もしあの時彼女が起きなければ。
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***はサイバーエルフだ。小さくひ弱で、大した力もないし、頭も良くない。いつからここに居て、どこから来たのかも記憶になかった。思い返そうとすると、なんだか頭の奥がズキズキする。
でもそれは、***にとっては大変なことではない。
楽しいことと眠ること、食べることが好きで、****の周りをくるくると飛ぶのが一番好きだ。そうしていると****は優しい顔と幸せそうな顔をして、***を呼ぶ。それがあれば、別に何も問題はない。
「誰かの前で、姿を晒してはいけないよ」
「どうして?」
「拐われないようにね。君はとてもかわいいから」
「かわいい?……えへへ、わかった!」
褒められて嬉しい。にこにこしている****とおしゃべりをするのはとても楽しい。
サイバーエルフはいろんな姿かたちをしている。手のひらサイズのヒト型や動物型がだいたいで、エネルギーの消費を抑える為にただの光の球体になるときもある。***はそれに加えて、ひとの女の子と同じ程度の大きさと見た目になることができた。どうして***がそうなれるのかはよく分からないけれど、その格好は****以外の誰にも見せてはいけないときつく約束をしている。二人だけの秘密の約束だ。
嬉しく楽しい気持ちを抱える。執務室の事務用デスクに向かっている****の周りを飛び回る。
「きょうも、おしごと?」
「ああ。そうだよ」
「たいへん」
「君が居てくれるから我慢できるんだよ」
「いっしょ、がんばれる?」
「もちろん」
「んひひー」
ゆらゆらと飛びながら、****の青いメットの上に着地した。額のきらきらした赤いクリスタルの上に、ちょこんと座る。****が小さく笑う声が聞こえてきた。
「おうえんー」
「落ちないようにね」
「あい!」
しばらくの無言。ここは大人しくしておくところだと覚えている。邪魔をしてはいけないので、素直に黙っておく。
端末を操作する音と、電子ペンを走らせる音、紙媒体を捲る音。てかてかと光る大きいスクリーンには、何かのアクセスコードや良くわからないたくさんの文字が踊るように流れていく。
いつも****はこういう『おしごと』を一生懸命にやっている。***にはちんぷんかんぷんだ。でもきっと凄く大変なのだろうと思う。
どれくらいか経ったころ、****がふと声を上げた。
「ん、******が来るね。ここに入室するまであと三十秒だ」
誰かの名前を言われたけれど、よく聞き取れなかった。でも、自分の知らない誰かがここに入ってくるらしい。***は慌てて起き上がると、わたわたと右往左往する。
「こ、こわいひと?」
「僕の部下だよ。心配いらない。いつも通りに僕の中、スペース空けてあるから、……おいで」
「はぁい」
部下のひとに、お仕事の邪魔をしていると思われてはいけない。
非力とはいえ、サイバーエルフの端くれだ。***は言われた通り、『****の内部』にアクセスし、侵入する。強く意識することもなくその電脳の中に潜り込み、できるだけ自分の容量をコンパクトに折り畳む。きっちりと並べられたメインシステムの群れに触らないよう、その片隅に収まった。
これほどすんなりと上手くいくのは、****自身が積極的に電脳への侵入を許可しているからだろう。
「ん、良い子にしていてね。終わったら呼ぶよ」
(わかった。いいこ、してる)
ドアが開く音がした。少しだけ身をすくめる。
「失礼します。****様。申し訳ありません、例の再起動実験の件ですが―――」
「……ああ、彼女の容態は―――」
****の声がずっと低く、暗くなった気がして、どうしてだろうと不思議に思った。さっきまでの優しい雰囲気とは違う。
心の中でごめんなさいと呟きながら、****の視界を少しだけ覗き見る。綺麗な緑色をした、レプリロイドの男の子が見えた。二人で難しい話をしているようだった。
―――いいこ、しなきゃ。
視覚と聴覚の情報を拾わないように遮断する。真っ暗で、何も見えないし聞こえない。そんな体感なのに、不思議と怖くない。ここが****の中だからだろうか。暖かくて優しい、心地良い気分になる。
揺り籠に揺られるように、次第にうとうとと微睡んできて、意識がぼやけてくる。スリープモードに入ってしまいそうだ。
―――?
ふとその時、どこかから悲しい気持ちが伝わってきて、どうしたんだろうと思った。自分の幸せな微睡みの中でも、それはくっきりした強いものだった。悲しくて寂しくて、誰かへ謝り続けているような感情。
これは、****が思っている気持ちだろうか?
―――あやまらないで。いっしょ、いるよ。
ふわふわとした心地の中で、無意識にそう囁いていた。