もしあの時彼女が起きなければ。
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その日、***は誰も居ない部屋の中で大人しく****の帰りを待っていた。とても静かで、空調の音だけがほんの少し聞こえてくる。
何もすることもなく、ただふよふよと辺りを漂う。****が用意してくれたサイバーエルフ用のケージに戻ってそのままスリープモードに入ろうかとも思った。けれどもなんとなく、そういう気分になれない。
「ひとり、つまんない」
ぽつんと飛び出した呟きに、返事をしてくれるひとは居なかった。
いつもなら何かを返してくれるはずの****は、今日は外で何かのお仕事をする日らしい。一緒について行きたいとせがんだけれど、危ないから絶対にダメだと言われてしまった。『ダメ』の上に『絶対』が付いていたのだ。よっぽど大変なお仕事に違いない。
「……おそと」
ふと、窓際に着地する。分厚いガラス窓はぴったり閉じられていて、***の力では動かせそうもない。
外が見える。透き通った綺麗な空と、下の方に縦長の建物がたくさん並んでいる街がある。この部屋そのものが物凄く高い所にあるせいで、全部のひとやものがミニチュアのように見える。
「おそら、きれい」
まだ外へ出たことはなかった。特に出たいとも思わなかったし、***にとっては全く知らなくて、あまりにも広い外の世界は少し恐ろしいところだった。うっかり飛び出してしまったら、迷子になったまま帰ってこられなくなりそうだ。
「むう」
こんなに広い外の世界で、****は何をしているんだろう。そわそわと不安な気持ちが持ち上がる。****はとても優しいから、嫌なひとに意地悪をされて帰ってこられないなんてこともあるかもしれない。それはダメなことだと思う。
「……うーん」
****は、「夕方には戻るから、良い子で待っていてね」と言っていた。良い子にしていないといけないのだ。待っていてということは、外へ行くのはダメなことなのではないか。
外に出なくても、外を見られる方法は無いだろうか。何かないものか、きょろきょろと周りを見回す。
広い広い部屋の中。いつも****がお仕事をしている大きな机。休んでいる時に座っているソファとテーブル。背の高い棚がいくつもあって、***には解らない色んなものがぎっしり詰まっている。
―――あ!そーだ!
良いことを思いついた。座っていた窓際から飛び立って離れる。きらきらと光を振り撒きながら部屋を横断して、大きな机に着地した。積まれた紙の書類と何かのファイル、薄い携帯用端末とペンがすっきりと並べられた机の上を見渡す。サイバーエルフの体は小さくて、置かれた物の間で隠れんぼができてしまいそうだ。
据え付けの業務用端末のスイッチを探す。いつもなら、電源を入れればホログラムのスクリーンが起動して、中身を見ることができる。そういう操作がされていたところを何度も見た。
この端末を動かせば、****がどこに居るのか解るかもしれない。何をしているのかも解れば、お手伝いだってできるかもしれないのだ。
***が知っている****は、お仕事で忙しそうにしている。まるで、それ以外の何かを忘れようとしているみたいに一生懸命だ。
ゆっくり休んでいるところを見たことがないし、ずっと机に向かっていると思ったら、別の日は外でお仕事をしている。部下だというひと達が時々出入りして、難しい話し合いをしている時もある。疲れた顔をしていることだっていっぱい見た。
だから、何かお手伝いをしたい。そのための手段を見つけよう。
「むふー……」
とてもいいアイデアだと思った。***は外に出たわけではない。確かにきちんと部屋の中で過ごしていたのだ。
こっそり端末を動かしても、****が戻ってくる前に全部を元通りにしておけば、きっとバレないはずだ。
***は机の上の真ん中にぺたんと座り込む。スイッチを入れると低い音がして、端末が起動された。合図のように、光るスクリーンが空中に浮かび上がる。
―――よぉーし!
早速アクセスを開始する。不思議なことに、セキュリティプログラムが立ち上がることもなく、スムーズに内部へ侵入することができた。
降り立った端末の中はびっくりするくらいに広かった。たくさんの文書が綺麗に整頓され、同じくたくさんの映像や音声ファイルがところ狭しと並んでいる。その領域を物珍しい気持ちで見ながら通り過ぎる。
「あ! あったぁ!」
その先。この端末の外へ繋がる回線を見つけて、***は飛び跳ねて喜んだ。この回線へ飛び込めば、ネットワークの海が広がっているはずだ。外の世界へ身一つで出なくても、バーチャルの世界ならなんとかなる。迷ってしまったら、この端末まで引き返せば帰ってこられるのだ。
「んん……あれえ?」
ふと、その回線から何やら変な情報が届いていることに気づいた。****に宛てた文書やメールの類はひっきり無しに届いているけれど、それらとはちょっと違う。
どこからか送られてくるのは、別々の場所からの二種類の映像データだった。画面の中には日付と時刻が入れられていて、それらがリアルタイムの映像であることを示している。どちらとも、被写体を斜め上辺りから撮影している。たぶん、カメラか何かからの映像だ。
片方は、とてもごちゃごちゃとしている部屋の中だ。機械と太いケーブルと細いコードがたくさん伸びていて、真ん中に寝かされている誰かに繋がっていた。女の子のレプリロイドに見える。薄く開いた眼が濁っていて、どこを見ているか解らなくて少し怖い。目が開いていても眠っているように思える。
機械が定期的に出す音が聞こえてくる。何をしている状態なのかが全く伝わってこないせいで、もっと怖くなる。……***は、この映像の中の女の子が、自分と同じ顔かたちをしていることにちっとも気が付かなかった。
もう片方は、薄暗い画面だ。だけどもその中には、鮮やかな赤い装甲と長い金髪のレプリロイドの姿がはっきりと映っていた。眠るように目を閉じていて、少しも動く様子がない。整った作りのその顔をじいっと見つめる。きっとまぶたの下のアイカメラは、とても綺麗な海の色をしているに違いない。
―――****のおともだち?
そうでなければ、こんなふうに映像を引っ張ってきたりしないだろう。まるで見張っているみたいだけど、そうしたい理由があるに違いない。
もしかして、****は二人が起きるのを待っているのではないだろうか。
発信元を確認してみる。女の子のほうは、この建物のどこかから。赤いレプリロイドのほうは、遠いところの地下からだった。
―――ふたりとも、すやすや。
この二人が眠っているから、****のお仕事は無くならないのだろうか。どっちかだけでも良いから、起きて手伝ってくれれば良いのにと思う。
―――おねがい、しにいきたい。
手伝ってください。起きてくださいと、言えたら良いのに。本当なら***が何か手伝えれば良いのだけど、****はどうしても許してくれない。君はここに居るだけで充分なのだと、あの優しい微笑みでたしなめられてしまう。***はもっともっと力になりたいのに、それがなかなか伝わらない。
他に手伝ってくれるひとが欲しい。
―――あかくて、きんいろ。きになる。
手伝ってくれそうなひと。そう考えれば考えるほど、イメージがもくもくと浮かんでくる。
それは、丸みのある形をした青い****と、鋭い形をした赤いレプリロイド。その二人が並んだ後ろ姿だ。
とってもかっこよくて、想像するだけでどきどきする。なんだかすごく仲が良さそうで、本当に大事なお友達なのだと思わせてくる。
初めて見たはずなのに、そう思えるのが不思議だ。あのひとなら、きっとお仕事を手伝ってくれて、****を楽にしてくれるに違いない。
―――あかいひと、どこ?
今届いているこの映像データの発信元をたどれば、その場所が見つかるはずだ。あのレプリロイドの電脳にお邪魔して、起きてくださいとお願いしてみよう。
そしたらここまで連れてきて、****に会ってもらおう。きっと、****は喜んでくれるはずだ。だって、二人は“とっても仲良しなのだから”。
****が嬉しそうに褒めてくれる光景を想像しながら、外へ繋がる回線へ飛び込んだ。それをすぐに通過して、巨大なネットワークの塊、サイバー空間の中を突き進んで行く。
情報で溢れた電子の海に、同じようにアクセスしているレプリロイドのシグナルがたくさん見える。時々、***と同じようなサイバーエルフや、どこかの管理AIとすれ違う。光速で飛び交う色々な『ひとたち』を見るのはすごくわくわくする。
―――……?これ、なに?
ふと、視界の端っこに、何かのメッセージが出ていることに気が付いた。
―――え?と、?……ばー、ちゃる?……あ、あばたー?……えふぇ、くと??ひょうじ……。
よく意味が解らなかったけれど、出てきた表示に従って操作をする。最後に添られた『了承』を押すと、ぱっと目の前が真っ白になった。
びっくりして閉じてしまった目を、ゆっくり開く。
「わあ……!!」
そこは、とてもとても広い、バーチャルの街が広がっていた。さっきまでのネットワークの塊とは違う、馴染みやすく解りやすい見た目へと変更された情報がたくさん追加されている。
綺麗な青空があり、建物を模した色とりどりのオブジェクトが建ち並び、きちんとひと型の姿をしたレプリロイドがたくさん歩いている。光球の形をしたサイバーエルフが飛んでいる。
さっき窓から見た街とよく似た風景だった。けれどもそれよりも、ずっと色鮮やかできらきらしているように見えた。
―――すごい!いっぱい!にぎやか!
端末から繋がる回線の先に、こんな場所があるなんて驚きだった。外に出たいと思ったことはあまり無かったし、怖いと思っていたけれど、サイバー空間の中にある街なら別だ。ちゃんと帰り道が解るのなら、この場所も怖くない。
街の入口で立ち尽くしたまま、見に行くかどうかを迷う。ネットワークを経由して到着したレプリロイドが、何人も街の中へ歩き去っていくのを見送った。迷い続けてきょろきょろと辺りを見回していると、通りすがりのレプリロイドに怪訝な顔をされてしまった。
―――あ、……あかいひとの、ところ。いく。
今、自分は街に遊びに行く為に来たんじゃない。あの映像データの中の、赤いレプリロイドにお願いをしに行くのが最優先なのだ。きらきらの街に行くのは、今は我慢しないといけない。
後で****にお願いしてみよう。もしかしたら赤いひとも一緒に、三人で来られるかもしれない。そしたら、きっともっと****は喜んでくれるに違いない。
街の誘惑をなんとか振り切った。***は映像データの発信元をたどって、また電子の海へ飛び込んで行く。
たくさんの情報を覗き見て、大勢のシグナルとすれ違い、色々なものに気を取られながら目的地を目指す。
特に***の気を引いたのは、****に関係する話だった。
―――いっぱい、ある。ゆうめいじん。
不思議なことにサイバー空間の中には、膨大な量の****の情報が載っていた。ニュース映像や何かの記事の添付画像、誰かが撮影したような個人的な写真まで、ネットワーク内の至る所で、あの優しい青色が見られる。
街の中で、たくさんの笑顔のひとたちに囲まれていた。すごく偉そうな雰囲気の人間達と、立派な部屋の中で話し合いをしていた。赤や緑や水色、黒いレプリロイド達と一緒に立っていた。見たこともない場所で、誰かを助けている姿が映っていた。***の知らない****がたくさんあって、人間もレプリロイドもみんなが****を褒めていた。
これがきっと、外でしているお仕事なのだろう。机でしている仕事よりも大変そうで、***にはてんで解らないもの。
けれども、優しそうな微笑の形は***に向けられるものと変わらないのに、何となく空っぽなもののように思えた。それだけは見ていて解った。
―――えがお、ちがう。
外での****の表情。あれは笑顔ではないと思った。そういうふうに作って見せているだけで、たぶん本当のものではない。
―――おともだち、おこそう。
決意を新たにする。***が解らないだけで、****はたくさんのお仕事をしている。やっぱり、お手伝いしてもらおう。そうすれば、****は楽になって、空っぽな笑顔も変わってくれるはずだ。
できれば、自分も何かができるようになりたい。できることがあるのだと、****に証明してみせよう。『居るだけ』ではダメなのだ。
足りない頭を頑張って動かして、懸命にサイバー空間を駆け抜ける。****の助けになりそうな者を求めて急ぐ。
やがて***は、とうとう目的地へたどり着くことに成功した。
―――かいせん、ふるい。
しかし通れないこともない。ここはなんだろう?
****のお友達が居るにしては、建物がとても古い気がする。建物内のネットワークも同じくらい古くて、***のようなサイバーエルフがすり抜けられる隙間がたくさんありそうだ。自分のデータを出来るだけ畳んで小さくなってから、こっそりと潜り込む。
―――あかいひと、どこ?
道中で、ぼろぼろのエリアマップを見つける。この場所は地下の建物で、レプリロイドのことについて調べていたらしい。
ここから外へ伸びる回線から、遠路はるばる****の部屋まで、あの映像データが運ばれているようだった。帰り道は、この回線に乗ればひとっ飛びだ。
施設内のあちこちに取り付けられている防犯カメラを覗き込んでみる。いくつもの部屋や、巡回しているらしい警備の機械がちらちらと見える。時々崩れていたり水浸しになっていたりするだけで、人間の姿も普通のレプリロイドの姿も何も無かった。とても変なところだ。調べものをしているはずなのに、誰も居ないなんて。
暗くて静かでじめじめしていて、少し怖くなる。こんなところに、あの赤いレプリロイドは本当に居るんだろうか。
―――がんばらなきゃ。
むん、と気合を入れて、怖くなってしまった気持ちを出来るだけ無視する。ぶんぶんと首を振って、気を取り直した。
建物内のネットワークの階層を進んでいく。古くて穴だらけで、入り込む余地はたくさんありそうだ。いくつものトラップを回避して、防壁を飛び越えて、監視の目をくぐり抜ける。
―――あ、あれれ。
地下深くの階層で、大きなプロテクトに阻まれた。分厚くて背の高い扉が、どん、と立ちはだかっている。押しても引いても簡単に開いてくれそうにないし、入り込む隙間もない。周りの設備は古くてぼろぼろなものばかりだったのに、ここだけはがっちりと新品のように固められていた。
―――どうしよう。
何かのアクセス権限が必要らしい。
よく見てみれば、そのセキュリティクリアランスのレベルがとんでもなく高いものだったのだが、***はそれに気が付かない。
……今までのあらゆる回線を素通りできたのは、もちろん偶然ではない。***がネットワーク上のセキュリティシステムに感知され、誤って消去されることのないよう、****が自分に準ずるレベルの権限を与えていたからでもある。ここまで何事もなく来られた事自体があり得ないことなのだが、そんな事情は知る由もない。
***は、さっき見ていたマップを思い出す。この先は広い部屋があるし、もしかしたらあのお友達が居るかもしれない。こんなにしっかりと閉じられているのだからと、もっと興味が湧いてくる。
―――あけてみよう!
セキュリティシステムにアクセスしてみる。間髪入れず、何かのデータの照合を求められた。
「……でぃ、でぃーえぬ、えー、でーた?」
開けるためには別の鍵が必要らしい。しかし***はそれを持っていない。
照合不可、エラーの表示が現れたその瞬間、とてもとても大きな音が辺りに鳴り響いた。
「わ、わぁぁっっ!?」
飛び上がって驚いた。
不安を煽るようなサイレンの音が轟く。周辺のオブジェクトが赤く点滅をし始める。辺り一面に、『Warning』の文字が表示されていく。
―――あ、あ、ど、どうしよう!?
あわあわと後ろを振り返る。今まで通ってきた古い回線がどんどん閉じられていくのが見えた。***は大慌てになりながら、来た道程をすぐに引き返し始める。この建物内ネットワークの、あの映像データが運ばれていく回線まで戻れば、なんとかなるはずだ。
ネットワークの防壁が稼働し始め、セキュリティプログラムが侵入者を排除しようと動き出す。
侵入者、つまりは***のことだ。
―――ご、ごめんなさい。ちがう、んです。
いたずらをしたかったわけじゃなくて、悪いことをしにきたわけでもない。そう言おうとしても、意志を持たない無機質なプログラムが追いかけてきて、遠慮容赦なく撃ってくる。
あれに捕まってしまったらきっとすぐに消去されてしまう。死んでしまう。
閉じかけの防壁をぎりぎりですり抜ける。時々、別のプログラムの影に隠れながら、目的の回線のある階層を目指してさまよう。攻撃をしてくるセキュリティプログラムが増えていき、さながら軍隊のように見えてくる。
頭の中が、後悔の気持ちでいっぱいになった。助けてと言いたくなっても誰に言えば良いのか解らない。****のことを助けたかったのに、自分が助けを求めたい状況になるなんて本末転倒だ。
何か自分にもできることがあればいいと思っていたのに、結局***は何もできないまま、『居ること』しかできない。そうはっきりと分からせられたようだった。
どうしようもない。それでも、どうにかここから逃げ出さなければいけない。早く帰ろう。そうすればきっと大丈夫。そう自分に言い聞かせながら、やっとのことで目的の回線のあるところへ駆け込む。あとはこれに飛び乗れば、****のお部屋まですぐに帰れる。
―――あ、あぶなかったぁ。
人間のように体があるわけでもないのに、とても疲れてしまった。休むのは部屋に戻ってからにしようと回線へアクセスしたその時、ぶぉん、と音がして、眼の前にセキュリティプログラムが出現した。反射的に身をすくめた隙に、がっちりと腕を掴まれる。
「あっ……!?」
『B2フロアにて、侵入者を拘束。排除します。排除します』
顔の無い丸い頭部、細長い胴体と手足。片腕が銃器の形をしている。人形みたいに不気味で感情の無い音声が響き、銃口が***へ向けられて、
「ナオトッ!!君はっ、君は何をしているんだッ!!」
「!?」
サイレンよりもはっきりとした****の大声が聞こえた。怒っている。
一瞬で、追い掛けられていた時とは別種の怖い気持ちが頭を埋めていく。訳の分からないまま思考が停まった瞬間、首根っこを掴まれて、無理矢理引っ張られるような錯覚。
怒鳴られた恐怖で何も動けずにいる間に緊急回線に乗せられて、文字通り『あっ』というまに引きずり戻される。周りの景色が光速で過ぎ去っていく。あまりにも早すぎて、無数の色と光の線のように見えた。
事態を飲み込めずに瞬きを繰り返した先、視界が開けてくる。
気が付かない内に日が傾いていたようで、太陽の赤い光が斜めに入り込んでいる、いつもの****の部屋。
「……わっ……!?」
机の上から、勢い余って放り出される。ちらりと見えた端末のモニターには『回線を切断しました』の文字。ぺっ、と吐き出されるように床に転がって、そのまま止まる。
恐る恐る振り返った背後に、とても怒った顔の****が立っていた。
いつも優しいはずのアイカメラが、完全に真逆の感情を映している。強い視線で、頭の真ん中を突き刺されたような気分になった。
「君は……!なにがどうやって、よりにもよってゼロのところにまで行くなんて……ッ!!」
「ひぅっ、」
ざあっと背筋が冷たくなる。人間であったなら、『血の気が引く』というのがこれなのかもしれない。
「あの研究所は危険過ぎる!!あそこのセキュリティは厳重で、今の君なんてすぐに消去されてしまうのに……!!」
「ぁ、う、」
「おれはもう、君に居なくなってほしくないんだ……!!だから…っ!!」
自分の肩が跳ねる。喉の奥がきゅうっと締まって、何も口に出せなくなる。体がぶるぶると震えて、頭の中が真っ白になる。セキュリティプログラムに襲われた時よりも、****に睨まれたほうがずっと怖く感じた。
「ご、ごめ……なさ、ぃっ……ご、めんな…さ……ご、め……ぃ……」
床の上にへたり込んだまま、掠れた声で言葉を絞り出した。***は混乱しきっていて、上手に物を考えることもできなくなる。がたがたと怯えてしまう全身をどうにかしようと躍起になる。
『良い子で待っていてね』その言い付けを破ったのは自分だと、今更それに気が付いてしまった。
そんな状態の思考がきちんと働くはずもなく、自分が何のために赤いレプリロイドを探しに行ったのかも解らなくなっていく。頭を抱えて身を縮こまらせて、きちんとした理由を返さなければならないと必死に考える。
「わ、わ、たし、……」
「…………………………っ、」
真っ青になって震える***の姿を認識して、****の表情が少し冷静さを取り戻した。その口元が、強く引き結ばれる。
****は胸元へ手を当てる。深く重い溜息を、時間を掛けてゆっくりと吐き出す。それを何度か繰り返していた。
しばらくの無言のあと、****は淡々と口を開く。
「……叫んでしまってごめん。……どこか怪我は?」
「な、ない」
ぶんぶんと首を降った。危ないところを助けられたおかげで、どうにかこうにか無傷で済んだ。お礼を言わなければならないのに、声が上手く出てこない。
ずっとばくばくと緊張していて、胸の中がとても苦しい。泣きそうな気持ちになる。
「……少し、頭を冷やしてくるよ。……君は休んでいてくれ」
険しい顔をしながら踵を返す。***がまだ何も言いきれない間に、****はすぐに部屋を出て行ってしまった。
しん、と静まり返った空気が、まるで意地悪をされているような悲しい気持ちにさせてくる。ゆっくりと動き出した思考が遅すぎた言葉を言い訳のように並べ始める。
「か、かって、して、……ごめ、なさい。わ、わたし、きみの、……おてつだい、……、」
それを聞いてくれるひとは、もうそこには居なかった。