてきた後、用事は済んだとばかりに彼は沈黙してしまった。なぜか少し早口だった。
「………………」
今度は私が呆気にとられる番だった。
クワンガーさんは“ではまた”と言った。これはどういう意図なんだ? 自分が再起動されることを望んでいるのか? 本気で責任を取ろうというのか? わ、私の?
そんなまさか、クワンガーさんともあろうものが、こんな形で私に構うとは思えない。
それともこれは彼なりの罪滅ぼしなのだろうか。いや、そんなに都合よく考えて良いものか?
自暴自棄で全く考えていなくて、完全に見切り発車の行動。ストレスと疲労感で鈍った頭の暴走だった。自分でもどうしようもないから、何かしら喚きたかっただけで。
いやいや、もしかすると私の文句に対する意趣返しだったのかもしれないし…………。
エナドリの缶を片手に、私は間抜けなくらい困惑して、心底焦って混乱する。ぐるぐると考えが回る。
(え、えー……ど、どうしよう……かな?)
「と、とりあえず……一旦寝るか……」
どうするかなんて、今の私には即決できるはずもなかった。
(終わり)
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