もしあの時彼女が起きなければ。
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(夢主の再起動に失敗していたら…的なif話)
(何でもあり)
気が付いたのはどのタイミングだったか。
体が重くて動かないなあ、とわたしは困っていた。手足の感覚が無くて、横になっているのか立っているのかも良く分からないまま、内心で疑問を抱く。手を動かしてみようとしても、プログラムが接続不能でエラーを起こしてしまった。両足も同じ。どうしてだろう?
視覚からの情報が乏しい。たぶん目蓋は開いているはず。真っ暗ではないのにぼやけていて、時々ノイズが走っている。聴覚はぎりぎり動いている。でも、周りの音がはっきり聞こえるほどではない。嗅覚は停止。触覚と痛覚はスタンダード。ほとんどの感覚が当てにならない。
意識そのものの稼働率は三割くらいで、ただ状況を把握して、それを甘んじて享受するしかない。
(……本当に、本当にすまない)
頭の中に反響するように届いたのは、懺悔のような声だった。とても聞き覚えがあるのに、ちっとも回らない思考がデータを一致させてくれない。
重い体を、するすると冷たい何かが這い回る。頬に触れてくる。そんな動きはとても丁寧で優しいのに、じっとりと湿度を感じるような気がする。手足を触られることはなぜか無かった。
強い力で抱き締められる。あまりにも強くて、そのまま圧し潰されてしまいそうだった。それでも、不快な気持ちは少しも湧いてこなかった。
背中に何かのケーブルのようなものが繋がっている感触がして、ただそれだけが嫌だった。これはできれば外して欲しい。
そんなことも言えないまま、届く声に集中する。
(……本当は意識のある君とこうしたかった。僕の気持ちを伝えてから、君の想いが欲しかった。本当に、ごめん)
ああ、わたしの意識は……上手く動いていないけれど、ちゃんとあるのに伝えるすべがない。何か方法があれば良いのに、思い出せない。この声の持ち主の名前が、どうしても浮かんでこない。
(君の再起動に失敗した。きちんと起こしてあげられなかった。元通りになっているはずなのに、君をそんな姿にさせてしまった。どうして、どうして、僕は、なんのために、今まで、)
懺悔の声の中に深い悲しみが現れる。そんなに責めないで、と言えたら良かったのに。体を動かすことも正常にできない。その間に、懺悔の声が独白へと変わっていく。悲壮さと必死さ、狂気じみた何かが混ざり始める。
(考えうる限りの手を尽くした。でもまだ何も変わらない。かつての、君が大怪我をしたあの時のことを思い出してしまう)
(会いたい気持ちが抑えられない。君と話をしたい。ゼロも眠ってしまったのに、君まで眠ったままなのは嫌だ)
(……一番やりたくない、最後の手段を取ることにする。『彼女』の力を使えば、純粋なレプリロイドではない君だって目覚めさせられるかもしれない)
(これは僕の独断だ。もしも最悪の事態になってしまったら、……例えば、君が僕達の望んでいない方向で覚醒してしまったら、僕の手で君を終わらせる)
(どうにか君の意識だけでも起こすことができればいい。状況を変えるための切っ掛けが欲しい。だから、)
(頼む。御願いだ。
…………ナオトを、起こしてくれ―――
―――意思のある闇が、願いに応えるように弾けた。
全ての感覚が真っ黒に覆い尽くされる。
誰かに、何かに体を掴まれて、剥がされていくような感覚がする。
嫌だ、とても怖い。なに?何なの?誰?止めて。やめて。やだ、やだやだやだやだや―――ぷつん。接続が切られる。
静かに収まっていた箱の中から、無理矢理に引き出されるような幻覚。最低限を残して、余分が削ぎ落とされる錯覚。ぶつん。ぶつん。小さく刻まれて、繋ぎ直されて、加工されていく。ぶつん。体が重さを失くす。ふわふわと浮いている無重力の心地。
暖かいような、恐ろしいような、変な何かに包み込まれる。ぎざぎざしていて、尖っていて、暗い闇のような色をしている。赤い眼の模様が刻まれる。ぷつん。わたしが、わたしではない別の物に定義された。
怖かった理由も、動けなくて困っていた理由も、全部わからなくなった。白く塗り潰された頭の中で、それ以上を考えることができない意識がもみくちゃに掻き混ぜられる。時計の針が遅くなるように鈍化していく思考が、一周回って眠気と疲労感を呼び起こす。
意味の解らない一連の出来事をじっくりと味あわせられた後、唐突に、ぽいっと放り出された。ぺしゃっとその場に座り込む。
急に視界が開けて、音が聞こえてくる。ノイズの砂嵐に紛れながら、情報が飛び込んできた。
「……こ、……ぉ、?」
ここ、どこ? 口を動かしてみても、言葉が上手に出てこなかった。周りを見渡してみる。
明るい部屋の中、たくさんの機械が所狭しと並んでいて、直ぐ側のベッドみたいなものに繋がれている。この場所からは、そこに寝ている者の姿はよくみえない。
そもそも、近くにだれもいない。明るくて、機械の稼働音がしていて、まわりにチカチカと光るモニターがたくさん浮かんでいる。実験でもしているみたい。
「……」
だたものすごく眠たかった。なんだかとても疲れていた。からだが重くて、あたまがぼーっとする。まぶたがすごく重たい。
「……っ!!」
なにか、息をのむような声が聞こえてきた。誰もいないと思っていたのに、どうやらちがったようだ。眠気をふり切れないまま、のろのろと周りを見回す。かるい足音がきこえてくる。
「あぁ……良かっ、た……っ、…良かった……!」
ふるえていて、しぼり出すような感極まった声。ベッドの反対側からひとかげが近づいてきた。おとがした方向へ振り返る。相手はこちらに歩みよってきて、そのままわたしの目前で膝を立ててしゃがみ込む。そのしせんとしっかりと合わさって、みいられたみたいに見つめてしまう。とても、きれい。
じぶんの中のなにかが、そのひとを決して忘れてはいけないとさわぎだす。むねのなかが、どきどきと、おとをたてる。わすれてはいけない。わすれてはいけない。
このひとは、わたしが―――。
「……おはよう、***」
とてもきれいなそらのいろが、なきそうなめでほほえんでいた。
1/8ページ