人工少年は幸福の夢を見る。
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渋い顔をしたゼロがわたしのところへ現れたのは、夜も更けた頃合いだった。
ここはレジスタンスベースの中の、わたしに割り振られた部屋。さっきまで外で見張り当番をしていて、交代して戻ってきたところだ。
明日もやることがたくさんあるし、今夜はもうこのまま休んでしまおうと寝る支度をしている最中だった。
「ゼロ?どうしたの?何かあった?」
部屋の中へ招き入れながら言う。
ドアがきちんと閉まったのを確認すると、ゼロは無言で軽く頭を振った。揺れた金髪の間に片手を差し入れて、掴んだ光の塊をこちらに放り投げてきた。キラキラと光が尾を引く。何やら解らないまま、わたしはそれを両手でキャッチする。
「お前が適任だ。
ひと抱えくらいの大きさのそれは、よく見慣れたサイバーエルフの色をしていた。
『あはは! ナオトだー』
「んん?エックス!?どうしたのその格好!」
普段の少年サイズよりも半分以下の背丈に変わったエックスが、楽しそうな笑顔を作っている。その両脇に手を差し入れて、そっと抱え上げてみた。
青いメットやローブも、見た目はそのまま全部が子供くらいに縮んでしまっている。目付きは普段より大きく活き活きしているし、頬は丸っこいし、白い手は小さい。頭の上で王冠みたいに光る虹色のリングも背中のちんまりした翅すらも、いつもよりなんだか……ううぅ……か、可愛い……。
と、思いかけたところで我に返った。
「……俺の所に来たときにはもう既にこうなっていた」
「えぇ!?な、なんで!?」
「さぁな。……髪で遊ぶのがお気に入りらしい」
『ゼロのかみはきれいだからね。もちろん、ナオトのかみもすきだよ!ずっとふれていたくなる』
エックスがにっこりと笑ってそう言った。
それを聞いたゼロは溜息を吐きながら、粗雑な仕草でその場に胡座をかいた。金色のそれが少し乱れているところを見ると、さっきまで髪で遊ばれていたのかもしれない。後でブラシで梳かして綺麗にしてあげよう。
そう考えながら、小さいエックスへ視線を合わせる。
「どうしちゃったのー?中身まで子供になっちゃった?」
『おれはちっちゃくないしこどもじゃない!』
「ええぇー??そうかなー??……って、一人称も昔に戻っちゃってる。……サイバーエルフでもそういうことあるのかなぁ?」
「知らん」
『おれもはじめてだよ!』
「そうだよね!解んないよねえ!?」
どうしようかと頭を悩ませる。天下のエックス様がコレというのはいかがなものか。早く直さないと、ネオアルカディアに……というか、四天王の誰かに知られでもしたら……なんか余計に状況がこじれて悪化してしまいそう。
となると、こういうことはシエルに聞くのがいいと思う。彼女が一番サイバーエルフに関して詳しいし、きっと何か手掛かりを見つけてくれるかも。朝になってシエルが起床するのを待ってから、このエックスを診てもらおう。
ぐるぐると考えつつ、とりあえずしっかりと抱っこし直しておく。ちっちゃい両手がわたしの首に回って、ぺたりと身を寄せられた。うぐぐ、可愛い……。
『ふふ、あったかいね』
「きみはいつもより甘えたさんだねえ」
でも、それにしても。これではちょっと心配になってしまう。この様子じゃきっといつものエックスよりも判断能力は物凄く下がっているはず。ゼロとわたしのことは認識できてるみたいだけど、他がどうか解らないし危なっかしくて心配だ。簡単なセキュリティシステムにうっかり引っ掛かってしまいそう。ちゃんと付いていてあげないと。この小さき命はわたし達の手に掛かっている気がする……そんな決意を新たにしてしまった。
『ナオト』
「はーい?」
『あたま、なでて』
幼げな顔、丸い目がチラリとわたしを見てきた。キラキラした視線と至近距離で絡み合ってしまう。いつもと違う愛らしさが、チャージショットのようにこちらへぶつけられる。うぐぐぐぐ……可愛い……。わたし、今すごく変な顔していそう。
片手を動かして、ゆっくり撫でる。手を下げて、小さな背中をとんとんと優しく叩く。
「エックスはいっつも頑張ってて凄いね。お疲れさま」
『ん……』
青くて虹色で綺麗で普段はカッコいい彼が、ちっちゃくなるとこんなふうに可愛らしく甘えてきてしまうとは。流石は地上最強のレプリロイド・エックス……サイバーエルフと化しても大変に恐ろしい存在である。
もし仮に、これでゼロまで子供サイズに縮んでしまったとしたら、地上最強の兵器が二人も爆誕してしまうことになる。それはそれでとんでもない非常事態だけど、ちょっと見てみたい。ナデナデしたい。
「……ナオト。お前今、妙なことを考えただろう」
「まさかー!考えてないよ!ゼロ!」
慌てて本人からのツッコミを否定しておく。不機嫌そうなアイカメラがじろっとわたしを見た。危ない危ない、悟られてしまうところだった。
それにしても、これが何かのトラップであったならわたしは一体何回やられていることだろう。ううーん、犯人はすごく計算高いに違いない……。
あまりの癒やされっぷりにこっちの顔面も緩んできた頃、ふとエックスが体を捩った。
『おろして。そこにすわって。ゼロのとなり』
「え?はい。了解です」
言われた通り彼を床に下ろしてから、いそいそと座り込む。
何をするかと思えば、エックスはわたしの膝によじ登ってきた。膝上にちょこんと座って、こちらに背を預けてくる。
『よっと。うん、いいかんじ』
ほぁぁ。なるほどなるほど、小さいからこそできる座り方ということですか。わたしの頭の下に丁度エックスの頭が来ているし、いつもの彼ならこの体勢にはなれなかっただろうな。
『ナオト、』
僅かな囁きがわたしに届く。上目遣いの視線がこっちを見ている。
『ぎゅって、してくれ』
「うん。いいよー」
こっちまでにこにこしてしまった。わたしの両腕をエックスの体の前へ回して抱え込む。柔らかく抱き締めると、彼の手がわたしの手をきゅっと握ってきた。
ううううううぅぅ、なんと可愛い……。
「ちっちゃいエックスも可愛いねえ」
「……いつもより煩いくらいだな」
『む。いまのゼロがしずかすぎるんだよ』
「……そうか?」
『そう!むかしはもっと、くちかずおおかったじゃないか』
「……、覚えていないな。いつの話だ?」
「エックス。ゼロはね、こういうときだけは忘れてるフリするんだよ?」
『ひどいなあ。ゼロはほんとに、そういうところがずるいね』
「ねー」
『ねー』
「……」
隣のゼロが、胡座の上に頬杖を付いて口元を緩めるのが見えた。苦笑に近いような、他愛もないお喋りを懐かしむような。
常に無感情に近い淡々とした態度が、明らかに柔らかくなっていた。青いアイカメラが少しだけ細められている。彼のそういう顔はとっても久しぶりに見たなあと思った。……カッコいい男の子は、何をしたってカッコいいのだ。
わたしがしみじみと考えている最中、無言で伸びてきたゼロの片手が、エックスの頬をむにむにと摘む。
『にゃにするんだよっ。じぇろっ』
「……仕返しだ」
「あー、ほっぺた!わたしも触りたいっ」
『ふひゃっ!もう、しかたないなぁきみたちはー』
エックスの青いメットが、すっと見えなくなった。普段はメットの下に隠れている濃い色の髪がさらけ出され、顔の表情もしっかりよく見えるようになった。
どうやら器用なことに、メットだけを解除してくれたらしい。
『いっぱいさわっていいよ』
「うぐっ、……お言葉に甘えてー!」
髪サラサラ、ほっぺたもちもち。柔らかい抱き心地は満点。うぐぐぐぐぐ、これはやはり最強の兵器だ。なんという恐ろしいサイバーエルフなのか。四天王のみんなに見せてはならない。争いになってしまう……!
『ふふ、じゃあおれからもさわろうかな』
「んん?」
エックスは、わたしを見上げながら体を伸ばした。顔面がぶつかるかと思って頭を引っ込めようとした寸前、わたしの唇に柔らかいものが押し当てられるのがわかっ…………!!?
『ごちそうさまー』
「?????????」
にこり。ご満悦な笑顔がこっちに向いている。えっとえっとこれはキ……あ、いや、その、ちがくて、これはいたずら?えっと、でも今のエックスは子供状態だし、あの、その、そういうのは誰も居ないところでしてほしくて、……。
ぶわっと顔が熱くなって慌てて口元を抑える。隣を盗み見ると、ゼロが呆れた目付きをしていた。
「……み、……見た?」
「……視界には入ってきた。不可抗力だな」
「…………」
「見なかったことにしておいてやる」
「…………カンシャシマス。ゼロセンパイ」
『ふふふー』
なぜかゼロが微妙な表情をしてエックスを見ていたのだけど、結局何も言わなかった。な、なんなんだろう?と頭にハテナを浮かべていると、ゼロはまた小さく丸い頬を摘んだ。びよんと伸びている気がする。
『むむぅ。……じぇろ?』
「……奔放になったな、エックス」
『……』
「わあ!?さすがに摘みすぎでは!?」
『ナオトもつまむ?もっとさわる?ぎゅってやる?』
「これ以上誘惑しないで~~!」
まさかのお誘いである。
優しくナデナデしてみたり、軽く頬擦りしてみたり。癒やし系フェアリータイプなエックスを堪能してみる。……こう言ってしまうとなんだかいかがわしいものを感じてしまうけれど、断じてヘンな意図などない。彼が元に戻るまでの間だけだと固く決めておく。それに本人もなんだか満更でもない感じだし、本当に嫌なら抗議が飛んでくるはず。なんて自分の中で言い訳を並べてしまう。
……その時ふと、微かな吐息が聞こえてきた。つられるように視線を下へ向ける。
『もうすこし、このままがいいなあ……』
そう呟いたエックスは、なんだかとても幸せそうな顔をしている。目元を綻ばせて、穏やかで柔らかい表情を作っていて。
何も遠慮することなんてないのになぁと密かに思いながら、わたしはまたそっと、小さいエックスを抱き締めるのだった。
ひとしきり大騒ぎを繰り返し、かと思えばだんだんと大人しくなっていき……疲れたのだろうか、ナオトはエックスを抱えながらいつの間にか居眠りを始めていた。
本来のスケジュールならば、見張りを交代したあと彼女はもう既に休んでいるはずの時間帯だった。この縮んだエックスが乱入してこなければ。
隣でうとうとと揺れるナオトを眺めながら、ゼロは静かに口を開いた。
「エックス。もう中身は戻っているんだろう」
『……ふふ、バレていたかい?』
小さいエックスがナオトの腕の中にすっぽり収まったまま、いたずらっぽく微笑む。表情の雰囲気や目付き、声の調子も元の状態へ戻っていた。
「あれ以上やりたい放題していたら、さすがのナオトも気付いただろうな」
『あはは。でもナオトはこれくらいなら許してくれるよ。……それに、古い伝説では妖精というものは悪戯が大好きな存在らしい。僕もたまには、ね』
冗談めいた楽しげな言葉の後、大きな両眼がすっと細められる。その表情は無邪気な子供などではなく、元来の成熟したレプリロイド……もといサイバーエルフのものだった。
今のこの姿はね、と声を潜めてエックスは言う。
『どうすれば力をセーブしたまま自己を保てるか、色々と試していたんだ。いわば、省エネモードというのかな』
「……」
『この先、僕がどうなるか解らない。けれども世界の動きはあまりにも目まぐるしい……だから、できるだけ活動限界を先送りにしたくてね。そのための工夫というのかな。さっきは自分をいじりすぎて、外見に引き摺られてしまったけれど』
小さな指先がコツコツとこめかみを叩いた。
こちらに現れた時は、どうやら本当に退行していた状態だったらしい。ゼロは、危なっかしいことをするのはやめろと言いかけて、しかし口を閉ざした。
消滅を回避するための模索なら、こちらがとやかく言ったところで止めるとは思えない。その代わりに別の言葉を選ぶ。
「お前が消えると困るやつは大勢いるからな。ここにも、向こうにも」
『……そうだね、とても複雑だよ』
エックスの表情が、困ったような形へと変わる。自嘲にも似た割り切れないものが滲む。
『少し前までは、流れに身を任せるつもりだった。消滅するのなら仕方が無い、僕は充分に長く生きたから……と決めていた……はずなんだ』
死にたくない、消えたくない思いが大きくなった、とエックスは呟いた。
彼女の肩から滑り落ちてきた髪の一房に触れ、小さくなった指先で梳く。
『せっかくこうして、君やナオトとまた一緒に居られるなら。もう少し……その、浸っていたいなって、考えて……しまって』
以前はもっと我慢できたはずなのに、すっかりわがままになってしまった。本音の言葉がぽつぽつとこぼれてくる。
……こいつはいつになっても悩んでばかり居るな、とゼロは思った。多少はマシになったように見えていたのに、本質はそうでもないらしい。顔には出さず、内心で苦笑してしまった。
「居たいだけ居ればいい。いくらでも誤魔化してやる」
『……ありがとう。こうしていられるのも二人のおかげだよ』
ふわりと笑みが浮かぶ。纏う雰囲気は、彼のコピーを倒した直後に語り掛けて来たときよりも遥かに明るく、まるで背負った荷物が軽くなったかのようだった。
和らいだ表情と弾む声音を聞きながら、仕方のないやつだとゼロは再び考えた。
『さて、そろそろ僕は帰るよ。……よいしょっと……ナオトに宜しく伝えておいてくれ』
「?……いつも来ているだろう。自分で言え」
『えっ、』
「三日に空けずナオトの顔を見に来ているだろ、お前」
『!? ……そ、それもバレていたのか。君に隠すのは難しいね』
「……他の連中は気付いていないはずだ」
『そ、そう。なら良かったよ』
「……それから、ナオトのことだが」
『あ、ああ』
「……夜遅くまで
『うっ……りょ、了解』
「周りに気付かれないように上手くやれよ」
『なななにを!?き、きみ、どこまで気が付いて……!?』
「?(何をそんなに焦っているんだこいつは)」
(終わり)
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